第4話 真っ赤


「二組のさ、大鳥おおとりっているじゃん。あの、髪長くて眼鏡かけてる」


 金曜の放課後、学校帰りにドーナツ屋で駄弁だべっている最中、友人の一人である錦織にしごりが唐突にそんな話を切り出した。

 何故かちょっと声を潜め気味に、薄っすらと悪い表情を浮かべながら。

 

「ああ、いるねぇ」


 いつもの三人組のもう一人である馬場が、アメリカナイズされすぎな薄いアメリカンに二本目のスティックシュガーを流し込みながら、興味があるのかないのかハッキリしない間延びした口調で応じる。

 

「で、大鳥がどうしたって?」


 義理で話を合わせている感じを滲ませつつ、俺は錦織に訊き返した。

 実のところは、地味メガネ美人として俺を含めた男子からの人気が高い大鳥の名前が急に出てきたので、気持ち的には前のめりだ。


「こないだユーコさんから聞いたんだけどさ。ユーコさん、あいつと同じ小学校に通ってたんだと。そんで、かなりイタいキャラだったらしいんだよね、大鳥」

「問題児、ってやつかな?」


 フレンチクルーラーをもさもさと咀嚼そしゃくしつつ言う馬場に、錦織は澄ました顔でゆっくりと頭を振る。

 ちなみにユーコというのは、錦織がバイト先であるファミレスで知り合ったという、別の高校に通っている同学年の女子のことだ。

 俺は直接に会ったことはないが、スマホの画像で見せられた限りだとルックスは並だけど胸はかなりデカい。

 ちょいちょい話に出てくることからして、錦織はユーコに好意を持っているようだ。


「そういうんじゃなくて、ちょいベクトル違う」

「優等生すぎて、教師の手下みたいになってたとか」

「そっちも違うな。もっと想像の翼を羽ばたかせろよ、高山。相手が大鳥なだけに」

「うるせえよ」


 若干面倒臭くなりつつも、俺は錦織の煽りに乗ってやることにする。


「授業を無視して自由に行動して、学級崩壊を引き起こしてた」

「ハズレ」

「やべぇくらいに貧乏で、口癖が『十円ちょうだい』だった」

「ハズレ」

「手に負えない超絶ロリビッチで、クラスの男を次々と毒牙に」

「ハズレ……に決まってんだろ。マジメに考えろよ」


 ここで真面目さを要求されるのは予想外だったが、とりあえず当てに行くつもりで色々と可能性のありそうな状況を考えてみる。

 そうして俺が腕を組んで窓の外を眺めていると、馬場が短く唸った後で口を開く。


「んー、早発性の中二病、だったり?」

「いや、あー……まぁ、大体あってる、自分には特殊なチカラがあるっているアレ」

「超能力、ってのは速攻で嘘がバレるし、霊感ってとこかなぁ」

「どうしたよ、今日はキレッキレだな馬場ちゃん! そうなんだよ。あいつ、霊感少女だったらしいんだよね、小学校時代は」

「霊感少女、ねぇ……」


 俺はそう呟いて、見る度にいつもつまらなそうな雰囲気を醸し出している、大鳥の整った顔を思い出す。

 霊感がある――或いは、霊感が強い。

 周囲からそんな扱いを受ける奴が、時々いる。

 それは、他人からの評価だったり本人からの申告だったりと色々なパターンがあるが、聞かされた方の対応は二種類しかない。


 信じるか、信じないか。

 そのどちらかだ。

 個人的には、幽霊だの妖怪だのが実在するかしないかはさておき、霊能者ってのは全員ホラ吹きか詐欺師だと思っている。


「意外な過去だねぇ。いわゆる黒歴史ってやつ?」

「じゃ、ねえかと思うんだよ……それで、だ」

「ちょっとちょっと、顔怖いよニシ」


 馬場に指摘されるが、ますますゲスっぽい表情を強めた錦織は、変なタメを作った後で重々しく言う。


「大鳥が葬り去ったつもりになってる過去、掘り返してやんね?」

「……お前なぁ」

「まぁ聞けよ高山。別にな? 学校で過去エピソードを言い触らすとか、そんなんじゃなくて。ガチなトーンで幽霊関係のテキトーな相談事を持ち込んで、最後に『全部ウソでした』ってネタをバラして、顔真っ赤になった大鳥を囲んでドッキリ大成功、みたいな」

「……お前なぁ」


 一度目は呆れ気味に、二度目は嫌悪感も混ぜてツッコむ俺だが、錦織は止まらずにペラペラと続ける。


「単なるキツめのシャレだって。絶対笑えるだろ。そっからしつこくイジるとか、そういうつもりでもねぇし」

「確かに、笑えるは笑える……かもだけど」


 何の遺恨があるわけでもない相手の、古傷を抉ってまで実行するようなネタなのか。

 そう訊き返しかけて、俺は錦織の真意に気付く。

 言わずもがなの過去話を持ち出してきたってことは、ユーコは大鳥に悪意寄りの感情を抱いている、と予想される。

 それを察知した錦織は、大鳥をコケにしたネタをユーコに語り、それで点数稼ぎをするつもりなんだろう。


「つうワケで、馬場ちゃん。何かそれっぽいネタ捻り出して」

「えぇ、丸投げなの?」


 止めた方がいいかな、とは思いながらも、俺も消極的に悪巧わるだくみに参加するのを決める。

 方法はロクでもないが、大鳥と接点を作るチャンスかも知れない。

 それにもし、大鳥がこちらの嘘相談に引っかからず怒らせるだけに終わった場合でも、自分は錦織に巻き込まれただけって立場を強調しつつ誠意ある謝罪をカマせば、印象の悪さはともかく知り合いにはなれるんじゃないか――そんなヤラシい打算もあった。


 それから三十分ほど会議を続け、作戦の基本ラインは『心霊スポットの探検に行ってから調子悪い』という相談を持ちかけ、乗ってきたら現場で撮ったという設定の全然関係ない写真などを鑑定してもらい、それっぽい話をたっぷりと引き出した後で全部デタラメだとバラす、という感じで固まった。


「でもさぁ……怒るんじゃない、大鳥さん」

「大丈夫大丈夫。全部ギャグってことにすれば、怒るに怒れねえだろ」


 馬場の懸念はもっともだ。

 ギャグだろうが何だろうが、ここまでコケにすれば普通にキレられる。

 しかし、どう転んでも全部錦織のせいで片付けるつもりなので、特に俺からは改善案を提出しないでおく。

 決行は来週の月曜日、ヤバそうな雰囲気の写真は馬場が用意して、土日にメールやラインで相談しつつ話の細部を整える、ということで話は固まった。


 そして当日の放課後。

 大鳥のクラスに中学時代の同級生がいたので、そいつを経由してに話を通してもらって呼び出すことに成功。

 場所は、馬場が所属している映研の部室――他の部員達は撮影用の小物を買いに出ているので、その間に使わせてもらうことにした。


「……それで、人前じゃできない話って何なの」


 大鳥は電源を入れたスマホを手放さない、わかりやすい警戒モードに入っていた。

 同級生という他に何ら接点のない野郎三人組に呼び出されれば、こんな感じになるのも無理はない。

 友好的からは程遠い刺々しい空気の中、錦織は胡散臭うさんくさい笑みを浮かべながら話を切り出した。


「実は、さ。俺らでこないだ、ネットで話題になってた、何か事件があったって廃屋……心霊スポットっていうの? そういうとこ行ってみたんだけど、それから色々とおかしくてよ……」

「おかしい、って?」

「まず俺のことだと、両肩に変な痛みが出て全然治んねぇのと、自宅にやたら無言電話がかかってくるんだわ。馬場ちゃんは視界の端に妙な影がチラつくとか言うし、高山は自転車盗まれたのと、お袋さんが妙な咳が止まらないようになってるとか」

「……そうなの」


 相槌なのか確認しているのか、微妙なトーンで大鳥が言う。

 錦織と馬場が神妙な面持ちで頷いていたので、俺もそれに合わせて首を縦に振る。

 

「あなたたちが大変そうなのはわかったけど、どうして私にそれを?」

「大鳥さんの昔の話、前に知り合いから聞いてたのを思い出して……お寺だの神社だのに相談ってのも何か違うだろうし、他に持ってけそうなとこも浮かばなくて」


 錦織が『昔の話』と口にしたところで先の展開を察したらしく、大鳥の表情は素早くわかりやすく曇る。

 怒るか、焦るか、笑うか――何にせよ感情的なリアクションが出るだろうと思って構えていたが、大鳥は小さく溜息を吐いてから真摯しんしな表情を見せた。

 

「詳しく、話してみて」


 大鳥から向けられるよどんだ瞳に、俺はとんでもない失敗をしたのを悟る。

 これはもう、どうやってもシャレでは収められない。

 そんな俺の危機感を他所に、錦織は何もわかってない様子で状況を進める。

 この女まだ中二病絶好調でやんの、と笑いたいのを我慢する感じに口の端を吊り上げ、それを大きく咳払いすることで誤魔化すと、用意しておいた設定に従った話を始める。


 錦織が語るのは、ネットに転がっていた怪談を馬場がアレンジした、テンプレから微妙に外した心霊スポット探検談だ。

 馬場が用意してきた、それっぽい廃屋の写真と焦げて溶けかけた小さな人形も、話の途中で登場させる。

 大鳥はそれらにチラチラと視線を送りながら、喋りが下手なせいで逆に信憑性しんぴょうせいを帯びている感のある、錦織の話を黙って聞いていた。


「――って状況なんだけど、俺らはどうすればいい?」


 疑問符でもって錦織が話を締めると、大鳥は味付けを三段階くらい間違えた料理を無理に飲み下したかのような表情で、俺たちを順繰じゅんぐりに見据えていく。

 凝視であったりジト目であったりと、一頻ひとしき眼輪筋がんりんきんを忙しく働かせた後、天井を仰いで大きくゆっくりと息を吐いた。

 意図してか無意識か、呼気と一緒に欠伸あくびのような声も漏れる。


「くふっ――ぁあああああぁ、あ、あ」

「いや、あの、大鳥……さん?」


 錦織が遠慮がちに声をかけると、大島はスッと姿勢を元に戻す。

 そして、鼻の上にズレたフレームの細いメガネの位置を直し、もう一度短く強く息を吐いてから言う。


「錦織君は問題ない。そっちの高山君、だっけ? あなたもまぁ、大丈夫だろうと思う。うん。多分だけど。でも……キミ」


 ちょっと表現が引っかかるので詳しい説明を求めたくなるが、妙なタイミングで言葉を切った大鳥が馬場を指差しているので、説明を求められるような空気じゃなかった。

 指先を馬場から机の上の写真へと移動させ、少し逡巡しゅんじゅんしてから小さく頷いて、大鳥は話を続ける。


「キミはまずい。真っ赤な人が、二人。凄く怒ってる。私にはどうにもできない……というか、関わりたくない」

 

 早口でそれだけ告げると、大鳥はこちらが止めに入る間もなく、逃げるようにして部室から姿を消した。

 残された俺たちは、当初の悪ふざけドッキリ計画から随分と離れてしまった現状に戸惑い、互いに顔を見合わせる。

 錦織はちょっとバツが悪そうな雰囲気で、馬場は最後に脅されたのが効いているのか、顔が白っぽくなっていて目が泳いでいる。


「……何だったんだ」

「これが、年月を経た中二病の恐ろしさか……マジやべぇな、大鳥」


 俺の呟きに反応して錦織は言うが、最後に付け足した笑い声は上滑りしていた。

 そして、馬場は話に乗っからずに真顔で自分の用意した小道具に視線を注いでいる。


「どうしたよ、馬場ちゃん。大鳥のぶっぱなした邪鬼眼トークを真に受けるとか、どんだけピュアボーイなの?」


 異変に気付いた錦織がバンバンと肩を叩くが、馬場は無表情で無反応だ。

 顔中に汗だか脂だかが浮いて、さっきまではなかったテカりを獲得している。

 馬場の急変に言い知れぬ不安がせり上がってきて、俺も声をかけてみた。


「もしかして、馬場ちゃん。あいつに言われたことに心当たりがあったり……すんのか」

「んなワケねぇから。何か色々とそれっぽいこと言ってたけど、その廃屋の写真とかもテキトーなとこから引っ張ってきたヤツだろ」


 俺からの問いに、馬場ではなく錦織がボリューム大きめの声で応じる。

 空気の読めなさに定評のある錦織も、さすがに不穏な気配を察知しているのか。

 そんなことを考えていると、馬場が素早く細かくかぶりを振った。


「違う……違うんだ」

「違うって、何が」

「この写真と人形、マジなやつなんだ」

「……ハァ? 何て?」


 渋面で訊く俺に、馬場が泣きそうな顔を浮かべて答える。


「ここに写ってるの、『山縣やまがたハウス』って呼ばれてる、地元だと昔からシャレにならないって言われてる場所なんだよ。人形も、そこで拾ったやつで」

「あぁ、何か馬場ちゃんの方に、そんなんあるって聞いたことある気がするけど」


 錦織に頷き返し、馬場は続ける。


「どうせだったら本当にイワクつきのを見せて、全然見当違いのなんちゃって霊視を引き出した方が面白いことになるんじゃないか、と思って忍び込んだんだけど……」

「どうしていらんとこでガチなんだよ、馬場ちゃん……それでえっと、何だったっけ? 真っ赤な人?」

「それ。ここが廃屋になって、色々とヤバいって噂になってる原因が、住人の夫婦が焼死した事件なんだよね。放火とかじゃなくて、縛られて灯油かけて燃やされて」


 赤い人、というのは焼き殺された被害者か。

 怒ってるのは犯人に対してか、フザケ半分に侵入した馬場に対してか。

 錦織は予期せぬ話を聞かされて頭がパンクしたらしく、無意味にキョロキョロと部室内を見回している。

 馬場は写真と人形をチラ見してから、すがるような目をこちらに向けてくる。

 それに対して俺ができるのは、そっと目を逸らすことくらいだった。

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