第30話 土佐の夏 

 真夏になると、暇さえあれば、種崎に通う。


乙女の熱心な指導の賜物か、龍馬は少しずつ海に慣れていく。


お盆前の十日ほどは、波も穏やかで、二人は朝から磯での遊びを

楽しんだ。


 龍馬は、海の水に浮かぶと言うことを身体で会得した。


水面に浮かんで、真夏のまぶしい太陽をまともに受ける。

耳に海水が流れ込んでくるが意に介さない。


体中の力が抜けて水に漂う己を楽しんでいた。


浮かぶということでは、川よりも海であろう。

濃い海水が、少年の全身を浮かばせてくれる。


 この心地良さは、かつて味わったことがあるような・・・。

龍馬は、過去の記憶を呼び戻そうとして、ひたすら浮かぶ。


母、幸の胎内に居た頃に味わっていた安堵感。

そうか、おかあの中に居た頃の、あの感じかあ!


 浮きさえすれば、泳ぐのはたやすい。

乙女の熱心な掛け声を受けて龍馬は泳ぐ。


拙い泳ぎではあるが、少しずつ泳ぐ距離が伸びていく。

何よりも海での泳ぎが、龍馬を明るく変えて行った。


 「乙女と龍馬が、蚊帳の中で寝よっても、あんまり黒いきに

   ちっとも姿が見えんぜよ」

他の兄弟や長兵衛に言われるくらい二人の肌は真っ黒になった。


 お盆が過ぎて、土佐の海も荒れがちとなり、泳ぎは自然と川に

移っていった。

「ひゃあ! ひやい! ひやいぜ!」

乙女も龍馬も最初は悲鳴をあげるくらい、鏡川の水は冷たかった。


まだまだ日差しは強く、二人は天神橋の南側で朝から夕方まで

飽きもせずに泳いだ。


 その頃には、長兵衛の送り迎えも不要となり

二人は仲良く連れ立っていそいそと鏡川に出掛ける。


二人とも、ひと夏で随分背が高くなり成長して来た。


 いくつかの時化が土佐を襲い、季節は秋へと進み行く。




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