マギコはマギコであれ!

応接室に通され、私は一週間ぶりに帰って来た我が家で、緊張していた。

自分の家で、一週間〈奉仕〉で空けるだけなら魔法少女としては日常的

な風景―――であるのは当然なのだが、私の場合、何かと事情が異なっていた。


部屋のポストに届いた〈組合〉からの召喚状に、冷や汗を掻かずにはいられ

なかった。というか、掻くなと言うのが到底無理な話である。


七日目―――最期の日―――を迎え、〈組合〉からの裁断に唯でさえ足元の

すくわれる思いだと言うのに、彼等は私に『戻ってこい』と、召喚状という

形で私に伝えて来た。しかもよりによって本部ではなく、我が生家。

文面を読んで疑問と不安で血の気が引くのを感じた。

しかしそれだけが、私の怯えた理由ではない。

彼等は書面で―――『宇崎雨も同行するように』と、

嫌味ったらしく末尾に記してあった。


私はおろか、雨まで混乱していた。

彼等は一体何の道理があり雨を呼びつけるのか。

これは私の、私だけの問題ではないのか・・・・・・。


などと二人して悩んでいる間に、〈組合〉の派遣魔法使い―――

本来は掟を破った魔法少女を捕らえる任を与えられた者達―――

がづかづか押し入って来て、私と雨を連行した。

皆どこか虚ろで、疲弊した顔色を浮かべているのが見られ、腕に手を伸ばし

二人がかりで私を持ち上げる者達に至っては、まるで罪人を蔑む様な、

敵意に満ちた視線だったのを憶えている。


訳も解らぬまま狼狽している内に、生家である屋敷、その応接室に連れてこられた。とんだ里帰りだった。

私は〈組合〉の強引なやり方に怒りさえ覚えたが、すぐさまそれは沈着した。

隣の椅子にちょこんと座った雨が、瞳を瞬かせ、だだっ広い、豪華すぎる装飾画

の施された応接室をぐるりと見回していた。

その姿はまるで、見ず知らずな空間に放り込まれた動物の様で、不憫な気持ちに

させられる。家具と呼べる代物は、この、今私達がついている柊の横長い応接

机と隅に置かれた、私と雨の身長を足しても半分に満たないであろう本棚

ぐらいしか無く、此処は、普段は良い意味で静か・・・・・なのだが、

今の私達にとって、それは恐怖を象徴したかのようであった。



「―――――マギコ・・・・・・」



そう言って、雨は私の服の袖をきゅっと握ってきた。

不安に満ちた、何とも弱弱しい声。



「なんですか?」



彼女を出来るだけ安心させようと、私は微笑して応えた。



「ここは・・・・・・・、マギコのおうち・・・・・・ですか・・・・?」

「え、あ・・・・・・、はい!」

「――――すごく・・・・・広いです、ね」

「そうでしょ~、ビックリしたでしょ~~~!」



胸の上で腕を組んでふふんと鼻を鳴らす。

からかっているのでは勿論無く、雨を落ち着かせる為だ。

上手くいったらしい、微かに雨の頬の力が緩んだ気がした。すると、



「――――しんぱい、ですか?」

「なにがです?」

「魔法少女に戻してくれるのか・・・・・・」



偉く立ち入った質問だった。

それに私は肩を落とす、微笑する、答える代わりに。

正直なところ・・・・・・、自信が持てずにいた。

この一週間が・・・・・・、有意なものであるのかが。

無論、雨と過ごしたこの日々を無駄にはしたくない。


だが、もし、〈組合〉が『無価値』と一蹴すれば、それは決定事項、私には

成す術がない。

『自信を持て』―――そう励ます事は誰にだって出来る。

だが、そう簡単に自分を信じるのには、やはり無理があるのだ。


この一週間―――私はがむしゃらに頑張って、今日を迎えた。

だがどうだろう、私は・・・・・・、“頑張れた”のであろうか?


魔法少女は魔法で人助けをする――――それが常だ。

だけど私は、魔法を使ってもいなかった。

ただ雨と日々を共にし、言葉を交わし、今日を迎えただけ。

多少の難所はあったものの、それは全部―――雨が自分で向き合い、解決した。

私は傍で、自分なりに“がむしゃらに頑張って来ただけ”。

それは、魔法を使える者達からすれば、酷く滑稽に見える事だろう。

魔法があれば・・・・・・すぐに解決出来るのだから。



「雨、その、・・・・・・・・・私はッ―――――」

「やあやあお待たせぇ~~!」



ばたぁん‼ と、応接室の両開きの扉が開き、誰か入って来た。

その『誰か』が何者なのか、私には一目で解った。

恐ろしいまでに整った鼻梁にすらりと伸びる脚、紅く燃え盛る火柱を

連想させる長い髪を持った、戦装束を纏った魔法少女―――



「アリカお姉様⁉」

「よっ、マギコちゃんッ!」



手を挙げてアリカお姉様が挨拶された。



「どうして・・・・・、こちらに・・・・・・?」



アリカお姉様は、私の保留試験からも、〈組合〉に顔が利く通り、

お姉様はそれほど、〈組合〉での発言力の大きさが見て取れる。

自虐的に言ってしまうと・・・・・・、私なんかの相手をしていられないくらい

に偉いのだ。アリカお姉様は。

だから疑問でならなかった。

何故アリカお姉様が、私なんかの劣等生を庇い、もう一度魔法少女として

返り咲くお膳立てをしてくれたのか。

『マギコのため』と笑っていたが、昔から無駄な事に時間を潰すようなお方では、

ない。少々卑屈な解釈ではあるけど。



「ひっさしぶり~~、元気だったぁ~~~⁉」



私の質問など無視して、勢いよく飛び掛かり、アリカお姉様が抱擁して来る。

たわわに揺れた二つの胸が、私の顔に押し付けられ、私は・・・・・・ちょ、

お姉様・・・・・窒息します‼



「おねえはま・・・・・ひょっほぉ・・・・・‼」

「しぃ! マギコ、悪いけど合わせて・・・・・・・」

「――――ッ!」



肘を叩く私に、お姉様はひそひそと耳打ちする。

すると、お姉様の言動を呆然と口を開けて眺めていた雨に向かって言う。



「雨ちゃん、だっけ?? マギコが用あるって」

「えっ⁉」

「イイから、ちょっと・・・・・・」

「は、はぁ・・・・・」



お姉様に促されるまま、お姉様の胸元に顔を埋めている私の所に雨が

近づいた。「なに――――」そう言いかけた瞬間、私と雨の視界がぐるりと

反転し、再び顔を上げた時、私たち三人は、雨の部屋に戻って来ていた。



「「ええぇ!!!!」」



突然の出来事に愕然とする私と雨に、



「ああしんどかった! テレポートは一度の反動がデカいんだよなぁ~・・・・」



と溜め息を吐いてアリカお姉様が肩を回す。



「二人は気持ち悪くならなかった?」



首を横に振る私と雨。

一体、何がどうなって――――



「ゴメン、突然のことにビックリしたでしょ?」



こちらの気持ちを察したのか、心配げな雰囲気でお姉様が尋ねる。

当然。―――そういう代わりに、私達は同時に首肯した。



「でも、こんな方法しかなくてね」

「お姉様、それはどういう――――」

「〈組合〉の連中、あの場で強硬手段でマギコに魔力戻そうとするからさぁ」

「「え・・・・・・?」」



お姉様の言っていることが今一つ理解出来ない。

『魔力を戻す』―――それは一重に、私は今回の〈奉仕〉に合格したと言えるの

ではないのだろうか。なのにそれを『強硬手段』と言い張るお姉様。



「あの、アリカ・・・・・さん?」

「ん? なに雨ちゃん」

「それは、マギコを魔法少女に戻す、ということではないのでしょうか・・・・」

「―――――、ちょっと違う。・・・・・て、答えじゃダメかやっぱ」

「違うんですか?」

「雨ちゃんには付き合ってくれたし、マギコ本人もよく頑張った。

――――――――ねぇマギコ?」

「はい、なんでしょうか・・・・・・」

「マギコは魔法を信じる?」

「え・・・・・・・・・」

「あたしは、信じれない、――――魔法も、自分自身も・・・・・」



私は首を傾げた。お姉様は一体・・・・・、何の話をしているのか。



「魔法なんて、私達魔法少女からしてみれば、単なるツールでしかない。

でも、〈組合〉や他の魔法少女や魔法使い達は、何の疑いもなく魔法を使って、

ニンゲンに干渉する。―――――自分たちは、人助けだ、奉仕だって・・・・

傲慢に。知ってる? 魔法少女が魔法でニンゲンを助けられる確率。

―――――ゼロ、なんだよ。例え魔法でその場は助けられたとしても、結局は

その場・・・・・・、それにどんなケジメをつけるか、それはそのニンゲン次第

・・・・・なんだよ。結局、あたしたちは欲張りで、自分を過信して・・・・・

・・・・・魔法なんて特権的なモノで誰かの一歩上に立っていると誤解している

だけなんだ。あたしは、それを変えたかった。だけど・・・・・ダメだった」

「―――――どうして、ですか?」

「怖かったんだと思う。自分を否定してしまうことに。だからこんな方法しか

思いつかなかった・・・・・・」

「こんな、方法?」



雨が尋ねる。



「さっきも言ったけど、雨ちゃん、実は魔法少女には、雨ちゃんみたいな、魔法

ではどうにも出来ない人達を沢山抱えているの。それこそ、この町の住人に

ほぼ等しい位なまで」



「!!!!」



そんな事、初めて耳にした。



「正式に発表されていないけど、これが現状。・・・・・・〈組合〉で

偉そうな顔して踏ん反り返っている連中も、それに見て見ぬふりを決め込んで、

無駄な会議を延々繰り返して時間を食い潰している。

誰かが確実に、暗闇から助けを求めて手を伸ばしているのに、それを摑もうとも

しない・・・・・! そんなの可笑しい、笑えない冗談だ・・・・・!」



そこまで聞いて、私は察しがついた。アリカお姉様が、私で何をしたかったのか。



「お姉様は、知りたかったんですね。魔法少女が、魔法を一切使わずに、

人助けが出来るのか・・・・・・」

「魔法少女が魔法なんて付属品一切なしで人助けが出来る――――本当に

そんな事が可能なのか、あたしは確かめたかった。

もしそうなら、私達は本当の意味で、人助け出来るから・・・・・・」

「私と雨は、そのモルモットであり・・・・・、プロパガンダ。―――でも、」



力を剥奪される魔法少女なら、私以外に他にもいる。

だったら何故、お姉様は私を選んだのだろう・・・・・・。



「マギコしかいなかったから。魔法に頼らずに〈奉仕〉していたのは・・・・・」

「私は元々、魔法の使えない魔法少女でしたもんね・・・・・」



だからこそ、お姉様は私を選んだのだと思う。

魔法を使わず、言葉と行動だけで〈奉仕〉していた私を。



「あたし、やっぱり間違ってたかなぁ・・・・・?」

「はい、かなり」

「ええぇ⁉ そこは『そんな事ないよお姉ちゃん!』って励ますんじゃあ・・・・・」

「元々私はお姉ちゃんと呼んだ事は唯の一度だってありません。

―――――それに、魔法があるからどうとか言っている時点で、お姉様は

間違っておられます。魔法少女だとか議論する以前に、その魔法少女が

どんな『魔法少女』なのかが重要なんです。私がこれまで頑張れたのは、

魔法のない魔法少女だからでなく・・・・・、私が『マギコ』だったからです。

私がマギコらしく頑張って来たから、今私は・・・・・こうして立っている

のだと、胸を張って言えます‼」

「―――――、なんかマギコ、変わったなぁ」

「なんです? それぇ・・・・・」

「なんか一枚剥けたというか、がめつくなったというか・・・・・」

「成長したなぁと素直に言えないんですかぁ⁉」



悲鳴じみた様に私が叫ぶと、お姉様はうんうんと頷かれて、



「どんな魔法少女か・・・・・か。ちょっとは成長したな、マギコ・・・・・」

「なッ・・・・・!」



突き放したと思ったら突然の誉め言葉。



「あ、あのぉ・・・・・!」



お姉様と議論していたせいか、すっかり雨の存在を忘れていた。すると、



「あの、マギコは・・・・・魔法少女に、その・・・・・戻れるんですか?」

「まぁ、こんだけ芯が強くなっちゃ、返さなかったら後が恐いし・・・・・・」

「ッ・・・・・じ、じゃあ・・・・!」



こくりと頷くお姉様の反応を見て、雨はホッと胸を撫で下ろした。

雨はずっと、私の事を心配してくれていた様で、それが私には、嬉しかった。

『魔法少女のマギコ』としてではなく、―――――マギコとして。

             





 ▽▽▽




       

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女が魔法一切使わずに人助けて大丈夫なんですか⁉︎ Cherry-Sound @111013

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ