二話 デート!(到着)

 一時間の旅を経て遊園地のゲート前に立つ。家族連れが多いが若いカップルも見かける。

 中には中学生らしき組み合わせも? ちょっと蹴ってこようか?

 いやいや、やめとこう。

 今日は俺も、デートなんだ!

 さてさてチケットを買おう。入場券と……アトラクションの料金ていくらくらいなんだろ?

 華子がずいっと前に出て係員に言う。


「入園券とフリーパス。おとな二枚、別々で」


 勝手に決めてしまった。

 あれ? 別々に払うの?


「いや、今日は俺が……」

「ダメ、割り勘」


 カウンターに自分の分の料金を叩き置く華子。

 ええ、そうなの? 男が払うべきなんでは?

 しかしあんまりまごついてたら後ろの人に迷惑だ。仕方なしに自分の分だけ払う。


「じゃあ、昼飯は俺が……」

「ダメ、割り勘」

「な、なんで?」


 男らしく奢ってみせたいんだけど。

 華子は二人分のチケットを持って先へ先へと行く。向こうの方が足が長いので追いかけるだけで大変だ。

 華子が顔だけくるりとこっちに向ける。


「快人ごときに奢られたくないの、私」

「いやでもデートだしさぁ……」

「男が払うべき? 童貞らしい思考よね」

「……そうなの?」

「ホントにイイオンナは自分の分くらいきっちり払うものなの。むしろ男を奢ったり」


 華子は自信満々なので俺の中の常識は風前の灯火。


「……そう、なんだ?」

「そうなの。下心のある男ほど奢りたがるし、程度の低い女ほど奢られたがる。一方、私の母なんて……って、もういいでしょ? グダグダ言わないの」


 華子が立ち止まる。

 もう遊園地の中だった。開けた視界のあちこちにアトラクションが見える。

 見渡した華子が腕まくりの真似をした。


「さぁ、遊ぶわよ!」


 目がキラキラしている。意外にもがっつり楽しむつもりらしい。

 俺は聞いてみる。


「なに乗る?」

「とにかくジェットコースター全制覇」

「あ……うん……」


 俺は小心な童貞なのだ。あんまり激しいのは正直勘弁なんだけど……。




 うわー、みんな悲鳴上げてるよ。

 ジェットコースターの順番が近付くにつれ、俺の胃は痛くなっていった。


「情けない顔してるわね。ホントみっともない」


 隣から華子が蔑みの視線を向けてくる。

 普段ならご馳走だ。しかし俺の股間は反応してくれなかった。その情けないありさまが、俺の気力をいっそう減退させる。

 そして順番が来た。

 華子と並んでシートに収まる。


「あれ?」


 俺はふと気付いた。

 華子を見る。

 正確には下半身。


「なによ?」


 イヤそうな華子の声。

 華子、スカートだよね? これから激しいジェットコースターだよね?


「華子、スカートめくれない?」

「あんたって、どこまでも童貞よね? ショーパン穿いてるし、別に構わないわよ」

「……そっか」


 華子は童貞を侮っていた。

 童貞の妄想力をもってすれば、短パンごときないものとして扱うことができるのに。

 ジェットコースター発進。

 俺は横目でスカートを凝視する。


「うわー、ドキドキするー。実はジェットコースターって初めてなのよねぇ」


 華子がこぼした『初めて』という単語は、当然俺の中では増幅して聞こえてきた。

 華子の初めて……極上の女の初めて……。スカートへの期待と相まって、俺の興奮は否応なく高まった。

 車両の速度が落ちる。

 そして急降下。


「きゃああああっ!」


 華子の歓声。


「うぉぉぉぉ!」


 俺の雄叫び。

 華子のスカートは当たり前のようにめくれた。チラチラと中に穿いている薄ピンク色のものが見える。

 これはショートパンツ?

 いいや違う!

 俺の中では違う!

 これはパンツだ!

 ひらひらとスカートが揺らめき、中の「パンツ」が見え隠れする。

 あくまでチラチラとしか見えない。ショートパンツとしての自己主張は抑えられた。

 スカートの中に隠れた布地。

 これはパンツだ!

 俺の中ではパンツなんだ!

 華子の手がスカートを整える。


「止まったわよ?」

「え? あ、うん」


 俺は素数を数えて勃起を抑えてからジェットコースターを下りた。




 アトラクションの出口から華子がぴょんぴょんと前へ跳ねていく。

 くるりと回って俺に笑いかけた。


「次、なにがいい?」

「そうだなぁ……」

「別のジェットコースターに乗るわよ」


 パンフレット片手に先へと行く華子。俺は追いかけるだけでも大変だ。

 二回目で早くも気付かれた。


「快人、乗ってる間、ずっと私のスカート見てなかった?」

「そ、そうかな?」


 いちおう横目だったんだけど。


「いいや、見てた。あのさ、この下にはちゃんとショートパンツ穿いてるからね? 快人が期待してるものは見えないんだから」

「分かってる分かってるって」


 短パンを強調されると俺の中の妄想が揺らいでしまう。話題を逸らさねば。


「それより次はゆったりしたのにしようよ。箸休め」

「ん? そうねぇ。あれとかかわいいけど、高校生は無理かな?」


 思っていたより簡単に話は逸れた。

 そして子供に交じって馬の乗り物に乗り込んだ。緩やかなコースなのでスカートはめくれない。


「あはっ、意外に楽しいかも。ね?」


 華子が無邪気な笑顔を向けてくる。

 すぐに、はっとした顔になってそっぽを向く。

 俺が横顔をのぞき込むと目をパチパチさせている。


「どうしたの、華子?」

「み、見ないで。見ないでよ」


 片手でしっしと俺を追い払う。

 むむ?


「なに? はしゃいじゃって恥ずかしいの?」

「い、いちいち言うな!」

「いてっ!」

 

 分厚いブーツで思いっきり蹴ってきた。


「い、いや、普通に楽しめばいいと思うんだけど」

「そうはいかないわ。私にも体裁ってもんがあるんだから」


 ようやく俺の方を向いたが、ぶすっと口を尖らせている。


「俺相手に体裁なんて関係ないでしょ?」


 華子が首を傾げた思案顔になった。すぐに頭を戻して深くうなずく。


「それもそうね。快人をイシキするなんておかしいわ」


 というところで終着。

 先に下りた華子が俺の方を向く。


「次はまたジェットコースターよ」

「うん」

「ただし、スカートを見たら目潰しだから」


 ぎろりとにらんでくる。童貞を殺す、たまらん視線だ。

 ともあれ目潰しは勘弁だった。


「わ、分かった。最善を尽くすよ」

「いやいや、絶対に見ちゃダメだから。恥ずかしいじゃない」

「あれ? 恥ずかしいんだ?」


 俺の妄想の中ではパンチラだけど、向こうにとってはただショートパンツが見えただけ。難癖だけは付けるけど、ホントはそんなに気にしてないと思ってた。

 華子の顔がなぜか赤くなる。


「ち、違う違う。私が言いたいのは……そう、キモいのよ! ジェットコースターで遊んでるのに、女のスカートばっかり見てるなんてキモすぎる。この、童貞めがっ!」

「ひ、ひでぇ……」


 童貞はともかくキモいは酷い。

 びしっと華子が俺を指差してくる。


「スカートを見たら目潰し! 私は快人をイシキしてない! 以上、心得ておくように!」


 言うだけ言うと背を向けた。そして一人でずんずん先を行く。

 気難しいお姫様だ。

 さっきみたいな笑顔、もっと見たいんだけどなぁ……。

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