魔法少女と言えど、ルールもプライドもちゃんとある!

「エディお姉様・・・・・何故、此処に・・・・・」

私が問うても、エディお姉様は答えず、ただ黙って前を―フレンシップを

見ていた。雨に濡れるのも厭わずに立つその姿は、『黙っていろ』と私に

言っている様に思え、私はそれ以上、何も訊かなかった。すると、

「あら、エディではありませんか。お久しぶりです」

と、フレンシップが微笑で会釈をした。

「ああ、久しいな。フレンシップ」

重みのある声で言うお姉様。

「全く貴方は―愛想というものがありませんね」

「貴様に払う敬意などない」

「あらあら、怒った顔もこれまた品がないですねぇ」

等と、二人は言い争いを始めた。私は、居ても立っても居られなくなり、

「あ、あのぉ! エディお姉様・・・・・お二人はそのぉ、どういっ・・・・」

「口を訊くな、マギコ」

私の言葉を遮って、お姉様が一喝した。私がそれに肩を落としていると、

「おや、実の妹にも容赦がないのですね。貴方は・・・・・」

と言うフレンシップ。

「実の妹故に、だ。身内に甘く他人に厳しい。これでは魔法少女として

示しがつかん」

「相変わらずお堅い性格・・・・人にはもう少しフレンドリーに

接した方がよろしいのに・・・・・」

「ルールも守れぬ輩と親しく接する道理などない!」

お姉様の一言に、私は衝撃を覚えた。今までお姉様が

私に対して厳しかったのは・・・・・・・私が決めごとも

ろくに守れない愚か者だから―でもそれは、最初から解っていた

ことじゃないか。何度も、お姉様に言われてきた。

『どうして君は成長しない?』『どうして君は大人になれない』、と。

だから今更、こんな事言われたって・・・・・私は・・・・平気・・・・

「可愛い妹に随分と酷いこと言うのね」

まるで私を憐れむかのように、フレンシップは首を振った。

「なに? 私はマギコには何一つ言っていないが」

・・・・・・・・・・・え?

「だってさっき、貴方ルールも守れない奴とは親しく接しないって・・・・・」

「君のことに決まっているだろう。馬鹿」

と、金色に輝く髪を手で靡かせ、お姉様はフレンシップを嘲笑した。

「なっ・・・・・! 今貴方、何と・・・・・」

憤慨し顔を歪めるフレンシップに、お姉様が歌う様に告げる。

「準二級魔力所持者フレンシップ、貴殿の度重なる原則違反、及び下界での

暴走行為発覚に伴い、我、一級魔法少女エディが、貴殿を厳罰に処す」

「げっ、厳罰ぅ? なによそれ!」

「貴様の魔力を全て没収、下界への墜放処分とする、と言う事だ」

「はぁ⁉ なんでよ‼ ちゃんと説明してよエディ!」

先ほどとは打って変わって口調を荒げるフレンシップ。

「貴様、我ら〈組合〉の目を欺き、偽の〈奉仕〉台帳を発行して

無関係なニンゲンの〈奉仕〉を働いていただろう。それも無期限に」

私から簡単に説明すると、魔法少女が〈奉仕〉を行う際、

予め〈組合〉から、許可状とも呼ぶべき〈奉仕〉台帳というモノが発行される。

それに誰に、どのような〈奉仕〉をするのか記されているのだが、そこに

記されていないニンゲンに対し〈奉仕〉を行う事は、下界の均衡を破壊する

として、掟で厳重に禁止されている。加えて〈奉仕〉には―一般的に

その期限、詰まり、何時までに〈奉仕〉を終えるべきかが定められており、

その期限は―一週間である(特命として期限が伸びる事もあるがごく稀)。

「不必要にニンゲンに〈奉仕〉した魔法少女がどうなるか、お前も知っている

筈だ」

当然・・・・・厳罰に処される。如何なる理由であろうとも。

「それの、勝手に〈奉仕〉することの何がいけないの⁉ ニンゲンはみんな

助けを求めている。〈組合〉が決めたニンゲンだけ助けてれば

良いというの⁉ わたくしはそんなのまっぴらごめん、エディはそれで

満足なの⁉」

悪びれる様子もなく、目の前のエディお姉様を責めるフレンシップ。

「思い上がるな! 我らには掟が定められている。それはニンゲンと

魔法少女―それぞれ相容れない二つの種族が共存出来るように決められた

掟だ! それを破り、見境なくニンゲンに〈奉仕〉を働くという

事は最早〈奉仕〉でも何でもない・・・・・・独り善がりから成る愚かな

行為の極みだ‼」

透き通った声を張り上げ、エディお姉様はフレンシップを恫喝した。

それに対し、納得が行かないと言った感じに、フレンシップは身体を震わせ、

「好きに言いなさいよ・・・・・でも、正しいのはわたくしなんだから‼」

と叫ぶと左手の杖を振るって、魔法詠唱を始めた。

『形作れ! 我が矛となりし血に飢えた人と狼との狭間に生まれし者!』

彼女が詠唱し終えると、水を含んだ地面から泥柱が伸びて、それらが一点に

集中したかと思えば、みるみる内に土は、見上げる程に巨大な―狼の頭に

人の胴を持つ人狼へと姿を変えた。

「『錬泥』か」

と呟くお姉様。

「お姉様!」

「貴様はその娘を護れ!」

「・・・・・・は、はい!」

私は背後で不安げに私を見つめている雨に視線を向け、そっと、彼女の手を

握った。

「マギコ・・・・・」

「大丈夫です・・・・・・エディお姉様は・・・・お強いですから」

と、私は微笑んでそう囁いた。

「君たちは私の背後から絶対に動くな。何があっても―」

「よそ見は駄目ですよエディ!」

「お姉様危ない‼」

人狼はお姉様に向けて、岩石程はあろうかという大きさの拳を振り上げた。

お姉様はそれをひらりと交わすと、拳は先ほどまでお姉様が立っていた地面に―私達の目の前にめり込んだ。

「きゃっ!」

吹き荒れた泥水と衝撃で、雨の悲鳴が上がった。

『スアランド(周りを囲め)!』

お姉様は拳を交わしながら詠唱すると、空き地の四方を黄金の壁が

覆った。

「金の・・・・・檻・・・・・・!」

それは紛れもなく、お姉様の『錬金術』だった。

「これは、一体どういうつもり? エディ」

「他のニンゲンに危害が及ぶのは避けなくてはならない」

「ふむ、それも一理ありますね。それで、次はどんな手品を見せてくれるんです?」

勝ち誇った様に、電柱の上から嗤うフレンシップを、お姉様は無視して、

『アペア・クライナイ(現れよ・粉砕士)!』

と、両掌をかざして呪文を詠唱すると、突如地面から金の水が湧き出、

それらは逆さまに落ちる滝の様に立ち上り、やがて逞しい豪腕を兼ね備え、頭に兜を被った巨人へと姿を創り変えていった。それに一瞬フレンシップが顔をしかめ、

「たかが粉砕作業の巨人を創ったところで、わたくしが怯むと思って?

『ゴータ・キクリ・フルント(なぎ倒し、蹴り伏せ、息の根を止めよ)‼』」

続けて詠唱した。雄叫びを上げ、巨人に迫り来る人狼。

『パライア・シムライト(宿り、真似よ)!』

黄金の巨人は、人狼の振り上げた拳を腕で防ぐと、そのままそれを腕で挟んで

捻り背後へと回り込み、思い切り人狼を後ろから蹴り倒した。

水滴と泥があたり一面に舞い上がり、人狼が倒れ伏す。

「なっ・・・・・そんなっ!」

何が起きたのか理解出来ず、狼狽するフレンシップ。

「どうして・・・・・エディは何も命じていないのに・・・・‼」

そう、『錬金術』や『錬泥術』は、何もない所から泥や金属を生み出して

何かを形成するという、極めて高度な魔法である。が、実際にそれを意のままに

操るとなると、唯形作るのでは無く、生み出した物体に妖精の群れをその質量分だけ召喚して宿らせ、呪文で命令する、いわゆる『命令詠唱』をしなければ

動かせない。しかしそれを連続で行うとなると、操る魔法少女はその都度

命令詠唱を・・・・・戦わせるともなると相手の動きを、最低五手先まで

読んで命令しなければならないと、何処かで読んだ事がある。

先ほどフレンシップが連続で呪文を詠唱したのもその為だ。

ところがお姉様は、生み出した巨人に対し殆ど命令してはいない。

ただ、宿り真似よ、とだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・宿り、『真似よ』・・・・・?

(まさか・・・・・!)

そう思い、私がお姉様の方に顔を向けると、お姉様は両手で拳を作り、

顔の前で構えて鋭い眼を光らせ、前を見据えている。

巨人はそれと寸分違わず同じポーズを取っていた。

「まさかっ・・・・・エディ・・・・!」

ようやく状況を飲み込んだのか、フレンシップは小さく唸った。

「でも、そんなのあり得ない! いくら貴方が優秀な魔法少女でも、

呪文を一度使っただけで使い魔を使役するなんて‼」

フレンシップの言う通り、エディお姉様は確かに優秀な才能を持つ

魔法少女だ。それでも『真似ろ』と命じただけで像を動かすとも

なると、とんでもないくらい膨大な集中力が求められる。頭の中に

像の見ているのと同じ景色を頭に微細なまでに思い浮かべ、像に伝わる

感覚も模倣して、且つそれと動き方を像に宿る妖精群に送って・・・・・・

恐らく普通では・・・・立っていられることすらやっとだろう。

「そんな芸当・・・・・・できるわけがない‼」

声を荒げるフレンシップ。それにお姉様は微かに鼻で笑うと、

「もう良いか? こちらとしても、動かすのに苦労するのだけれど」

「ふ、ふ・・・・・ふざけるなぁああぁああぁ!!!」

フレンシップがそう叫んだ刹那、人狼はよたよたと立ち上がり、

下半身をドロドロ崩壊させながらお姉様の巨人に掴みかかった。

どうやら怒りで、フレンシップの集中が途切れた様だった。

お姉様―巨人は振り返り返りながら拳を、人狼の頭へと走らせた。

だけど人狼はそれを受け止め、二体はこう着状態に陥った。

「こんな、ところで・・・・・負けて・・・・たまる、か・・・・!」

苦し気に言葉を吐くフレンシップ。それに、エディお姉様は、

「諦めろ・・・・・・もう詰みだ」

そう言い、すらりと長い足を振り上げ、巨人は人狼の首を、力強く蹴り飛ばした。

だらりと両腕を垂らしたまま、首なしの人狼は力尽きて溶けていった。

フレンシップも観念したのか、それとも意気消沈したのか、力弱く地面へと

降りて、膝をついた。

「うそ・・・・・・・」

「もう終わりだ。我が学友」

フレンシップの元に駆け寄りお姉様はそう告げた。

「流石、天才さんは違うね・・・・・」

フレンシップは恨めしそうにお姉様を見上げて、苦笑して呟いた。

「私は・・・・天才などではない」

「え・・・・?」

「私は生まれつき持っている魔力が弱く、家族から劣等児と毎日罵られていた。

だから必死に魔法を学び、私は私自身をフォローしている。

この技だって・・・・・身につけたのはつい最近だ」

という事は、エディお姉様は魔法学校を卒業してから、独学でずっと

『錬金』と『使い魔操作』の魔法を習得していた、と⁉

「そんなっ・・・・・!」

驚愕するフレンシップを、お姉様は、私を見るときみたいに

冷ややかな瞳で彼女を見下げて、

「貴様は私の技を盗んで『錬泥術』を得とくしたのだろう。だがそれでは、

幾ら技を磨いても私には勝てない。ただ誰かの真似をし、楽して自分の欠点を

埋めようと姑息な思考を巡らしている者に、私は、負けはしない」

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