第6話  カグヤ、闇の一端に触れる

 正直な所を言ってしまえば。

 人質の安全を確保した時点でわたしの出来ることはほとんど無かったりする。


 壁の使鬼神『道塞鬼みちふさぎ』で使い、女性達の牢屋前に壁を建てる過程で『視鬼』の制御を手放していた関係上、わたしはクリストさんの現在地を見失っていたのだ。

 『道塞鬼』の維持には結構な魔力を消費するので動かせる『視鬼』はせいぜいが1体。これでクリストさんを探して洞穴周辺をあちこち回らせるのは非効率というもの。


「なら洞穴の入り口で来るのを待っておけばいいんだ」


 とばかりに待機させている。

 今までの探索行為と異なり『視鬼』『道塞鬼』の双方とも固定しての五感共通であるため、視覚ぐるぐる脳みそぐわんぐわん効果とは無縁でいられるのはありがたい。目撃者はいないけど色々乙女の尊厳に関わる粗相に発展しそうだったので。


『くそっ、なんだこれ!』

『ああくそっ、大槌持ってこい! 刀じゃ歯が立たねえ!』


 牢屋の側、『道塞鬼』の方は念のための確認で深刻さは無い。3人ほどの盗賊が急に湧いて立った『壁』の存在気付き、に大わらわして壊そうとしているがあれは鬼道用のまじないを施した紙を23枚、言霊で二三犠ふさぎを紡いで創り出した大作。

 『犠』の文字が入るように再使用不可の使い捨てだが、その分強力な使鬼神。


「そう簡単に壊れない──っと、来た!」


 代り映えしない牢屋側を眺めて暫く、ようやく待ち人が現れた。

 洞穴の入り口を守る賊を瞬時に打ち倒す金髪の青年。相変わらずわたしでは理解できないくらいにお強い。


 ……こんなにお強い彼なのだから、盗賊の巣窟に誘導すれば簡単に『魔王』討伐を終わらせてくれると思ったのに、まさかわたしがこんな所まで出張る羽目になるとは夢にも思わなかった。

 しかしその甲斐はあったはずだ。


『魔王討伐も大詰め……ここまで来たのだ、必ず使命を果たしてみせる』


 当のクリストさんはやる気十分、ここで決着をつける気満々なのでそこはひと安心である。

 早くケリをつけて欲しい、そして無事に戻ってきて欲しい──わたしの祈った内容はまるで婚約者を戦場に送った女主人公っぽいなと思わなくもない。


 ただしわたしが主役だとすれば、とろけるように甘く燃え上がるように熱い浪漫の欠片も破片も微塵もない、せせこましい悲喜劇の舞台裏を描いた小市民奮闘劇の台本だろうけど。


******


 洞穴に突入するクリストさんを『視鬼』で追跡する。空を飛べる『視鬼』でも天井のある洞穴内部を上空から俯瞰する事は出来ないのは残念だ。


『き、貴様、誰だ!』


 そして穴に沿って進むしかない環境でもある、侵入したクリストさんも早速敵と鉢合わせしてしまった。如何に無敵の武人でも狭い洞穴内での接触は避けられない事だ。


(わたしが出向けば『隠形』でも『影渡り』でも出来るけど、ここを動けないし)


 使鬼神を複数制御している状態では歩く事すら難しい。使鬼神を操作している感覚と自分の身体を動かしている感覚が混ざって脳が混乱するからだ。

 そもそも武器を使って切った張ったする戦場に素人が出張るのは止めた方が賢明というもの。


『おい、今の声は?』

『サンザ! サンザが斬られてるぞ!』


 仲間の死体に賊が騒ぎ出し侵入者の捜索が始まるかと思いきや、鋭く硬質的な怒声が再び場を搔き乱した。


『そこをどけ、盗賊ども! それがしはオオヅナに用がある!』

(今度は誰!?)


 『視鬼』が視界に捉えたのは刀を携えた黒の少女。見覚えはあまりない、という表現が正しいだろうか。

 洞穴周辺の探索時にちらりと見かけた黒装束。その正体がわたしと年の変わらない少女だった事に驚く。


『一人で乗り込んでくるとは馬鹿な奴グワアァア!』

『お前達に用はない! どけと言うに!』


 少なくとも伊達や酔狂で盗賊の根城を訪れたわけではないようで、見事な刀捌きで群がる賊を斬り倒していた。

 ただし素人目の評価ではクリストさんの盗賊駆逐速度には及んでない気がする──などとある種の見物気分で彼女の戦いぶりを見ていたのは、鬼道占術を使うまでもなくこの後の展開が予想できたから。


(控え目にいっても多勢に無勢、盗賊が多数で女の子を襲う状況を、クリストさんが見過ごすわけないし)


『な!? 新手だと!? どこから!』

『故あって助太刀する』


(ほらね)


 予想に違わず、戦場に乱入した公子様が均衡をあっさりと打ち壊す。

 その様子を見るに、やはり素人考えで推し量った『クリストさんの方が強いんだろうな』という予想は正しいようだ。


******


 クリストさん達が賊を片付けて当面の安全を確保した後、黒装束娘がちょっとした揉め事を起こしていた。


『貴様、どういうつもりか!』


 助太刀に入ったクリストさんに武器を突き付け詰め寄ったのだ。何故手助けして怒られるのか、と思わなくもないけど武門の一族にはそういう人もいるらしい事は知識で理解していた。

 だからそれはいい、良くはないけど理解は出来たけど。


『貴様に危難が訪れた時、某が貴様に二度恩を返す。その機会を得るまでは同道させてもらうぞ』

『……は?』

『だから! 貴様がオオヅナ以外の賊に斬られそうな時は助けてやると言っているのだ!』


 …………なんだこりゃ?

 わたしは何も悪い事はしてないはずなのに、何故か愁嘆場を覗いている気分になってきた。

 いかないであなた、ええい離せ離さぬか娘──別に少女はクリストさんに取りすがってはないけど。


 少女の中でどんな葛藤があったかは窺い知れないが、とにかくクリストさんと行動を共にする事になったらしい。

 しかしクリストさんも人がいい、他所で勝手に動かれて予定を狂わされるよりはいいとはいえ、素性も名前も分からない人の同行を認めるとは。


(ああ、うん、だからわたしも同行出来てるんだったわ)


 あれが国を率いる者に求められる度量というものなのか、一般庶民のわたしにはちょっと分からない。

 もっとも彼はそこまで迂闊ではなかったようで、ちゃんと彼女の名を聞き出していた。


『道行を共にするなら名前を聞いておこう。私はクリストと言う』

『……某はイヌイ。ワシュウのイヌイと申す』


 ワシュウ。

 ……ワシュウ?


「ワシュウ!?」


 その姓で剣術に長けたお家といえば、ユマトでひとつ。


 将軍家指南役、ワシュウ一族。

 その歴史は古く、名目は将軍家に兵法や剣術を指南する役割だけど、歴代当主は政治的発言力も高い為政者であり皇王家の懐刀とも言われている。


 いやいや、まさか。

 まさかそんな。ワシュウなんてよくある姓──うん嘘ついた、全然よくある姓じゃなかった。

 ある程度の格調あるお家の姓は僭称、勝手に名乗ると重罪に課せられる。そんな危険をこの場で犯す意味はちょっと思いつかないし、


「アリハマの荒れ具合に行政の着手が遅いのも、ワシュウ家が政治的介入がしてるって事なら納得が……」


 オオヅナ団の暗躍が何らかの形でワシュウ家に関係を持っているとすれば、彼らの活動を黙認、或いは表立たせずに始末をつけたい事情があるのにも説明がついてしまう。


(まさかそんな、まさか近場で『魔王』っぽい悪党退治って事でクリストさんに紹介したのに、まさか国の重鎮が関わってる案件だとか、まままさかそんな事が)


 しかし残念な事に。


『……ワシュウの末娘か。辺境くんだりご苦労な事だ』


 クリストさん達と対面した敵の頭目がそれを認めていた。

 やだぁぁぁぁぁぁ!!

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