第一章

IRON EYES

 登場人物


 ウィシー・グレイ……ネメシス陸戦隊長。 砲戦のスペシャリストで。巨人はあまり好まない。

 レナ・ブルージュ……ネメシスの司令。裏を抱えた美麗な女性。

 セロウ・ディング……ネメシス陸戦隊員。操縦技術は高いが、経験は浅い。

 シスル・ナイン……ネメシス陸戦隊員。黒い箱に所属していた過去を持つ。


 枯れ草が風に舞うフレインの荒野には、いつも暗い雲がかかっている。それらは決して雨を降らせず、国境の向こうから陰気臭くこちらを睥睨している。排ガスを撒き散らし兵器を増産するジェラールは、この国の空から青い色を奪ったのだ。

「旧型が二機か、やけに少ねえな。挑発でもしているのか。いずれにせよ、全部来てたらあいつはどうするつもりだったんだ」

 俺はいつも通り、予測される敵の戦力を計算していた。ここがジェラールに対する最前線になったのは昨日今日の話ではない。

 この二十年でミッドランドの地図は大きく変わった。独立以来沈黙を守っていたジェラールが、突如として隣国に兵を進めたのだ。その勢いに小国はなすすべなく滅ぼされ、その指導者の末路は見るも無残なものだったという。国を明け渡し助命を求めるものもある中、最後まで戦い抜いた国も確かに存在した。

 千年王朝と呼ばれたエハンスがその筆頭だろう。

 かつて喫したただ一度の敗戦で狭い領土に押し込められた彼らは、その格式と誇りだけでそこに在り続けた。

 そして、最強の巨人部隊があった。エハンス鉄甲騎士団は機体性能、練度共にバイール終戦後の巨人部隊で最高の実力を誇っただろう。しかし、それは過去のものとなった。

 ジェラールは物量をもって、王国を破壊し尽くしたのだ。波濤のごとく押し寄せた奴らはついに都へとたどり着き、王宮は制圧された。剣を取った者も亡命を試みた者も等しく殺され、エハンス王家は絶えたと言われている。それを暴挙だと、誰も主張できなかった。莫大な資源を擁するジェラールに、貿易面で依存しているからだ。

 ジェラールは滅ぼした国を喰らって成長する。その技術、文化までも取り込んでいった。

 だが図体がでかくなれば、伸びきった補給線を支えることが難しくなる。奴らとてそろそろ手を変えてくるはずだった。

 俺たちが配備されたのは、ちょうどジェラールが今は亡き隣国を侵略し始めた頃だ。この国からの要請は、隣国の国境をジェラールが侵した直後のことだった。そこから三月とかからぬうち、隣国は滅ぼされた。

 俺たちは今、進撃を続けるジェラールの矢面に立たされている。その命が考慮されているかすら断定しきれないところがあった。そもそもこの国が戦力を求めたのは、奴らの当面の狙いがここだとわかったからだ。欲しいのは資源だろう。ここには巨人の動力装置や格闘武装などに使われる重金属の鉱脈があった。それは古くからフレインに莫大な資本をもたらしてきた。

 だがそのような金を持ちながら、フレイン国軍の規模は小さい。砂漠で人口が少ないこの国は、国防を外人部隊や民間に任せているのだ。本来であればそのような国はうちにとっていい顧客なのだが、今回はそうも言っていられない。

「第八門まで、指定の位置に展開。その後敵の位置を送信する。歩兵は急ぎ第三戦闘配置。次の攻撃に備えろ」

 小隊ごとに電磁砲を携行し、散開していく。これでは厚い装甲を穿つことはできないが、動力部を狙い撃てるならその限りではない。二度同じ場所を狙って撃てば、破壊することは可能だった。

 そんな絵空事のような作戦に傾倒するのには理由がある。ひとつは、それが可能であるからだろう。根源的には、俺が巨人の運用を好まず砲兵のことばかり考えていた男だからだ。

 遠くに機影が見えた。陸の巨人は空の巨人とは異なり、行軍はその脚で行う。だから影よりも先に、地の底から湧き上がるような地響きを感じるのだ。

「第八門、発射位置につきました」

 報告を聞いた俺は、高揚を抑えきれない頬を引き締めて声をあげた。

「よし。全門初弾を装填。巨人なんざなくたって負けねえってとこ、見せてやろうぜ」

 巻き起こる砂けむりは、奴らが来た合図だった。

 土袋でできた簡素な堡塁に隠れて狙いを定める。高射装置は陸上の目標に対しても正確な距離と着弾点が割り出せる有効な兵器だ。

「測定終了、発射位置固定。第一門、撃てます」

「第四門、完了しました」

 続々と準備が整っていく。

「よし。第四門まで、発射」

 タイトな砲声が空気を震わせる。間髪を容れずして硬質な打撃音が響く。一、二、三、四。音は全弾が命中したことを伝えた。

 だがそれは、無事に敵を破壊せしめたことを意味しない。そうであれば音より先に閃光が俺に届くだろう。それは全ての弾が堅い装甲に跳ね返されたことを示していた。

「第四門まで再装填。第五門から第八門、発射姿勢のまま待機」

 再度計算を行い、動力部に狙いを定める。電磁高射砲の射程は巨人の武装のそれを上回るが、アウトレンジから狙うには少し接近を許し過ぎた。

 発射音が二つ。巨人のもつロケット発射機から、九インチの砲弾が白煙の軌跡を描きながら向かってくる。バックブラストだけで基地を吹き飛ばしかねないその勢いをもって、砲弾は防衛線を襲った。

 砲兵部隊は迅速に回避行動を行う。後手に回ることはできないが、かといって死なれるわけにもいかない。

「第五門から第八門、移動した奴は目標を再設定。計算結果を受け取り次第、照準合わせ」

 奴らとて再装填まで時間がかかるだろう。接近されれば勝ち目はないため、この隙に一機以上は無力化せねばならない。

「発射」

 超音速で放たれる特殊金属弾は、今度はもう少しだけ鈍く曇った音を鳴らした。装甲が薄くなっている。

 接近してくる巨人に対し、高射装置で再計算する。それがいくら精密でも、被弾したポイントにもう一度当てる技量を持つ砲兵は少ない。

「第一門、第四門。仕上げだ。計算結果を送る」

 巨人が砲を構える。この距離から撃たれれば甚大な被害を被るだろう。だが俺はその勝利を揺るぎないものだと断じていた。

「照準完了、撃てます」

「第一門、第四門、てえっ!」

 二筋の軌跡は弧を描くことなく巨人の腹に吸い込まれていく。反響する音は聞こえない。閃光が、音より先にくるからだ。

 俺は巨人の沈黙を確認し、堡塁に腰をかけた。かつてはどこにでもあった対拠点野砲も、巨人や機動空母の台頭で今は無用の長物と化した。遠距離かつコンパクトな拠点から一撃離脱されては、面で制圧する野砲の出番はない。我が組織の対巨人砲兵部隊も、使うのは取り回しのよい電磁砲だ。

 だがそんな世界になっても、歩兵の戦略的価値が消えることはありえない。

 ありえないからこそ電磁高射砲を全て投入せず、拠点の両翼に待機させているのだ。それはひとえに……。

「左側面より敵装甲車二台を確認」

「右側面警戒しつつ左に向かいます」

 このような時のためだ。 巨人に対応しようと正面に戦力を集中させているため、これを歩兵だけでどうにかする必要がある。

「歩兵部隊。街に入り込まれたら厄介だ。速やかに対処してくれ」

 隣国への侵攻があまりに速かったため、拠点に堡塁を築くことができなかった。だからこそ敵に一番近い場所に石や砂袋で簡易砦を設営し、こうして迎え撃っているのだ。だからこそ守りが厚い部分というのは少ない。

 だが、だからと言って負けるということは考えにくい。我が部隊の練度は正規兵のそれよりも高いからだ。

 それに比して、国土拡大に躍起になっている今のジェラールはすでに狂人でしかない。巨人や単独での交戦はもとより、歩兵で奴らに負けることなどありえないことだ。

「敵無力化を確認。配置に戻ります」

「ご苦労。それじゃあ、ここからは俺の仕事だな」

 この国に派遣されたことを奴らが知るのは時間の問題だろう。であれば、先に叩いておくのが吉というものだ。

 敵の前線拠点の座標位置は配備されるときに聞き知っていた。南西方向に三十八キロ。その距離ならば、この野砲の射程内だ。

 高射装置に野砲の情報を入力する。俺の腕の見せ所とは言っても、どのみち演算装置が出した結論に従うだけだ。ただこの野砲の調整は全て手作業で行わなければならない。

「水平角、仰角、この辺りか。当たってくれよ」

 轟音がひとつ。ここからでは命中したかどうかはわからないが、もう一発くれてやることにした。今度は焼夷榴弾を用いてより大きな破壊を目論む。弾頭が違うため再計算し、角度を変えた。

 拠点を攻撃されたとはいえ、巨人二機の損害を出しておいて直後に仕掛けてくるとは考えにくい。だが次来るときはこのような数ではないだろう。最低でも巨人十機は見てもいい。守る側というのはいつも警戒していなければならず、守りきった直後でさえ例外にはなりえないのだ。奴らは背後の鉱山だけを見ているため、要塞を築かない。

 しかし、である。このようなタイミングで追加の人員というのはどうなのだろうか。初めからもう少しよこしてくれれば、こちらから拠点を叩くこともできただろう。損害も少なくて済んだかもしれない。だいたい、巨人はいらないとはっきり言ったはずなのだが。

 通信が来ている。本部からのようだ。俺はひとつため息をつくと、回線を開いてやることにした。

「レナ、遅いじゃないか」

――ごめんね、ウィシー。待っててくれた? キロム北岸の採掘警備でしくじっちゃって。損害も出たわ。物資は整備が終わり次第まとめて送る。ちゃんとコンタクトレンズもあるからね。

「それで、どれくらい来るんだ」

――歩兵一個中隊、練度は並ね。高射砲も九門用意しておいた。あと、今回は巨人を主力として運用してほしいの。

 俺は一瞬その言葉の意味を測りかねた。巨人を使えと言われたことはなかったからだ。それは今まで必要がなかったこともあるのだが、俺自身の趣向を汲んでくれていた面も大きい。そして問題はその兵の数だ。派遣前の想定の倍はある。

「お前が言うってことは、相応の理由があるのだろう。察するに悪いニュースだな」

――残念ながらその通りよ。諜報によるとジェラール陸軍は、ウエストバイア方面の第三機甲師団をこちらへ向けている。奴らは旧式しか配備していないし練度も低いけど、問題はその数。最大で二百機は見てもいいかもしれない。いくらあなたでも、今回ばかりは巨人が必要になってくるはず。

「二百って、無理だ。分かっていたんだろ、なぜこの依頼を受けた」

――大義のためよ。私たちは義憤に駆られた。だから退けないの。死ぬつもりでお願いね。

 無責任な。俺は意識の外でそう吐き捨てると、回線を切った。もう一言聞こえた気がしたが、もはや致し方ない。

 いつも異論を挟まないのはあれで彼女を信頼しているからなのだろう。レナはいつも正しかった。それがいくら間違っていようと。

 索敵用の無人機を走らせ警戒を強めておきながら、拠点まで戻る。

 明日は作戦行動の確認と合同演習のため正規兵が来る。なぜ今日いないのかと問いただしたくもなるが、敵の都合などはわからないため仕方ないだろう。奴らが夜襲を仕掛けてきた前例はないが、この状況では深い眠りにつくことはできなさそうだ。

 ただどうも、この無神経さだけは取り払うことができそうにない。食事を摂り硬質のベッドに横になると、俺は既に意識を失っていた。

 この日いつもより早く起きた俺は、北西方面の遥かな青い空を見てひとつため息をついた。この危険地帯を悠々と飛んでこれる艦艇など、俺にはひとつしか心当たりがない。機動空母グース。巨人十二機を搭載可能な、うちが所有する最大の戦力だ。どうやら真面目に対処しようとしてくれているらしい。俺はそういう安堵と同時に、去来する不安がひとつだけ存在した。

 組織を代表するその艦には、当然彼女が座乗しているのだろう。どんな表情をしているのか想像するにつけ、俺は深いため息をつく。そして次第に大きくなるその影をみていた。

 着陸を終え乗員が降りてくる。その中には見慣れぬ顔も多くあったが、案の定その顔もあった。この国の基地で部隊全体の補給が受けられるため、追加の兵員と合わせて二百人程度が艦から出てきた。

「あらウィシー、こんなところでどうしたの? まさか、私を待っててくれた? 嬉しいわ」

「そんなわけあるか。それで、来ない予定だったんじゃないのか」

「嬉しいくせに。いいのよ、本当のこと言っても。そうね。うちにとっても大きな意味を持つ作戦になるから、見ておきたくてね」

 最近さらにつかみどころのなくなったレナに閉口しながらも、俺は結局出迎えているのだ。

「で、巨人はどれだけあるんだ」

「陸が十、空が三よ。無理して乗っけてきたんだから、感謝してよね。それで本当は全部陸にしてあげようと思ったんだけど、ちょっとイレギュラーがあったの」

「イレギュラー? なんだ」

「新入りの子がふたりも入ったのよ、しかも巨人まで連れて。ばかよね、こんなところにいるより正規軍の方がよっぽど楽にいられるのに」

「全くだ。で、腕は確かか」

「そちらの方はふたりともバッチリよ。現場で助けられちゃったし。移動中試しに暇してる空兵ちゃんをぶつけてみたけど、相手にならなかったもん。単独任務もなんとかいけそうね。そのひとりの男の子、すごくかっこいい子よ」

「け、年甲斐もねえ」

 あ、きたきた。おーい。俺を無視して笑顔で声を上げる彼女の背は、少しだけ寂しげでもあった。新入りの姿を見た俺がまずしたことは、苦笑を隠すことだった。それでも口を突いてくるものは止める気がおきなかった。

「よりにもよってこんな若造か」

 ひどいこと言わないの。そう釘を刺すときのレナの目には、嫌な凄みがあった。

「じゃーん。こちらが陸戦隊員見習いの、セロウちゃんとシスルちゃんです。ほらほら、挨拶挨拶」

 レナがふたりを肘でつつく。だいたいどこの軍隊に行っても、入隊早々このような雰囲気のところなどないだろう。困惑するのも無理はない。まずは男の方が前に出た。

「セロウ・ディング。キロム国防海軍の上等兵でした。交戦経験は少ないですが、巨人の操縦であれば多少はやれると思います」

「名前はありません。呼ぶならシスルと呼んでください。ウエストバイア海軍で海峡警備をしていました」

 ここまできて、俺は独り合点した。

「敵同士で脱走か、めでたいものだな」

「ウィシー、意地悪はだめよ」

 レナが入ってくる。彼女はもういきさつを知っているのだろう。

「聞く限りじゃそうなるわね、お二人さん。戦場で出会ったんだって、なんだかお伽話みたい」

 で、このいかつい男がここの陸戦隊長なの。レナはこちらを指差して言った。

 俺はよく人をまじまじと見過ぎだと指摘される。そのせいで怖がられているそうだが、性分なのだから仕方ない。こいつらは経験の面でもまだ至らぬところが多いだろう。ただ女の方は、今の状態でも少しは頼れそうだと感じた。

 慇懃に声をあげるふたり。腹部を抑え少し控えめになった少女を見た俺は、また悪い癖が出てしまったかと苦笑した。

 ふたりが去っていった後も、滑走路脇の手すりで空を見ていた。やはり青色というのはいい。ここに来て日が経っていないというのに、しみじみとそう思ってしまう。それはひとえに南に浮かぶ消えない雲のせいだ。

 紙巻に火をつける。かつてと同じ煙を吸っても、戻ってこないものは変わらなかった。

「砂漠から敵が来る、か。嫌なこった」

 それに答えが返ってくることはない。レナはこちらの方も見ず、雲の消えない南の空を見ていた。

「ねえ。あのふたりも、死んじゃうのかな」

 俺は振り向かない。彼女がどんな顔をしているのか、わかるからだ。

「さあ、どうだろうな。俺の実力次第といったところか」

 どうか、今度は生かしてあげて。俺にはその言葉がいつもより重く響いた。

 全員揃ったところで、ひとまず教練を始める。この日は国境軍と合同で行う。少ない戦力のほとんどは首都と鉱山に配置されているため、数もうちの倍ほどしかない。張り詰めながらも賑やかな空気の中、俺自身が教官となって合同演習がはじまった。

 模擬戦も徒手格闘も、新入りは申し分ない動きを見せた。だが男の方、セロウはまだ実戦に慣れていない節がある。そのため演習でも肝心なところで見誤る場面が見受けられたのだ。

 あと問題があるとすれば、シスルはセロウを気にかけすぎだ。確かによく動けはするが、人のことを気にするほどではない。

 戦場で余計な感情を抱くことは、俺の理解の外にある。このままではどちらも死ぬだろうと、漠然とした予測が渦巻いていた。

 作戦はすでに大まかなイメージがついている。いくら巨人を手にしても、砲兵には砲兵の戦い方があるのだ。おそらくレナに言ったら反対される。されないまでも、結果如何では禍根のひとつは残すだろう。冷徹に状況を見るためには、どこかを削らなければいけないのだ。

 駐屯地にあまり広い場所は用意されていないため、血気盛んな隊員の多くはフレインの街に繰り出していった。新兵は肩についた見習いを外すため当面は宿舎で過ごすこととなるだろう。そこでひとまず、歩兵と砲兵の基礎を叩き込むことにした。巨人については、他の兵士と同じメニューで問題ない。

 シスルの身のこなしは巧みで、あとは専門的な技術のみで及第点となろう。ただその動きにどこか引っかかる点、癖のようなものがあったことを俺は覚えておくことにした。今は問題にならないが、後々大きな意味を持ちかねない。

 巨人同士の格闘は交戦して初めて身につくものだ。だが徒手格闘と同じように、訓練で鍛えることは可能だ。シミュレータではなく実機を動かすことも有意義ではある。

 陸型の搭乗員は予備も含めて二十人いるため相手には困らないが、問題は空型だ。前の任務についていた連中は負傷しているため今回は参加しない。それでも本来ならばもうひとりいるのだが、艦を降りた途端にどこかへ行ってしまった。いつものように昼間から酒でも飲んでいるのだろう。空戦はふたりのみとなった。

「陸戦型から行う。対戦表に沿って第一試合だ。さっさと用意しろ」

 勝敗や戦いぶりから別働隊も合わせて編成する。基地を広く使うためかなり目立つが、派手な演習を見せることで少しくらい臆してはくれないものか。

 開始の号令は野砲の空砲だ。けたたましい爆音の中で、紅白に別れ対峙する二組四機の巨人が一斉に動き出した。

 背中に塗装弾を発射する無反動砲と、腰には装甲へのダメージがない高分子の実体剣。外観こそ空戦型と大きく異なるが、することは同じであった。俺はなんとなく手前の対戦を見ていた。

 まずは赤が剣を振り上げて飛びかかる。白は横方向に回避すると、こちらも剣を抜き腹を狙った。着地と同時にホバー移動で距離を取り、その剣を受ける。そのまま数号切り結んだのち、赤が白を蹴り上げた。白はとっさに防御姿勢に入るが、無反動砲は既に狙いを定め終わっていた。

 撃たれた巨人は等しく黒に染まっている。実戦形式で行うということは、明確に死を意識させることでもある。実弾であれば既に巨人は爆散しているのだ。

 順当に決勝戦まで進行した。一応敗者同士で細かい順位付けはするが、それは居残り作業だった。そしておそらく兵士が最も気にしているのは空戦だろう。

 セロウとシスル。このふたりの新兵がどれだけやるか。また、どちらが勝つか。ふたり以外の空兵をほとんど連れて来ていないため、期待もある。この部隊自体脱走兵や野盗上がりなど色彩豊かであり、はぐれ者には寛容だった。今回はその特殊な境遇も彼らの注目を集めるに十分だった。

 戦闘服を着たふたりは直前まで言葉を交わしていた。その内容を詮索するほどには野暮でないつもりだが、まだその実力を信用できていない理由のひとつではある。

 好敵手というものが、わからないのだ。強かろうが弱かろうが敵は敵であり、殺す対象でしかない。そこに私情を挟んでは、戦場で自分の意思すら通せなくなる。

 そのようなことを思っている間に、用意ができたようだ。

 赤がシスル、白がセロウ。武装は実体剣と機銃だけだった。二機の巨人は高度五メートルの地点で向かい合った。

 向かい合ったまま、二機は動かない。開始の合図は任せてあげてほしいとレナが言うため、渋々そのようにしたのだ。

 一羽の禿鷲が上空を駆ける。白は素早い動作で機銃を取ると、それに一発だけ着色弾を放った。襟のような白い毛はたちまち黒く染まり、それを見るにつけ二機は銃口を互いの動力部に向けた。

 撃ったその場所に、もう巨人の姿はない。空の巨人は運動性が非常に高く、それゆえ求められる操縦技術が他の兵器の比ではない。鉛直上向きに移動する二機は流れの中で機銃を収め、格闘に移った。

 特殊合金で出来た実体剣は、それ同士でぶつかると甲高い音が響く。もはや目で追うことも困難な剣戟の行方を、兵士どもはその耳で感じていた。

 結果はといえば、セロウの勝ちだった。必勝を期したシスルの剣を動力部すれすれで払い、その毛ほどもない隙に機銃を叩き込んだのだ。技術は飛び抜けていると言わざるを得ないが、敵の力量を見誤ればそれだけで死につながる危険なやり方だ。その腹を黒く染めた異形の巨人は、その鈍重な足を地につけた。

 二機の巨人はホバー移動でドッグに入っていく。空の巨人は陸に比べ機動性は高いが、装甲が薄く継戦能力が低い。本来陸戦では偵察など限られた任務にしか用いられない空の巨人だが、今回は使い尽くさねば勝ち目はないだろう。敵の数はこちらの何倍もある。これを迎え撃つ策を講ずるのに、彼らは不可欠な存在だった。だがもし、それでも勝利が見えぬ場合は。俺はその選択肢を捨てないことにした。

 順位付け作業まで見てやったのち、俺は宿舎へと戻った。レナが教官を務めるふたりの教練をちらと見たのち、兵員とともに夕食を摂ることにした。

「隊長。格納庫に空が一機残っていますが、あの野郎を実戦で使うんですか」

「ヘンリーのことなら、来ないことくらいわかっていた。あれはあれでいいんだよ。おそらく今の新兵どもではまだ勝てんだろうしな」

「ですが、先ほどの模擬戦を見るに彼らの息はぴったりです。奴を使えば連携が崩れてしまうのでは」

「お前はヘンリーを知らんな。奴は誰より空を楽しんでいる。だからこそひとたび戦場に放り込まれれば奴は負けないし、誰ともうまくやるだろうよ」

 どうもこの組織には規律というものが薄い。レナが切り盛りしているという事が大きいな要因だろう。教練に現れずふらついている兵士など、他の軍であれば懲罰ものだ。俺もレナも奴の境遇を知っているため、特に縛りつけはしない。だが自由すぎる言動が規律を乱しているのも確かだった。

「奴は悪ガキなんだ。大目に見てやれ」

 こういう自分の情けなさを、部下もよくわかっていた。

「わかりましたよ。どうせいくら訓練したところで、あいつには勝てませんからね」

 事実として奴はネメシスの搭乗員の誰よりも高い技量を持っていた。であればこそ、次の実戦で奴の働きは重要だ。巨人は技量次第で本当に一騎当千ということがある。だから悲観こそしていないが、しかし防衛任務で数の不利は痛い。精密な作戦行動が求められることを、今一度認識せねばならなかった。

 俺は膳を片付けると、兵を残して自室に戻ることにした。少し眠い、そう思った頃にはもう意識はどこかにいっていた。




 夜半ふらふらと基地の通路を歩いていると、遠くに人影が見えた。それはどうやら女のようで、オリーブ色のワンピースを着ている。侵入者とすればやけに幼すぎるが、何者だろうか。俺はとっさに防御姿勢をとり拳銃を抜いた。女は機敏な動作で壁に背をつけると、拳銃でまっすぐこちらに狙いを定める。それは時間のみずらした、全く同じ動きだった。教練で感じた違和感の正体は、どうやらこれのようだ。

「所属を答えろ」

 女は目を細めてこちらを睨む。その声は鋭く、しかし震えていた。

「聞くなら、そっちが先に言ってよ」

「こっちが聞いているんだ。身のこなしを見るに、黒い箱のようだが」

「知らない。いきなり銃突きつけてきたのはそっちでしょ」

 子供のような応酬に我ながら苦笑する。よく聞くと、覚えのある声色だった。一歩二歩進むと、向こうが何やら目を丸くしているのに気がついた。女は銃を下ろし直立する。決まり悪そうに、それでいてふくれっ面でこちらを睨んでいた。

「隊長。もしかして、お目がよろしくないのですか?」

 濁りのない声で、女は口にした。目をこすってみると、拓けた視界の先に女の姿は見えなかった。腹に鉄の冷たさを感じたと思うと、ぬっと可憐な花のような顔がひとつ現れた。眼鏡の奥に薊色の虹彩の大きな目が開き、言葉が発せられる。

「いけませんよ、隊長。この距離で目を閉じては」

「シスル、まさかお前」

「以後、眼鏡をご着用ください」

 かつかつと足音を立て去っていく女は、まごうことなき少女だった。

 しばしの間あっけにとられていた俺は、ひとつ思い出した。

 戦場に咲いた花と言えば、今日では不幸の代名詞として語られることだろう。彼女はその名をシスルと言った。若くして熟達した兵士が花の名を名乗るとき、その出自は決まっている。

 皆同じ、ただひとりの生き残りなのだ。登録名シスル・ナイン。それは黒い箱のシスルクラスに所属する九番目の子供であることを示す、単なる記号にすぎない。だが生き残った彼らには、それを後生大事にする理由がある。

 黒い箱を修了すれば、まだ幼い兵士達は繰り上がり式で連隊に加わる。そこで苦楽を共にしてきた仲間を次々に失うのだ。風の噂には聞いている。ウィステリアは全滅したそうだ。シスルもその道を辿ったに違いない。

 それでも、生き残った奴は幸福だ。逃げることができるのだから。しかし公国の洗脳教育により魂まで腐ってしまえば、それさえ選べなくなる。優等生などと褒めそやされ部隊に残り続けるやつこそ、ただの負け犬なのだ。

 体も心もよくできた優秀な作品に限って消えていく。これを皮肉と呼ばずしてなんと呼ぶか。今の黒い箱は、いたずらに子供を殺すだけの機関だった。

 幸福をつかむための逃走は肯定するべきだ。厳格の意を持つシスルという花も、だからこそ守らねばならない。目の前に、過酷な戦いがあるとしても。

「セロウ、わかっていような」

 そうこぼした口元を押さえながら、俺はコンタクトレンズの残量がいくらかを思い起こしていた。

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