02:一年にたった三日の休日を 奪われキレる労働奴隷

 

 兄妹は、やがて電車の向こう側に着地し、ホームの真下に引っ込んだ。ホームの上からは、銃声、そして、パニックになった人々の悲鳴が聞こえる。

 「あぁっ、せっかくのお荷物が! 浴衣も用意してましたのにっ!」

 「そんなことより! 妹ちゃん、怪我はないか?」 

 「ありませんっ。でもアレは一体……!?」

 「分からない。まぁ、どうせ俺たちを狙ってるんだろう。片付けてくる。妹ちゃん、ここでじっとしててくれ。自分の身は自分で守れるな?」

 「いっ、いやです! 私も、兄さんのてつだ――」 

 「ダメだ。お前はまだ、実戦に出る前なんだから。じゃあな!」

 兄さん! と叫ぶ妹をよそに、彼は電車の上に飛び乗った。

 すると、銃を持っている男たちが、たちまち銃口を少年に向けるのが見えた。

 「……お前ら。どこの誰だか知らないが、妹ちゃんを悲しませた罪は重いぞ。それに――」

 彼は、背中に所持していた棒状のものを手に取った。

 一見、単なる細長い棒だ。が、柄がついており、よく見ればきわめて細い刀剣であることが分かる。

 霊刀「オボロミユツ」。

 約3000年前、先古代の皇帝・角肢之男カクシノオの時代から伝わるとされる、由緒正しき刀だ。

 その愛用武器を構え、彼は電車を蹴った。

 車両が大きく揺れたかと思うと、一瞬で、襲撃者に距離をつめる。

 超極細の刀を一閃し、刹那。

 短機関銃サブマシンガンが、襲撃者の手首ごと空中に舞っていた。

 「――お前らっ、荷物をめちゃくちゃにしたな! レンタルビデオ屋にいくら弁償すりゃいいと思ってるんだ! せっかく、一年に三日の貴重な休みなのに! 余計な仕事作りやがって! くそっ、くっそぉぉぉぉ~~~~~~っ!!」

 そんな叫びを無視し、残る襲撃者たちが銃弾を浴びせる。しかし、少年が竜巻のように刀を回転させると、その全てがはじき落とされ、駅のホームをえぐった。

 「休みを奪われた労働奴隷の恨みっ! 思い知れぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 少年は、目にも留まらぬスピードでホーム上を駆け巡り、刀を振り回す。

 ほんの数秒後。

 全ての襲撃者たちは腕と足を切り落とされ、さらには心臓を突かれて倒れていた。もう、銃声もしない。

 「……ったく、こんな公衆の面前でぶっ放すとか。いったいどこの誰の差し金……なっ!?」

 少年は驚愕する。

 たった今、肉塊に成り果てた襲撃者たち――その全員の遺体が、空気の中に融けるように消え去ったのである。

 銃声が止んだことで、妹も兄の傍に駆け寄ってきた。腕にぎゅっとしがみつく。

 「兄さん、敵はどうしたのです? 倒したのですか?」

 「……それが、今斬ったと思ったら消えちゃって。……一体、どういうことなんだ?」

 『彼らは人間ではないわ。思考によって、仮の命を与えられた存在。この国の言葉で言うならば……そう、『傀儡』ね』

 兄の心の中に、何者かの声が響く。

 妹にも聞こえているようで、キョロキョロ周囲を見回していた。

 「何者だ!? 今のは、お前の差し金か!?」

 『違う……。私は、あなたの味方。ひとまずは、不本意だけれどね」

 その人物は、怒っているように聞こえた。

 「ひとつ教えておいてあげる。今の彼らは、敵性宇宙人バッドエイリアン『オリオン・グループ』が君に差し向けた敵よ』

 「……なんだと!?」

 急に突拍子もない単語が飛び出し、少年は眉をひそめる。

 『彼らは今、我々の手で追い詰められている。そこで、1999年のこの年、人類滅亡論を意図的に世間へはびこらせ、それと同時に破滅カタストロフィを起こし、形勢逆転を狙っているようね。しかし……そこで最大の障害になる者が、あなた――零ヶ峰和也カズヤ・レイガミネくん……ヒネった偽名ね。こう言ったほうが分かりやすい?』

 その人物は、一呼吸置いた。何を言われるのかと、戦々恐々とする兄。

 そして、

 『この国で最古の秘密結社・『ヤタガラス』。その結社に属する、最強の兵衛烏ファイター・クロウ……コードネーム"ロ-00"とね』

 「……!?」

 少年は、ぴくりと肩を震わせた。自分の正体が、あっさりと見破られていたからだ。

 「……何のことだ」

 『しらを切らなくていいのよ。別にどっちでもいいし。ここまで持ち上げといて悪いけど、私はあなたを信用していない。本当に君が人類滅亡を阻める英雄ヒーローの器だと言うなら……実力で証明して見せなさい』

 話がどんどん進んでいくが……。

 「……おい、おい! おいっ! ちょっと待ってもらおうか!」

 どこに居るのか分からないテレパシー送信者へ、少年――和也は急に怒鳴りだした。こめかみに血管が浮いている。

 「あのなあっ! あんた、俺がいま何してたか分かるか? 一年ぶりに妹と会えて、旅行中なんだよ? それ以外の24時間362日、俺は組織に働かされて、使い殺しにされてんだぞ!? 古い秘密結社だからさ。労働基準法もない。それどころか裁判所も介入できない、封建社会そのまんまなんだよっ! 今日は、やっともらえた三日のお休みなんだぞ?! 俺が、妹ちゃんと会ってアニメ見るのをどれだけ楽しみにしてたか! あんたがどこの誰だか知らんが、俺ほど労働条件は悪くないんだろ、どうせ?! そんな奴がとつぜん現れておいて、やれ証明しろだのなんだの、えらそうすぎるぞっ! いい加減にしろ!」

 「に、兄さん……」

 妹は兄の肩をトントンたたいた。

 が、目を血走らせ、日ごろの恨みつらみを爆発させる和也の耳には、可愛い妹の声さえ届かない。

 「知らん奴が、俺に仕事を要求するならな! まずはふつうの企業並みに、代休か給料をよこせ! 妹と二人っきりの世界一周旅行券でもいいぞ! そしたら始めて、交渉のテーブルについてやるよ! どうだ、参ったか!」

 「に、兄さん……そこまで私のことをっ! 一生ついていきます! もう好きにしてくださいっ♡」

 いわゆる「奴隷の足枷自慢」を終えて、ドヤ顔でふんぞり返る兄。

 そして、黄色い声を上げて、兄の首っ玉にかじりつく妹。

 二人とも、駅で発砲事件が起きた後にしてはのびのびしすぎている。とても高校生の胆力ではなかった。

 『……代休代わりに、教えておいてあげるけど』

 「おい、ふざけるなこの野朗! 『休みをくれる』って答え以外、俺は聞きたくないぞ!」

 『私は野朗じゃない。……東京方面に、核爆弾を搭載した米軍の爆撃機B-52が向かっているわ』

 「……は?」

 和也は、わが耳を――心の耳だが――疑った。

 『事故に見せかけて、核を炸裂させる気ね。東京を更地にしてでも、ここで君を抹殺するつもりらしい。それから、君の足止め用に攻撃ヘリコプターが数機向かっている。機体の座標は、テレパシーで教える。対処は自分でしなさい。人類を救いたいなら、まず自分の命を救って見せることね。え・い・ゆ・う・さん』

 「だから、俺がしたいのは休むことだけなんだよ! おい、聞いてるのか?!」

 それっきり、テレパシーでの会話は途絶えた。

 入れ替わりに、爆撃機とヘリコプターの位置が、リアルタイムで彼の頭に流れ込んでくる。高速で、兄妹のいる東京駅に接近していた。

 和也は、こぶしを握ってプルプルと体を震わせる。

 「に、兄さん……大丈夫ですか? お顔が真っ赤ですが……」

 「妹ちゃん!」

 「は、はい? ……わっ、あわわわわわっ」

 和也は、妹を抱きしめた。

 大好きな兄にそんなことをされたからか、妹は赤面して目を回している。

 「宇宙人だか、人類滅亡だか知らないけど……そんなもんに、せっかくの休みを邪魔されてたまるか! 絶対、三日以内に終わらせよう! それで、終わったら旅行に行くんだ。二人っきりで!」

 「あぁ、あぁっ……兄さん、嬉しいです♡ ええ、そうですね。私たち、秘密結社ヤタガラスの労働奴隷の底力、見せてあげましょう!」

 兄妹は、愛情を確かめるかのように固く抱き合った。

 兄も妹も、「人類滅亡」なんてことには全く興味を示さない。

 ただただ、ふだん働かされてる自分たちが休みをとることだけで、頭がいっぱいなのだった。

 

 二人は遠くの空をにらみつける。

 そこには、既に3機のヘリコプターの機影があった。

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