感情移入は✖ですか⁉

「マギコ、ごはんできましたよ」



雨がキッチンから私を呼んだ。「はい」と言って私はテーブルから立ち上がって

キッチンに向かった。狭い台所棚に料理の盛られた皿が陳列している。

右から、オムレツ、貰い物のトウモロコシの茹で物。

その前に、二人分のお茶碗と味噌汁のお椀から湯気が立っていた。



「それテーブルまで運んでください」



微笑して雨が頼む。台の上で使ったフライパンや鍋を洗って振り返る

エプロン姿の雨は、何だか別人に感じられた。



「あ、あの・・・・・・」

「? はい?」

「・・・・・・いえ、やっぱりいいです」



取って付けた笑みを浮かべて首を振ると、私はキッチンのオムレツと

トウモロコシを両手で持ち、丸テーブルへと運んでゆく。

戻って来て、今度はお茶碗と味噌汁を運ぶ。

その次は、お茶碗と味噌汁。それを、私は機械的にこなして行く。



「ありがとうございます」



エプロンの紐を解きながら後ろから雨が言った。



「い、いえ・・・・・、どういたしまして」



どうって事ないと、私は首を横に振った。



「食べましょ」

「・・・・・・・はい」



私達はテーブルにつき、食事を始める。

因みにスプーンやお箸は、雨がテーブルに来る時に持って

来てくれていた。



「いただきます」

「・・・・・・・・いただき、ます」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



黙々と、流れる様に食べ物を口に運んでゆく。

雨はケチャップのかかったオムレツをスプーンで割って。

私はトウモロコシを、スプーンで身の部分を皿の上で千切って。

壁に掛かった掛け時計がカチコチと秒を刻む。

時刻は七時三十七分、カーテンと窓を隔てた外はすっかり暗くなり、

軽やかな轟音が鳴り響いた。

『くるま』と言う、私達のセカイで馬車にあたる代物で、

魔法ではなく、電気で動いて人や物を運ぶと、アリカお姉様から

以前聞いたことがある。

「あれ運転したことあるよぉ~」

と、教えてくれている途中にお姉様が自慢したことがあった。



どうして今、そんなことを思い出しているんだろう・・・・・・。



私はスプーンを片手に、腕をテーブルに置いて思った。

下らない、どうでも良いことなのに思い出す―――、

いつか、それは何か思い詰めている証拠だと、アリカお姉様、

また・・・・・アリカお姉様。


アリカお姉様に関する記憶ばかり呼び起こされる。




なんでお姉様は・・・・・・、私を・・・・・・・・、

墜としたのだろう・・・・・・・・。




此処に着いたばかりの頃は解っていた。

雨を助ける為――独りぼっちの少女を、外の世界に連れ出す為。


しかし、蓋を開けて見ればどうだ。


雨は一日目――扉を開けて、自分から外へ出た。

私が背中を押したと言えば・・・・・、そう言えるかも知れないが。


しかし、次はどうだ。


二日目――雨は自分から扉を開けて、私が意図していない処で、

ユウさんの下に向かい、学校に行くと決心した。


嬉しいことだし、自分はそうするために、雨の下に降って来た。

でもそれは・・・・・・、自分自身に嘘をついているだけだった。

今日――、雨の友達が訪れて解った。


彼女達が帰って、独り考え理解出来た。




私は・・・・・、雨を独り占めしたかった。

いや・・・・・、したい。




落胆した。心底。

本来、魔法少女はニンゲンに〈奉仕〉し、それを終えると、

二人の関係はそこで・・・・・、終わる。


魔法少女なら誰もが知ってる、魔法少女になって最初に教わる

項目だ。


それを護らないから、護れないから・・・・・、その時の罪は大きい。

それこそ、魔法少女としても権利を剥奪される。


それでも、その掟を破る魔法少女も確かに存在する。

今回の一端でも、私はそれを目の当たりにした。




――――フレンシップ・・・・・・。




私は頭の中でその魔法少女の名を呟く。

彼女だって、沢山のニンゲンに〈奉仕〉したい。

もっと多くのニンゲンの役に立ちたい。


しかしそれで〈奉仕〉から逸脱した魔法の行使は禁じられている。

必要以上にニンゲン界に干渉すること自体、『組合』が良しとしていないのだ。




じゃあ私は・・・・・、『マギコ』はどうだろう。




他の魔法少女から見れば、私は全うに〈奉仕〉を実行している。

この様に、ちゃんと結果も出している。


しかし、その結果そのものに、私は嫉妬した。

望んだ結果を、私が否定した。

それは最早フレンシップと―――それ以下の堕落だった。


でもそれは・・・・・・、私の性分でもあった。

私はずっと前―――雨の元に来る――――、から、自分の

〈奉仕〉するニンゲンに、異常なまでに感情移入する節があった。


それがあったから、私は魔法少女の力を、権利を剥奪された。

だがアリカお姉様は、それを取り戻す為のチャンスをくれた。

でも、結局、それも無駄だった。


剥奪されても、下界に墜とされたとしても・・・・・・、マギコ自体

が変わらなければなんの意味もない。私が自覚出来ていれば

結果は変わっていたかも知れない。


私がちゃんとした魔法少女として、雨に〈奉仕〉出来た未来だって。

がむしゃらに踏ん張っていた頃、私はそれが気持ち良かった。しかし

誰かに尽くす事に酔いしれ、自分の欠陥を把握出来ていなかった。

『魔法少女としてのマギコ』じゃなく、『ただのマギコ』になって初めて

気づく。


私は最初から・・・・・・・、魔法少女でなんか無かったことを。



「――――コ・・・・・・、ギコ・・・・・・・、マギコ‼」

「はっ・・・・・はい・・・・・!」



雨の呼ぶ声で、私は我へと還った。

その時、雨は何故か私にテッシュを差し出して、心配そうな

瞳で私を見ていた。



「すっ・・・・・、すいません・・・・・!―――ちょっとぼうっと

してしまって・・・・・・」



いきなり雨が、テッシュを引っ張って私の顔を拭きだした。



「ちょっと・・・・・、雨・・・・・・なにす・・・・・!」

「―――、みそ汁に落ちてますよ。涙」


その時気づいた。・・・・・・泣いている事に。

よく見るとテーブルには沢山のシミ、味噌汁にポタポタ涙が落ちて

茶色い波紋が広がる。



「鼻水も落ちますよ」

「ふえへっ⁉」



声を出した瞬間、てらてら光る鼻水がポタンっと、味噌汁目がけて

落下した。



「あぁあ~~・・・・!」



これは、もう飲めないと悟った。

味噌汁のお椀を持ち上げ水面を覗く私。



「あ、あめぇ~~~‼」



ぐすりとしゃくり上げながら叫ぶと、雨がくすっと笑みを零した。



「マギコったら・・・・・」

「ふ、ふぇ?」

「様子がおかしいと思ったら、まさか泣いちゃうなんて。

どうしたんですか?―――だいたい理由はわかりますけど」



と言って肩をすくめる雨。



「ど、いうど・・・・・・?」

「どうせ雨が学校に行き出して友達ができてマギコの居場所が

無くなったって・・・・・、そんなこと思って泣いちゃったんでしょ?」



勿論その通りだった、けど、そこまで的を射られると・・・・・・。

雨はオムレツを器用にスプーンで切りながら続ける。



「そんなことない、そう言ってあげたいけど、よくよく考えたら、

ぜんぜんそんなことなくて、むしろ、マギコの心配している通りだと

思います。でもマギコはここにいるし、雨のために頑張ってくれている。

それは雨だって・・・・・、ユウだって知っています。

マギコが魔法少女の資格を取られてここに来たって言うんなら、

マギコの居場所はココです。誰が、マギコがどう思おうがココなんです」

「・・・・・でも、ダメなんです・・・・・! 魔法少女がニンゲンに

必要以上に関わるのは・・・・・・」

「マギコ、いま魔法少女じゃないじゃないですか」

「・・・・・・・・・」



雨の意見は、少々曲解の様に聞こえたが・・・・・、何だか、

そう思うのも悪くないと思った。




私はもう魔法少女じゃない。

だから雨に感情移入しようが、雨が友達と仲良くしていて、

私がそれに嫉妬しようが・・・・・、何ら咎められる道理はない。

そう吹っ切ると、肩の荷が下りて、心が軽くなった様に感じられた。



「あ、ぁあ・・・・・、あめぇえええええ!!!」



茶碗がひっくり返るのも、味噌汁がぶち撒かれるのも、皿がテーブル

から落ちるのも厭わず、私は雨の胸に飛び込んだ。

素直に嬉しかった。雨がそう、私に言ってくれたのが。

服を涙でぐじょぐじょに濡らされても、雨は優しく「よしよし」と

私の頭を撫でてくれた。



「いいかげん、ちゃんとご飯食べましょうよ」

「もうちょっと・・・・、このままでも・・・・いいですか・・・・・・?」

「はぁ、マギコは世話が焼けます」



呆れた様に呟く雨。

ふと、あのタロット占いの事を思い出した。

私に出た―――逆位置―――占い結果・・・・・、




無気力、挫折・・・・・そして、甘え。




先ほどまで、私は挫折していた。でも雨が、私を再起させて

くれた。・・・・・・・今は甘えても、良いじゃないですか。




このまま、七日目を迎えたかった。

でも、電話が掛かって来た。

雨の友達―――藤堂瑠子から。




いま、マンションの屋上にいます。

一人で来てください。

でないと、飛び降ります。

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