エピローグ 「今、わたしの守りたいもの」



 フローラが飛空艇によって去って行った屋上。

 遠くの空を見つめる七緒の姿をレオは数歩下がった位置から眺める。大鳳はすでに中庭にて合流した対策本部や自衛隊の隊員たちと事後処理にあたっていた。


「先輩、あの――」

「逃げられてしまったな……」


 レオが話しかけようとすると七緒は呟きがてら、驚くほど澄んだ表情でこちらを振り返った。その顔の美しさと儚さにレオは戦慄を覚え言葉を失う。


「……手寅は私の相棒だったんだ。性格はまるっきり反対で、ぶつかり合うこともあったがお互いを認め合い、信じ合っていた良き友だった。手寅は自分の目の前にいる人のためだけに戦えればいいと、そのためだけに戦っていたやつだった。だけど私はそんなあいつの考え方を尊敬していたし、憧れてもいた」


 レオの知らない過去の絆。

 七緒と手寅の繋がり。


「大丈夫だ。もしまたやつと戦場で会うことになっても私は戦える」


 自らの中にある迷いを断ち切るように。

 言い聞かせるように七緒は呟いた。


「あいつは手寅の姿をしていても中身は全然違う。こんなやり方、誰よりも日常を大事にしていたあいつなら絶対に許すわけがない。あいつの中の手寅が泣いている。あの者に、これ以上の狼藉を重ねさせはしない」


 その目には煌々と滾る決意の炎が宿っていた。それは使命感によるものではなく、七緒個人としてのエゴから滲み出た彼女自身の意思だった。


「……先輩。わたしは先輩の正義とは違う正義を目指しています。それでも、わたしは諸星先輩の隣で一緒に戦ってもいいんでしょうか?」


「君はそのままでいいんだ。……結局、私が大そうに語っていた覚悟は正義という免罪符をかざすことで自分が楽になれるようにするためのものでしかなかったんだ」


 自虐的に笑う七緒を見てレオは胸の前でぎゅっと手を握り締める。


 これまで七緒は多くを救うために幾つもの命を見過ごしてきた。そのことは彼女の中でまた新たな十字架となってしまうのではないか。


 一抹の不安が頭をよぎる。

 だが、レオの不安は杞憂に終わった。


「でもこれからは、君がいてくれる。相棒として私の手の届かないものを君が代わりに守ってくれる」


 七緒はそう言ってレオの間に歩み寄ってまっすぐ前に立ち、手を差し伸ばしてきた。


「諸星先輩……」


 レオはその差し出された手をしっかりと握り返す。


「私のことは七緒と呼べ。これから二人で組んでやっていくんだ。そのほうが親しみやすいし、円滑なコミュニケーションが取れるだろう」


「はい、七緒先輩っ!!」


 レオは歓喜に打ち震え、思わず抱きつきそうになる。


「よろしく頼むぞ、獅子谷」


「あ、先輩は普通に名字で呼ぶんですね……」


 七緒らしいと思いながら、レオはがっくり肩を落とす。それでもなぜだろう。自然と笑いがこぼれた。


「どうかしたのか?」

「や、なんでもないですよ」

「そうか。じゃあ我々も行くとしよう。大変なのはきっとこれからだからな」

「はい!」


 レオは元気よく声を出して七緒の後を追いかけた。




 七緒の言った通りそれからが本当に大変だった。とは言ってもレオはただその様子を眺めていただけだったが。


 第一級特別安全区域にデウスが出現したことで近辺の地価の変動や株価への影響、現政権への強烈なパッシングなど様々な余波が巻き起こったため各方面は大混乱に陥った。


 対策本部の面々はその火消しにあちらこちらを駆け回って慌ただしくして対応に追われていた。


 近隣の住人たちは対策本部が用意した避難所へ退避させられていて江田園学園の生徒もそこにいるらしい。


 ただ、レオや七緒は混乱に巻き込まれないようにと数日間は対策本部に留まることを命じられていた。


 マコや友人たちに連絡を取ることもできず、レオはヤキモキしながら過ごすことになったのであった。


 そんな中で朗報と言えることが一つあった。


 英美たち研究員の調査が入った結果、今回の件ではデウスの出現によってもたらされる有害物質は検出されず、今後も同じように生活ができるということだった。


 どうして例外が起こったのかは不明だがフローラが人間とデウスの融合体であったことが原因かもしれないと英美は言っていた。


 そういえば先日の蜘蛛のデウスの時も特に二次被害ははでていなかった。やはりデウスにはまだまだ謎が多い。




 数日後、レオはようやく避難所に行くことができた。


 街から出ようと試みた市民たちもパニックを防ぐための交通制限によって立ち往生をやむなくさせられていて、避難所は多くの人でごった返していた。


 その中で近所の顔見知りの住人たちや檀三にも出会うことができた。

 そして――




「レオぉぉおおぉぉんんっ!!!!」


 レオの姿を見つけるや否や、マコが飛びついてきた。


 何だかデジャヴを感じる。


「まったく、あんたが避難所にいないってマコが半狂乱になって大変だったんだから。連絡も取れなかったし。今までどこ行ってたのさ?」


 一歩引いた位置に佇むチハルが訊ねてきた。


 ヨモギやシルラも揃っている。確かに制限されていたとはいえ、連絡を取らなかったのは不安にさせてしまっただろう。


「えーと……ちょっと知り合いのところでお世話になってて」


 対策本部のことを話すわけにもいかず、言葉を濁す。


「レオが元気ないからぁ! おいしいものでも作ってあげようと思って買い物に出たらデウスが学校に出たってぇ! 寮に戻ってもいないし、避難所にも来ないからデウスに襲われたんじゃないかって心配したんだからぁ!」


 痛いほどの締め付けにレオはマコの生を強く感じた。


「マコ……」


 あの日、七緒に希望を貰ったその日。


 常に明るく、笑顔を絶やさずに前を向いていこうと決めたのを思い出す。マコはレオがどん底にいた頃をすぐ傍らでよく見ている。


 だからこそ、彼女は沈んだレオを見て過去の姿を重ねてしまったのだろう。またかつてのように塞ぎ込んだ姿に戻ってしまうのではないかと心から案じてくれたのだ。


「マコ、心配かけてごめん」


 ……失くしたものはたくさんあったし、返ってこないものもあるけれど。今、わたしの守りたいものはちゃんとここにある。



 レオはにっこりと微笑み、言うのだ。



「……ただいま」



 そう、わたしが守りたいのは大好きな人たちがいるこの日常。

 その毎日を守っていくことがわたしの戦う理由なのだ。

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