神話創生



 どれくらいの間、日高くんと抱き合っていたのだろう。


 日高くんは髭を、あたしは手を解こうとして、でもそう出来ずにまた抱き合って。そんなこと何度も何度も繰り返したけれど、ついにあたしたちは別れの一歩に向けてゆっくりを体を離していった。


 さあ、ののか。もう行くんだ。


「………そうだね、これ以上穂高くん待たせるわけにもいかないし……響ちゃんもきっと心配して待ってるだろうしね………」


 日高くんがあたしから離れようとしているのは、これ以上触れ合っていたらあたしを地上に送り出す決心が鈍ってしまいそうだから。言葉にしなくてもそんな気持ちが伝わってくる。だからあたしは素直に頷いた。


「“さようなら”って、言っちゃイヤだからね…………だから……日高くん、“またね”……?」


 精一杯の強がりであたしは笑う。ちゃんと日高くんの魂にあたしの記憶が刻まれるように、どんなに涙がこぼれようともあたしは最高の笑顔を心掛けて精一杯笑う。一緒に過ごせた時間はあまりにも短い。でもあたしは日高くんにいっぱいいっぱいしあわせにしてもらった。だからあたしは、自分のことを不幸だなんて思っちゃいけない。


「あたし、日高くんに出会えてよかった。………ほんとにほんとに……ありがとう…………」


 日高くんの目を見てそう言うと、日高くんからあたしへとあたたかな感情が尽きることなく流れ込んでくる。そしてあたしの心の深いところから無限に湧き出てくるあたたかな気持ちも、日高くんへと向かって流れていく。


 --------行くなら今だ。


 同じ気持ちを共有して、お互いの気持ちを伝えあった今こそ、強い気持ちで一歩を踏み出せる。そんなあたしの決意に応じるように、日高くんは静かに頷いた。あたしが見つめる先で日高くんの長い髭が風に煽られたように大きく揺れて鮮やかに輝きだす。するとあたしと離れたところに立っていた穂高くんの身体の周囲に日高くんの神力が潮流のように巡っていき、その勢いが次第に高まっていく。


 日高くんはこの上もなく愛おしいものを見る目であたしを見詰めながら、最後にもう一度やさしく髭をあたしの身体に絡ませてきた。これが解かれれば、そのときこそ本当のお別れた。


 あたしが決別を受け入れてそう覚悟を決めた、そのときだった。



 ----------バサリッ。



 音を立てて、突然頭上から何かが降ってきた。驚いたあたしが「きゃあっ」と悲鳴を上げると、あたしたちの身体の周囲を巡っていた神力が緩やかに収まっていく。


「……今の何………?何か落ちてきたみたいだけど…………」


 足元を見ると、そこにはなぜかちいさな子供が持つのにぴったりの、手のひらサイズの絵本があった。


「それ……昔、あたしがおじいちゃんにもらったやつだ…………」


 ちいさい頃によくうさぎのポシェットに入れて持ち歩いていた絵本で、何度も何度もおじいちゃんやおばあちゃんの膝の上で読んでもらったことがある。タイトルは『竜神さまものがたり』。海来神社の造営六百年を記念して豊海村で刊行されたもので、村に古くから伝わる海来さまの伝説がちいさな子供にもわかるやさしい言葉で綴られていた。豊海村にゆかりのある画家が手掛けた温か味のあるやさしい筆致の挿絵もきれいで、あたしのお気に入りの一冊だった。


「なんであたしの絵本がこんなところに…………?」


 あたしの部屋に置いてあるはずなのに、なんでいきなりこんな場所に落っこちてきたのだろう。疑問に思って本が落ちてきた頭上を見上げると、それに答えるように蛍火が現れた。落下するようにこちらに飛んでくる。


「あれ、蛍火……?そういえばさっきからどこにいたの?……いったいどうしたの?」


 蛍火はなぜか見るからに疲れてヘトヘトになっていて、ふらふらと定まりなく飛んでいる。けれどまるで最後の力を振り絞ろうとするように、受け止めようとして差し出したあたしの手のひらをすり抜けて、落ちた絵本に向かっていく。そして落ちた状態のまま無造作に開かれた絵本の上を、くるくると旋回しだす。


「蛍火……?もしかして、あなたがこれを持ってきたの………?」


 蛍火は頷く代わりに、いっそう忙しく絵本の上をくるくる飛ぶ。たぶんこの子は今、あたしに何かを伝えようとしている。何かとても重要なことを。でもそれがなにかが分からずに見つめていると、岩に戒められたままの伊津子ちゃんがはっと息を飲んだ。


『蛍火………あなたはこれを再現しろとわたくしたちに言っているの……?』

「…………再現って、どういう意味なの、伊津子ちゃん」

『まずはその開いているページをよく御覧なさい、ののか』


 それは海来様が、浜辺で漁師の娘と出会ったシーン。


「神」と「人」という異種が、その違いを超えて運命の恋に落ちる劇的な場面だ。挿絵には光り輝く人の姿をしたうつくしい青年が、人間の若い娘に手を差し伸べようとしているところだった。


「このシーンがどうかしたの………?」


 あたしは疑問に思ったけど、穂高くんは「そういうことか!」と興奮気味に得心の声を上げた。


「なるほど、こんな奥の手があるとは気付かなかった………けれど果たしてこんなことが実現可能なのか………?竜主神の御力ならば可能なことだろうけど、日高に同じことが出来るのか………」

『それは残念ながら分からないわ。失敗する可能性も大いにある。それでも試すか試さないかは日高の心次第よ』


 あたしひとりが理解できずに戸惑っていると、穂高くんがその目にわずかに希望を宿し教えてくれた。


「ののかちゃん。『青年は陸へ上がり、神の国には帰らずに人の世で娘と暮らすことにした』っていうこのシーン。ここには海来様と娘が『運命の恋に落ちた』ということの他に、もうひとつ重要なことが書かれている。………それがね、海来神が地上で暮らすために『受肉した』ということなんだ」

「ジュニク…………?」


 聞きなれない言葉に頭の中は疑問符だらけだけど、穂高くんは根気強く見守る先生のような目をしてあたしに説明してくれる。


「ああ。『肉を受ける』という字の如く、神が人間の肉体を得るという意味だ。……今の日高みたいに、精霊や神仏というものは魂や霊のように実体がないもの。だから海来神は漁師の娘に恋をして一緒にこの地上で暮らそうとしたときに、『生身の身体』が必要だった。だから海来神は、おそらく浜辺で娘に出会ったときに自分が宿る肉体を神力で生み出したんだ」


 あたしの心臓が、ドクンと大きく脈打った。


「神力で、人間の身体を作る……………?」

「ああ。まさしく神であった海来神にとっては、身体を作るなんて造作もないことだったのだと思う。……ただしそれは、神の境地にあるからこそだ」


 期待を抱きかけたあたしに、穂高くんは務めて冷静に語る。


「人間の身体を生み出すなんてことはまさしく神の所業、いくら竜の血を引いていようが正直僕には不可能だ。それならまだ僕が男の身でありながら妊娠出産するほうが全然楽勝って言えるくらいの、到底叶いようもないレベルの話だよ。………だけど」


 穂高くんはそこで、頭上にある竜の日高くんを見上げた。全身の鱗を蒼く輝かすその神々しいうつくしさに目を奪われたように息を飲んだ後、穂高くんは言った。


「僕には想像すらつかないほどとんでもなく高度な神呪を編まなければならないだろうけど………でも今の日高なら、もしかしたら出来るかもしれない………このとんでもなく強い神力と、ののかちゃんへの深い思いがあるなら。………成功するとも限らないし、上手くいかなかったときはどうなるかわからないけど………おまえの心はもう決まっているんだろう?」


 穂高くんは日高くんの目をじっと見つめてから静かに頷いた。


「………わかった。それなら微力だけど僕も協力する。さっそく儀式の準備に取り掛かろう、そしてののかちゃんにも手伝ってもらおう」

『待ちなさい、日高、穂高。わたくしも協力するわ』


 まだ日高くんの神力に拘束されたままだった伊津子ちゃんが、はっきりと言った。


「比売が?」

『………あなたたちはわたくしのことが信じられないでしょうね。でもね、日高。穂高。わたくしは今、あなた方をあちらの国へ連れていくことより、あなた方があの陸で幸福に暮らすところを見てみたい。……たとえ竜の血を引く皆礼の家の者として生まれても、陸でしあわせに生きていく方法があったのだと……わたくしにもそんな可能性があったのだということを見てみたくなったの』

「僕は………まだあなたを許せないし、全面的に信用することも出来ないけれど………あとは日高の判断に任せる。日高の決めたことなら僕は口を挟まない」


 伊津子ちゃんと日高くんがじっと対峙する。しばらくそうやってお互いの真意を探り合うように視線を交差させた後。突然ぱらりと伊津子ちゃんを拘束していた神呪の戒めが解けた。自由になった伊津子ちゃんはまるで天女のようにふわりと舞い降りると、日高くんを仰いで言った。


『日高、信じてくれてありがとう。せめてわたくしはこの信頼に報いるために力を尽くしましょう』


 それから表情を厳しく引き締めると、伊津子ちゃんは神力で海底に魔法陣のようなものを描きながら言った。


『さあ、早く準備を進めましょう。まだ日高の魂に、肉体の記憶が残されているうちに』






 見渡す限り続く海底の一面に、びっしりと文字が書かれていた。それはこれから行う受肉の儀式のために日高くんと穂高くん、それに伊津子ちゃんが神力で書いた神呪だった。


「それじゃあ始めようか」


 重々しくそう言ったのは穂高くん。その顔からはいつもの笑みは消えていて、声も緊張で強張っているようだった。……無理もないことだ。これから神力だけで人の身体を生み出すなんていう、不可能にも思える神にしかなし得ない奇跡に挑まねばならないのだから。


『まずは配置につきましょう。神呪の円陣の中にお入りなさい』


 伊津子ちゃんに促され、竜の姿の日高くんと穂高くんが足元に描かれた魔法陣のような円の中に入る。その中も神呪がびっしりと書き込まれていた。


『何をしているの?ののか、あなたもよ』


 様子を外側から固唾を飲んで見守っていたあたしに、伊津子ちゃんは振り返って言った。


「えっ…………あたしも……っ!?」


 これから伊津子ちゃんたちは呼吸を合わせ、三人の神力を縒り合わせ練り上げて日高くんの器になる体を作ろうとしている。でもあたしはただのフツウの人間で、神力どころか霊感すら備わっていない。何の役にも立てないに決まっているから、儀式に参加することを不安に思っていると伊津子ちゃんはあたしに言った。


『日高の身体を具現化するために、日高の姿をはっきりとイメージすることが出来る人が必要よ。そのイメージはわたくしたちが編み上げる神力の設計図になるわ。………もちろんわたくしや穂高、それに日高自身もイメージすることは出来るけれど、それでは神力を編むのに集中しきれなくなる可能がある。だからののか、あなたの力が必要なの』


 身体に震えがくるほど責任重大なお役めだ。でもあたしが日高くんのために出来ることがあるのなら、迷うことなんて何もなかった。あたしは伊津子ちゃんに頷くと、自分も円の中に入っていく。大きな円の中にはさらに四つのちいさな円がそれぞれ対になるように描かれていて、日高くんとあたし、伊津子ちゃんと穂高くんがそれぞれ向き合うようにその円の中に立った。


『ののか』

「は、はい!」

『あなたはただ、日高の姿を思い浮かべることに集中なさい。そうすれば余計な不安は消えるわ』


 伊津子ちゃんのアドバイスに頷いた後、あたしは真正面にいる日高くんを見上げた。大丈夫、がんばるよ。今度はあたしが日高くんを助ける番だから。心の中でそう語り掛けると、日高くんはこそばゆそうに鱗に覆われた尻尾を揺らした。


『穂高、落ち着きなさい』

「………わかっています」


 穂高くんは緊張で青褪めながらも頷く。


『兄であるあなたがいることで、日高がどれだけ勇気づけられているのかお察しなさい。決して自分の力が微力だとは思わないこと。わたくしが先導するから、あなたはわたくしの詠唱に続いて呼吸を合わせるのよ』


 もう一度頷くと、穂高くんは日高くんを見る。それから小さな声で「弟を守れないようでどうするんだ」と自分を奮い立たせるように呟いた。


『………そして日高。あなたには竜主神様のご加護と寵愛があることを信じなさい。何よりこの可愛らしいののかを未亡人にする気はないのでしょう?』


 日高くんが強く頷くと伊津子ちゃんはその美貌を引き締めて言い放った。


『では始めましょう』






 円陣の中に、神力が巡り始めていた。


 まずは神呪を唱えるためにお互いの神力をなじませることが必要で、日高くん、穂高くん、伊津子ちゃんが呼吸を合わせているのだ。たったそれだけのことで周囲には温かく心地よいエネルギーが生み出され、それがあたしたちの身体をやさしく包んでいく。

 日高くんは力強く輝かしい蒼、穂高くんが淡くやさしい蒼、伊津子ちゃんはわずかに蒼味がかった白金。それぞれが纏っている三人三様のうつくしい神力が混じり合うと、それはさらにうつくしい色味になって輝きだす。あたしが思わず見惚れてうっとりしていると、ようやく儀式はそのはじまりを迎えた。



 我が身は彼の遠つ海より来臨せし、遠海勢玉来蒼大竜主神に娶されしかさねの腹より顕現せり、此の地を竜主神の聖光たる通力に依りて、永きに守り、潤し、幸を導きせし神等の縁ありて、豊海と名付けたる山海を治めるもの。


 名は遠海勢玉来日高比古也。



 まずは朗々とした日高くんの名乗りが、頭の中に響いてくる。



『我が身は彼の遠つ海より来臨せし、遠海勢玉来蒼大竜主神に娶されしかさねの腹より顕現せり、此の地を竜主神の聖光たる通力に依りて、永きに守り、潤し、幸を導きせし神等の縁ありて、豊海と名付けたる山海を看視するもの。

 名は遠海勢光来伊津子比売也』


 続いて聞こえてきたのは、鈴のように可憐な伊津子ちゃんの声。


『我が身は彼の遠つ海より来臨せし、遠海勢玉来蒼大竜主神に娶されしかさねの腹より顕現せり、此の地を竜主神の聖光たる通力に依りて、永きに守り、潤し、幸を導きせし神等の縁ありて、豊海と名付けたる山海を護るもの。

 名は、遠海勢玉来穂高比古也』


 穂高くんもよく通る美声で名乗りを上げる。


 いよいよあたしの番だ。あたしは神呪を唱えることは出来ないけれど、一緒に日高くんの身体を作り上げる『参加表明』のために名乗りだけはするようにと伊津子ちゃんに言われていたのだ。あたしはすぅっと息を吸い込むと、言い間違えないようにゆっくりと、でもはっきりと聞こえるように声を張り上げた。


「我がっ身……はっ」


 どうしようもなく声が震える。でもあたしの視線の先で、日高くんが大丈夫と言うようにやさしく見守ってくれているから。あたしは呼吸を整えて続けた。


「豊海を治めし、遠海勢玉来日高比古と深きえにしありて、婚媾せしもの、名は、早乙女ののかっなりっ!!」


 あたしが名乗りを終えたその時だった。急にあたしの両目はカッと熱くなり、視界が真っ白になる。そして次に辺りが見えるようになったとき、あたしの両目は不思議な光景を映していた。


 今あたしが立っているのと。男の人だ。


 あたしはこのちいさな円陣の中に一人で立っているはずなのに、確かにもう一人あたしじゃない人がこの円の中に立っている。あたしとそのもう一人の誰かは、別々の場所に存在しているかのように触れ合うこともなく、あたしの目にはまるで二重写しの映像のように自分の姿とその『誰か』の姿が見えていた。

 その『誰か』は、背の高い和服を着た男の人だ。………いや、まだ未完の雰囲気のある華奢な肩や腕を見る限り、大人じゃなくて少年、それもあたしや日高くんと同い年くらいの人に見える。そして歳だけじゃなくて、どことなく日高くんに似た雰囲気も感じられる。


 不思議なことに日高くんにも穂高くんにも伊津子ちゃんにも、この男の子の姿は見えていないらしい。この人はいったい誰でなんで急にあたしの目にだけ見えるようになったのか。疑問に思っていると、同じ場所に立つ彼がふっと笑う気配がした。


『この姿は、海来玉の力が見せているものなんだ』


 不意に頭の中に彼の声が響いてくる。聞き覚えのない声だけど凛として芯のある、そして耳をやさしく潤すような瑞々しい声だ。聞き惚れてしまいそうなその声に気を取られていると、彼に『集中して』と叱責された。


『受肉が上手くいくかどうかがかかっているんだ。………ちゃんとイメージして。不安を捨てて強く願うんだ』


 その言葉に導かれるまま日高くんの姿を強く思い浮かべていると、安心したように彼が頷いた。


『そう、そのまま。そのままイメージするんだ。…………心配しないで、大丈夫だよ。父さんのことは俺に任せて』


 トウサン……?


 あたしがその言葉を理解する前に、彼が名乗りを上げた。


『我が身は豊海と名付けられし山海を治める、遠海勢玉来日高比古と婚媾せし人の娘、早乙女ののかの胎に宿りし命胤、未だ名を持たぬもの也』


 その途端、見えた時と同じくらい唐突に彼の姿が見えなくなって、代わりにあたしのお腹が急に燃えそうなくらい熱くなってくる。そして子宮がある辺りが日高くんとよく似た蒼い色に淡く輝き出し、その光が周囲を巡っていた三人の神力の潮流に混じっていく。

 まだ誰の神力よりも淡く儚い色をしているけれど、誰のものよりも生命力にあふれた勢いのあるその神力は、元気に跳ねるようにあたしたちの周囲を巡っていきやがて三人の神力に溶け合っていった。すると神力の潮流はますます力強く、そしてうつくしい色に変化していく。それを見てあたしは思わず自分のお腹に手を当てた。


(今のは、あなたなの?)


 呼応するように、お腹は温かに光る。


(赤ちゃん………あなたがあたしと日高くんのために力を貸してくれたの………?)


 返事は聞こえないけれどあたしには確信があった。彼はあたしの子、このお腹に宿っている赤ちゃんだ。まだ頼りないあたしのために、生まれてもないうちから『大丈夫だよ』とあたしを勇気づけにきてくれたんだ。

 あたしはまだ、この子のためにしてあげられたことなんて何もないのに、この子はあたしを支えてくれようとしたんだ………。あたしは涙ぐみそうになる。でもそれをぐっと堪えて、意識を集中させる。母思いのこの子のためにも、絶対親子で豊海に帰るんだ。そんな強い気持ちで日高くんの姿を思い浮かべていくと、あたしたちの周囲を巡っていた神力の潮流はさらに激しい流れを作っていく。


 見れば日高くんも穂高くんも伊津子ちゃんも、目を閉じてそれぞれ必死に神呪を唱え続けていた。あたしもせめてその一助になるようにと目を閉じて強く強く日高くんの姿を思い浮かべる。


 どれくらい長い時をそうしていたのだろう。気が遠くなるほど長く感じたその時間は唐突に終焉を迎えた。


 霊感のない生身のあたしですら皮膚がぞくぞくと粟立つほどの神力の高まりを感じた瞬間、臨界を迎えた神力は突然大きく弾けて、目も開けられないくらいの強い光を生み出した。


 その圧倒的な光量の前に、あたしの意識は一瞬にして遥か遠くに吹き飛ばされる。


 

 次に気付いたとき、あたしは誰かに体を優しく揺さぶられていた。






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