第10話 高潮

 その年には、時化が3つ土佐を襲った。

2つめの時化は、土佐湾から上陸し

潮江から下知に甚大な高潮被害をもたらした。


土佐湾の海水が、河川を逆流し町を襲った。

床上浸水の家は、300棟以上

死者は、23人を数えた。

未明の上陸が被害を大きくした。


 長兵衛は、潮江の救援活動でもう3日も

帰ってこない。

幸い、本町筋は水害を免れたが

幸は、居ても立っても居られぬ不安を覚えた。

長兵衛が傍に居ないと、これほどまでに

寂しいものか・・・。

心細い・・・。

お腹の子ともども、帰りを待つ日が続いた。


 「今、帰ったぜえ」

泥だらけで、疲労を濃くにじませた夫の帰りが

それでも幸を何とか立ち直らせてくれた。


「大変じゃったねえ。怪我はないかえ?

 早う風呂に入って泥をおとし」


「いやあ、だれたぜえ」


「ほんまにお疲れ様です。ところで

 潮江はどんな?」


「ひどいもんよ。海の潮じゃき始末が悪い。

 いろんなもんが、どんどん錆びていく。

 水洗いしてもいかんきに」


「ほんまやねえ」


「川の水も泥を含んで大変じゃけど

海の水は、どうしようもないにゃあ」


「まあ、山本の家は、床下で済んだき

後は、自分らあで片付けるやろ」


長兵衛は、潮江の山本家から養子に入っていたので

半端な応援では済まされず、精一杯の応援を

して心身共に、くたびれ果てていた。

何と、食事も摂らずに、翌朝までぶっ通しで眠った。


 多くの田畑が冠水し、農作物に大きな被害が出た。

米の値段は、その秋、一気に3倍の値をつけた。


 財政立直しをはかる土佐藩の年貢減らし対応及び救済対策が不十分のまま

県下各地の農民層と武士階級の対立は、更に険悪となり

一部の郡部では、一揆やむ無しの声まで聞こえてくるように

なった。

世相は極めて深刻の度を増していた。


 それでも坂本家は、大きな経営危機に遭うことも無く

順調に家業を伸展させていた。

これは偏に、本家才谷屋の支援と長兵衛の努力、家族及び手伝いの者達の

結束の賜物であった。


 土佐に、秋がやって来た。






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