第3話



 私は今、何故か隣にヘリオス副教授がいる状態で、正座させられている。ヘリオス副教授も正座させられている。

 どうしてこうなったのか、最近そう思うことが特に多くなっているが、事の起こりはと言うと、うちの双子の外見は天使たちが、よりによってあのネームカードを引っ張りだしたことにある。


 そのカードは「魔術研究所」のカードであった。どう見ても呑み屋の宣伝用カードにしか見えないが、残念だが本当に研究所のカードである。このカードを作ったのはだれだ。

 仕事の進捗を聞きにやってきたヘリオス副教授にもうちの妻が問い詰めたが、実際のところこのカードは本当に研究所のものである。


 しかしだ。


 双子たちがパッと見真面目なところのカードをまたもや引っ張りだして来た。そちらもまた「魔術研究所」である。…繁華街のど真ん中にあるのだが…。


「ロルフ、これ、どこかな」

「『魔術研究所』だ。見ての通り」

「そうね、そう書いている」


 正座させられたまま肉屋に送られるブタのように震えているようだな、ヘリオス副教授。ここに来た君の運はここで尽きたよ、残念だが。


「ヘリオスくん、なんで震えているのかなぁ?」

「あ、足が痺れてきました…」

「そうかー、そうかー」


 私は無茶をやっているにもかかわらず、よく結婚生活を続けられるな、と言われることがある。普通の嫁ならおそらくはとっくに離婚されているだろう自信は、私にもある。


「さて質問です、正直に答えなさい」

「はい」

「『魔術研究所』が何故、繁華街にあるの?」


 なんと答えるべきだろうか。ヘリオス副教授、なんとかしてくれ。


「マリアさん、お察しの通りです」

「ヘ、リ、オ、スう!裏切ったなお前ぇ!」

「フィッツ教授!こういうのは素直に言った方がいいです!」

「正直でよろしい。ロザちゃんには黙っておいてあげる」

「はい」


 売りやがったこの豚野郎!私のことを売りやがった!肉屋を支持する豚野郎め!


「で、なんでそんなところに行ったの」

「ことの起こりはぼくが合コンに行ったことにあります」

「なんで行ったの?ロザちゃんとケンカでもしたの?」

「いえそれはギーテンに人数合わせで」

「ヴォルフガングめ」

「あんたは黙ってろロルフ」

「はい」


 諸悪の根源はヴォルフガングだと思う。いずれ奴には天罰が落ちる、そう思わないとやってられない。


「それで?」

「…ブタを見るような目で見られたんです」

「オークなんだし仕方ないだろう」

「いえ、遺伝子の研究やってるって言ったら…」

「そう」


 普通の人間の反応などそんなもんだぞ、ヘリオス副教授。


「フィッツ教授と一緒に東方学院で開かれる学会に行った時、教授に聞いたんです」

「何を」

「専門的な話題振っても対応できる呑み屋があるって」

「それがこれか」

「はい」


 …そうだよ、せっかく教えてやったのにこの仕打ちだよ、と言ってもバレたの私のせいだがな!


「そして行ったのが『魔術研究所』です。女の子たちがいたんですが、彼女たちも学院で頑張ってる子たちだったんです」

「あら」

「ぼくが副教授やってるって言ったら、『副教授ぅ!すごーい!』って言ってくれるんです。危ないです」

「あなたまさか」

「ロザリィに会う前だとアウトだったと思いますね」

「でしょうね」


 私も教授だって言ったら『教授ぅ!賢いんだね!』って言ってもらえたしな。


「そして何より専門的な会話しても全然引かれないわけですよ。合コンで折れた心が癒されましたよ」

「ロザちゃんじゃダメなの」

「…それ言われるとツラいです」


 確かお前合コンの後すぐ、フランシスくんところで愚痴ってたって言ってただろうが。彼女にいってやろうかこの豚野郎。


「しかしだ、彼女たちも大変なようだった。東方学院は学費が高いから、そういう短期労働バイトで学費を稼がないといけない」

「そうです、そこで僕たちは提案したんです、機会があったらホウライに来ないかって」

「東方には負ける部分もあるが、学費の心配はあまりしなくて済むしな」


 実際のところ、夜の短期労働バイトと学業の両立は難しいと思う。そういう意味では我々は、彼女たちに悪い提案をしたとは思えない。


「ふーん。ま、わかったわ、ヘリオスくんはもういいわ。これに懲りてロザちゃん裏切らないことね」

「…飲みに行っただけですよ…」

「ロザちゃんは普通の子と違うのよ?しっかり捕まえときなさい」

「はい」


 うちの嫁にかかるとヘリオス副教授もできの悪い学生扱いである。…無論私はそれ以外である。


 今月の小遣いは、当然のように無くなった。

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