03:カタナの兄と殴りの妹

 肉眼では見えないが、核兵器を搭載しているという爆撃機の存在も、テレパシーを通じてひしひしと感じられた。

 「これは……のんびり遊んでる時間はないな。よし、妹ちゃん! 俺は右の一機と、それから爆撃機をやる。実戦前で悪いけど……左の二機をお願いできるか?!」

 「もちろんです! 兄さんの命令なら、どんな命令でもよろこんで従いますよっ!」

 「『どんな命令でも』は行き過ぎだけど……とりあえず、頼んだ!」

 兄妹は1、2秒見つめあった後、ハイタッチした。

 その乾いた音を最後に、二人は方向転換した。振り返ることなく、それぞれの方向に駆け出す。


 兄の和也は、抜き身のまま霊刀・オボロミユツを持ち、ヘリコプターに真正面から突進した。「銃弾を避けよう」とか、そういう恐れは一切ない。

 「ふん……! お前らごときに、俺が止められるか! 絶対に、仕事を休んで旅行に行くんだからなっ」

 その声が聞こえたわけではないだろうが……ヘリコプターは、和也の存在を捉えたらしい。

 機体下部のランチャーから、和也にむけてロケット砲を発射する。合計、10発の砲弾が次々に空中を突進してきた。

 「遅いっ! 止まって見えるぞ、オイ!」

 和也はオボロミユツを片手にしつつ、飛び上がった。

 東京駅のホーム上の屋根、ついで駅舎に飛び移り、そこを起点にさらに空中へと飛ぶ。

 超能力サイキックの力によって、和也の脚力は強化されている。

 いわゆる、身体強化フィジカルエンハンスメント

 今の彼に、その程度の跳躍はたやすいことだった。

 他方、ロケット弾は地表を検知し、その近接信管が作動する。

 空中で爆発することで、殺傷能力のある金属片を地表の広範囲へ撒き散らす――という兵器なのだろう。

 しかし、一年に三日しか休みを与えられず、ひたすら訓練と勉強に明け暮れさせられた和也にとって、それは容易に対処できるものでしかなかった。

 和也がオボロミユツを一閃させる。

 すると、はるか上空にあるロケット弾のすべてが、バラバラに切り刻まれる。信管も、炸薬も、それから推進装置までも。丁寧に解体され、殺傷性はもうない。

 刀は、実際に触れていないにもかかわらず――だ。

 ヘリコプターは、めげずに残りのロケット砲弾を発射する。

 しかし、駅の屋上で耽々と狙っている和也に、同じ手が通用するはずもない。

 「ふっ!」

 和也が、目にも止まらぬ速さで刀を何閃もする。

 すると、十発近くのロケット弾が「ひとりでに」切り刻まれる。鈍い金属音を立てて、建物にぶつかった。

 「どうだ、見たか!」

 攻撃ヘリコプターは、少し滞空していた。 

 が……まだあきらめてはいないらしい。

 機体下部から機関砲を露出した。

 「……おいおい、めんどくさいなっ!」

 和也が独り言を言うのと同時、機関砲が危険に回転しはじめる。そして、数百発の弾丸が和也めがけて放たれた。

 

 他方、妹のほうは、左の二機の戦闘ヘリコプターに対峙している。

 「あぁ、今日は武器を持ってきてませんっ。旅行なんだから、当たり前ですよね……」

 穴だらけになったバッグの残骸をあさり、妹はため息をついた。

 「仕方ありません。あなたたち程度、素手でお相手して差し上げましょう」

 妹は、季節はずれの手袋だけをはめて、両手をパンっと握り合わせた。

 そのうす布一枚が、彼女の即席の武器だった。

 ヘリコプターは彼女を捉えて、ロケット弾を発射する。

 「さぁ、私がイジめてあげますっ! 実戦はまだだからって、舐めないでください!」

 もっとも早く突進してきたロケット弾へ、妹は狙いを定める。彼女は、膝を曲げたかと思うと、駅のホームを両足で蹴飛ばした。

 ホーム上に彼女の足型のへこみができる代わりに、彼女は大跳躍して、そのロケット弾へと肉薄する。

 単純な跳躍力からすれば、一跳びで高度50メートル以上に到達する妹の脚力は、兄のそれを凌駕していた。

 それもそのはず。妹の超能力サイキックは、身体強化フィジカルエンハンスメント一点に、集約されていたのである。

 そしてその桁外れの力は、脚力だけでなく腕力も同様だった。 

 「せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 普段の清楚な外見からは想像もできない、勇ましい声を妹は発した。こぶしを、ロケット弾の真正面に叩き込む。

 金属が凹む、小気味いい音が鳴った。

 極超音速で繰り出されたこぶしは、ロケット弾の信管も、炸薬も、完全にぺしゃんこにつぶしてしまった。

 「ふふんっ。……あら?」

 つぶれた衝撃で発生した高熱が、炸薬に触れて引火する。

 ロケット弾は妹の目の前で轟音を立てて爆発してしまった。

 「あれぇ? そんなに興奮しちゃって。おもしろいですねっ」

 しかし、妹は傷つくことはなかった。

 妹のこぶしから発生した衝撃波層が、ロケット弾の金属片をすべてはじき返し、あるいは受け流して、妹の体に当たる前に四散させたのだ。

 たった一発の殴りで、手袋は焼け焦げて煙を発している。

 くちびるをとがらせて、フッと煙を吹き散らせる妹。その表情には、ためらいも恐怖もない。

 「ほらほらっ、そんなので私をヤるつもりだったんですか!? 私がヤられてあげるのは、兄さんだけですよ!」

 三機目のヘリコプターが接近し、二機目と同様にロケット弾を妹へ浴びせかけた。

 隙をついたつもりだったのかもしれない。

 が、妹の反応速度はヘリ搭乗員の予想を超えていた。

 彼女は再び跳躍する。ロケット弾を飛び越え、それを両腕でキャッチしてしまう。

 「ふふっ、ただただ突いてくるだけしか脳のない男の人は、嫌いなんです!」

 推進部から炎と煙を上げて暴れるロケット弾の向きを、妹は軽々しく変えた。

 百八十度、反転させたかと思うと、

 「えーいっ!」

 ヘリに向けて投げ返した。

 攻撃力は充分でも、いざ同じコトをやり返されて、耐えられるほどの防御力はヘリコプターにはない。

 機体底部にロケット弾がめり込んで、信管が作動する。 

 爆発した破片の作用によって搭乗員が穴だらけになると同時、燃料に引火して機体が炎を上げた。

 地面にむけて落下していき、墜落と同時に爆発する。

 「……ああっ!?」

 ヘリ一機を無力化したというのに。

 妹は戦果を誇ることもなく、自分の胸を見下ろしていた。

 「なんだか、やけに胸が揺れると思ったら……そうですよ、今日はスポブラをつけてないじゃないですかっ」

 普段、訓練をする際には、大きな胸は邪魔になる。そのため、きつい下着で押えつけている……のだが。

 今回は、海へ遊びに行くところだったため、ゆるい水着――ひもで簡単にしばられているだけのビキニ――しか、胸に着けていなかったのだ。 

 「やだっ……! 兄さん以外の人の前で、こんな姿晒したくありません……っ!」

 妹は、両胸を抱えてうずくまる。

 そこへ、二機のヘリコプターが迫る。妹のほうへ狙いを定め、機関砲の銃身がゆっくりと回転を始めた。

 

 その時、偶然兄のほうも同じく、機関砲の射撃を浴びせられていた。

 しかし、その弾丸が彼の体を貫くことはない。

 「よしっ……今日も刀捌きは好調だなっ」

 銃撃を予測していた和也は、既に刀を構えている。

 高速で刀を回転させ、まるで円形の盾のようにした。

 音速を超える強烈なスピードで、弾丸が殺到する。かなりの衝撃が和也を襲うが、全ての銃弾が金属音を立ててはじかれ、流れ弾となって周囲に飛散する。

 「たかだか通常兵器が、ヤタガラスの兵衛烏ファイター・クロウに通じると思ったか? 宇宙人だかなんだか知らないけど、調査不足すぎるぞっ」

 和也は、そう吠える。

 やがて、機関砲の動きが止まった。

 攻撃の手が止んだ――それはすなわち、和也が自由に動けるということであり。彼の敵にとっては、「死」を意味していた。

 和也は、オボロミユツを構えつつ、再び駅舎の屋根を蹴る。

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