三章

一話 デート!(出発)

 初デートにはコンドームを何個持っていくべきか?

 手付金の話が決まってから、俺はこの問題についてひたすら考えた。

 そして迎えた初デートの日。

 結局俺は、全部置いて家を出た。

 今日はそういうことにはならないと思ったから。




 待ち合わせ場所は高校の最寄り駅。俺は約束の一時間前に到着した。

 まぁ、遅刻するよりはいいよね。

 華子の住処はここから歩いていける場所にある。だからあいつを迎えに行くという選択肢もあった。

 しかし俺はそれを拒絶する。

 デートの相手がやってくるのをただ待つという選択肢。

 どんな格好で来るかな?

 俺を見付けた時、どういう顔をするかな?

 そういうことをひたすら想像する。

 こっちの方が幸せっぽいのではなかろうか? なにより、妄想するのは童貞の得意とするところだった。

 とはいえ一時間か……。

 華子って時間は守るタイプかな?

 ……とてもそうは思えない。一時間くらい遅れた挙げ句、詫びのひとつも言わない気がする。

 まぁいい、待つのは幸せだからね。

 三十分経ったところでよく知る人影を見つけた。

 踏切の向こう側にいる。

 タイミング悪く踏切が下りたところ。

 向こうはまだこっちに気付いていない。

 口元に手を当てた。

 多分、あくび。

 あんまり寝てないのかな?

 まさか楽しみで寝られなかったとか?

 ……なんて、あるわけがない。

 今日のデートは向こうにしたらただの手付金なのだ。

 踏切が上がる。

 足元を見ながらこっちに向かう。

 頑丈そうな黒いブーツを履いていた。

 長さはくるぶしが隠れる程度。

 向こうが俺に気付いたようだ。

 さすがに満開の笑顔とはいかない。

 それはまぁ……予想の範囲。

 でも、笑みを見せてくれた。

 これは……予想外だ。

 笑顔のまま華子が話しかけてくる。


「おはよう、早かったわね」

「お、おはよう、そっちも早かったね」


 約束の三十分前に現われたのだ。意外にきっちりした奴?


「まぁね、どうせ快人はバカみたいに早い時間に来るんじゃないかって思ったのよ」

「い、いや、三十分前に着いたとこだし」

「約束の一時間前でしょ? 大概よ」


 やれやれといったふうに両手を上に向ける華子。

 羽織っているのはカーキ色のフライトジャケット。袖をまくって七分の長さにしている。

 ごついブーツにフライトジャケット。

 そこだけ見ると男みたいな格好だけど、ジャケットの下に着ているのはワンピースだった。

 白地に赤い小さな花柄を水玉模様みたいに散らせて。丈は膝より十五センチくらい上にある。

 手にしているハンドバッグも、女子らしい白くてかわいらしいものだ。

 男っぽいの? 女の子っぽいの?

 どこを目指しているのかよく分からなかった。

 華子が怪訝な顔をする。


「どうしたの? ヘンな顔して」

「いや、うーん、なんかうまく説明できない?」

「どう、今日の?」


 華子がジャケットの裾を両手で広げてくるりと回る。

 髪は後ろでお団子にしていた。一見雑っぽいけど、多分そういう髪型なのだろう。

 また俺の方を向いてから首を傾げてみせる。

 俺は感想を述べねばならない。

 え? ……かっこいい? ……かわいい? え、どっち?

 華子が頭を戻してから言う。


「かわいいでしょ?」

「あ、う、うん、かわいいね?」


 よく分からないが、華子的にはかわいい格好らしい。


「せっかく動画送ったのに快人は選ばないしさ。結局自分で決めたわよ」


 でもその格好、動画の中になかったよね?

 だいたい答えは予想できるけど、一応聞いておく。


「じゃあさ、ミニスカートとチューブトップの奴を選んだら着てくれたの?」

「そ、そんなわけないでしょ! あれは……ちょっとテンションがおかしかったのよっ!」


 きつい目でにらんでくる。

 まぁ、夜のテンションって怖いよね。

 童貞も深夜になると似たようなことをやらかしがちだ。話したこともない相手に熱いラブレター書いたりさ。

 華子が咳払いで全てを誤魔化した。


「それより快人に言っておかなくっちゃ」

「なにを?」

「今日の私、スカート短めでしょ?」

「う、うん……」


 華子は制服のスカートをそこそこ短くしている。今日はそれよりさらに短かった。

 白い生足がとても素晴らしい。


「この下、ちゃんとショートパンツ穿いてるから」


 俺は膝から崩れ落ち、地面に両手をついた。童貞心どうていごころが深い絶望の底に叩き付けられる。


「そ、そういうの、言わないでくれるぅぅぅっ!」


 童貞の――男の夢を、一言で粉砕してからにっ!


「だって言わないとヘンなことしでかすでしょ?」

「いやいや、しないよ? ただチャンスをうかがうだけだから」

「だからそういうのが勘弁なのよ。ほら、早く立ちなさい。男に土下座させてる女みたいじゃない」

「う、うう……」


 心は折れたままだがどうにか立ち上がる。

 そんな俺を華子が上から下まで見た。

 俺が今着ている服は上から下まで全部兄貴が前に買ってくれたものだ。モノトーンで揃えた、下手な冒険はしていないコーディネートとのこと。

 デートの格好としては文句ないでしょ?


「汚い靴ね。ちゃんと洗っときなさいよ」


 俺のスニーカーをけなした。

 これも……普段履きではないんだけどな?




 ともあれ電車に乗り込む。ここから遊園地までは一時間ちょっとくらいらしい。

 そこそこ乗客がいたので二人とも座れなかった。

 華子は扉にもたれかかり、その前のつり革に俺がぶら下がる。

 ホントは壁ドンみたいな感じでくっつきたい。童貞にそんなことができるわけないんだけど。

 窓の外を眺めながら華子が言う。


「今日は特別なんだから」

「特別? なにが特別?」

「ホントは日に当たりたくないのよ、私」

「太陽に?」


 いきなりよく分からないことを言いだした。

 実はヴァンパイアとか? だからそんなに美人なの?

 華子が俺に顔を向けた。日に照らされると美貌がいっそう映える。


「日焼けしたくないのよ。シミになるでしょ?」

「日焼け……シミ……」


 童貞にはよく分からないこだわりだ。健康的に焼けた肌もまたいいもんだよ?


「でも今日は外で遊ぶでしょ? 快人が遊園地でデートなんて言うから」

「いや、遊園地って言ったのは華子だよ?」

「細かいこと言わない」


 華子が分厚いブーツで蹴ってくる。

 結構、痛い。


「とにかく今日は特別だから。この私が日焼けを顧みず付き合ってあげるのよ。ありがたく思いなさい?」


 また蹴ってくる。

 イマイチよく分からない恩を売ってきた。華子的に日焼けというのは重大事らしいけど?

 じゃあ、あれも特別だからしてるのかな。

 いつもの華子とは違うって気付いたのは電車に乗ってから。

 ちょっと聞いてみよう。


「じゃあさ、華子」

「ん、なによ?」

「今日は特別だから、香水を付けてるの?」

「……いちいち人の匂い嗅がないでよ」


 イヤそうな目で見てくる。まるで変質者扱いだ。


「いやいや、自然に匂ってくるんだよ。ていうか、香水って誰かに嗅がすためにあるんじゃないの?」

「違うわよ」


 かなり鋭く蹴ってくる。

 痛いって!


「じゃ、じゃあ、なんのために?」

「いちいち聞くな。この童貞めが」


 何度も何度も蹴ってくる。


「分かった、分かったから蹴らないで!」

「ふん」


 また窓の外を眺めだす。

 怖い女だ。

 アザになったらどうしてくれる? ……どうもしないけど。

 ふいに華子が顔だけ向けてきた。


「この匂い、イヤ?」

「え、ううん? いいと思います」

「そ」


 またそっぽを向く。

 はぁ、ホントによく分からない女だ。

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