捌の戦 ≪ 隷属する男 ㊥

 




■ 狂犬グループの下層構成員

  冨永とみなが 理人まさと ── 続ける





 まずは部屋の北側、黒板のある方角。


 向かって右から、食器棚、箪笥たんす、姿見、ショーケース、着物と続いている。


 木葉硝子の食器棚、その中には八角籠目紋高杯、紗綾切子盃、紅色切子酒瓶といった薩摩切子さつまきりこ、瑠璃被剣菱文鼓形ミニロック、金赤被松葉二蜘蛛ノ巣文樽形ミニロック、緑被菊繋二漣文12オンスオールドといった江戸切子えどきりこが几帳面におさまる。ちなみに、紅色切子酒瓶は48万円もする代物である。


 年代物の松本水屋箪笥、黒漆塗りの庄内時代衣装箪笥、赤味のある関東水屋箪笥が統一感もなく肩を並べ、そのいずれにも、高価な着物や帯、かんざしの品品がおさめられてある。


 黒縁の姿見は軽井沢彫である。桜の木を使った重厚な代物。


 4面硝子のショーケース、その天板や枠組こそ寂れた風合いだが、中には新旧おりおりのビスクドールがひしめきあっている。さらに、彼女たちの隙間を埋めるのは、カルバンクラインのエタニティ、シャネルのアリュール、エルメスのヴァンキャトルフォーブル、アナスイのドーリーガール、D&Gのバイウーマン、ゲランのシャンゼリゼ──女の浪漫と狂気。


 ショーケースからわずかの距離を置いて羽根を広げているのは浜縮緬ちりめん、本加賀友禅の最高峰と言われる手描きの黒留袖とめそで衣桁いこうに悠然とかかり、素人目に見ても悉皆しっかいが行き届いているとわかる。それはそれはみごとな調度で、闇夜に輝く松、楓、銀杏が目を惹く。もはや価値も想像できないが、数百万円はくだらないだろう。


 次に、部屋の西側、窓際の方角。


 片袖文机、鏡台、ベッドと並んでいる。


 角丸の天板や抽斗ひきだし収納を誇る片袖文机の左隣、柱の前には、なら材無垢の鏡台が据えられてある。その頭上には巴鶴印ともえつるじるし時計製造所の振子時計がかけられ、まるで時代を停めたように時を刻む。


 圧巻なのはその左隣、部屋の南西を占拠するベッドだろう。薄墨のカーテンがさがる天蓋つきのベッド──プリンセスシェーンベッドである。奥行、高さはともに2mを優に超え、まさにお姫様気分を味わえる逸品。その重圧感プレッシャーたるや、藤製の4曲折畳式パーテーションをもってしても隠しきれるものではない。


 次いで、部屋の南側、後ろの方角。


 ビューロー、足踏みミシン、書架、小型ピアノと続いている。


 天板に収納のできる、斜めにさがる蓋のついているこれはアコーディオン式のライディングビューロー。内部の文机には年代物の筆入れが隠されてあり、筆やすずりはここにある。また、机と向きあう椅子は、座面を回転させて座高を調節するタイプのドクターチェアである。


 JUKI製の足踏みミシンも年代物である。台座の中へと本体を収納するもので、ここの主は足首を器用に捻って使いこなす。


 その左隣、前板上部や開き戸に格子意匠の施される硝子書架、内部には『風俗奇譚』『SMキング』『問題SM小説』『アブハンター』など、主の性癖を証明するかのような風俗雑誌のレアバックナンバーが並び、なぜか『薔薇族』までもがまぎれこんでいる。


 グランドピアノは、ウォルナット製、チッペンデールの猫足も粋な小型ピアノ「ザウター160トラディション」──価格は納得の440万円。


 次に、東側、廊下のある方角。


 下駄箱収納、ベンチが並んでいる。


 脚つきの下駄箱収納の中には、草履の他、ファッション性の高いブーツやパンプス、一部の男児を虐げるためのレザーブーツも入っている。


 ベンチは、座面の真下に収納ボックスの隠される肘掛つきの2人掛けベンチ。重厚な楢材の色味を醸しつつも、ワゴンのようなユニークな形をしている。ちなみに、収納の中にはダイソンの掃除機が安眠。それから、ベンチの頭上には、15万円もする有田焼の楕円鏡が爽やかなあおを振りまいている。


 次いで、部屋の中央。


 テーブルと丸椅子だけが置かれてある。


 両面のそれぞれに4杯ずつの抽斗がある大柄なテーブル、この上には、紅葉の枝に見立てた把手を持つ小抽斗収納や、ポンプ式の水循環システムと透かしのあるランプシェードを備える銅製のスタンドライトが置かれる。他にも、銅製の灰入り灰皿、淡い緑色にパトリシアローズの浮かぶスージークーパーのティーセット、ビー玉の固まる無垢のサラダボール、ドイツアザミの活けられる花籠、ゴロワーズのカポラル、コイーバ、ピース缶、燐寸マッチなどが雑然と散らばっている。


 テーブルを囲うのは、藤で編まれた、座面の小さな丸椅子たち。賓客ひんかくを持て成すようには見えない、間にあわせのようにシンプルな椅子ばかりだが、実はいずれも数万円とする代物である。


 最後に、東西南北、壁の左右の中央、その天井付近には、それぞれ1枚ずつの絵が飾られてある。


 北に、竹久夢二たけひさゆめじの『お夏狂乱』。

 西に、米倉斉加年よねくらまさかねの『スカーフをした女』。

 南に、天野喜孝あまのよしたか『桜姫』。

 東に、巻田まきたはるかの『うめ』。


 さすがにすべてがコピー品だが、いずれにしても、醜さもまた美しさのファクターであると証明する鬼才の名作ばかり。


 さて。


 この部屋に存在するものはみな、彼女の趣味であり、知性である。


 奥貫晶杯おくぬきあつきのスイートルーム──彼女の、歴代の奴隷である資産家たちの財産で構築される、背徳をもってして甘美なりと完成されたサンクチュアリなのである。





     ☆





「脱げ」


 ヒナ高に入学して早早、冨永理人は彼女の気に入られた。貴様は真性じゃな?──謎めく口調の女から謎めく理由でナンパされ、この部屋へと拉致され、脱衣を要求され、仰臥ぎょうがせよと命ぜられた。


「全裸になれ」


 なんだかんだと躊躇のテニヲハを口に、しかし彼は服従し、全裸になっていた。


「ぐずぐずするな」


 仔犬のように従順に横たわる彼の前で、黒衣の女も、おもむろに下着のみをおろし、


わらわに裸体を曝せ」


 やにわに跨がった。


「果てた梁山泊を曝せ」


 熱く、軟らかく、蠢動してもいる洞穴に生殖器を絡め取られ、絞られ、捻られ、わずか3回、彼女が上下運動をしただけで彼は遺伝子を噴いていた。


「そうじゃ。妾に曝け出すのじゃ」


 生まれて初めての結合、そして生まれて初めての内部噴射だった。


「ほぅ。もう漲溢みなぎっておるわ」


 泣きそうだったが、悦びでもあった。


溢水いっすいしておるなぁ? あぁ? わずかに白く濁っておるぞ?」


 悦びに弛緩する瞳をじっと見つめ、M字開脚の女は「やはりな」とわらった。


「どれ。握らせてみよ」


 冨永の内に眠る真性のマゾっ気を奥貫は見抜き、審査したらしかった。


「鬱血しておる。ぱんぱんじゃ」


 彼女が妊娠することはなかったが、この日が彼の、奴隷としてかしず嚆矢こうしとなった。以降、結合はなくとも、時に蹴られ、時に傷を負わせられ、時に唇を奪われ、そのたびに彼は噴いてきた。


「悦べ。妾が摩擦シゴいてやろう」


 このスイートルームで噴射しなかったことは、1度もない。


「四つん這いになるのじゃ」


 気が向けば飲んでもくれた。


「血なぞ放っておけ。垂れ流せ」


 苦いと言ってあざけってくれた。


「よいぞ。そんな貴様が好みじゃ」


 今もまた、全裸になって這う冨永の背後から覆い被さり、眩暈のするアンバーの掌で陰部を前後に摩擦してくれている。緩急をつけながら、たっぷりと。


 たちまち、


「あ。あ。あ……あ!」


 噴いた。


 しかし、奥貫は手を休めることなく、耳を噛み、胸の突起を摘まみ、背筋を舐めて上下させ続けた。するとまた、


「あ、あぁぅ!」


 噴いた。


「果てるのが好きなんじゃろ? なにせ妾の言いつけを破るぐらいじゃからな。相当な好事家じゃ」


 そうこうしている間に、


「ぉごぉぅふ!」


 噴いた。


「ほれ。果てるのが好きじゃったら、もっと果てよ。存分に果てよ」


 もう出ない。出るはずもない。しかし、


「は、はひィ!」


 噴いた。


「もう、ダマ、ダメです。ダミゃあ!」


 耳鳴りがする。


「もう、出ま、しぇん。あ。あ。あー」


 目がくらむ。


「あつ、き、さま、ぁ、あ、ああああ」


 吐き気がする。


「も、もも、もう、もう出な、るぅ!」


 下腹部が痛い。


「お、お、おゆ、お赦ひ、をぉぼぉ!」


 腰が痛い。


「ヒ、ひ、ギ、ひィ!」


 お尻が痛い。


「くき、きくくくく!」


 脊髄が痛い。


「くく苦蟲我戯汚愚ぅ痴阿飫ぉおおお!」


 正中線を串刺しにされたよう。そして、


「ぉ」


 13回目、電気信号でしかない反射運動の直後、ほぼ腎虚じんきょと化した冨永はついに昏倒。缶珈琲をこぼした量の血液と大匙3杯の白濁液とが混ざりあう大洋へと、派手にダイヴしながら。


 萎えることなく連続13回──彼の、奥貫に対する性たるや異常である。しかし、もしや彼女はあの日、彼の異常さのほうを見抜いて気に入ったのかも知れない。そうだとすれば、彼女もまた異常中の異常である。





   【 続 】




 

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