第十九話 「ウォリアー型鎧装衣」



 レオたちの前に道頓堀が立ち塞がる。


「お前らはここで俺が始末をつけてやるよ」


「あなたにどんな理由があろうとも、わたしはわたしたちの正義のために負けるわけにはいきません! そうですよね、諸星先輩!」


「………………」


「先輩?」


 七緒はぼんやりとしていてレオに話しかけられていることに気が付いていなかった。こんな状況で意識を飛ばすなんて彼女らしくもないことに違和感を覚える。


「……ああ、すまん。我々は我々にできることをやらねばならんな」


 とは言っても相手は生身の人間だ。うっかり力を出し過ぎて命を奪わないように加減をしなくてはならない。


「油断するな。やつは隊長から『心眼』を伝授されている。中途半端な攻撃では簡単に見切られるぞ」


「心眼?」


「そうだ。極限の集中力と精神力を用いて相手の動きを捕捉する究極の武人奥義だ。やつはかつて隊長の一番弟子だった男。お前の兄弟子に当たる存在だ」


「あの人が……師匠の弟子だった!?」


 七緒から告げられた事実にレオは驚きの声を上げる。


「どうでもいい過去の話だな。それよりお前らはそんなことをグダグダ話している余裕はないんじゃないか? 変身の限界を迎えている七緒と経験の浅いクソガキ。お前らのアドバンテージはないに等しいんだぜ」


「なぁっ、クソガキ!?」


「……的を射ているが、それだけで適合者二人を相手取って貴様に分があるとは思えんな」


 七緒は冷静に指摘をする。道頓堀はそれを聞くと、クククッと笑いを零しながらオレンジ色の胡桃サイズの宝石を取り出した。


「変身ができるのはお前たち鎧装表皮を持つ適合者だけの特権じゃないってことを教えてやるよ!」


 高らかに叫ぶと道頓堀はその取り出した宝石を握り潰した。潰された破片は宙に舞い、輝く粒子となって道頓堀の周りを飛び交う。


 纏っていたマントが光を帯びだし、広げた彼の手の平から球体が現れ徐々に大きくなっていき道頓堀の全身を包み込むほどまでに拡大していく。



『ウォリアー型鎧装衣ィ!!』



 道頓堀のそんな掛け声とともに球体は膨張し、校舎の三階ほどの高さに届くと限界まで膨らんだ風船が破裂するように弾けた。


「これは……」

「なにあれ……?」


 レオと七緒は見上げるようにしてその球体の中から現れたその姿に目を見張った。


「これが俺の手に入れた戦うための力。世界樹の木から精製した繊維で作った鎧装衣がもたらす最強の鎧だ!」


 三十メートルはあろうかという漆黒の巨躯。一本角が特徴的な兜型の頭部。肩や腰回りはプレートで覆われていて日本甲冑を彷彿とさせる風貌。


 低重心でバランスが崩れにくそうな二頭身の寸胴な体型や防御力の高そうな重厚な装甲は容易に攻撃を通してくれそうにない。


「なんだこの力は……? 一体どういう原理でこんなことが……!」


「鎧装衣は鎧装表皮を持たずとも適合者と対等の力を得ることのできる奇跡の装い。あの頃の無力な俺とは違うぞ……フハハッ!」


 詳しい仕組みは不明だが、恐らくあのマントが世界樹から精製した繊維で作ったという鎧装衣とやらで、彼が直前で握りつぶしていた宝石と組み合わせることでそれぞれ鎧装表皮とスケイルシードの代替用品になりあの鎧武者の姿を形成しているのだろう。


「クソガキ、お前はさっき自分たちの正義のために負けないと言ったな?」


「それが何ですか?」


「お前は俺に負け、知ることになるだろう。本当に正義を通すにはどういった覚悟が必要になるのかということを!」


 自信に満ち溢れた声。

 己の力を信じきっていることがよくわかる。鎧装衣とやらのスペックはそれほどまでに絶大なものなのだろうか。


「わたしは負けない!」


 レオは集中力を再び高め、右腕に気合を込める。熱気を帯びて赤い色の灯った爪部を道頓堀に突きつける。


「百獣爪!」

「しゃらくせぇ!」


 道頓堀は背中から二本の極大の刃物を取り出すと居合抜きのようにそれを即座にレオへ向けて叩きおろしてきた。


 レオが横っ飛びで躱すと巨大な金属の塊は中庭に敷き詰められたレンガを破壊し地割れを引き起こす。


「なんてパワーだ……」


 攻撃を回避したものの、レオは一撃の重さに肝を冷やす。


「パワーにはパワーだ!」


 単純に真っ向勝負に憧れのあったレオは愚直にも正面からの攻撃を自分よりも大柄な相手に挑む。


「ハアッ!」


 両腕のガンドレッドはレオのイメージ通りに巨大化し、横幅だけでもレオの身長と同等にまでになった。


「獅子……爪々(そうそう)!!!!」


 左右の爪を交互にアッパーカットで抉るように連続して突き上げる。


 道頓堀はその爪撃を最小限の動きで躱し、避けきれないところは掠る程度に済ませる無駄のない回避動作を見せる。


「的の大きい巨体であの身のこなし。……これが心眼の力か!」

「隙を見せるんじゃない、獅子谷!」


 七緒からの声が飛んではっとすると、横薙ぎに振られた道頓堀の刀が目の前に迫っていた。


「……うぐっ!」


 彼の武器は大きさや強度こそ高かったようだが、切れ味はさほどでもなかったらしい。レオは横腹部への衝撃による鈍痛と後方へ吹き飛ばされるだけの被害で済んだ。


「いたたた……」


 スケイルギアの鎧を纏って以来、初めて痛みらしい痛みを感じた。

 要警戒の破壊力だ。

 あれに力負けしないようにするにはどれくらいの出力を出せばいいのか……。


「落ち着け。獅子谷」


 七緒はレオの肩に手を置き、冷静になるように促してきた。


「やつのペースに乗せられて相手の土壌で戦う必要はない。無理な力勝負は避けるんだ」


「先輩……」


「だが今のでわかったことがある。やつの心眼は怖れるに足らん」


 警戒を高めたレオと対称的に七緒はむしろ敵を格下と判断し、危険度を下方修正したようだった。


「え? けど避けられちゃいましたよ、簡単に最低限の動きで」


「だが、掠りはしただろう? 以前のやつならばあんな大雑把な技、掠りもしなかった」


「大雑把……」


 さり気なく自らの攻め方がけなされていることが少し引っかかる。しかし以前ということは生身でも道頓堀は相当の腕前を持っていたということだ。


「やつは力を求めすぎた。大きな力を求めるあまり、自分を見失ってしまった。見ろ、あの鈍重な鎧を。あのような強度や見た目の迫力に比重を置き過ぎた防具ではせっかく動きを見切るだけの眼を持っていても素早い反応ができずにまったく生かすことができない。おまけに武器は一撃の破壊力を意識しすぎた造形で切れ味も鈍く致命傷を負わせるに至らないナマクラときている」


 憐れむように視線を送り、七緒は嘆息する。


「…………」


 スケイルギアに頼って力を手にしたレオと違い、人として、戦士として。十分な強さがあったにも関わらずなぜ彼はそこまで力にこだわってしまったのだろう。


「一発の重さはやっかいだが、スケイルギアをつけていれば大したダメージにはならない。それに動きも単調だ。素早い動きで翻弄すれば手こずる相手ではない……のだが。私が万全ならば君に頼りきりならずに済んだのに……」


 制限のある変身をすでにしてしまった七緒は体力的にも肉体的にもボロボロ。俊敏な動きは取れまい。


 いくら道頓堀の攻撃が脅威でないといっても、それはあくまでスケイルギアをつけている前提での話。


 生身ではいくら七緒が達人でも一発でミンチになってしまう。


「諸星先輩。今はもうまったく変身できないんですか?」


「いや、あれからしばらく経っている。数十秒ほどなら可能だ。しかし決定打にならなければ体力が根こそぎ持っていかれ、逆に窮地に追い込まれるだけだ。いくらなんでもそんな短時間で勝負を決せられるとは思えない」


「実は絶対に一撃で仕留められる必殺技があるんです。それさえ決められる時間が稼げればこの戦いは必ず勝てます」


「……それは確かか?」


「まだ試してはないんですが……。でもさっき獅子爪々を撃てたことで確信が持てました。このスケイルギアの力は思いを力に変えるものだって。だから大丈夫。わたしを信じてください」


 レオは自分の胸をどんと叩いて言った。その様子を見て七緒は目を丸くし、どこか哀愁漂う表情を見せた後、口を開いた。


「……私は何をすればいい? もう一度言うが、私が変身できるのは数十秒間だけだ。それだけの間しか保証はできんぞ」


「七緒さんはセブンカッターをあの人の頭の周りをぐるっと一周するように投げてください」


 道頓堀を指差して軽く円を描くように回す。


「せ、せぶんかったー? なんだそれはっ……」

「あれですよ、昨日敵をぶわばーって一気に倒したあれです」


 レオはジェスチャーを交えて説明をする。


「あれは別にそういった名称ではないのだが」

「あ、すでにもう技名決めてありましたか?」


 だとしたらその名で呼ばなくてはならない。結構ハマっていると自賛していた呼称だったのだがとレオは残念に思った。


「いや、特に名前付けはしていないが」


「ならセブンカッターにしましょう! 投げる時に『セブンカッター!』って叫ぶんです。スカッとしますよ! カッコいいと思いますよ!」


 レオは鼻息荒く詰め寄って提案をした。


「……まあ考えておこう」


 七緒は若干引き気味でそう言った。


「じゃあ、お願いします」


 レオは立ち塞がる道頓堀を対面に構えて臨戦態勢を取る。


「話は終わったか? 小細工を凝らしても俺には通用しないぜ? この圧倒的な破壊力を持つウォリアー型鎧装衣の前にはな!」


 律儀にも待っていた道頓堀。

 自分の力を過剰なまでに信じきっているからこそできる余裕なのだろう。だが、その自信がなぜか七緒の話を聞いた今はとても痛々しく見える。


「フンっ!」


 レオは両手のガンドレッドを先程と同じように、いや、先ほどよりもさらに巨大化させてスタンディングスタートのポーズをとる。


「わたしはわたしの正義のために、守りたいもののためにあなたに勝ちます」


 レオは直角に肘を曲げ肩の位置まで水平にあげるとそのまま助走をつけて道頓堀に向かって駆け出す。


「うぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!!!!!!!」


「間抜けな格好で走りやがって……。世界を知らないガキが正義を軽々しく語るんじゃねえよッ!」


 道頓堀は荒々しく叫んで右腕を大きく振り上げ、迎撃の準備を始める。


「七緒さん! お願いします!!!!」

「セっ、セブ……んんんっ!」


 一瞬だけ七緒は技名を叫びかけたが、すぐに赤面し咳払いをして誤魔化しスケイルギアを瞬時に纏ってブーメランを道頓堀に放り投げた。


 飛んで行ったブーメランは狙い通り道頓堀の顔面付近へとめがけられ、それに反応した道頓堀はうざったそうに手持ちの刀で払いのけようとする。


 ところがセブンカッターはその細さからは想像できない切れ味で道頓堀の持つ二本の大刀をスッパリと斬り裂いた。


「ば、馬鹿な!」


 目に見える動揺。

 生まれた一呼吸ほどの――けれど致命的な隙。レオにとっても想定外のことだったが、むしろ好都合。


「今だあああああああぁぁぁっ!!!!!!!!」


 レオは助走の勢いをそのままに地面を蹴り、走り幅跳びの要領で前へと飛び出す。スケイルギアの身体能力で行ったそれはまさに滑空に等しい空中移動だった。


 その移動の中、レオは脇を締めて身を屈める。


 すると左右両方の巨大化したガンドレッドがレオの全身を包み込んで一塊になり、一発の弾丸のようになる。


 また、爪部分の付属する先端部がドリル回転をし始め、その威力を増幅させる。


「貫けぇええええええぇぇぇぇえっ!!!!!!!!」


 セブンカッターを振り払うために上げていた腕を下すロスタイムを突いてレオはその懐に入り込んだ。


 重い外装を纏う道頓堀の反応は緩慢で、彼はあっさりとレオに間合いに入ることを許す。


「ハッ、そんな豆粒みたいな体で俺を押し通せると思っているのかァ!?」


 大きな鎧の手でレオを鷲掴みにして潰しにかかろうとする道頓堀。


「行けるよ! スケイルギアは思いを力に変える武器! 心の眼を曇らせ、真に守るものを見失ったあなたにわたしは止められない!」


「ガキが偉そうに! 捻り潰す!」


 正面からがっぷりとぶつかり合い、勝負は力対力の馬力任せに持ち込まれる。


「んぐぐぐ……なッ! 何だこの勢いは……止めらんねぇ! この鎧装衣を纏った俺が、負けるだと……? ありえね――」


「どりゃあああああああああああああっっっ!!!!!!!!」



――ビキビキィッ!!



 回転する爪が鎧の腹部を削り、その表層に亀裂を生む。



 そして。



「必殺ッ!!!!!!!! 獅子――突ッ槍――!!!!!!!!」



――バキャァアッァアアァンッ!!!!!!!!



 レオは道頓堀の鎧を貫通して向こう側へと抜けていく。



「ぐあああああああぁっああアッ!!!!」


 

 道頓堀の武装は風穴の空けられた位置から砕け散っていった。小爆発を起こし、その破片は粉々に塵となる。


 張子を剥がされた道頓堀は爆発の割には軽度な負傷でその場に力尽きてうつ伏せで倒れた。


「……勝った。勝ちましたよ! 諸星先輩!」


 くるりと振り返り、大きく手を振って七緒に嬉々とした声で報告する。


「まったく……あれほど言ったのに力技で押し切るとは。どうしようもないやつだ」


 呆れたような顔をしながらも、七緒のその口元は僅かにだが――緩やかに綻んでいた。


「行きましょう。師匠が待ってる」


 レオと七緒は最上の二人が戦う校舎の屋上を見上げた。

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