第九輪 演習だよ、全員集合 後

 初夏のロイスの夜明けは早い。地軸の傾きから、高緯度であればあるほど日照時間が長くなる。二十四時間法で日の出が四時、日の入が二十一時。昨日の夜戦訓練は、日没を待って行われた。だから兵士たちはさほど眠れているわけではない。これもウィシーには想定内だった。何日も眠れないような戦闘は、定期的に訓練しなければできなくなる。ロイスのための訓練であるし、ネメシスには勘を取り戻すことが主であるから、今回はあまり厳しいメニューは用意しなかった。

 結局二時間ほどしか眠っていない。レナの負担を減らすためにも、財団から降りてきた巨人に関することは全てウィシーが受け持つようになった。与えられた評価指数をもとに、隊員の適正を鑑みて乗機を決める。

 ウィシーが夜遅くまでしていた作業は、つまりバターカップに乗機を振り分けることだ。財団から送られてきた補給の打診は予想以上に豊富で、最終的にはネーメ型が追加で五機まで手に入る。手に入ること自体に不満があるわけではないが、財団から巨人を受け取るということの意味は大きい。見本品を渡すのならば、戦わせることが前提にある。そして想定される敵は、決まっている。

「あら、早いのね」

「当たり前だ。奴らに戦ってほしいのは、俺たちの方なんだから」

「そうかもね。でもウィシー、無理してない?」

 それは意外な問いだった。この程度の作業、レナはいつもしている。砂漠ではほとんど寝る間もなく活動していた。いまさら、そのようなことを言われるとは思わなかったのだ。

「この程度のこと、なんともない」

「ほんと? ならいいけど」

 レナは去っていく。そろそろ全員が起きてくる時間だ。戦力把握のため、今日は限界まで疲弊してもらう予定だった。

 朝食はロイス邸だった。守備隊、ネメシス隊員、バターカップ。これで五十人を超える。だが会食場はそれすら許容できる。これから来る過酷な教練に備え、あまり食べない者も多かった。

「あらヘンリーさん、食べないんですか」

「俺はいいよ。食うか?」

 はい、もちろん。そう問われては、シスルとしてはこう答えざるを得ない。シスルの前から空の器が消え、代わりに大皿が追加される。守備隊員などは見ただけでげんなりしてしまうほどの量だ。シスルの食べっぷりに触発されたのが、バターカップだった。

「あたしもおかわり」

「私も」

 少女たちがシスルから学んだことは、食事による戦闘能力の向上だった。酔い止めは欠かせなくなるものの、高い集中力を維持するためにエネルギーは必須となる。パットとアディも減量期ではないため、しっかり食べておくことにした。

 セロウはと言うと、こういう時はシスルを気にかけたり食器をまとめたりしている。リンやリズ、ヴィクなどバターカップのしっかり者が気を配ったおかげで、大テーブルはその状況の割には整然としていた。

 皆が食べ終わる頃、ウィシーが切り出した。

「昨日の演習の状況を見て、以下の者には指摘すべき事項があるため後で司令室まで来るように」

 名前が読み上げられる。守備隊で四人。ネメシスで一人。バターカップで二人だった。

「うげっ、なんで俺なんだよ」

「ヘンリー、わからねえか。来るまでに、お前の頭でよく考えておけ」

 ウィシーは作業をするため戻っていった。

 朝食を終えると格納庫に向かう。そのまま演習を始めるための準備を行うのだ。今回はすべて一般兵用の巨人を用いる。ネーメ型、アテネ、アレスはあまりに性能が高く、搭乗員の技量を図るには適性でないからだ。プログラムの移行とチューニングを済ませると演習場に集合した。

 同時期、司令室には七人が呼び出されていた。

「演習についてだが、お前ら四人は簡単だ。錬度が足りん。このままでは使えんから、守備隊の教練を追加しておく。ヘンリー、お前はまだひとりで戦っている。お前が一番若いうちはそれでもよかったが、空戦隊長になったのだから気を配れ」

「それは、そいつらが弱えからだろ。俺は知らねえよ」

「バーンズはお前を守って死んだ。お前が弱かったからだ」

 それを聞いて、ヘンリーは何も言えなかった。平均年齢がどっと下がり、もう年長の部類に入る。大人にならねばならない時が、彼にも来ていた。

「五人は準備に戻れ。遅刻は許さんぞ」

 そう言って帰すと、ウィシーは少女二人に目をやった。

「まずはリン。お前はカレンを見すぎだ。カレンが心配なのは理解できるが、あいつはもうひとりの兵士として十分な実力がある。それを守ろうというのならば、お前が持つ力を出し切ることの方が重要だ」

「ですが、カレンの耳はまだ十分ではありません。サポートしてあげないと」

「お前に迷惑をかけないために、あいつは演習に来たんだろ。だったら信じてもいいんじゃねえのか」

 ウィシーは苦笑を押し殺した。自分が言えるような台詞ではない。自分はどちらかと言えばヘンリーと同じだ。自分だけで戦場を生き延びてきた。誰かを守る、誰かを信頼することは、考えなかった。むろんレナは強かったが、戦場では一個の友軍にすぎない。命まで預けられては迷惑というものだろう。であればこそ、こんな柄にもないことを言わねばならぬことにウィシーは閉口していた。

「最後にニーナ。お前は今日からの演習には参加させん」

「な、なんでですか」

「端的に言えば、邪魔になるからだ。お前からは戦う意義が感じられない。ネメシスは正規軍じゃねえ。ひとりひとりが強くあらねばならないんだ。戦場で逃げることは許されないし、死ぬことも許されない。お前は戦えない」

 ニーナは驚いた。看破されるとは思っていなかったからだ。ネメシスは自分に戦ってほしいと思っている。自分はそれを利用して何かを得ようとしている。ここまで気取られているかは不明だが、それでも突き付けられた言葉は厳しさ以上の意味があった。

「わかりました。私、帰ります」

 でも。そう口から飛び出した言葉は、ニーナの本心なのかもしれなかった。しかしその口は再び閉ざされる。

「お前に覚悟があるなら、ネメシスはいつでもそれを歓迎する」

 そう言って、この話をやめることにした。ニーナは友人を失い、戦うことから解放された。実際に、戦う意味などないのだ。だから、今はこれでよかった。

 ふたりが去っていった司令室には、いつの間にかレナの姿があった。

「年上って大変よね。ちょっとだけどホームズの気持ちがわかったかも」

「お前は普通に入ってこれねえのか」

 レナはお構いなしに続ける。

「あの子に関しては、これでよかったと思う。戦ってほしいけど、戦わせたくはない。こう言った私たちの方に非があるわ。彼女が戦う意義のないままここに来たのなら、私たちは戦わせてはならない」

「ああ、そういう奴から先に死んでいくからな」

「ねえウィシー。ニーナちゃんのこと、どう思う?」

「前話したろ。あいつは味方の動きを見て正確に行動選択できる。ヘンリーと同じタイプで、遊撃部隊にはこの上ない力だ」

「そうね。きっと、戻ってきてくれるわ。あの子の戦いはここにあるから」

 ウィシーはひとつ頷き、時計を見る。そして通信を開き、低く声を張った。

「よし、まずは全体の動きを確認する。指定した第一配置に着け」

 合図と同時に、一列に並んでいた巨人が動き出す。みな同じ機体であり判別はエンブレムで行うほかないが、明らかに統制のとれた集団があった。バターカップだ。

「ロイス守備隊、隊列が乱れてる。全体、もう一度」

「ええ、俺らもかよ」

「空戦隊はふたりがお前に合わせてるだけだ。お前自身の動きはよくない。動きのむらをなくせ。セロウとシスルに後れを取るなよ」

「わかったよ」

 ヘンリーのふてくされた返事とともに、再度第一配置につく。バターカップはニーナを欠いた十三人だったが、問題なく動けていた。ただひとりアニタが、少し精彩を欠いていたことを除けば。

 何回か試行を経て、ようやく様になってきた。これを第二配置、第三配置と行う。これらの配置はプログラムされているが、実戦ではこの配置になれるとは限らない。だから応用を意識しつつ、個々の動きを考えなければならない。バターカップは、ひとりひとりがそれを行うことができた。統制という意味ではおそらく大陸のどの部隊と比較しても劣らないだろう。

 午後は摸擬戦だった。これから戦闘に入っていくにあたり、各搭乗員の力量を把握しておく必要がある。シミュレータのシステムが更新され、ほぼ実践と同様の操縦と戦闘が可能になった。シミュレータの母機に全ての機体を接続しており、自分がいつも乗る機体のプログラムを流用している。シミュレーションソフトウェアは財団の傘下の情報企業が高いシェアを占めており、この環境もネメシスならではのものだ。

 ひと組あたり五戦を行って勝利数を記録し、勝ち数の近い者同士で再度相手を決める。このような手順で二十戦を行い、勝ち数と直接対決の勝敗の二点のみではっきりと順位を決定する。統括システムによって五十人分のデータの同時管理が可能であり、レナとウィシーは彼らの性質をより深くとらえようとしていた。

「結果が出たわ。セロウちゃんが九十六勝でトップね。あとは順当かな」

 残りの結果は以下のようになっていた。シスルとエリザが九十四勝。ラウラが七十九勝。ヘンリーが七十七勝。フレディとグレイスが同値で七十三勝。ヴィクが六十九勝。

 その他にも、興味深い項目はあった。

「フレディの奴、事務仕事ばかりでなまってんな。バターカップの方が一枚上手だ。ラウラもヴィクトリアも、別人のように強くなった。他に挙げるとすれば」

「リンちゃんね。彼女が六十七勝もするとは思わなかった。あの子、班長やヘンリーちゃんと当たっても、五戦目だけは取るのよね。しかもエリザちゃんから一本取ってる。おそらく手加減は一切してないはずよ。よほどの資質があると見ていいわね」

「相手の状態を見る技術に長けているな。カレンのサポートで培ったのだろう。射撃も格闘も申し分ない。中隊長クラスの実力はあるな」

 リンは思わぬ収穫だったと言っていいだろう。だが、それだけが今回の目的ではない。戦略上有用な搭乗員を選別することが大きなポイントだった。

「さすがにバターカップは全員問題ないな。ゾフィも確かに対人格闘能力は低いが、巨人を動かすことに関して不安要素はない」

「問題はロイス守備隊ね。動かすのに慣れてきた子は多いけど、それより先となるとほとんどいないわね。ニールちゃん以外は同じ守備隊以外に勝ててない」

「守備隊の教練はもっと増やした方がいいな。いずれは彼らひとりひとりが次の世代を育てなければならん」

 課題は多いが、それがわかっただけでも十分といえることができるだろう。このデータはじっくり解析され、のちの教練に活かされる。それを伝える役目は、そろそろウィシーでも手に余るようになってきた。少数の、しかも個々が戦闘技術を持ったネメシスの隊員とはわけが違うからだ。

「誰かに教官になってもらわないといけないかもね」

「そうだな。すまないが、素人を教えるのは俺には難しい」

「ロイスには軍と呼べるものがない。それを作らなければ、このノースランドで国家として生きていくことはできないわ。だから人を育てるのは急務ではないけど、ネメシスが本来の役目に戻るためには必要ね。ロイスの傭兵と言う立場は、ネメシスとして正しいわけではない。それをサポートしてあげるまでがウェルちゃんと約束したことよ」

「そうだな。だからまずは、連中の技術を向上させないといけねえな」

「明日は指揮能力も見る必要がありそうね。ウィシー、気になってる子はいる?」

「守備隊にはいねえから、適当に任せてみるつもりだ。バターカップには班長以外に数人いる。こいつらには強い奴と組ませようかと思っている」

 なるほどね。レナは腕を組み、巨人を片付ける搭乗員たちに目を向けた。

「彼女たちは、いずれネメシスが大義のために戦うとき必要となる存在。一騎当千の精鋭はいるけど、それを率いる指揮官が欲しいところね」

「グレイスはどうだ」

「あの子の居場所は最前線、エリザちゃんの隣よ。彼女は一騎当千とは言えないけど、ふたりなら二千を超える敵と渡り合える」

 私が気になる子は別にいるわ。そう言って画面を指さすと、ウィシーは頷いた。同じ結論に達していたのだろう。

 であれば、差し当たって今すべきことはない。解析が終わるまでの間、しばしの休息をとることにした。

「ねえウィシー」

「なんだ」

「そろそろ、隠しきれなくなってるかもね」

 それを聞いて、ウィシーは視線を下げる。レナは苦笑したが、ウィシーは特に問題にしていなかった。

「教練好きなお前が出てこないんだ。勘のいい奴は気付いてるんじゃねえか」

「それはそうね。最近ヴィクちゃんやリズちゃんとかが優しいし、お見通しなのかも」

 なあ、レナ。その頬から、笑顔が消えた。

「こいつには、戦いのない世界を見せてやりたくないか」

「そうね。でも無理よ。私はあの砂漠で歌いながら、平和を願った。願えばもう、戦うしかないの」

「どこかに、預けるか」

「それがいいかも。同年代の子たちと交流させたいしね」

「黒い箱のような?」

 ウィシーの言葉に対し、レナは真剣だった。

「冗談はよして。平和な国の、普通の学校に通わせるわ。それがロイスであってもいいし、なくてもいい。私とあなたで選ぶ」

「こいつのために、俺たちは勝ち続けねばならねえな」

「その通りよ。負けることは許されないわ。たとえアドラスティアにも」

 夕食ののち、巨人での夜戦訓練を行う。カメラでの目視はほとんどできず、センサーのみで敵を把握する。これも実力通りだったが、セロウとエリザがとびぬけて高い把握能力を発揮した。彼らは視覚に関する力を持っているため得られる情報に差がある。極めて特殊な才能だが、それに匹敵するほどの力を発揮した者もいた。レナが指揮能力を見るとき、見えない情報を推定する力は重要な項目のひとつだった。

 シャワーを終えて少女たちは思い思いにくつろいでいる。

「カレン、今日はお疲れさま。飲み物取ってきたよ」

「ありがと」

 リンが後ろから抱きつくと、カレンはふわりと笑った。

「でもすごいね。エリザに勝っちゃうなんて」

「カレンのおかげだよ。あなたその時うわの空だったでしょ。いつものカレンならイサベルに一本も取れないことはないはず」

「なんで、知ってるの」

「エリザが言ってた。私を見てるはずなのにカレンの気持ちが見えるって」

 そう言うとカレンは恥ずかしそうに頬に手を当てる。

「じゃあ、これからも祈るね」

「ありがと。でも演習中は自分のことに集中しなさい」

「はあい」

「あ、リン。おーい」

 力強い声に振り返ると、そこにいたのはラウラだった。

「今日強かったな、どうしたんだ?」

「まだ一本だけ。ラウラには勝てないよ」

「そうだな。でもやりにくいったらないよ。どこかからカレンが狙ってるんじゃないかって」

「じゃあやっぱり、カレンのおかげだね。今度は、自分の力で勝つよ」

「その意気だ。今度また模擬戦しようぜ」

 その申し出に頷きながら、リンは思わぬ自分の力に閉口していた。カレンを守るための力以外、必要とは思ってこなかったからだ。だが力があることは悪いことではない。彼女も自分の在り方を見直すことにしていた。

 三日目は小隊ごとに紅白戦を行う。前日の結果をもとにウィシーが編成した。実力にはやはり差があるため、人数を調整しておく。守備隊は四機、バターカップとネメシスは混成で三機の編成にした。加えて、数パターン用意して相性も確認しなければならなかった。

 主力であるセロウ達は、二機で組むこととなる。エリザとサラ、リンとシスル。そして気になるセロウの相方はリズだった。

「セロウさん。よ、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。リズボン」

「あの、リズって呼んでください。セロウさん」

「わかった。じゃあリズ、動きの確認しようか」

リズは心底嬉しいというように、手を挙げて返事をした。

 正直を言うと、セロウはリズのことをよく知らない。班長以外に対しては、グースにもほとんど来ないため、かろうじて顔と名前が一致している程度だ。サポートをしてあげないとな。今のセロウは漠然とそう感じていた。一方のシスルは堪えていた。目の前の子はあまり気にかけていなかった子であり、紅白戦までに彼女と打ち合わせておかなければならない。だが乙女モードでセロウと接するリズを見るのはつらかった。

 摸擬戦は一方の全ての巨人のマーカーが被弾するまで行われる。人数はハンデでもあるが、仮想敵でもある。守備隊やバターカップには技量の高い相手に対する立ち回りを身に着けてもらう。セロウたちには多数の敵に対し、味方を守りながら戦ってもらう。総合的な技量を測るために必要なことだった。

 これもシミュレータを用いて行う。開始の合図ののち、自動でマッチングを行う。勝敗は記録し参考とするが、それよりも適性や相性を見抜くことの方が重要だった。

「エリザ、ベータから叩いて。そいつに行くと隙が出る」

「わかってる。今行くよ」

「あ、あと、ガンマが私に向かってきた。援護して」

「はいはい、偉そうなこと言う割にこれなんだから」

「うるさい、後ろ気をつけてね」

 主力三人には指揮能力を期待された相方を付けたのだ。視野が広くよく気が回るリズ、戦場を俯瞰できるサラ、そして状態を見るのに長けたリン。結果はというと、ぴたりとはまっていた。リズはセロウが不得手な多数を相手取る戦いを正確にサポートしていた。リンはシスルの攻撃と防御のわずかな隙間を完璧に把握し、その隙をカバーすることができた。そしてサラはというと、エリザに絶えず状況を伝えていた。指示をしていたと言っていいだろう。

 その他のメンバーはと言うと、イサベルたちの三人組が高い実力を発揮した。彼女らは互いが見ている景色をなんとなく理解しており、苛烈な攻めの中にも繊細な立ち回りができていた。そしてラウラやヴィクの率いる小隊にも勝ち越したのだ。

 ラウラはヘンリーと組んだが、あまり連携が取れていなかったため思わぬ敗北を喫することも多かった。

 ともあれ、これで全員に対し十分なデータが集まった。演習はこれで終了だ。ウィシーやヴェルナーが簡単に言葉を述べたのち、解散となった。守備隊とネメシスは明日一日の休息を挟んで、平時の配置に戻る予定になっている。エリザは格納庫を離れようとするセロウに声をかけた。

「ねえ兄貴、なんか物足りないよね。うちもなんだ」

 こう一方的に決められては、苦笑せざるを得ない。だが、エリザの言うことは正しかった。

「ああ、やろうか」

 機体はネーメとアレス。自分のためにチューニングされた機体は、感情を妨げなしに表現することができた。

 シミュレータでは加速度を体感することがないため、これをもって十分ということはできない。セロウとシスルは剣の衝撃を感じることを大事にしている。彼らにとってそれは、数少ない感情を表現する手段なのだろう。エリザもそれに似ていた。だが彼女は、巨人を通してより深い接触をしようとしている。その意図に気づいているのは、セロウを除けばレナだけだった。

 グースの窓から外を見れば、交錯する二機の巨人が見える。一方はいつもセロウなのだが、相手によって印象が全く異なるのが興味深い。エリザならば遊んでいるよう。シスルならば、愛し合っているようだった。そう感じる理由は、本当に普段の彼らを知っているからだろうか。

 ふと思い立って、通信を開いてみる。シスルの時は聞いているレナの方が恥ずかしくなる上、後からひどく怒られるからいいことがない。

――セロウ、もっと来て、うちを感じてよ。

 バスタードで苛烈に攻め続けるエリザは、セロウの長剣による受け流しをかいくぐり接近する。

――仕方ない、わかったよ。

 ふたつの巨人が激突する。整備班はあまりいい顔をしないだろうが、エリザは間合いなしの戦い方を完成させており、今更直しようがないのだろう。この攻めは容易には捌くことはできない。敵の弱い部分を攻めるとき、エリザは自分を知ってほしいのだろう。エリザにとってセロウは壊れないおもちゃであり、自分の気持ちを分かってくれる他者だった。

――セロウ。うちのこと、好き?

 こんな抜き差しならない問いをするのである。エリザは心の動揺を突くのがうまい。だからセロウは、いつも軽く流している。

――はいはい、好きですよ。

 加えられた一撃を受けながら、セロウは答える。これはセロウが以前したことのお返しであり、その手には乗らなかった。

 この応酬は十分以上にわたって続いた。攻撃ひとつひとつが互いの命にまっすぐ狙いを定める。最後は、エリザが一歩だけ上回った。距離のせいでネーメまで塗料に濡れており、二機揃って清掃場へ向かった。レナはウィシーに向き直す。

「エリザちゃんみてると、昔を思い出すのよね」

「アイリスか。今頃何してんだろうな」

 レナとウィシーの記憶には、ひとりの少女がいた。彼女は鮮やかに地獄の中を生き、そしてバイールの荒野に消えた。瀕死の重傷を負っていたが、ふたりは生きていると確信していた。

「彼女が、戦いをやめるとは思えない。いずれ、私たちの前に現れるような気がする」

「もしそうなれば、奴は俺たちの敵になるだろう。手ごわいなんてもんじゃねえぞ」

 そうね。レナは懐かしむように視線を窓に移す。

「しかしアイリスも三十四か。もう子供とかいたりして」

「あいつの子供とか、想像つかねえけどな」

「気難しそうだけど、きっとかわいい子だと思う。ちょうど、エリザちゃんみたいにね」

「初めてエリザの顔を見たときも、俺たちは奴のこと思い出したもんな」

「ふふっ、そうね。あの頃のエリザちゃん、どこかアイリスに似てたから」

 お疲れさま。背後から聞こえる声は、ヴェルナーのものだった。

「邪魔をしてしまったかな」

「ちょっとね。でもいいわ。これから大事な作業があるわね」

「ウィンスも言っていた。彼女らを戦わせたくない。ロイスはできる限り早く軍を編成しなければな」

「そのために、今回の演習で守備隊から人材を探した。だが」

 思うようにはいかねえな。ウィシーは首を振った。

「ネメシスがここを去る日は来る。それは何年も先かもしれないし、明日かもしれない。だけど安心して。ネメシスは大義あるあなたたちに協力を惜しまない。交渉人の私が言うのだから間違いはないわ」

「その言葉だけで、すごく心強いよ」

 ウィシーがする作業にヴェルナーは参加する予定だった。守備隊のことは彼が責任を負っている。そのため運用においてウィシーの経験や知識を用いるが、決定は彼がしなければならない。ロイスは他者を頼らない。このノースランドでこれを成すには時間がかかりそうだ。

 暮れない五月の日差しに照らされて、このロイスの平和が仮初のものであることを、再びヴェルナーは胸に刻まねばならなかった。

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