14章

 2015年10月12日7時50分ごろ、正平は飯倉駅にいた。今日は、40キロぐらい先の銚子電鉄の外川駅まで行かないと鉄道に乗って帰れないので日帰りでの日程はかなり厳しいけど、このあたりは民宿しかないので仕事が終わってから来ても夜遅くの到着になり迷惑そうだし朝早く出発も迷惑そうだったので最寄駅から始発に乗り込んだ。そして先月間違えて通らざるを得なくなった道を海岸沿いに向けて出発したとたんに、その道のりの長さを思い出して気分は落ち込んでいった。


 このあたりはすでに収穫されたのか、それとも先の台風でやられたのか、稲が実っている姿はなかった。山も海も見えない田園地帯を吹き抜ける風が、壊れた蜘蛛の巣を無数に運んできて顔やウェアのいたるところにへばりついて気持ちが悪かった。現に張られている蜘蛛の巣は避けようがあるけど、壊れて風に乗った蜘蛛の巣は見えないままだから避けようがなくて正直参った。今日も頑張ろうとする気持ちを思いっきり蜘蛛の巣地獄に押さえつけられながら、県道49号線で県道30号線まで戻った。スマホの距離計測アプリが7キロを軽く超えていたのは、先月と今月の痛いロスではあった。次からはコミュニティバスを使うことがあるならば、入念にチェックしてからにしようと心に誓いながら、勢いで県道30号線を横切って海岸に出た。砂浜までは行くことができたけど、砂浜に沿っての移動は護岸工事に遮られていたので県道30号線まで戻って北上を続けた。


 しばらく行くと野手浜という文字が見えた。もしかすると九十九里浜をみながら海岸沿いを歩けるかも知れないと期待しながら右に曲がってしばらく行ったけど、海岸にも行けず右にも左にも行けず工事中の看板があるだけの行き止まりになっていた。これも東日本大震災の影響なのだろうか、正平は非常に残念だったけど1日でも早く工事が終わることを願いながら県道30号線へと戻って、九十九里浜の見えない九十九里ビーチラインの北上を続けた。


 やがて表示されている地名と地図から東に向かい始めたと正平が感じたあたりで、建物の間から海が見えるようになった。左側に市営プールの看板が見えてきたあたりに展望台のある公園があったので寄ってみることにした。なかなか見ることができなかった九十九里の海を一望できるのではないかと期待して展望台を登った正平の目に映ったのは、相当な津波被害を受けた後を工事して新しくなった堤防と現在工事中のところとまだ手をつけていないところとのコントラストがはっきりした海岸の光景だった。復興が終ってもいなければ始まってもいないところもある震災を、この旅を始める前は忘れてかけていた自分がいる、そんな大きな衝撃が正平の真ん中を貫いた。その光景がショックだったのか無知が情けなかったのかは自分でもわからなかったけど、少しだけ泣いていた気はする。来て見なければわからないことだと思ったし、それはこれからも何回もあるのだろうとも思った。ショックだったけど、ここで止めるわけにはいかない旅に向かって少しだけ重くなった足を正平は動かした。


 海沿いを歩き続けた正平の目に、海の中に雄大に屏風のように立っている崖が見えて来た。あれが銚子半島だと思う。そして「いいおかみなと公園」を過ぎると、県道30号線はぐるっと回り込みながら国道126号線にぶつかって終わった。ここからの道は、一気に登っていた。かなりきつい登りだったけど、歩道はしっかりと整備されていて歩きやすかった。ただ、ボーっとして歩いているわけにもいかなかった。蜘蛛も冬支度をしているのだろうか、歩道のいたるところに巣を張っていた。一番の強者は正平の手のひらぐらいの大きさがある奴で、その巣は歩道を完全に塞いでいたので、正平は仕方なく車の通行の隙をついて車道を歩くしかなくなってしまった。


 やがて崖を登り切ったのだろうか道が平坦になると歩道はところどころでなくなってはいたけど、全体的には整備されていて歩きやすかった。地図にあるイオンモールと田村記念病院があるあたりで県道286号線に入ると、はるかに下に海が見えた。銚子ドーバーラインと名付けられた道は、歩く人は自分意外には正平の目には映らなかったけど、圧倒的多数が飛ばしている車で、時折基本的にはロード使用でたまにママチャリもいるという具合に自転車で走る人も結構多くて、車の速度がもう少しゆっくりするか歩道・自転車道を整備してくれたら誰にとってもきれいで楽しい道になるような気はした。


 やがて目の前に橋が見えた。車両専用道路みたいだったけど、もともと歩道のない道を歩いてきただけに歩行者用の迂回路を探すだけ無駄なような気もするし、自動車専用の標識もないから細心の注意を払って車とのすれ違いに注意しながら素早く走り抜けた。橋を渡ると県道254号線につながる道が、明らかに自動車オンリーという感じで分かれていた。そこにも細心の注意を払いながら県道254号線へと正平は移り、今日のゴールに設定した銚子電鉄の外川駅を目指した。しかし、銚子半島は海沿いを歩いて行くイメージだったけど意外と山の中っぽいところを歩くことになってしまったところに、秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、日没まではかなり時間があるはずだったけど周囲は薄暗くなってきて、今回も照明器具を忘れた正平は運転手が気づいてくれないと危ないかなという不安を抱きながら外川駅へと向かった。


 外川駅の入り口を示す看板はなかったけど、スマホの地図を頼りに左に曲がった道は見た瞬間に後ろ足が動かなくなった気がするぐらいに、とてつもなく急な上り坂だった。なんとかかんとか前足で後ろ足を引っ張りながら登って行くと、これぞローカル線という佇まいの外川駅の駅舎が立っていた。初めて来る場所だったけど「今日もお疲れ様でした! お帰りなさい!」と言われているような、妙に暖かくて懐かしい雰囲気の駅舎に迎えられながら、今日の旅を終えた。実家に帰ってきたような安心感に包まれた瞬間に、日中に何も食べていないことに気がついて急にお腹が空いてきたけど、それについてはどうにもならない場所だった。やがてレトロな雰囲気のある車両が入線して来たので、それに乗って銚子駅へと向かった。小湊鉄道のように古くて可愛らしい列車だったけど空腹が優って撮影をしなかった正平は、停まる駅ごとにフラッシュの嵐を浴びている車両が相当に珍しいものであることをその時に悟ったけど、時すでに遅しだった。来月の旅でもし乗り込むことができたら、外川駅と古くて可愛い列車を撮影しようと思いながらも銚子駅では列車のつなぎがよかったために、売店で名物のぬれせんべいをお土産用に買って、ついでに自分用にもそれを買って食べながらの家路になった。

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