壱の戦 ≪ 空っぽの男 ~ 次鋒戦

 




■ 狂犬グループの中層構成員

  京師きょうし わたる ── 続ける


□ 怪獣

  鞍馬くらま うしお ── 構える





 某、中国武術家が曰く。


『台湾では、中学生以上の喧嘩がという言葉に変わる』


 恐らくは現在の話ではないだろう。過去の話であり、つまびらかな時代考証は絶対に必要である。しかし、少なくとも日本ほど平和決着を努力しながら喧嘩をする国など、現在においてもなかなか存在しないのだとも言われている。


(ホントかよ)


 京師航は訝っている。


 今、池袋の高校に通う女子が、丸椅子にどっかりと座り、手際よく左脚の付け根を包帯で縛り、太ももから屹立きつりつしているサバイバルナイフを躊躇いなく引き抜いた。


 赤黒い、ねっとりとした血液の付着する凶刃。患部からもひと筋のライン。止血と筋肉のコントロールが噴血こそ抑えているものの、深さを考えても、もしや骨にまで達しているかも知れない。


 右脚を伸ばして彼女、養護教諭の文机の脇、キャスター付きのキャビネットを爪先で引き寄せる。おもむろに抽斗ひきだしを漁り始めた。ヒナ高の指折りの不良たちが密かに憧れているという小西香里奈こにしかりなの縄張りを、こうも無遠慮に荒らす生徒もなかなかおるまい。


(度胸があるのか怖いもの知らずなのか)


 彼女が武道家である以上、後者は絶対にない。だが、稀有な例にも見えなくない。無自覚な天然少女であるかのようにも。


(だってナイフで刺されたんだぜ?)


 有事が浮き世のはかりごとであるのならば、彼女のたたずまいは天文学的に異常である。だって、その口はまだ苦悶の声を発していない。


 そこにあると認知していたかのように、抽斗からふたつ、安全ピンを摘まみあげた。そして彼女は、


(まさか)


 こしゅ。こしゅ。安全ピンの先にたっぷりとマキロンを吹きかける。それからついに、つぷ──すんなりと傷口を止めた。


(うぇ。パッチワークかよ)


 生理的に視線を逸らす京師。


(ホントに日本の高校か?)


 狂犬の拉致監禁も含め、ほぼ裏社会の出来事である。


馳星周はせせいしゅうじゃあるまいし)


 逸らした視線の先、小型シンクが1台、壁際にしつらえられてある。さらにその上部には下敷きサイズの鏡が。


 右半分に映る京師の顔。闇に覆われてはいても、どこにでもある人相だとわかる。吊り気味の眉と、対して、垂れ気味のまなじりが落ち着いた風情を醸している──そう評価されたことはあっても、個性的と言われたことはない。中学3年生の時の恋人からは「絶対にサッカーをやってる顔だよね」と哄笑されたことも。


 スポーティだが幼く、突出するパーツもない、ごく平均的な顔。


(なんで俺がここにいる?)


 社会性に欠ける非凡な現場に介在していい人相ではない。だからか溺れているように見える。


 警邏けいらを託された校庭の灯か、誘惑を司る池袋の灯か、珍しく月は雲隠れしていたと思うが、朧な白い灯が通電のない保健室の中へと侵入、周囲を蒼い海に変えている。右と上は判別できるが、しかし手探りには違いない宵闇の茫洋。


(ホントに溺れてたりして)


 再び、百目鬼歌帆の後ろ姿に目をやる。


 わずかにうなじを焦がし、額に小山のこぶを拵え、左の太ももに裂傷を負った女は、しかしドライに、手探りの海を逞しく泳いでいる。その背中は相も変わらず広く、すでにスタミナは回復したか、応急処置をする以外の上下運動には揺らいでいない。闇を含めたすべてが、あたかも茶飯事であるかのよう。


(彼女は、いったいどんな環境で)


 ぱんッ。


「さて」


 京師の思考を遮り、処置の済んだ患部を左の平手で叩く彼女。見れば包帯を適宜に巻いた程度。文字どおりの応急処置だが、恐らくは安全ピンも巻きこんでの仕上がりなのだろう。


「お待たせしました。では第2の関所に参りましょう」


 痛みを感じさせず、元気よく立ちあがる百目鬼。アルトサックスによく似た音色を弾ませ、動揺もなく、楽しそう。


「マジで大丈夫なの?」


 なにしろ傷は深いのである、京師が上目遣いで労る。しかしその意向も虚しく、


「ですから、敵は敵らしく」


 呆れ顔の拒絶。


「同じことを2度も言うのは嫌いです」


 胸がちくんと鳴った。


(そうは言われても)


 空手の経験者というだけで機動力を期待され、気弱さを見抜かれ、パシリも同然の役回りである中層構成員に抜擢。ゆえに望ましい職務も頼もしい活躍も1度としてなく、誰かを敵と思ったことさえもない。強いて言うのならば自分が敵であり、とはいえそれは空手を学ぶうちに刷りこまれた単なるスポーツマンシップであり、結果、可愛さのあまりに自分を敵視することなく生きてきた。


 百目鬼の敵にはなれないのである。


 そんな自信なんて、ないのである。


「喧嘩を売ったのはそちらです。供給の要とは、常に賓客ひんかくの前を歩くこと。広報とあらばなおのこと、満を持して賓客を導くこと」


 奇ッ怪な比喩を持ち出し、


「賓客のストレスは売り手の未熟さにあり。労る暇があるのならば黙して精進なさい。おろおろとテンパって余分な配慮を働こうとする売り手は嫌いです。それが大店おおだなであるのならばなおのこと」


 ずいと、百目鬼が距離を寄せる。


 針のような眼光と、好き嫌いのなさそうな糸切り歯。獰猛どうもうさを隠し切れない獣に威嚇され、蕩けそうなシナモンの香りでさえも獣臭と錯覚する。


「さぁ。次の関所はどちらでしょうか?」


「わ、わかったよ」


 これ以上の労りは逆鱗に触れる。獣臭に気圧けおされ、顔から順にして振り返ると、額の汗を拭いながら保健室を退出。


 廊下に出てすぐ、背後から軋んだ音色。見ると、窓のひとつが開いている。そして百目鬼、未練もなくナイフを投棄。きゃぇン──裏庭に金属音を響き渡らせる。


「捨てるんだ?」


 試しに尋ねると、


「武器を持たずに押し通す──これが武道の柱です。武器術も同様、まずは持たぬたいを知り、以て持たねば意味がありません」


 かつて京師の学ぼうとしていた訓戒が、まるで羽根のように返ってきた。


(人質も武器だろうか?)


 ならば、もう見る影もない。実行犯ではなくとも、事実上の後の祭。


 苦笑を浮かべて京師は前進。階段、生徒指導室、会議室、資料室と横に見過ごしたところでようやく足を止めた。


 職員室。


 ここに、2人目の刺客がいる。ヒナ高で唯一の権威的聖域を踏みにじり、恐らくはどんな教師よりも泰然と、天を突く巨漢が待ち構えている。


 名を、鞍馬潮という。


 2年生だが、当校に5年も通い、もしやすでに成人を迎えているのかも知れない。来年には、特定抗争指定暴力団と名義されるマフィア『理魄祖合会りはくそごうかい』に本格就職するらしい、色んな意味で反社会的な男である。


 諢名あだなは『怪獣』。


 圧倒的な体力と驚異的なパワー、さらに子供のように無邪気な残酷さが恐れられ、揶揄の意味も込めてそう呼ばれている。本人はいたく気に入っているご様子だが、揶揄だと口にできる者はさすがにいない。


(大隣とはワケが違う。相手は獣だ)


 まだ人間っぽさのある前者に対し、この鞍馬には人間らしい機微が期待できない。京師でさえも巻き添えとなりかねず、


(バトルロイヤルは勘弁してくれよ)


 ひとつ、固唾を飲んでから戸を開いた。


 仄暗い職員室。そして、どの高校よりもアナクロな職員室である。


 事務机、椅子、キャビネット、書架──必要最低限、しかも安価そうな品揃えが、思ったよりも整然と安置されてある。しかしパソコンは1台もなく、その他の電化製品すらも置かれていない。持ち運びができ、なおかつ換金リスクのある貴重品はすべて間引かれてある様子。これにより、当校の教員に求められるものがパソコンのスキルなどではなく、長期的な筆圧に耐えられる指先の皮の厚さと、自分の物を自分で監督できる責任能力であることが確定。


 ここには個人情報保護法など存在せず、今日もまた教職員一同は、むしろ世の中にバラ撒いてやりたいだろう不良どものIDを自宅に持ち帰り、真摯しんしな法令恪守に努めていることだろう。そんな中、彼らの努力を水の泡とする暴動が、これからこの聖域で行われようとしている。


「職員室……ですか」


 背後に溜め息がおりる。さすがの百目鬼と謂えども戸惑いを隠し切れない様子。


 それもそのはず、彼女は優等生である。真剣に授業を受けていると聞くし、節度や社会性にも厳格な、まさに自衛官のような女性であるとも耳にする。


(聖域への冒涜ぼうとくに参加させられることに果たして耐え切れるのか。もしや、忍耐の転んだ先が明暗の分かれ目か……)


 溜め息には応じず、思うだけに止めて、京師は職員室の中央まで歩み出た。


 誰もいない。目立って仕方ない鞍馬の巨躯は影もなく、教員の残り香だろうか、一縷いちるの色気心のような男性用の香水だけを微かに嗅ぎ分けるのみ。


 あぁ──校庭のどこかからからすの声。


(ハシボソ? ハシブト?)


 無関係なことが脳裏を過る。


 その、校庭側の窓辺、円形の掛け時計をちらりと見やる。



 ⇒ 同日 ── 21:02

   東京都豊島区南池袋

   陽向ケ原高校の職員室にて



 数日前まで、新垣契永にいがきせつなや寄居枝忍たちと、今しかできない話で熱くなっていた時刻。


(すべてが終わった話なのか?)


 感傷が疼いた、その時だった。


 いーい。


 卑しい音を棚引かせ、奥の開き戸が外へと引きこまれた。あれは、校長室へと続く扉だったように記憶している。


「おてぇよぅ」


 その、扉の向こうからあらわれたのは、2m以上はあるはずの天井を楽楽とヘディングできそうなほどの巨漢だった。


「なんか、コウトウのイトゥってキモティいいんだよねぇ」


 眠たげに目を擦りつつ、サ行とタ行を舌足らずにして言う。察するに、どうやら校長の椅子で転た寝をしていたらしい。


 白いTシャツをオーバーオールに包んでいる。もはや偏見とも思えないほどのザ・デブ・ファッション。ちなみに、下腿かたいこそ事務机に阻まれてはいるものの、屋内外を問わずにいつも裸足の男である、推理するべくもなくどうせ今も裸足でいるだろう。


 鞍馬潮、その人だった。


 九九ができるのかどうかと揶揄で試した愚かなルーキーを、次の瞬間には血祭りにあげているような危険な男である。幼児のような癇癪玉を持ち、また横綱級の体力を誇る、野生の樋熊のような男なのである。


 そんなネイチャーな野獣が、


「お? カオ歌帆だね? キミ、カオだね?」


 百目鬼を見るや否や、迂回もせず、手も使わずに、脚力だけで事務机を押し退けてこちらに向かってきた。重たいスチールの群れが彼のメタボなお腹に容易く敗北、ミカン箱の身軽さで左右へと別れていく。


 京師、慌てて後退。肝心の賓客を部屋の中央に残して壁際までエスケープ。


「おー。子犬ちゃん」


 贅肉が原因なのだろう細い目をより細くし、シャクれた顎を嬉しそうにシャクれさせて鞍馬が笑う。そして、ぼさぼさの短い髪を忙しく掻けば雲脂ふけがキラキラと舞う。


「あはー。カオの顔、子犬ちゃんみたい。カオ、かーいーねぇ」


 捨て犬を見つけた園児のよう。案の定の裸足でのしのしと近寄ると、不意に彼女の目の前でしゃがみこんだ。


「お? お? カオ、ケガてぃてるよ? アティ、ケガてぃてるよぅ?」


 むづっと、右手で彼女の患部を握る。


「イタい? ダイドウブ大丈夫ぅ?」


 すると、これまで黙って様子を見ていた百目鬼がついに口を開いた。


「あなた、九九は言えますか?」


 背筋を冷たい水が流れ、京師は無意識のうちに壁面に張りついていた。


「無理でしょうね。間抜けそうなので」


 あまりにもリスキーな罵詈雑言。


「高等学徒たるもの、未来を展望する力がなくてはならず、未来を展望するためには九九よりも難解な術式を会得すべきもの。義務教育ではないのですから、基礎学力のみに依存してはならないのです。で、九九もできないような間抜け面が、はて、世の中からなにを期待されているとお思いなのでしょうか?」


 京師の耳には理性で応酬すべき挑発だと理解できたが、


「勘違いも甚だしい限りですね」


 鞍馬に理解できたかといえば、


「まったく。馬鹿で愚かな間抜けごときが甘ったれるのもいい加減になさい」


「うるたぁいッ!」


 NO。癇癪のガナり声を叫ぶと、握った左脚を持ちあげ、左手では脇腹を掴み、そのまま彼女を勢いよく天井に投げた。赤児を高い高いするかのように、軽軽と。


 ぼんッ。


 破裂音とともに天を貫く百目鬼の背中。粉粉に砕けたジプトーン、Cチャンネル、ブレースがレゴのように宙を舞い、蒼白い外光を浴びて星屑の瞬き。


 鞍馬は手を休めなかった。


「うるたいうるたいうるたぁいッ!」


 両手に1台ずつの椅子を取ると、矢継ぎ早に天井へと放り投げ、無防備な下腹部にダブルの追撃。


 わずかなタイムラグを置き、椅子とともども、弛緩した身体が落ちてくる。直後、鞍馬は彼女の右の足首をキャッチ。


 ぶんッ。


 右手の1本だけでハンマー投げのように反時計回り、振り回した。決して軽くないはずのアスリート体型は一瞬にしてトップギア、そして事務机と正面衝突。


 しぱぁんッ。


 霹靂へきれきが轟いた。


「うだぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


 ジャイアントスイングはまだ止まない。さらにキャビネットを薙ぎ倒し、事務机を転がして椅子を弾く。精巧なジオラマが、怪獣の暴挙に儚くも散っていく。


 大惨事。


 百目鬼はなんとかクロスアームで防いでいたが、並の人間ならば防御の腕が折れることウケアイ。それなのに、遠心力で伸び切った肉体はさらに十数回も振り回され、ついに、すっぽ抜けて鞍馬の手を離れた。


 だきゃおんッ。


 放り出されたブレザー、廊下側の壁に並ぶ書架の中央に打ちつけられ、跳ね返され、硝子片や書類とともにきり揉み状態となって落下、机の向こうに消えた。その衝撃、書架が前のめりとなり、倒れんばかりの凄まじさだった。


 しかし、直後、百目鬼を隠した事務机が玩具のようにぐるんと前転、鞍馬の頭部を急襲した。彼が彼なら彼女も彼女である、信じがたいフィジカル。


「きッ!」


 甲高い咆哮ほうこうをあげて鞍馬、襲い来る机を左手の1本で払い除ける。すると、続け様、机の敷地にあらわれた女のシルエットが、なにやら小さな物体を遠投の動作で投げつけてきた。


 謎の物体にぴしゃりと顔面を叩かれ、両の眼球をも叩かれたか、鞍馬は思わず顔を背けながら後退。


 それは、京師の顔にもかかった。


 右の頬を拭って見れば、


(……血?)


 まっ黒な液体。


「おギ!」


 鞍馬の短い悲鳴。


 視線を戻すと、百目鬼の右のスマッシュブロウが彼の左手を、今、垂直に破砕している瞬間だった。


(うわぁ)


 小学生の頃の、バレーボール遊びでこしらえた突き指の激痛が蘇生する。必然、京師の肩はすくみ、頬が苦くなる。


「あヒィ……」


 被害者はもはや苦み走っているどころの話ではない。患部の根元を握り、内股になって縮こまり、気の抜けた声を出すしか術がない。シャクれた顎を引きらせ、笑っているようにも見える。


 それもそのはず、彼の肉厚な人差し指と薬指はジグザグに折れ曲がっていた。


 と、その小指がからめ取られる。


(指取り!)


 非力な人間にもできる痛技いためわざと予感した刹那、京師の鼓膜に、めぎちッ──水気を含んだ枝の、折れる音。


「お、お、お……!」


 円らな目を丸くして驚愕を浮かべると、糸の切れたマリオネットよろしく鞍馬は大地に膝をついた。百目鬼が手を放せば、小指はすでに曲がらない方向へと曲がり、付け根からは手羽先のような骨が露出。


 ぱきゃッ。


 開放骨折したばかりの左手に、いかにも重たそうな右の中段回し蹴り。


 非情なる追い討ち。


「あおおおおおおおおおおッ!」


 血で黒く染まった顔を覚醒させ、裏声の遠吠えを響かせると、左の手首を固く握り締めたまま、鞍馬は仰向けにブッ倒れた。胸を反らして内股の仰臥ぎょうが──凍結の断末魔。


 対して、仁王立ちで見おろす女。


 額から瞼にかけ、2筋の血を垂らしている。わずかなりに鼻血も見られ、もしや目潰しに利用したのがコレなのだろうか、口の周囲を黒くペイントしてもいた。


 ひどい顔相だが、もはや勝負あり。


「教室は学徒の、校長室は校長の、そして職員室は職員の部屋です」


 そう言って彼女は前髪を正した。


「あなたはまず読み書きから履修なさい」


 無惨に退治された怪獣には、もう、起こすべき癇癪は欠片も残ってはいまい。


「九九など10年早い」


 戦意喪失の四肢に向けて言いたい放題の中傷を浴びせる百目鬼。深く胸を張って、ぼくッ、胸骨の関節を鳴らす。それから、久し振りにこちらを向いた。


 向いてはいるが、黒目を逸らしている。


 照れ臭そうに、微かに笑んでいる。


「……無様な姿をお見せしてしまいました」


 あの戦いを、ブザマと言うのである。


(戦ってブザマなら、じゃあ、俺は……)


 友人であるはずの寄居が病院に緊急搬送され、絵面清貴と銀鏡和毅の仕業であると耳にしてもなお、証拠不充分を笠に着ては仇討ちに出ることをしなかった。あげく、その仇が闇に葬られたとわかるや否や、清清と、れたようにザマァミロと思うばかり。


 むろん、法治国家の日本である、仇討ちの是非を問わば「非」に違いないと知っている。しかし、


(サマになる道理がどこにあった?)


 情けないと思う自己嫌悪があることも、京師はとっくに知っていた。知りつつも、これまで逃げてきた。


 今一度、百目鬼に知らされた。


 恥じ入るべきなのは己のほう。


(そんな顔……すんなよ)


 逸らされた目から目を逸らす。


 たちまち、目が泳ぎ、溺れる。


(だって、今さら、俺になにができる? 俺の物語はもう、どれもこれも、とっくに終わってしまっているのに)


 かつての、空手の先生になる夢も、寄居たちと笑った夜も、もう終わった話。


(もう、終わった話なんだ)


 自らの手で裏切り、終わらせた話。





   【 続 】




 

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