第十六話 「道頓堀太一」


※※※



目を覚ますとわたしは病院の一室にいました。

どうやらわたしは爆風に飛ばされ大怪我を負ってしまい、昏睡状態に陥っていたようでした。デウスはその爆風に巻き込まれて消えてしまったらしく、わたしたちは奇跡的に助かりました。

でも、この奇跡が起こったのは見知らぬわたしたちを助けに来てくれたあの人のおかげ。

颯爽と現れたヒーローのおかげ。

この世界にも希望はあったんだ。

あんなにも他人のために一生懸命になれる人がいたんだ。

ヒーローはいた。

すべての困っている人のもとに行けるほど多くはいないけど、いつだって来てくれるわけじゃないけれど。

確かにいたんだ。だったらわたしもヒーローになってやる。

少しでも数多くの人に救いの手が届くようにするために。

かつてのわたしみたいに、世界に絶望してしまう人が一人でも減るように。

怪我が治ったら身体を鍛えてみよう。

あの家の人たちにちゃんと挨拶をするようにしてみよう。

付き人の少女とももっと話をして仲良くなれるようにしよう。

いつも笑顔でいることを心がけよう。

希望を知って目覚めたこの日、わたしは自分が生まれ変わったのを確かに感じたのです。



※※※


(まさか、第一級安全区域の、それもど真ん中――世界樹のある学園に直接攻め込んでくるとはな……)


 基地の設備で自主的な鍛錬を行っていた七緒はデウスの反応が検知されたそのポイントをオペレーターから聞いた時、俄かに信じることができなかった。


 なぜ、江田園学園を中心としたこの区域がデウスの侵攻の心配のない第一級安全区域に指定されているのか。


 それは江田園学園に世界樹――表向きはただの欅の木とされている古樹があるからだ。


 そう、なぜかデウスはこの木の周辺には近寄ろうとしないのである。


 この事実が諸国政府の知ることとなったのは、かつてデウスの侵攻によって焦土にされた街で世界樹の枝から植林した木があった数キロの圏内の土地が被害を受けることなく平穏無事を保っていたことによる。


 このような事例は一件だけに留まらず、他にも複数寄せられ、やがて確証のある真実とされるようになった。


 どうして各地に江田園学園から派生した樹木が植えられていたのか。


 それは獅子谷グループの前総帥、獅子谷真羽氏が当時ただの欅の木でしかないとされていた江田園学園の古樹を各地に植林することを希望し、その活動を行っていたからだ。


 おかげで日本にはデウスから死守できる土地が生まれ、そこを拠点にすることで大国と同等以上の治安を維持していけている。


 当時は金持ちの道楽だと思われていた行動であったが、もしかしたら真羽氏はこの効力を見越していたのかもしれない。


 彼が亡くなってしまった今となっては事実の確認はすることはできないが。

 問題があるとすれば彼の死後に政府が主導で実践した植林は全て失敗に終わっていること。つまり現状、彼の残した以上の安全地域の拡大はできていないのであった。


(……だが先日の件と言い、世界樹がデウスを除ける効力を持っているというのは誤りだっただろうか? これまでの前例はただの偶然だったのか?)


 七緒は校舎に繋がる隠し通路をバイクで走行しながら世界樹の効力について懐疑的な思考を巡らせる。


 大鳳や里香は七緒の知らない情報を隠しているようだったが、それが関係あるのだろうか。


「だが、何があったとしても……!」


 自分のやることは変わらない。ただ、立ち塞がる敵を一つずつ滅してこの戦いをより多くの人を救える結果へ導く、それだけだ。


 七緒は通路を抜け、そのまま校舎の廊下を二輪車で通り過ぎて中庭に飛び出すと所狭しに何百体と居並ぶ化け物たちの群れを正面に迎える。


「ハァアアアアアアアアッ!」


 バイクを降りてスケイルシードの宝石から刀を引き抜き、鋭く縦に一閃。前方数十メートルにいたデウス数十体は斬撃の剣圧で身を切り刻まれ爆風を伴って灰塵に帰す。


 その勢いのまま、七緒は生身でデウスたちの間を縫って太刀を浴びせ屠っていく。


 変身時間が短い七緒はできるだけ予備段階で現れる刀のみで戦うようにしている。敵の数や緊急性が考慮される場合にはその縛りを解くことにしているものの、時間に制限のある七緒はスケイルギアの使いどころも戦術の一つとしてよく考えておかなくてはならないのだ。


 前回の出撃では近くに一般人や戦闘に参加できないレオがいたためスケイルギアを纏ったが、本来であればあれくらいの数の敵なら七緒は変身することなく対処できる。


 部活動などで校舎内に残っていた生徒や職員はすでに警察や自衛官が退避させている。


 デウスの数自体は多いものの、体力が許す一定数までなら未装着の状態である程度やれるだろう。





(そろそろスケイルギアを発動して、一気にカタをつける頃合いか……)


 そこそこの間引きを終え、残存するデウスの数も減ってきたところで七緒はそう判断を下す。


 特に破壊活動を行うわけでもなく、また襲うべき標的もいなくなったこの場所でなぜこの化け物たちは街へ行く素振りも見せず居座り続けているのか。


 その不可解さが若干気にはなったものの、まずはこの場の平定が優先だと考え七緒はスケイルギア着装のため刀を天にかざす。


「…………!」


 人の気配、強烈な殺気を感じて七緒は背後を振り返った。そこにはマスケラを被った長身の男が世界樹の隣に佇んでいた。


「貴様、何者だ?」


 変身を中断し、警戒しながら七緒は刀を構える。ブラウンのマントを羽織り、素顔を隠すこのいかにも怪しい輩は何者だ?


 これだけデウスに囲まれていながらなぜこの者は襲われない?


「よう、ナー坊。久しぶりだな」


 その男が発した声はかつてどこかで耳にした、懐かしさを覚える声だった。


「お、お前は……!」


 七緒は目を見開く。マスクを外したその男の顔は――




『本当に行ってしまうのか?』


 四年前。

 最終決戦と意気込んで臨んだ戦いに敗れ、まだ足の傷も心の傷も癒えていない、そんな頃のことだ。


 七緒は松葉杖をつきながら、対策本部を辞めて基地を出て行こうとする仲間を見送りに来ていた。


『オレにはもう正しいことが何なのかわかんなくなっちまってさ。だから少し世界を見て来ようと思うんだ』


『……手寅のことは私のせいだ。あなたが気に病むことではない』


 心身の喪失感を必死に取り繕いながら七緒は彼を引き留めようとする。これ以上何も失いたくはないと、傍にいて欲しいと願いながら。


『そういうことじゃ、ないんだよ』


 そう言って辛そうに目を細め、彼は七緒のもとを去って行ったのだ。




 彼の名は道頓堀太一。


 かつてデウス対策本部で戦闘機のパイロットを務め、七緒や大鳳達とともに戦っていた若いながらも熟練の腕前を持った強者の兵士。


 四年前に世界を見に行くと言ってそれから消息を絶っていたその男が周囲にデウスのいる場所で平然と佇んでいた。


「……なぜあなたがこんなところに? いや、それよりここは危険だ。すぐに避難したほうがいい」


 まるで動じることなく泰然と構える道頓堀の様子に嫌な予感を覚えながら七緒は退避を勧告する。感じた予測が見当違いであってくれと願いながら。


「心配はいらねえよ。こいつらは何もしない。今はそうしておくように指示してあるからな」


 何も気取ったところもなく、当然のようにそう言った。


「……このデウスたちを操っているのはあなただと?」


「正確にはオレじゃねえ。だが、今はその指示権がオレに降りてきている。人がいると邪魔だったんでな。デウスが姿を見せるだけでも十分な人払いになるだろ?」


「……詳しい話を聞かせてもらおうか、道頓堀太一」


 刃の切っ先を向け、かつての仲間を即座に敵と見なし七緒は心を殺して冷徹な仮面を被る。


 裏切られた。そんな気持ちや過去に寄せていた想いも胸の奥に仕舞い込む。


「ふっ、ちょうどいい。いつかこうやって戦場で再会したらお前にも声をかけようと思っていたんだ」


「何だと……?」


「デウスがなぜ現れ、なぜ人を襲うのか。そのことを知ればお前も俺たちがやろうとしていることを理解できるかもしれない」


「何を聞いても理解などできるものか」


 七緒は辺りに蠢くデウスを見やり、にべもなく言い放った。


「デウスが人間を襲うのはな、世界を浄化するためなんだよ。やつらは何の目的もなしに人を襲い、街を壊すわけじゃない。やつらは神なんだ。世界樹ユグドラシルを通して様々な世界を監視し、その管理を行う者たち。それがデウスの正体だ」


「神……だと? この化け物どもが?」


 この醜く、知性も持たずに暴れ回るだけの野蛮な生物がそんな大それた存在だとはとても信じられない。


「もちろんここにのさばってる連中は違うぜ。お前たちがデウスと呼ぶこいつらは正確にはデウスじゃない。本当のデウスたちが操る下僕、眷属たち。ダーナーという。どこで情報伝達に誤りがあって間違った呼称が定着したのかは知らねえがな」


「………………」


 七緒は自分たちが倒してきた化け物たちの上位の存在がいると聞かされ、これまでの戦いが前座でしかなかったのではないかとそんな危機感を抱く。


「貴様はどうしてそのダーナーたちを操る権限を持っている? それ以前にどうしてそんなことを知っているんだ。まさかデウスの側に寝返ったのか?」


 道頓堀は首を横に振る。


「その逆だ。デウスはこの世界に生きる人間を害悪だと見なし、駆逐を始めた。一度地球を綺麗にして、一から創世するために。だが、そんなふうに滅ぼすと言われてそうですかと簡単に納得できるか? 俺はできない。だから抗うことにした」


「それでこの状況を生み出したと? 筋が通らんな」


 七緒は化け物たちに占領された学校を見渡し、汚らわしいとばかりに道頓堀を睨む。


「現状、この世界に生きる人間は駆除されても仕方がないくらい愚かな連中ばかり。そんなやつらが権力を握っている。俺は手寅を失っ……手寅が死んだあと、世界中を見て回った。そこで見て来たよ。デウスに壊された街々。そんな状況にありながら人間同士でいがみ合い傷つけ合い、弱者から奪い取り、己の保身に走る者たち。酷いもんだった」


 道頓堀は七緒の目線を意に介す様子もなく語り続ける。


「これじゃあ消される対象にされてもおかしくない。だから俺たちは根本から世界を変えることにした。デウスの浄化を必要としない、綺麗な世界にな。デウスが人間を襲う理由そのものを失くしてしまえば戦う必要もなくなる。俺たちはデウスの力を利用して世界を導き一つに纏める。俺たちは世界を革新し、支配の頂点に立つことで真の平和、黄昏の夜明けを掴み取る。俺たちは自分の信じるやり方で世界を守るために戦っているんだ」


「敵の力を借りて正義を語ろうとするとは。恥ずかしくないのか道頓堀!」


 七緒は我慢ならず一喝した。

 そもそも、やろうとしていることは世界征服と大差ないことではないかと憤慨する。そんな七緒を道頓堀は鼻で笑い一蹴した。


「恥ねぇ……。大した力も持たない無力な人間が正義を語ることのほうがよっぽどのお笑い草だと思うけどな。いや、適合者として十分な力を持つお前にはわからない話だろうな」


 七緒は自分が他者の気持ちを慮れない不躾な人間と言われたような気がした。


「だが、スケイルギアの力の正体をお前は知らないだろ? そいつはお前が必死こいて倒そうとしている敵、デウスの力そのものなんだぜ」


「スケイルギアがデウスの力だと? 出鱈目を抜かすな!」


 信じ難く聞き捨てならない発言に七緒は激怒し、怒鳴った。


「驚くのも無理はない。でもな、スケイルシードは神と等しき存在であるデウスの力を閉じ込めた種だ。これは紛れもない事実。デウスも一枚岩じゃあない。スケイルギアを介して人間に荷担するやつらもいれば中立に立って暢気に見下ろしている連中もいる。……そしてデウスを超越した存在も」


「……デウスを超越した存在?」


 道頓堀の放った意味深なワードに七緒は眉間に皺を寄せる。


「どうだ。お前も俺たちと来ないか? 本当の意味で世界を救うために戦わないか? いくら戦ってもデウスは殲滅することはできない。やつらは目的を持って世界を壊している。世界そのものを構成している神とこのまま戦っていてもこちら側が一方的に消耗するだけだ。お前も薄々感じているんじゃないのか。このままでは埒が明かないのではないかということを」


「断る。お前たちのやり方は間違っている。お前と私を同じ側に組み分けるな」


 彼にいかなる事情があったとしてもデウスを操り、それを人々にけしかけた時点で何を言われてもなびくことなどありえない。


 デウスは敵だ。その敵を利用して掴める平和などあり得るはずがない。スケイルギアがデウスの力だというのも惑わせるための戯れ言に決まっている。


「……ま、お前ならそう答えるんじゃないかって薄々思ってたよ」


 道頓堀は七緒の返答にさして残念がる素振りもなくあっさりと言う。


「道頓堀太一。貴様は道を踏み外した。私の剣で、私が正しい道に連れ戻してやる」


「変わらねえな、七緒。そうやって自分の正義が絶対だと決めつけて、他人にもそれを強要するところはよ」


「……は?」


「その傲慢さはいつか人を傷つけ、世界を壊すぞ。そのままでいる限り、お前は何も救えないだろうぜ」


「私は……傲慢などではない……」


「お前がどう思っていようと構わねえさ。ただお前は俺たちの進む道を阻む敵となった。残念だよ。昔馴染みと命のやり取りをしなきゃならないなんてな」


 道頓堀は透明感のあるオレンジ色をした胡桃形の物体を二つ取り出し、それらを右手で擦り合わせるようにして握り潰した。


 砕けた実から光が弾け、中庭の四方に飛び散る。

 光が飛散した地点から続々と無数のデウスが出現する。そしてそれはただ現れただけではないことに七緒はすぐに気が付いた。


「これは……」


 一目見ただけでわかる。

 先程までとの棒立ちとは明らかに違う。

 全てのデウスが七緒の方を向いて臨戦態勢を取っていた。


「スケイルシードを持った適合者たちにダーナーが手出ししないのはお前らがデウスの力を持つ者だからだ。だが、命令さえ下せばその制限はない。ただ黙って攻撃を受けてくれたさっきまでとは違うぞ。せいぜい死なないよう、覚悟して臨むことだな」


 道頓堀はデウスを盾にするようにして奥へ引っ込み、七緒から距離を置いた場所から高みの見物を決め込んで言った。


「上等だ、すぐに片付けて貴様を私の前に引きずり出してやる!」


 刀を天にかざし、七緒は蒼銀の鎧をその身に纏った。

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