第11話 桜の思い出

 幸は、離れの縁側から中庭を眺めて

今年の春の「サル騒動」を思い出していた。


 中庭の桜は、随分と早咲きで、3月始めには満開となる。

その後に、可愛いさくらんぼの実をつけてくれる。

今年は、何もかもが凶作だと言うのに

中庭のさくらんぼは、枝もたわわに実をつけた。


 ふと、隣の家との境目の土塀に目をやると

一匹の猿が、塀の上で、かしこまっている。

さくらんぼの枝の真ん中に何やら動くものが居る。

これまた猿である。


よく見ると、塀の上の猿には片足がない。

足首あたりから、ちぎれている。

どうやら罠にかかり、逃げてきたものらしい。

枝の中に居る猿が、塀の猿にさくらんぼの実を

渡している。

塀の上の猿が、おいしそうに食べている。


 夫婦であろうか・・。

兄弟であろうか・・。

親子であろうか・・・。

幸は、眺めながら、考えてみた。

どうやら、夫婦であるらしい。

何と言う愛らしさであろうか・・・。


 何やら表が騒がしくなり、女中頭が

部屋に飛び込んで来た。

「おかみさん、猿が近所に現れたそうで

十分気を付けるようにとの庄屋さんからの

お達しです」

「あい、わかりましたぞね」

幸は、誰にも猿の事を告げずに黙っておいた。


夕方には、2匹とも、いなくなっていた。

どうか無事にお逃げよ・・・・。


幸には、塀の上に居た、かたちんばの身重の猿が自分で

長兵衛が、桜の樹の枝の中に潜り込んだ猿であるように感じられた。


 自分は、いや、自分と、この赤ん坊は、つくづく恵まれていると感謝した。

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