第17話 新しい名

 土佐の国は、南は広大なる太平洋に面し

北に,これまた広大なる四国山脈を背負っている。

明るく開放的且つ陽気な人々の心意気と

温かな大自然が、長い間の流刑の地を豊かな国に変えて来た。


「おまさん、わたしゃあ,

直陰の陰という字がどうも、しっくりこんきに」

長兵衛も、幸に言われて相槌を打った。

「おまんもそう思いよったか・・。あしも、おんなし事を思いよったぜ」


「わたしゃあ子供が授かったとわかったときに感じたがよ。

 3日も続けて龍の夢を見ちゅうき。ただ事じゃあないと思うたがよ」


「この子は、私らの子じゃけんど、私らだけの子じゃないき。

 おまさん、別の名前を考えとうぜ。陰というのは、妙にいかんき」


「ほんなら今日のうちに天満宮に行ってくらあよ」


 当時土佐では、人名は、本名と別に2,3通りの名前、いわゆる通称が普通であった。

動物の名前をつけることも多くあり、勇猛な獣の心意気を感じる名も多い。


長兵衛は、龍の名を考えながら宮地宮司に相談した。

「そうじゃのう、確かに次男じゃき、控えめに生きる意味で

陰も悪うないけんど、妙に土佐には馴染まんき」


 宮地宮司の案を2,3持ち帰り、幸の意見を交えて、生後まもない子供の名は

早くも新しい名前に生まれ変わった。


鹿とか猪とか、土佐の獣の名を自分の名に付すことで

強く逞しい男子を望む親心が垣間見える。


幸の望む龍と、長兵衛の意見としての馬をあい合せて

子供の名は、改めて「龍馬」と名づけられ

その日の内に身内、親族、朋輩に回覧された。

龍は、りゅうと読まずに、りょうと読む。

「おおっ、えい名前じゃ!」

「男らしいね」

皆が誉めてくれた。


明るく大きな名前が、皆に受け入れられて

長兵衛は、何やら大きな希望を感じた。


長兵衛の歩く鏡川の東、浦戸の方角に

燃えるような朝日が昇って来た。


合掌しつつ、今後の坂本家の安寧を祈念し

深く深く感謝の念を抱く長兵衛であった。






 



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