三話 彼女さんの趣味を把握する

 では、今晩も兄貴の調査をしましょう!

 などと意気込んで真っ直ぐ家へ帰る俺ではない。

 今、俺は極上の女と付き合っている。ということになっている。この状況を目いっぱい堪能しなくては。

 放課後、俺は二年生の下駄箱前で華子を待った。

 現われた華子は俺を見たとたん顔をしかめた。それが彼氏に対する態度なの?

 靴を履き替えると俺には一言もなしに先へと歩きだす。追いかけて横に並ぶ俺。

 華子はすぐに自分の両腕を組む。手を握られるが恥ずかしいからだ。

 ていうか、単にイヤなんだよね?

 めげずに声をかける。


「今日はどこへ行こうか?」

「どこへも行かないわ。さっさと帰って浜口行道の調査をなさい?」

「ゲーセン行こうか?」

「ゲーセンには私がするようなゲームはないわ」

「じゃあ、ゲームはなしでプリ撮ろうよ」


 華子が立ち止まった。


「あなた、馴れ馴れしすぎるわよ?」

「いや、付き合ってるんだろ、俺たち?」


 横を向いて舌打ちをする華子。

 すぐに俺の方を向く。


「もっとゆっくりとしたお付き合いをしましょうよ。昼休みにあれだけ大サービスしたんだし、今日はもういいでしょ?」


 確かに指をくわえて挑発してきたのはいいサービスだった。

 いやいやそれにしたって。


「もっと恋人同士、親交を深めるべきだよ。そうしておけば、童貞を捧げる時もスムーズにコトが運ぶんだ。セックスはコミュニケーションの一種だからね」


 と、ネットに書いてあった。

 本当は意味がさっぱり分からない。挿入さえしたら女はひいひい悦ぶんでしょ?


「あくまでセックスなのね、あなたって」


 華子は俺をひとにらみすると、さっさと立ち去ろうとする。

 当然俺は逃さず横に並ぶ。童貞を捧げるのが大目標だが、恋人気分も味わいたい。


「華子ってなんか趣味あるの?」


 華子が大げさにうなだれて大きいため息をつく。露わになった白いうなじが色っぽい。

 俺が諦めないと分かったのか、頭を上げた華子が口を開く。


「……あるわ。サイクリングよ」

「へぇ、今度どっか行こうよ。のんびり二人で走るのもいいもんだよ?」


 川縁をキャッキャウフフと走っていくのだ。


「ええ、そうしましょうか。山の中に置き去りにしてやるわ」

「山の中? いや、近場をさ……」

「いいえ、やっぱり百キロくらい走らないと走った気にならないわ。山道を下るのは爽快よ? 道を曲がりそこなったら死を覚悟しなきゃだけど」


 華子がぞくりと背筋にくる視線を向けてくる。


「い、いや……そんなハードなのは……」

「そうだ、どうせならあなたも自転車を買うべきね。四十万円くらいのを」

「四十万! そんなにするの? 自転車だよね?」


 そんなけあればどんだけゲームが買えるか……。


「それぐらい出さないと……。あなた、私と付き合ってるのよね?」

「う、うん、そうだよ」

「だったら彼女さんの趣味を理解すべきよ。今からさっそく行ってみましょうか。向こうにいい自転車屋さんが……」

「いやいや、ちょっと待ってちょっと待って!」

「え、なに?」


 華子が底意地の悪いニヤニヤ笑いを向けてくる。くそっ! 美人だからそんな顔も魅力的だ。


「趣味についてはまた今度話し合おう。とりあえず今日はカフェでお話とかどうかな? 昨日のとこで」

「『さらさ=りゅうきん』は今日は定休日よ」

「あ、ホントだ」


 ちょうど昨日のカフェの前まで来ていた。確かにシャッターが閉じている。

 華子が立ち止まったので俺も止まった。


「もういいわね。帰りなさい?」

「うーん……」


 このままおめおめと引き上げるのはイヤだな。かといって自転車を買わされるのは勘弁だ。

 俺はひたすら悩む。

 その間に華子はカフェのシャッターを勝手に開けた。そして中へ入っていく。

 おいおい、いいのかよ。とにかく俺も後へ続く。




 カフェの中にはゲンさんが。カウンターの中からにこやかに笑いかけてきた。


「いらっしゃい、お二人さん」


 華子が振り返って俺を見た。素で驚いた顔をしている。

 いや、気付けよ。


「なに勝手についてきてるの?」

「別にいいだろ?」


 逆ギレ気味に言う俺。こいつ相手には強気くらいがいいはずだ。

 華子が厳しくにらんでくる。

 それも少しの間で、俺を無視するようにゲンさんの方を向いた。ゲンさんには穏やかな表情だ。


「もう終わる?」

「もうちょっとかな。ジュースでも飲んでてよ」

「そうする」


 華子が当たり前のようにカウンターの中に入る。そして冷蔵庫らしきボックスからジュースを取り出した。

 カウンターの中でごそごそしているゲンさんが華子に顔を向ける。


「あ、彼にも出してあげてね」

「ええ? 仕方ないなぁ」


 口をとがらせてコップをふたつ取りだす。

 え? なに今の甘えたみたいな口調? あんなしゃべり方するの、華子って?

 華子がオレンジジュースをコップふたつに注ぐ。そしてゲンさんの手元をのぞき込んだ。


「私も手伝おうか?」

「いいよ、向こうで彼氏とお話しておいで」

「もう、やめてよねぇ」


 ぺしっとゲンさんの肩を叩く華子。

 いやいや、今のも甘えてるよね? 童貞の俺でも分かるんだけど。

 カウンターを回り込んだ華子がカウンター席にコップを置く。


「座りなさい?」


 もう仏頂面。

 いろいろと釈然としないがともあれ席につく俺。

 華子はいちおう隣の席に座るが、俺を見ようとはしない。頭に巻いた三つ編みの位置を整えたりしている。

 いいや、ここでヘコたれてはならない。


「華子って、自転車以外の趣味はないの? マンガとかゲームとかは?」

「興味ないわね」


 冷たく言う。

 せめて童貞を殺す視線だけでもほしい。


「ハナちゃん、ゲームはするじゃない。しかもパソコンで」

「勝手に言わないでよ、ゲンちゃーん」


 なんで語尾が甘ったるいの?

 ともあれゲームか。ここに突破口がある。


「俺もゲームするよ。シューティングとか格ゲーとか」

「興味なし。私はシミュレーションオンリーなの」


 相変わらず前を向いたまま俺を見ようとしない。

 めげるな快人!


「戦国時代とか三国志とか?」

「後は町作り。手下をこき使ったり、愚民どもを右往左往させたりするのが好きなの。私の命令で死にそうな目に遭うのよ? ゾクゾクするわ……」


 にんまり残酷な笑みを浮かべた。

 視線は俺に向けられていないが、その目を横から見るだけでゾクゾクしてくる。

 ここで俺は気付いた。


「……あ、そうか。自分は友達がいないから、ゲームの中で言うことを聞かせるんだ?」

「なんですって!」


 華子が今すぐ殺してきそうな目で俺を射てくる。

 とたんに勃起する俺。やっぱり華子の視線にはたまらんものがある。


「大丈夫、友達はいなくても、俺がいるじゃない」


 やさしく慰める俺。


「ヘンに同情っぽい言い方しないでっ! 私は一人で生きていける女なのっ!」


 烈火のごとく怒りだした。

 と、カウンターの向こうでゲンさんが吹き出す。


「快人君、彼女はこう言うけど、ホントはすごく寂しがり屋なんだよ。夜なんて一人じゃ寝られないんだから」

「ちょっと、ゲンちゃん! よけいなこと言わないでっ!」


 華子がゲンさんに声を荒げる。

 そうか、華子の奴、本当は寂しがり屋なのか。そりゃそうだ、人間は一人では生きていけない生き物だからな。

 俺は力強くゲンさんに宣言する。


「じゃあ、これからはいつも俺が横で寝るようにしますよ!」


 びしっと親指を自分に向けた。

 その親指を華子が掴む。ぐいいっと曲げてくる。


「チョ・ウ・シ・ニ・ノ・ル・ナッ!」

「痛い痛い痛い!」


 華子の肩を叩いてギブアップする。

 なかなか離してくれなかったが、どうにか許してくれた。華子の照れ隠しはなかなかハードだ。

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