水薦刈る(みこもかる)

訳/HUECO

第1話 調べ番屋

「で、美濃屋の考えはどうなのだ?」

 八丁堀の同心池田重太郎は上がり框(かまち)に腰掛けて、腕組みしながら問うた。

「へい。主も恥も外聞も掻き捨てて、見せしめに、罪を問うても構わないと、そう申して」

 と、御用聞きの佐平次が答えているさ中……腰高障子がガタッと音を立てて開いた。

「よう!」

 と、吉井がお供を従えて中に入って来た。にやにやしながら、隣にドンッと腰を下ろすなり、

「聞いたぞ。下女がお目出度めでたという話ではないか! まさか深一郎の子ではあるまいな?」

「馬鹿言え。内に来て十日も経ってないわ!」

 重太郎が半分本気で怒ってみせると、

「ははっ。冗談だ、冗談」

 と、吉井は笑い飛ばした。

 吉井とは餓鬼の頃からの腐れ縁である。たがいに父親が北の御番所の定町廻じょうまちまわり同心で、親同士が仲が良かった事もあり、吉井とは物心が付いた頃から一緒に遊び回り、手習塾も道場もずっと一緒。御番所に見習いで採用されたのも同時だった。ほぼ同じような役回り、昇進を重ねて、今は自分も吉井も定町廻り同心の役目を仰せ付かっている訳だが……特に緊急の用が無ければ、毎朝こうして調べ番屋で顔を会わすのが日課であった。

「もう家には居ない。昨日、娘の父親が迎えに来て、郷に帰った」

「何だ、もう帰ったのか?」

「ああ」

「内金はどうした? 返してもらったのか?」

「いや。御祝儀代わりにくれてやった」

「おー、気前が良い!」

「まぁ、短かったとは言え、内から嫁に出す訳だからな」

「ふむ……所で、代わりに来た娘はどうだ? い子か?」

「代わりはまだ来てない」

「まだか?」

「ああ。今度は必ず身持ちのしっかりした子を入れますから、どうか二、三日待って下さい、とか言ってるそうだ」

「ふっ。身持ちが良いのかどうか、三河屋はどうやって調べるんだ? 股を開かせるのか?」

 土間に突っ立って話を聞いていた御用聞きの左平次や伝蔵、その他下っき下男諸々の者達は皆吹き出したが……重太郎は飽きれて笑わなかった。

「三河屋の親仁が目を凝らして、生娘の股をこうやって、一人一人丹念に調べると思うと、羨ましいのう」

 と、吉井がその仕草を真似てみる。

「だったら、商売替えでもしたらどうだ?」

 と、重太郎は突っ込んだ。

「ははっ。それは良いかもしれん」

「旦那、どうぞ」

 と、下男の呉作が吉井に茶を持って来た。

「おお、済まんな……しかし、出替わりの時機を過ぎたばかりだから、良い娘など早々には見つからんだろう?」

「まあな。取り敢えず今日は、長助を家に置いてきた」

「池田様、使いが来てますよ」

 と、呉作が戸口の方を指差した。

 見てみると、辰吉が立っていた。ほっと安堵の表情をしているのを、重太郎は手招きして呼び寄せた。

「話の途中に済みません。例の件なんですが……」

「漸く出番か?」

「へい。今し方、奴が寝床に帰って来やした」

「おっ、例の貸本屋の件か?」

 と、吉井が茶々を入れて来たが、

「ああ」

 と、重太郎は生返事を返しただけで、相手にしなかった。

「もう引っ張ったのか?」

「いえ、まだです。内の親分は旦那に足を運んで頂きたいと」

「分かった……悪いが二人共、口書は後回しだ」

 と、重太郎は少し離れて立っている左平次と伝蔵に声を掛けた。

「相済みません」

 と、辰吉が二人に深々と頭を下げたが……左平次は手を振ってそれを遮った。

「おお、気にするな。いいってことよ。それより旦那、自分達もお供してもいいですかね?」

「よし! 俺も付いて行くとするか」

 と、吉井が膝に手を当てて、立つ素振りを見せた。

「馬鹿言え。町廻りが二人も行ったら、何事かと勘違いされるわ!」

 重太郎は吉井を制して、自分だけ立ち上がった。

「連れて行くのはお前達二人だけだ。手下は置いていけよ」

「へい」

 と、左平次と伝蔵はにんまり顔。

 吉井は詰まらなそうに苦虫を噛み潰していた。

「おい、行くぞ」

 と、重太郎は自分の供回りである小者の次郎と中間の卯助に声を掛けた。

 上がり框に腰掛けたままの吉井が、

「まあいい。後でじっくりお拝ませてくれよ」

 と、楽しそうに言った。

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