02-2 お兄様、フレンドにして差し上げましょう

 昼休み、ピロティでしわくちゃになったポスターを広げると、花音は眉を寄せた。


「これを……サミエルくんが……」

「ああ。あいつ、手伝っておくとか言いながら、持ってったポスター、全部捨てたってことさ」

「そう……」

「ネコをかわいがってください」と書かれたポスターを、悲しげに見つめている。

「花音が悪いんだね。人に任せっ切りにするから、罰が当たったの」

「あのクズが、どうしようもない奴なだけだろ」

「ううん。花音がいけないの」


 花音は首を振った。


「お前……」


 もどかしかった。どうして簡単に人を信じ、赦すのか。なぜ自分のせいだと思い込むのか。世の中は、信じていたものにあっさり裏切られるのが日常なのに。


 ――俺の母親だって……。


 家を捨てて出て行った母親の姿が頭に浮かんだ。別に母親だけが悪かったわけではないのだろう。でも、子供にとっては事情なんか関係ない。ただただ一緒にいてほしかったのに……。ポケットの中の招き猫のアクセサリーを、伊羅将はそっと握り締めた。


「あーもういいよ。とにかくお前、なんでも相談しろ。俺も一緒に考えてやるから」


 思わず大声になった。


「お前はほっとけない。そんな調子だと、絶対ダマされて悲惨な目に遭うぞ。俺が護ってやる」

「イラくん……」


 花音の頬が、わずかに染まった。


「この方は、どなた」


 花音の後ろから、ぴょこっと顔が出た。ちっこい。制服を着ているから中等部とは思うが、着ていなければフツーにランドセルを背負っていそうな雰囲気だ。


「私のお友達。物部伊羅将くんよ。……ほら、きちんとご挨拶しなさい」


 促されてようやくおずおずと姿を現した。


「一年A組、神辺陽芽かんなべひなめです」


 ペコリと頭を下げてから、伊羅将を凝視している。


「よ、よろしく……」


 ――ははあ、こいつが例の妹って奴か。でもこの、「なんかすまん」的体型は……。


 花音は普通にスタイルがいいが、この陽芽とかいう娘は、セーラーの上からもわかるツルペタぶり。顔はもしかしたら姉より素材がいいのではと思われるつくりだから、「今後の成長に期待 ○→◎」という評価が正解かもしれない。まあ「うまく育つ」と仮定しての話だが。


「ふーん……。お姉様にも、ついに本物の彼氏ができたのね」


 ついこないだまでランドセル背負ってたくせに、生意気な口を利く。


「ち、違うよ、陽芽。ポスター貼りを手伝ってくれているの」

「へえーっ……」


 見透かした目をする。


「下心満々なお方かしら」


 ――うっ……。


 伊羅将の笑みがひきつる。どちらかと言えば、ほっとけないから手伝っているわけだが、下心がないとは、自分でもとても言えない。なんたって、初日から胸を触らせてもらったし。


 ああいう「つけこんで」の形でなく、なんとなくふたり「いい感じ」になってのエロ展開なら、いつでもウェルカムだ。


「失礼なことを言わないの」


 妹の頭を、花音はコツンとつついた。


「でも、あなた気に入りましたわ、わたくし」


 なんだか生意気だ。


「性格はひねくれてそうだけど、そこがいいもの。わたくしの彼氏……にするにはレベルが足りない感じだけれど、フレンド一号にして差し上げましょう。はい」


 手を差し出してくる。こいつも握手か。変な一家だな。


「ところで、なんでお姉様のポスターが、こんなに汚れているのかしら」

「サミエルっていう、キモい奴が捨てたんだ」


 陽芽は腕を腰に当てた。


「あの方は大嫌いですわ」

「新入生なのに知ってるのか」

「わたくし、小学校からですし」

「そうか。付属の……」

「陽芽、そんな口の利き方をしてはダメよ」

「お姉様ったら、甘すぎるわよ。そんなだから、あちこちの勢力に利用されるんじゃなくって」


 どうやら陽芽のほうがしっかりしていそうだ。なんとなく気が合うかも。


「俺もそう思うんだけどさ」

「ふーん」


 上から下まで、陽芽は眺め渡してきた。


「あなたとは、一度作戦会議を開いたほうが良さそうねえ、フレンドとして。今後どのような方針で調教するのか」

「調教?」

「ま、間違えましたわ。……調整するのか」


 なぜか、陽芽はまっかになってしまった。もじもじしている。


「その……言い間違いを許してくださいますか、お兄様」

「……あ、ああ」


 なんだかこの姉妹を相手にすると、調子が狂うな。


 心配気に頬に手を当てて、花音は伊羅将と陽芽を交互に見ている。

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