第7話  カグヤ、悪寒に震える

 洞穴の深奥部。

 物語でいえば佳境を迎えたクリストさんの『魔王』退治。これで肩の荷が下りると胸を撫で下ろす──とは残念ながらならなかった。


『オオヅナ! ようやっと追い詰めたぞ』

『……ワシュウの末娘か。辺境くんだりご苦労な事だ』


 闖入者の黒装束少女イヌイと悪逆非道の盗賊頭目オオヅナの会話がわたしの心を千々に乱れさせた。

 そりゃもうクリストさんが他所の国の公子様だと知った時に匹敵する驚きと血の気引きさ加減を味わせてくれたのだから。


 ただの盗賊退治だと思った居たら将軍家ご指南役が関係していた。

 うん、訳が分からない。


『お前達、その小うるさいネズミどもを始末しろ』


 そもそもこのオオヅナという悪党、言動の粗野ぶりがとてもワシュウ家と関わりを持っていた人に思えないのが不可解だ。

 彼の立ち振る舞いは控え目にいって盗賊が天職のように見えるのだけど、天下のワシュウ家とどんな関係だったのだろう。

 まるで想像が出来ない。


『オオヅナ、その首は某が貰い受ける!!』


 ワシュウ家のお嬢様はわたしの疑問に答えてくれる事もなく、血気にはやって戦いを始めてしまった。

 やめて、色々混迷した状況だけどせめてオオヅナはクリストさんに討たせて!

 それで一応わたしが関係する主だった問題は解決するんだから!


 そんなわたしの願いが叶ったのかどうか、


『くっ!?』


 結構お強いお嬢様は敵兵の見事な波状攻撃に攻めあぐねた。

 槍を2段構えにして敵の接近を阻み、体勢を崩した隙に数で押す戦術は『個』として技量の勝るだろう彼女を見事に退けていた。

 兵法書で読んだ事がある、戦いにおいては敵の土俵で戦わない、相手に得意な戦いをさせない事が肝要だと。


(ありがたい!)


 この状況にそう思ってしまったわたしは性格があまりよろしくないのだろう。

 賊が使う戦術の大前提は槍により牽制である。

 間合いの外から繰り出される3本、追撃の2本の槍が刀剣の間合いを殺す役割を担っており、これを突き崩さなければ剣術家が踏み込むのは無理。

 だがしかし、


『オオヅナは私が討つ。悪く思わないでくれ』


 長物はより間合いの長い武器に敗れるのは世の常。

 兵法書を齧っただけの小娘でも思う。坑内の戦いで矢を警戒しないのは仕方ないかもしれないが、あらゆる事態を想定しないのは戦術として片手落ちではないかと。


『斬!』

『グワッ』

『ギャッ!』


 クリストさんの繰り出した魔法の風刃に面白いくらい簡単に崩れる賊の陣形。間合いを制する槍持ちが役割を果たせなくなれば、もはや彼らに魔剣無双のクリストさんを止めるすべは無いだろう。

 実際無かった。


『その首、貰い受ける』


 これが最後、暗土色の魔力光を尾に引く一閃が水平に走った。

 あの色は武器や防具を破壊して相手を殴打する魔術の発動を示している。とても避ける事の出来ない間合いで放たれた一撃、これで『魔王』退治は終わった。


「終わってない!?」


 予想を覆され、驚きを隠せない。

 防ぐ事の出来ないはずの刃を、オオヅナの刀はガッチリと受け止めていたのだ。

 オオヅナの刀は──


 ぞわり。


(!?)


 ここまで彼の刀になんて、まるで気を留めていなかったのもある。

 『視鬼』越しで見ていたせいもあるだろうが、こうして抜き放たれたそれを見た途端、背筋に悪寒が走った。


 あれは、あれは。

 鬼道師の端くれとして、非常によろしくない力を感じる──


『フン……俺に妖刀を使わせるとは、不甲斐ない部下どもだ』


 妖刀。

 ユマト独特の言い回しで、クリストさんの国辺りなら魔剣と称するだろうか。

 広義的には『魔力を発現させる事の出来る武器』を指す。細やかな種類で区別すれば自身に魔力を宿したもの、魔力を取り込み蓄える機能を有するもの、使い手の魔力を媒介にするものと分けられるが今は関係ないだろう。

 クリストさんの剣の効力、武器や防具を破壊する魔力を賊の妖刀が纏う魔力で防いだ、それだけ分かれば十分。

 十分なはずなのだけど。


 『視鬼』越しにでも伝わる、クリストさんの剣には感じない気持ち悪さ。

 あの妖刀からは毒々しい力を感じる。そう、例えるなら天地の澱み、魑魅魍魎の発する気配に近しい──


『破門された逆恨みに、封印された鬼の剣を持ち出すなどと!』

『刀は振るってこそ刀なんだぜぇ? ワシュウ家の箱入り娘にゃ分かんねえだろ、この刀が使われて悦んでるのがよ!』


 ワシュウ家の少女と大悪党オオヅナ、2人の怒鳴りあうやり取りが一定の理解をさせてくれた。

 古い歴史を持つワシュウ家が管理し封印指定を下した品とすれば、さぞかし曰く付きの妖刀なのだろう。見ただけで怖気走るのも納得というものだ。

 果たしてどんなおぞましい由来があるのか、正直知りたいとは思わない。間接的に視界に入っただけで震えが来るような品と関わりたくない。


「そんな危ない刀なら折っておきなさいよ、まったく」


 お互い尋常ならざる刀剣を持つ2人が睨み合う。

 武器の威力に大きな差が無い場合、勝つのはおそらく純粋に腕の立つ方だろう。

 2人の激突は控え目にいってもあっさり結果を出した。


『ば、バカな……こ、この俺が一撃で!? バカな……!』

『武器の強さに酔い過ぎだ、オオヅナ』


 餓鬼の群れや盗賊集団を一蹴できる剣の達人にお山の大将を気取る盗賊頭が敵うわけもない。見事に、順当にクリストさんの完勝で終わったのだった。


「……ふう、よかったよかった」


 心の重荷が取れた気分。

 最初の誘導からとても紆余曲折を経たが、どうにか最後の最後には望み通りの結末を迎えてくれたようだ。それも討伐隊の一員として盗賊退治に参加する形から、少数精鋭による根こそぎ退治とさらに英雄行っぽく。

 これなら公子様も『魔王退治しましたぞ!』と満足して報告に戻ってくれるだろう。 ほっと一息一安心である。


「でもって、最後の仕上げよね」


 頭目を討たれた雑兵の行動など先が知れている。どうせ尻尾を巻いて逃げ出そうとするに違いないのだ。戦略的には正しいのかもしれないが、公子様の『魔王退治』に画竜点睛を欠いてしまうのはいただけない。

 そうはさせじ、『使鬼』最後の1体を使って部屋の入口に壁を建てようと


『ガ、ガセン様!?』

『ガセン様が討たれた!? まさか、そんな!』


(……うん?)


 聞き慣れない名前がこだまする。


『馬鹿な! あれはガセンだというのか!?』


 ワシュウ家の剣術少女も唱和する。

 当然のように、当たり前の如く、ここまで聞いた事もない人の名前を連呼する。


「ガセンって誰よ!?」


 状況の不可解さにツッコミを入れていた隙に盗賊残党は逃げ出し、それをクリストさんが追撃していった。

 わたしも慌てて結果を見守ろうと『視鬼』で追跡を


『馬鹿な……』


 まだ室内に残るうち唯一の生者、ワシュウ家の末娘らしいイヌイさんとやらが呆然として呟いていた。

 彼女の視線の先には鬼の面を被ったままの首。わたしにとって生首をじっと凝視するのは遠慮したいのだけど、武門出身の少女には忌避する感情は小さいのかもしれない。名門が為す英才教育の賜物だろう。


 いわゆる首実験、首を刎ねられた者の顔を検めるためか彼女は面を取る。

 面の下には苦悶に歪んだ男の顔。見知らぬ男の顔。


『やはりガセン……オオヅナの弟分』


 わたしやクリストさんと違ってオオヅナ個人に遺恨を持つ少女の検分だ、おそらくは正しい評価。

 それにここで彼女が嘘を呟く必要性は無い。クリストさんが討ち果たしたのはオオヅナの子分であり、オオヅナではなかったとの言葉は信じざるを得なかった。


「って事は」


 物事を達成した喜びの感情が霧散する。

 あれがオオヅナでなかった場合、どのような問題が生じるのか。

 熟考するまでもない、この『魔王退治』の顛末をクリストさんが、あの生真面目なお人がどう判断するのか。


 妖刀の禍々しい魔力に触れた時とは違った悪寒が走る。

 根拠はない、けれど知識と経験を動員した予想を積み上げるなら。


「控え目にいって、とっても嫌な予感がするわ……」


 予感と表現したものの。

 鬼道を扱うこの身には、既に未来の光景が見えていたのかもしれない。

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