15章

 2015年11月16日9時40分ごろ、正平は銚子電鉄の外川駅にいた。最寄駅を始発で出発した正平はスマホの乗換案内で指示された通りに、新木場駅から京葉線に乗っていたら一人の初老の男性に、

「トレイルランニングをされるのですか?」

と声をかけられた。

「そんな大層なものではなく、趣味で海岸沿いを歩いているだけです」

と正平が答えると、

「わたしも、昔はいろいろと歩いたのですよ」

と言い、思い出話をしてくれた。美しい時期と場所を選びながらの彼の旅と、東日本大震災を忘れないようにするというだけが目的の正平の旅とでは趣が随分と違う気もしたけど、そんなことは関係なかった。同じようなことをしているという得体の知れない共感は、妙にうれしいものだった。ふと彼が、

「今日は、富士山と筑波山が同時に見えますよ! こんな日は一年に一度あるかないか、もしかしたら二年に一度あるかどうかという日だからお兄さんにはきっとご利益があると思いますよ!」

と言って、自宅があるのだろうか? 勤務先があるのだろうか? 用事があるのだろうか? 次に停車した駅で下車していった。正平には筑波山がどれかはわからなかったけど、確か山頂が二つあって男女にたとえられていた山だと記憶していたので、あの山だろうという見当はすぐについた。富士山と筑波山を同時に見ていると確かに神々しい光景であり、本当にご利益がありそうだったので、自己採点では合否の微妙なラインの得点だった行政書士試験の結果が合格であることを正平は祈願した。


 銚子電鉄は残念ながら先月に乗った古くて可愛い列車ではなかったけど、高台にある田園という車窓からの眺望と足をくじいたのだろうか車掌の女性が痛そうに足を引きずりながらも前に後ろにと動いて車掌業務をこなしているというローカル線ならではの光景を思いっきり満喫しながらの道のりだった。天気もいいし行政書士の試験も終わったことだし、銚子駅から先は50キロ先の鹿島神宮まで行かないと鉄道がないので、今日はゆっくり観光しながら銚子駅までの10キロぐらいという予定にしていたから、のんびり晴れ晴れしとしながらのスタートを切った。


 まずは、外川駅の正面にある先月に必死になって登ってきた坂を下って県道254号線を目指した。先月はかなり疲れてからの登りでかなりきつかったけど、今日の元気満タンの体での下りも容易ではない坂だった。雪が降った日や路面凍結が心配な日は避けて通ろうと思いながら下った先には、11月の低めのお日様に正面から照らされてキラキラと輝く海が一面に広がっていた。あまりにも気持ちがよすぎるキラキラした海を見ながら、少し狭い県道254号線で車の往来に注意しながら銚子半島の南の先端である長崎鼻を目指して歩いていった。長崎海岸と書かれた表示のあたりで一瞬歩道が整備され広くなったけど、やがて元のように狭くなった。お日様を背にして深く青々とした海を見ながら長崎鼻を回り込んでいくと、遠くに犬吠埼灯台が太陽に照らされてその白さを一層白くした感じで煌めきながら浮かんでいて、その明と暗の絶妙なコントラストにのびやかな美しさを感じながら気持ちよく歩いた。


 県道254号線に戻って犬吠埼灯台を目指して北上すると、道は一気に登っていった。その登り始めに延宝地震再来津波想定高という標識があった。千葉の海岸沿いにはところどころに再来津波想定高という標識があるけど、津波被害を後世の人に伝えようとしていた人と、それをしっかりと受け止めてさらに後世に残していこうとする人がいて、そういった伝承こそが大切なことなのかもしれないと思いながら犬吠駅に着いた。犬吠駅での目的は、焼きたてのぬれせんべいだった。先月は空腹と急いでいたのとで、自分用とお土産用に買ったぬれせんべいの自分用だけを食べるつもりが止まらなくなってしまいお土産用も平らげてしまったので手ぶらで帰ったけど、今回はお土産用を宅配便で送ることにして、心おきなく焼きたてを食べることを楽しみにしていた。手に持ったとき、焼きたての割には熱くはなくほんのり温かいという印象だったけど、その温もりと濡れ具合がなんともいえない絶妙なバランスで醤油の美味しさを口から鼻へと広げていく感じで、お土産用とは少し違う美味しさもあって一気に5枚ほど食べてしまった。さらに3枚買って、犬吠埼灯台に向かう道中で食べた。


 近くで見る犬吠埼灯台は、今度は空の青さの中にくっきりと白さを浮かべていて、青空と灯台の突き抜けるようなコントラストも美しかった。あまりの美しさに登ってみようと思ったけど、入場料が200円という表示を見た瞬間に高所恐怖症であることを正平は思い出して再び歩き出した。すぐ近くにある君ケ浜しおさい公園は海の近くを歩けるようだったので、正平はそちらを歩くことにした。久しぶりに浜辺を歩けるのは、自分でもはっきりとした理由はわからなかったけど妙に嬉しかった。


 公園を抜けると銚子ポートタワーが正面に見えてきて、やがて標識に右の矢印と銚子港の文字が見えてくると道が魚臭くなった。魚臭いといっても生臭いほうではなく、干物とかのほうの好き嫌いが半々でわかれるような感じのにおいだったけど、正平は嫌いなほうではなかった。いつしか沿道も魚介類の加工工場という感じの建物が増え、標識には右の矢印と銚子港の文字が見え続けた。そのうちに銚子ポートタワーが右に見え始めたので、正平は銚子半島の北に回り込み始めたことを自覚したけど、右の矢印はまだ銚子港のままだった。やがて海なのか川なのかもわからないような港が見えてから銚子ポートタワーを背にしても右の矢印は銚子港で、迂回路という意味だったのかもしれないけど、正平は日本で指折りの初めのほうにくる漁港の大きさに感動した。


 県道244号線と交わったところでそこを西の方に曲がると広い歩道のある通りで、大きな醤油蔵も備えた工場とかもあって漁業の町から醤油の町へと一変したのは面白かった。ふと目を移すと交差点の奥には銚子電鉄の踏切が見えていたりして散策していても飽きないような雰囲気のある町で、この町並みのバリエーションの豊かさが魚や醤油の味の深さにつながっているような気もしながら銚子の町を歩いた。しばらくするとアーケードがある商店街もあって、シャッターが閉まっている店もちらほらあったのは寂しかったけど歩道も整備されていて本当にいい町ということを味わいながら銚子駅についた。今日の行程はここまで、さあ銚子の海の幸を食べつくすぞと思ったけど、意外とぬれせんべいが効いていて空腹感はなかった。先月は夕食、今月は昼食がぬれせんべいになってしまったというのもなんとも銚子らしいかもしれないと思いつつ、駅に入り一番先に来た列車に乗って行き当たりばったり的な感じで家路に着いた。

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