雷撃のリタ!? 聖者は静かにやって来る

舞辻青実

雷撃のリタ!? Xmasスペシャル!

聖者は静かにやって来る

「やべぇ……サンタを殺しちまった」


 そう言うのは、西部で名を轟かせる大盗賊にしてお尋ね者マルゲリタ・サンチェス──通称、雷撃のリタその人である。

 白い吐息を漏らし、蒼白の顔色で彼女が見つめる先に横たわるのは、赤い衣装を纏った、白い口髭の老人だ。

 老人の横たわるその下の白亜の雪には、衣装よりもさらに赤く黒々とした鮮血が広がりつつある。


「お前……今日はクリスマスイブだってのになんてことを……」


 同じく顔面蒼白で狼狽えるのはリタ率いるウルフパック強盗団──構成人員二名──のメンバーであるウィル・ウェイン・ウィンターフィールドだ。


「いや、だって仕方ねえじゃねえか! こんな雪山の中、真っ赤な服着てこっちに迫ってくる奴がいりゃそりゃ変態だって思うだろうが!」


 鼻先を赤く変えながらリタは必死に訴える。


「不審者だからってそうバカスカ撃つアホがいるか!」


 ウィルのもっともなツッコミに、リタは「んだよ」とすねたような表情を見せ、毛皮のコートの下に愛銃のコルトライトニングを戻した。

 手袋をしているせいか、あるいは砂漠に慣れ親しんでいるせいでこの銀世界に適応できないのか、その動きは普段のリタからは想像もつかない程スローリーな動きであった。

 どうにも彼女は寒いのが苦手らしく、いつもの裸同然の服とは打って変わり、雪だるまのようにコートを重ね着してもはや遠目に女かどうかすら分からない有様である。


「……と、とにかくだ。このサンタっぽい爺様が何者か調べてみよう。お前の言う通り変質者かもしれないしな」


 ウィルはそう言い、雪に前のめりに倒れて死んでいる赤い服の老人を調べ始めた。


「銃を持ってる……まあ、こんな山の中だ。あり得ないでもないか」


 ウィルはぼそぼそと言いながら老人の体を探る──ふと、彼の手が止まった。


「んだよ。何かあったんなら言えよ」


 後ろで寒そうに腕を組み──重ね着の所為で完全に腕は組めていないが──、ウィルを覗き込むリタ。


「メモだ」

「何だよ、メモって」

「……見てみろよ」


 ウィルは振り返り、羊皮紙と思われる紙をリタに差し出した。

 リタはそれを手に取り、「どれどれ」と眺め、すぐさまウィルにつき返した。


「手前、ぶち殺されてぇんだよな。アタシは字が読めねえんだよ」

「先に言えよ。なんで受け取ったんだ」

「お前が手渡すからだろうがよ……良いから内容教えろ」


 再び手紙を受け取ったウィルは肩を竦め、少し気まずそうな顔でリタを見た。


「んだよ! もったいぶんなってんだ!」

「メモだよ。多分……子供の住んでる家の場所を書いたもんだ」

「おま……待てよ。じゃあ、この爺さん!?」


 リタは目を見開き、死に絶えている爺様を指差した。


「多分。おそらくだが、きっと、サンタクロースか、あるいはそれに近しい存在だと思う」

「よし。逃げよう」


 リタは踵を返し雪道を歩きだす。


「何処にだ。それに、俺たちはもう逃げてる」


 二人だけのウルフパック強盗団は、この付近でレンジャーに追われ、こうして来たくもないのに雪山に逃げ込んでいる次第なのであった。


「やべぇよ……やっぱアタシらサンタを殺しちまったんだ」

「アタシらって何だ。殺したのはお前だ」

「アタシらはウルフパック盗賊団! 一蓮托生~ッ☆」


 などと柄にもなくウインクをしてみせるリタ。


「こんな時だけ都合よすぎるだろうが! 俺を共犯者にするな!」

「るせえ!」

「ん?」


 老人を探っていたウィルがそんな声を上げた。


「んだよ。今度は何だ? トナカイの鼻でも見つかったか?」

「いや、水筒を持ってたみたいなんだが、まだ暖かいんだ」


 そう言ってウィルは湯気を立てる水筒をリタに見せた。


「ってことは、この辺りに村があんのか?」

「あるいはキャンプってのも考えられるが、まだ昼間だし、キャンプは考えにくいだろ」

「こんな山奥に村ねぇ……」

「兎に角探してみよう」

「だな。このままだと凍え死んぢまうぜ」

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 村はすぐに見つかった。

 リタが針葉樹の上まで登って煙を確認したからだ。

 けれども、登り切った途端、やはり動きにくいのか、そのままぼとんと落下、丸々着込んだコートと雪のおかげで怪我はなかったが、雪まみれでびしょ濡れになり、小麦色の肌は青紫色とでも形容できるほどに変色し、凍え震えていた。


「ずびぃっ。うぅ……ざびぃ」

「分かってる。待ってろ」


 村の入り口にはアーチがあり、モンユーズと書かれている。同にもそう言う村の名前らしい。

 二人が村に入ると、黄土色のコートを見に纏った白髪混じりのネコ科の獣人の男性が駆け寄ってきた。その手にはウィンチェスターライフルが握られている。粗悪な作りから見て──当たり前だが──模造品レプリカのようだ。


「何だお前ら」

「ずびっ……客だこの野郎」


 寒さからか好戦的な言葉を抜かすリタ。そんなリタの後頭部をばんと叩き、ウィルはにこりと笑顔を見せる。


「いやぁ、連れが失礼を。雪道で転んでしまいましてね。機嫌が悪いんですよ」

「何者かと聞いたんだが」

「あぁ、俺は……」


 と、そこまで言ってウィルは考える。自分は曲がりなりにも指名手配犯なのだ。ここで本名を使うのはまずい。そう判断したウィルは咄嗟に名前を考える。


「おら、早く決めろってんだチ〇コ野郎コックユー!」

「俺に言ってるのか、この──著しく品位に欠けるため伏せさせていただきます──!」


 二人の怒鳴り合いに獣人が「分かった」と頷く。


「オスの方がカックヨで、メスがムサンだな。二人合わせてカックヨムサンだ。変な名前だな」

「「なんでそうなる!!」」


 二人の声はまあ、当然だが、この獣人の男、あまり言葉を知らないのだ。その為、この二人の罵り合いを自己紹介だと勘違いしたのだ。


「自分たちで言い合ってたじゃないか」

「もういい、それでいい。めんどい! こちとら凍えて死にそうなんだよ……ずびッ」

「お前らは何だ? 旅人か?」

「まあ、そんなとこだよ。で、宿屋くらいあるんだろうな」

「あるが、娼館兼宿屋兼酒場だぞ」

「そこで良い。案内してくれ」

「場所はすぐ分かる大通りで一番明るい店がそうだ。俺は見張りをしてないといけないんだよ」

「そうかじゃあな」


 リタは苛立たし気にそう言うと、すたすたと通りの方に歩き出して行った。


「アンタはこの町の保安官か?」


 そんなリタを尻目に捉えながら、ウィルは問うた。


「そうだ。モンユーズの保安官のアギラだ。よろしくち〇こ野郎カックヨ


 ウィルは相手に悪気が無いことは分かっているが、それでも複雑な感情を抱かずにはおれず、後ろ髪を苦笑いをしながら掻いた。


「でも、どうしてここで見張ってないと駄目なんだ?」

「今日はサンタが来るかもしれないからな。子供たちのためにも見張ってないと」


 そう言われ、ウィルは自身の血の気が引くのが分かった。


「さ……サンタって、もしかして、真っ赤なお服のお爺ちゃんだったりしてぇ~?」

「そうだが……知ってるのか?」

「あいや、まあ、ほら、サンタって有名じゃないかー」

「まあ、そうだろうな」

「うん。じゃあ、俺は宿に行くとするよ」

「ああ、飯は娼館の向かいのレストランで食うといい」

「ご親切に―」


 ウィルは引きつる笑顔を即座に返し、足早にリタを追うのであった。

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



「いやぁ、生き返るぜ~」


 部屋に付くなり、リタは服を脱ぎ散らかし、部屋の中央に置かれた浴槽に飛び込むのであった。


「お前、一応女なんだから、少しは女らしく恥じらいってものをだな!」


 部屋の入り口でそう言うウィルであったが、その後ろの廊下を胸部を露出した娼婦が通り過ぎていく。

 リタは浴槽から上体をだし、にへらといやらしい笑みを浮かべた。


「ああん? なら今から各部屋回って今のセリフを男の上で腰使ってる女たちに言って回るんだな。その間にアタシは飯食いに行ってるからよ」

「この……」


 ウィルは何か言い返そうとしたが何も言えず、拳を強く握りしめた。

 とりあえず、部屋に入り、扉を閉め、一つしかないベッドの上に少なくなった荷物を置く。

 正直、馬を失ったのが痛い。運べる荷物が限られるので多くの物を捨ててきた。食糧も弾薬も限りがある。それも少量しかなかったのだ。

 そんなおりに、レンジャー部隊に追いまわされ、雪山に逃げ込んだはいいが、行き当てもなしときて、どうしようもなかったところでこの村だ。奇跡に近い……サンタを殺したこと以外は、であるが。


「おいウィル……」

「なんだ」

「寒い」

「風呂入ってるじゃねえか」


 ウィルはそう言い、振り向くと、リタは浴槽に沈んでいた。薄い赤髪のツインテールが何だかそういう水草みたいに浴槽の上に浮いているではないか。


「おい、大丈夫か!?」


 ウィルが駆け寄り、リタの肩を掴んだ瞬間、水面から伸びた小麦色の腕が二つ。

 ウィルのシャツを引っ掴み、浴槽に引きずり込んだのである。

 水しぶきを上げ、勢いよくウィルは浴槽の頭から飛び込んだ──というより落ちた。


「な、何すんだ!」


 ウィルはびしょ濡れの髪を掻き上げながら怒鳴り散らした。


「だから寒いんだって言ったじゃねえか」

「だからなんだって俺を風呂桶に引きずり込みやがったんだって聞いてんだよ!」

「一人で入ると、すぐ冷たくなりやがんだよ」


 リタはそう言ってぐっと上体をウィルの方に押しやった。

 揺れる湯船に浮かぶ彼女の双丘。それがウィルの濡れたシャツにぶつかり、形を変えて見せる。

 いつも裸同然でいるから見慣れていたが、こう、水で濡れた彼女というのは新鮮で、変に意識してしまい、ウィルは目線を逸らす。


「どうした、黙りこくりやがってよ。お前が言ったんだぜ? 少しは女らしくしろってな」


 リタは少し色っぽくそういうと、更にウィルに体を寄せる。彼女の濡れた前髪がウィルの下唇に触れる。

 そして、あろうことか彼女は赤みを帯びた舌を突出し、ウィルの首筋を這わせ始めたではないか。


「お、お前……ふざけるのもたいがいに──」


 そこまで言ったところで、ウィルの股に何やら妙な感触が広がる。

 リタの手がウィルの股間に伸ばされていたのだ。


「お前がアタシに女らしくしろってんなら、アタシもお前に男らしくしろって言うのも有りだよな?」

「それは……」


 赤面させるウィルの頬に彼女は自分の頬を寄せ、彼の耳たぶを甘噛みした後短く息を耳に吹きかけた。


「女を熱くすんのは、男の仕事だぜ?」


 彼女の肌の熱がウィルに伝わり、鼓動が早くなるのが分かった。

 ウィルはそっとリタの肩に手を伸ばそうとした時である。

 突然、外で銃声が響いたのだ。

 リタはウィルから離れ、そのまま服も着ずに湯船から飛び出すと、全裸でベッドまで行き、広げていたコートやらを雑に体に纏わせホルスターからコルトライトニングを一丁取り出し構えるのであった。

 ウィルは荒れる湯船の波間でゆっくりと立ち上がり、姿勢を低くして窓まで歩き、外の様子を伺う。

 体にまとわりつくシャツに、パンツ。それを窓の隙間から差し入る凍えた冷気が襲う訳だが、妙な興奮と緊張によりウィルは気にしない。


「見えるか?」


 リタが先ほどまでの色気を帯びた声からは想像もつかない──いつも通りと言えばそうだが──鋭い声で尋ねる。

 ウィルは窓からそっと通りの様子を伺う。銃声は門の方からだ。目を細め、門の方を見ようとしたところでもう一度銃声。今度はそれに合わせて三発別の銃声が聞こえた。


「ここからじゃ見えないが、どうにも門の方で銃撃戦みたいだ」

「って事はアタシらを追ってきたレンジャーじゃあねえって事か」

「ああ。だが、門で銃声って事は、おそらくはあの保安官が応戦してるってことだ。俺は加勢に行くが、お前はどうする?」


 ウィルはその場で立ち上がり、リタの横に置かれていた愛銃、ウィンチェスターのM1866──通称イエローボーイ──を手に取った。


「アタシは……寒いからやめとくぜ」

「何?」

「だから寒いんだっつってんだろうがよ! 苦手なんだよ! 言わせんなクソが!」

「あーもう分かったから怒鳴るな」


 ウィルはびしょ濡れの状態で上からコートを羽織ると、部屋を後にする。

 残されたリタは一人鼻をすすり、コートを寄せて丸まるのであった。

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 ウィルが駆けつけた時、既に銃声は止んでおり、門の近くに積まれた木箱の裏に、保安官は座っていた。


「大丈夫か?」

「いやぁ、腹を撃たれた……助からないだろう」


 ウィルが駆けより、アギラの傷の様子を確認する。弾はわき腹に当たっていたが、どうにも後ろから抜けており、致命傷ではなかった。死ぬほど痛いのは間違いないだろうが……。


「馬鹿。軽傷だ。弾は抜けてる」

「そうか……だが、この村に良い医者はいないからな。どの道致命傷だ」

「そうか死ぬなら勝手にしろよ。でも誰にやられたかくらいは教えてくれ。盗賊か?」

「サンタだ」

「サンタ? サンタってさっき言ってた?」

「ああ。知ってるんだろう? サンタ・クラウスキー盗賊団を」

「サンタ……なんだと?」

「サンタ・クラウスキーだ。赤い服に白い髭で統一した衣装の盗賊団だよ」

「サンタって言うから俺はてっきり……」

「何の話だ」

「いや……別に。ちょっと勘違いしてたんだ。で、その盗賊団ってのは何なんだ」

「知らないのか?」

「勘違いしてたんだよ。だから知らない」

「子供を誘拐して金持ちに売り払ってる汚ねぇ連中だ。随分前からこの辺りにアジトを構えてたらしくてな。この村の子供をさらってたんだとよ。でも、村の連中に奴らを追っ払う勇気なんざなかった。だから俺が呼ばれた。俺はこの村の連中のなけなしの金で雇われた保安官兼用心棒だよ」

「だから子供の為に、か……」

「そうだ。俺はこの村の子供の為に……」


 アギラはそこまで言って血を吐いた。致命傷ではないだろうが、内臓に少しダメージが行っているらしい。医者に見せた方が良いだろうとウィルは思うが、今は意識を失われる前に情報が欲しかった。そのため、ウィルは質問を続ける。


「おい。しっかりしろ」


 ウィルがそう言い、アギラの肩を抑えると、アギラはウィルの胸ぐらを引っ掴んだ。


「こんなことを言うのは、身勝手だってのは知ってる。だが、今際の頼みだ────」

「今際ってのは大げさだが……俺の代わりにこの村の子供を守ってくれ、だろ?」

 言おうとした台詞を取られたのか、アギラはきょとんとした顔でこくりと頷く。

「なんとなくそんな事だろうと思ってな。俺達って結構こういうのに巻き込まれやすいんだよ。言っちまえば、馴れてんだ」

「じゃあ」

「ったく……こういうのは俺の台詞じゃねえんだが、まあ、分かった。引き受けてやるよ」

「奴らはおそらく今夜にでも集団で攻めてくるはずだ。俺が怪我をしたってのは知ってるだろうからな」

「なら、先手あるのみだ。こっちから攻める。連中のアジトを教えてくれ」

「一人で行くのか?」

「いや。俺とあの……」

「ムサンだな」


 ウィルは口をへの字に曲げ、訂正しようかとも考えたが、自分の口の悪さが招いた誤解だ。甘んじてこの恥を受け入れるべきだろうと己に対して頷き言葉を紡ぐ。


「……そうだ。カックヨとムサンですとも。で、アジトの場所は?」

「それは────」

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 村から南にしばらく行ったところにその砦はあった。

 木製の砦は、かつてこの地に住んでいた先住民エルフたちとの戦争の際に人間が築いた物だ。今に残るところを見ると、どうにも、ドワーフの手助けが少しはあったと見るべきだろう。さもなければ人間の技術で60年も木製の砦が持つはずがないのだから。

 その砦の見張りが数人。交代の時間は決まっている様で、その瞬間だけ見張り台から人が消える。侵入するならばその間だろう。

 ウィルはそう真面目に考えるが、この盗賊団。聞いていたとはいえ、ふざけているとしか思えない。

 それというのも、全員赤い服で、全員白い髭を生やしているのだ。

 どれだけサンタクロースに憧れてるんだよ……。

 内心そんな突っ込みを入れながら、無理くり連れてきたリタの方に顔を向ける。


「うぅ。アタシを連れてきたのは良いけどよ……」


 丸々とコートを着こんだリタは手袋をはめた両手を広げてみせる。その様はさながら茶色い雪だるまだ。


「動けねえぞ……」

「動いてもらわないと、あの村の子供がさらわれるんだよ」

「何の義理があんだよ。アタシら盗賊だぜ?」

「確かに俺は盗賊だ。今となっちゃ今更ホントは軍人なんです、僕は悪人じゃないですなんて言う気もない。けどな、子供がさらわれるかもしれませんって状況で、『関係ないから』って、踵を反して逃げるほど俺は落ちぶれちゃいねえんだよ!」

「いや、そりゃアタシだってそこまで落ちぶれちゃいねえよ。けどよ、人助けにしろ金稼ぎにしろ、自分の命ありきだろうがよ。こんな体の芯まで凍えちまってる状態じゃあ良い的になるのがオチだぜ?」


 リタの言う事にも一理あった。命ありきの善行であり、善行にかまけるあまり自分の命をないがしろにするのでは本末転倒、愚か者の為すことだ。

 ウィルはけれどもと考える。

 自分たちが今までやってきたことは、とてもじゃないが、まっとうとは言えない。はっきり言って馬鹿のすることと言っても過言ではないだろう。

 それに気づいた時、ウィルは珍しくにたりと笑みを浮かべる。


「んだよ。気色悪ぃな」

「確かに、お前が言うように、自分の命を軽率に扱うべきじゃないとは思う。実際見ず知らずの子供の為に善意を施すなんて馬鹿げてる…………けど、俺たちはさ、そんな馬鹿ばっかりやってきた真性の馬鹿なんだぜ? 今更馬鹿げてるなんて言いどころかよ」


 その言葉に、リタは少し驚いたのか、きょとんとした表情でウィルを見上げた。


「お前……風邪でも引いたのか?」

「ちゃかすな」

「馬鹿げた話に茶化すも何もないだろうがよ……ったく、お人好しと一緒にいると命がいくつあっても足りないってんだ」


 リタはすくりと立ち上がり、ウィルの方をみる。


「けどよ。マジな話、手がかじかんで動かしづらいんだよ……」

「安心しろ。俺に良い考えがある」


 と、ウィルは人足指をぴんと立て、得意げに言った。


「いやぁな予感がする台詞だな。なんで、少し野太い声出したんだよ」

「いや、威厳あるかと思って」

「お前みたいな優男には似合わねえってんだよ。そんなセリフ使っていいのは、筋肉ムキムキのマッチョマンの変態くらいだってんだ。まあ、それはいいけどよ……んで、なんだよ、良い考えってのは」

「ようは、寒いから駄目なんだろ?」

「ああ」

「なら少し待ってろ。俺がお前が動けるようにしてやるから」


 ウィルはゴールデンボーイを手に、姿勢を低く動き出した。


「何しようってんだ、お前」


 リタの呼び声に、ウィルは振り向き、してやったりといった笑顔を見せた。


「お前が言ったんだぜ? 女を熱くするのは、男の仕事だって」


 リタは「んなっ」っと少し頬を赤くした。

 寒さからの解放により、異様に興奮していたとはいえ、先ほど自分がウィルをからかうのに使ったセリフをそのまま返されたのだ。頬を赤く染めて恥ずかしんでも然りではあるが……彼女が抱いた感情が恥であったのかどうかなんて言うのは彼女のみぞ知ると言ったところではある。

 リタは何か言おうとしていたが、それを伝える間もあればこそ、ウィルは低い姿勢で駆けて行ってしまった。

 流石は狙撃兵の血筋であると言ったところか……。

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 クラウスキーは、ビールを飲みながら先ほど帰ってきた部下からの報告を受け取っていた。


「で、あの畜生の保安官はくたばったのか?」


 クラウスキーは静かにそう言い、白いあごひげをなぞった。


「いえ。腹にかすったくらいです。けれども、今夜は動けないでしょうね」


 と、そう報告するの男もまた白い髭に赤い服だ。部屋の入り口に立つ男も、赤服に白い髭。外の見張りも、食事をしている奴らも、武器庫の連中もだ。

 それには理由が有った。

 クラウスキーという男はドイツ出身である。彼は生まれつき、呪いを持っていた。

 といっても、本物の呪いではない。彼は、幼い頃よりひげが生え、そして悉くその全ての毛が白だったのだ。そして、ついたあだ名がサンタなのである。

 彼は成人してからアメリカにわたり、当初北部の工場で働いていたが、経営難によりクビとなり、以後犯罪者となったのだ。

 けれども問題があった。

 彼は何処に行っても目立ちすぎるのだ。

 故に、犯罪前の下見の段階でクラウスキーであると見抜かれ、何度苦汁を舐めたかは知れない。

 指名手配の速さもピカイチであった。何分印刷所も説明が楽なのだ。白髭のサンタのような男、と説明が楽だ。

 そこで彼はあることを考える。

 みんなサンタクロースのような格好をしていれば、どれが自分か分からないのではないか、と。

 彼は盗賊団を作り、部下全員に自分と同じような格好をさせた。そして、生まれたのがサンタ・クラウスキー盗賊団なのである。


「よし。そろそろ今夜の襲撃の準備を使用じゃないか」

「了解ボス」


 部下はそう言い、部屋を後にする。

 ガキは高く売れるし、田舎から調達すれば危険も少ない。至極楽な仕事であった。

 そもそも、田舎のガキを助けてやろうなんて言うもの好きはそんなにいないし、居たとしてもこの雪山だ。よほどの馬鹿じゃないとクラウスキーの首を狙おうなんて言う輩は存在しないだろう。

 クラウスキーは現状の満足度にほくそ笑み、ビールを飲み干したその時である。

 凄まじい爆音と振動が響き渡ったのだ。音はどうにも武器庫の方からである。

 



 彼が存在しないとまで思っていた輩が奇襲を仕掛けたのだ。彼に言わせれば、そう────よほどの馬鹿である。

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 武器庫に火をつけたはいいが、ウィルは燃え盛る砦の中、サンタにライフルを突きつけられ、両手をあげていた。


「なにもんだ、お前!」


 サンタの一人がそう尋ねた。


「アンタらの言わせりゃ、良い子供ではないわな」


 おどけて見せたウィルの右頬をサンタがライフルのストックで殴りつける。


「ふざけるんじゃねえ! お前、あの村の奴だな」

「いいや。それは違う」


 そうこう対応していると、奥から三人のサンタが新たにやってきた。その中央の一人。明らかに他のサンタよりもサンタらしい男がいた。ウィルは直感でこの男こそがクラウスキーであろうと推察する。


「アンタがクラウスキーだな」

「いかにも……そう言うお前は何者だ。賞金稼ぎか?」

「その逆だな。同業者だよ」

「ほお。お前も無法者か」

「聞いたことあるか? 群狼ウルフパック強盗団って」


 その名を聞いた途端、クラウスキーは眉をしかめた。


「ウルフパックだと? まさか、あり得んさ。メキシコで政府軍相手に暴れていると聞いたぞ」

「そこから逃げてきたんだよ」

「だが、何故武器庫を襲ったのだ。まあ、失敗したようだがな」

「失敗?」

「お前は武器庫を襲えていない。お前はランプ用の灯油に火をつけたにすぎん。それも、大した量じゃない。十分燃えればいい方だ」


 ウィルはにこりと頷いた。


十分じゅっぷんも燃えてくれりゃ十分じゅうぶんだ」


 その笑みに、何かを感じたのか、クラウスキーは辺りを見回した。


「待て。仲間は何処だ!」

「やっと気づいてくれたか……」


 ウィルのその言葉とほぼ同時であったか、燃え盛る炎が微かに揺らいだかと思えば、飛び出てきたのは裸同然と言っても過言ではないほど雪山には似つかわしくない衣装の女──リタである。

 飛び出るや否や、雄叫びを上げながら驚くサンタの間隙を縫うように駆け抜け、迷いなくクラウスキーに跳び蹴りをかました。

 吹き飛ぶクラウスキー。

 前蹴りの反動で駆けたい勢いを殺し、そのまま後方にバック転、ウィルの前にどうと仁王立ちしてみせるリタ。

 腕を組み、小首を傾げて不敵に笑みを浮かべる。


「メリーィィィッ! クリスマスッ! ファッキンサンタァ!」


 リタがにたりとそう言うと、ウィルの両隣りにいたサンタがライフルの銃口をウィルからリタに向ける。

 それを察したか、リタは目にもとまらない速さでホルスターから銀色の稲妻を抜き放つ。

 彼女の愛銃、二挺のコルトライトニングである。

 轟く雷撃ライトニング、真っ赤な血飛沫をあげて、真っ赤なサンタが二人地に落ちる。


「悪い子には鉛玉のプレゼントだ!」


 リタは顔に付着した返り血を舌先でちろりと舐め上げ、辺りを見回す。

 彼女の蹴りで倒れていたクラウスキーが起き上がり、その腰から銃を抜こうとしているではないか。

 すかさずクラウスキーに狙いを定めるが、その間に割って入る手下のサンタ。


「邪魔だってんだよ!」


 そいつを撃ち殺し、死んだサンタが地面に落ちる前にリタは駆け出した。

 リタを狙ったライフルが火を噴くが、駆ける俊足のリタに弾は掠りもしない。

 崩れ落ちるサンタの死体の肩にリタは右足を乗せ、男を踏み台に、彼女は宙に舞った。

 宙で体を反転、逆さの視点で燃え盛る砦、あまりの展開の速さにライフルをリタの方に向けられていないアホ面のサンタどもを見下ろす。

 落下しながら彼女は三度引鉄を引く。

 ウィルの周りの三人を撃ち抜き、地面に降り立った彼女は前転して受け身を取ると、四人の固まったサンタの集団に駆け寄る。

 敵の残りは十四人。もちろん単純な計算であり、弾が足りない。

 でも、皆殺しにしたいとくりゃ、使えるものは何でも使わないといけない。もちろん使えるってのは、相手を殺すのにって事だ。

 こう結論がでると、リタという女は殺戮の機械とでも言おうか、新緑の瞳は明るさを失い、殺しの事しか頭になくなるのだ。

 こうなれば彼女が殺すと決めた相手をどうあがこうと殺す状態へと陥る。小粋なジョークも相手への煽りも減る。

 ようするに、歯止めのきかないってわけだ。

 彼女の膝がサンタの一人の顔面ど真ん中に決まる。リタは男の上に馬乗りになる。もちろん、彼女の両隣りそして前には他のサンタがいる。

 彼女は何を思ったか、その状態でさながら娼婦のように、内股に力を入れ、腰を振って見せた。それでいて男の上体の自由はあるのだ。当然、リタを狙い、男はリボルバーの銃口を向ける。

 リタが短くウインクをしてみせ、軽く挑発すると、男はリタの頭部めがけ、リボルバーの撃鉄を起こし、引き金を絞った──が、当たらない。

 先ほどのリタの跳び膝蹴りで、視界がぼやけているのだ。

 リタはその状態で体を左右に振るう。

 男は何も考えず、引き金を絞る。

 男は知らない。リタに迫っていた左右の二人をリタの誘導に乗せられ殺す手伝いをさせられているという事を。

 リタはぐっと腰を前にやり、男股間を刺激した。彼女の股に、男のモノが僅かに浮き立つそれが感じ取れた。


「イクなら一人でイクんだな」


 そう言い、彼女は腰を前にやった反動を用い後ろに後転。

 途端、リタを狙って引鉄を引いたであろう前面にいた男は、リタの先ほどまでいた場所──そう、リタに騎乗されていた男の股間を撃ち抜いたのだ。

 男の絶叫に乗せるようにリタは前方の男を撃ち殺す。


「クソ。無駄弾使っちまったぜ」


 残り6発。敵は11人……いや、とリタは背後を振り向くと、先ほど股間を撃たれた男の絶叫が止み、動かなくなった。

 勃起している状態で陰茎を撃たれると出血多量でくたばるのだ。

 残り、10人。リタは頷きライトニングをくるりと回転させてみせる。


「うぅん! スイートクリスマス!」


 再びの躍動。飛んで跳ねて、リタはサンタの集団を襲いまくる。

 彼女が引き金を絞るたびに確実に一人は死に、時には二人が同時に倒れた。

 



 残り弾数は一発。残す敵はクラウスキーだけ。

 そのクラウスキーは必死にリタから逃げていた。


「おい待て! 近くに来やがれ! 殺せねえだろうが!」


 そんな文句を言ってはい解りましたと踵を返してくるようなやつはいない。当然、クラウスキーは駆けて逃げる。


「あの野郎。なんであんなに足が速いんだよ」


 気が付けばリタは砦から大分離れてしまっていた。なだらかな坂道。真っ白な雪が下方に延々続いている。

 クラウスキーは遥か眼下。もはや追いつけない……というより、寒さが彼女の熱を奪い始めたのだ。

 動けてあと三十秒……。

 頭は悪いが、自己分析はできるリタという女。その分析は実際間違いだろう。返り血に汗、それらが吹きつける雪山の風に冷やされ容赦なく凄まじい速度で彼女の熱を奪って行くのだ。

 その時である。背後からウィルの声が聞こえた。

 振り向けば、何か黒い影が駆けて来るではないか。


「お、おい……な、なんだ、それ!?」


 ウィルが乗って来たのは木製のソリである。

 坂道を下るにはちょうどいいだろうが、サンタを追ってそりを使うってのは滑稽なんてものじゃない……おまけにソリの荷台には白い袋まである。

 ふざけているような状況だが、クラウスキーを逃がせばまたどこかで子供をさらうだろう。

 生かしてはおけない。

 ならばと、リタは恥を覚悟で高速で駆け寄るソリに飛び乗ったのである。


「なんだこれ!」

「この雪山の移動じゃあ、最適だろ?」

「だけどよぉ」

「文句は後で聞く。クラウスキーは?」

「前だよ。急げ。あの野郎馬鹿に足が速いんだよ」


 二人の乗った橇は高速で雪山を降る。

 しばらく走ると、前方に赤い影が視えた。


「ライフルはあるか?」


 リタが尋ねる。


「無い。急いでたんだ」


 リタは舌打ちをして右手のライトニングを構える。

 残されたのは一発だけ。チャンスは一度。なるほどどうして面白い状況だ。

 凍え始めた体を下唇を噛みしめる痛みで瞬間寒さを忘れる。

 赤い影が完全にライトニングの位置につくや否や、雷撃が轟き、白亜の大地にサンタが真っ赤な血を撒いた。

 それを確認し、ウィルがソリのブレーキを掛ける──が、ばきっと音が響く。

 加速を速めるソリ。


「おい、ウィル?」


 どこかやさしい口調でリタが尋ねた。


「…………」

「今の音はなんですか?」


 にこりと聖人のような笑みを浮かべ、まるで女性のような口調でリタがさらに問うた。

 ウィルは苦笑いをリタに向ける。


「ブレーキ折れちゃいました」

「何やってんだ手前! ぶっ殺してや────」


 そこまでリタが言ったところで、言葉が消えた。

 ウィルが訝しい顔でリタの方を見ると、彼女は前方を唖然とした表情で指差しているではないか。

 何だと振り向いたウィルの眼前に映ったのは、モンユーズの村だ。

 どうやら坂道を下ることで村まで戻って来てしまったらしい……問題は一つ。

 ソリの速度を落とせないという事だ。


「「あぁああああああああああ!!」」


 二人は抱き合い、悲鳴を上げる。

 ソリは村の入り口にあった、子供が造ったと思われる雪だるまの腹に突っ込み、雪だるまは死んだ。

 リタとウィルは強く抱き合ったまま雪だるまに包まれ、ソリは雪だるまを貫通。

 背後に積んでいた雪かきの雪を滑走路とし、はるか上空に飛んだ。

 ソリは宙で体勢を崩し、荷台に積んでいた白い袋を落とした。

 落下する袋。

 その袋は止め口が緩かったのか、内容物を宙に撒き散らしながら落ちていく。

 内容物とは、サンタ・クラウスキー強盗団の奪ってきた金である。

 それが灰色の空に舞い、モンユーズの善良なる市民の上に降り注いだのだ。

 はからずとも世は明け、祝うべき今日はクリスマス。

 灰色を消し去る朝焼けの中、モンユーズの村にクリスマスプレゼントが送られたのである。

 

 そう、それもこれもリタとウィルのおかげだ。

 ありがとうウルフパック強盗団。

 二人にメリークリスマス!

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 雪だるまの残骸の中、突き出た小麦色の左手がゆっくりと中指を立てた。


「……クリスマスなんてクソ喰らえだぜ……」

「同感だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雷撃のリタ!? 聖者は静かにやって来る 舞辻青実 @aomington

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ