第24話 すみません。私、ガチです。

『姉ちゃん、誕生日おめでとう!』


 午前零時きっかりに、一番上の弟から、ラインが届いた。

 さすがしっかりものの長男。毎年、忘れもせず、日が変わると同時におめでとうと送ってくれる、この律義さ。


 次男からは、『Happy Birthday HANA』というメッセージカードと共に、バラの花束が届いた。しかも会社に。

『ありがとう。嬉しいけど、みんなに変な詮索されるから、会社じゃなくて家に送ってよ』ってラインを送ったら、『大事な姉に悪い虫がつかないようにさ』と返信が来た。

 キザなあいつらしい。


 三男からは、昨日電話が来た。

『姉貴、おめでとー! ってか、お前、何歳だ? もう三十路か? そろそろ誕生日もめでたくねーな』なんて。

『私はまだ二十六だし、誕生日は明日だ』って言ったら、『やった。じゃぁ、姉貴におめでとう言ったの、俺が一番乗りな』と、よく分からないところで競争心を燃やしていたけど、前日におめでとうって言われてもね。

 まぁ、昔から、負けず嫌いで自由奔放な三男らしいが。


 そして、夕方。

『花姉ちゃん、お誕生日おめでとう! 今度いつ帰って来るの? 早く花ちゃんの顔みたいな。たまにはこっちに顔だしてね』

『花、おめでとう! どうせ、一人で寂しい誕生日を送ってんだろ? 金曜日だってのに可哀想な奴だな。俺が祝ってやるから、週末こっち帰って来いよ』

 双子の弟から立て続けにラインが届いた。同じ顔なのにどうしてこうも性格が違うかな。


 とにかくこんな感じで、私の誕生日はいつも弟たちの祝福に始まり祝福に終わる。


 あーあ、今年こそは彼氏と誕生日を過ごせると思ったのに、末っ子にまんまと言い当てられて、何も言い返せない。

 誕生日だというのに、ジムでしごかれ、ひもじい食事か。


 はぁ……。


 特大のため息をついたら、

「なんだよさっきからうっとーしーな」

 と一条さんに睨まれた。


 これは、一応、好きな人と過ごす誕生日だと言ってもいいのだろうか?

 否、彼には彼女がいる。結局、ぼっちには変わらないか……。


「なんだか行く末は孤独死なんじゃないかと不安になりまして」

「はぁ?」

「何でもないです。気にしないでください」


 私は再び大きなため息をついて、腹筋を始めた。

 5人も弟がいるんだ。きっとその内の一人くらいは私のことを面倒見てくれるだろう。


◇◆◇


 ため息つきつつ、トレーニングを終えて、どでかいバラの花束を抱えて帰ろうとしたら、

「すごいですね! 山田さん、何かあったんですか?」

 と受付にいた小泉さんに声をかけられた。


「いや、今日、誕生日で……」

「えー。すごい! 誕生日にバラの花束なんて、素敵な彼氏さんですね!」

「いや、彼氏じゃないし、若干、迷惑と言うかなんというか、これ持って歩くのかなり恥ずかしかった……」


 そんな会話を広げる中、「もしかして、こないだ告って来た奴から?」と一条さんが現れた。


「いえ、弟からの誕生日プレゼントです」

「あぁ……弟ね」

「なんですか、その顔。どうせ、私は弟にしか祝ってもらえない、ぼっちな女ですよ」


 一条さんがニヤッと笑ったので、頭に来て、そう言い返すと、彼は少し何かを考える仕草をした。


「ちょっと、待ってろ」


 そう言って、その場を離れた一条さん。

 しばらく後、私服に着替えて戻って来た。


「小泉、今日はもうあがるから」

「了解です!」

「ほら、行くぞ」


 ポカンとする私の手を引いて彼は歩き出した。


「行くってどこにですか?」

「誕生日に行く末は孤独死かと、さっきから特大のため息を何度もしている可哀想なお前を祝ってやるって言ってんの。感謝しろ」


 ずいぶん押しつけがましいが、それでも嬉しくなってしまうのは惚れた弱みだな。


「なんだか、すみませんね。祝ってくださいオーラを出しちゃって」

「今日は少しだけ、ご褒美だ」


 一条さんはそう言って、私を連れて車を走らせた。

 着いた先は、東京郊外にある小高い丘の上のレストランで。


「外食なんてしても、いいんですか? カロリーオーバーしちゃう」

「今日は特別だ。それに、ここは野菜中心のメニューを出す店だから」


 レンガ造りの可愛い建物に、jill's farmと木の看板が掲げられたお店に入って行くと、珍しいお野菜たちがそこらかしこに並んでいた。


「全部自家製の野菜だから、うまいよ」


 うわぁと周囲を見渡す私を苦笑いしながら、一条さんは中に入って行った。


 お酒で乾杯したいところだけど、そこはグッと堪えて、一条さんがお勧めしてくれたジンジャエールを頼んだ。ちゃんと生姜をすりおろして作った自家製のジンジャエールは甘さ控えめで、生姜の香りがほどよく効いている。美味しいだけでなく体にも良さそう。

 そして、その後出て来たバーニャカウダのゴージャスなこと。氷が敷き詰められた器に生け花みたいに飾られた新鮮なお野菜たち。先ほど採れたばかりというそのお野菜は、本当に、みずみずしく甘くておいしかった。


「ご馳走様でした。一条さん、すごく美味しかったです」


 食事を終えてレストランを出た後にお礼を言うと、一条さんはチラッと時計を見て、「誕生日の間はお前の我儘を全部聞いてやる。何がしたい?」と聞いてきた。


「えー。もう、充分ですよ。こんなにおいしい夕食をご馳走していただいただのに」

「いいから、ほら、12時まであと2時間何がしたいのか言ってみろよ」

「そ、そんな急に言われても……」


 まるでシンデレラだな。ということは夢を叶えてくれる一条さんは魔法使いのおばあさんか。

 でも、正直、夢は半分叶っている。誕生日に好きな人と素敵なレストランで食事をするなんて、まぁ、恋人じゃないけどさ。


「じゃぁ、どんな誕生日に憧れるわけ? お前はどう過ごしたかったんだよ」

「えぇ? そりゃぁ、今年こそは恋人と二人きりでって思っていましたけど」

「分かった。じゃぁ、恋人ごっこな」


 え?

 驚いて顔を上げると、なんだか楽しそうに笑った一条さんは、「それもかなり甘々なやつ」と言って、瞳をキラリと光らせた。

 一瞬、これは狼に食べられちゃう系でしょうかと思ったけれど、彼は世の中の恋人がするような甘々なデートを続行した。


 夜景の綺麗な公園に連れてきてくれて、「寒い?」と、つないだ手を自分のコートのポケットにいれたりなんかして、寒いどころかもう私は照れて体中カッカしていますけどね。

 しかも、一条さんは恋人としての役に徹してくれているのだろう、甘々モードで優しいったらない。


「ほら、そこ、段差あるから気を付けろよ」


 言われた途端、つまずいた私を抱きとめて、「ドジだな」なんてコツンと頭を小突かれて、優しく微笑む彼にもう鼻血出そう。

 いつもなら、「言った先からこけんな、バカ」とでも言いそうなのに。


 あぁ、恋人ごっこ最高!


 そんな素敵な時間はあっという間に過ぎて、時計の針は無情にも12時をさした。


「12時になってしまいました」

「あぁ」

「ありがとうございました。すごく素敵な誕生日でした」


 私は心の底からお礼を言った。ごっこだけど、最高だった。


「もう少し……」

「え?」

「もう少しだけ、恋人の振りをしよう」


 名残惜しそうにしていた私に気付いたのか、彼はそんな提案をしてきた。


「もう少しって、いつまで、ですか?」


 聞いた私を、不思議な色を宿した瞳で彼は見つめる。


「……俺が満足するまで」


 そう言って、一条さんは私を引き寄せた。

 それはいつまでのことなのか。

 永遠に続けばいいのに。なんて、バカだな私。

 すぐに、自分の考えを打ち消したけれど、彼は私の髪を優しく撫でながら、じっと見つめてきた。


「好きだよ、花」

「一条……さん」


 それは演技だと分かっていても、私の胸をときめかせるのは十分で……。

 カァっと顔が熱くなって、そんな自分が恥ずかしくてうつむくと、一条さんは私の顎に手を添えて、自分の方を向かせた。


「花は? 俺の事、どう思っている?」

「私……私は……」


 あぁ、バカ、花。これは、恋人ごっこなんだってば。もう、鎮まってくれ心臓!

 ひとり、動揺しまくって、バクバクしている心臓に、息を吸うことさえままならない。

 それなのに、一条さんは優しい瞳のまま、私の言葉を待っている。


「あの……私……。私も……一条さんのこと……好き、です」


 まずい。今、私、多分、マジ告白した。ごっことか、関係なく本気で好きって言った。恋愛経験もほとんどないくせに恋人ごっこなんてするから……ほら、もう。

 一条さんが驚いた顔で私を見ている。

 やだ、恥ずかしい。きっと、何こいつマジになってんだって思われている。


「な、なんちゃって……」


 取ってつけたように、そうつぶやいてみたら、彼はフワリと微笑んだ。

 はぁうっ!

 し、心臓が……。

 初めて見せた彼の柔らかで、優しくて、史上最強の笑顔。

 死んだ。絶対死んだ。


「あの、一条……さん、もう……」

「名前で、呼んで……」

「え……」

「恋人だろ。侑って呼べよ」


 だから、ダメだって。本気にするな、花! これはごっこなんだってぇぇぇ。

 すっかり彼の虜になって、頭の中がお花畑になっている自分に気付きながらも、優しい恋人を演じる彼に吸い込まれてしまう。


「ゆ、侑……」


 ボッと顔から火が出た。

 言ってしまいました。あぁ、もう、完全に恋人ごっこと現実を混同しています私。

 すみません。ごめんなさい。私ガチです。


「……可愛いな、お前」


 そんな私を彼はどんどん煽って行く。

 あぁ、まずいよ……どうしよう。本気で、まずい……。

 彼には恋人がいる……。そう思うのに、心が勝手にときめいてしまう。

 私は部屋に飾られたプリクラを思い浮かべて、必死に言い聞かせた。勘違いしちゃダメなんだ。

 だけど、優しく私を見つめる彼への愛おしさは溢れ出すばかりで、ドクドクと高鳴る鼓動を抑えることができない。


「好きだよ、花」


 一条さんは甘く囁いて、私の頭を引き寄せた。


「まっ待って」

「なんだよ……この流れで、待ったはねーだろ」

「だ……だって……」


 恋人ごっこに、つい、本気になっちゃう……。


「俺とじゃ嫌か?」


 そんな私の心の葛藤など知りもしない彼は、首を傾げて、私の顔を覗きこんだ。

 嫌なわけない。悔しいけど、恋人ごっこなんかじゃなくて、これが本当だったらいいのにって、心から思っている。


「嫌ならやめる……」


 黙ったままの私に、彼はゆっくり唇を近づけた。

 間近に迫った彼の顔に、キュゥっと心臓が縮こまった。

 あぁ、困ったな。私、本気で彼のことが好きだ。


「ダメ……です」

「なんだよ」


 横を向いた私に、少しだけ苛立ちが宿った彼の声。


「こういうの、困るんです。私は、一条さんと違って、恋愛に免疫がないから」


 そう言うと、一条さんは吐息をついて、私の顔を自分の方に向き直させた。


「いいよ。俺のことしか考えられないようになったらいい」

「え……?」


 次の瞬間、その言葉を理解する前に、私は彼に唇を奪われた。

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