第四章

第19話 まずは押し倒して、後は流れでお願いします

「それじゃ、えっと……どこから回ろうか?」

「どう、しようか?」

 日曜日。都内から電車で一本の好立地にある遊園地。遥と久遠はその園内に設置されている案内板とにらめっこしていた。事の発端は数日前にさかのぼる。



          ◇      ◇      ◇



 秋葉原にある喫茶店。そこで琴音が持ちだした「久遠と遥がデートする」という提案は。

「何で?」

 当事者の一人――雨ノ森久遠――に、全くと言っていいほど受けなかった。

「えー。良いじゃん、デート。しようよ、デート」

「いや、別に悪いとは言ってないよ?でも、それがどうして漫画と繋がるの?」

 琴音は「疑問はもっともだ」という感じに頷き、

「うむ。それじゃ、説明してしんぜよう」

「なんで偉そうなのよ……」

 琴音はそんな突っ込みはスルーして、

「遥殿」

「はい」

 何となく姿勢を正す。と、いうか、何だ「遥殿」って。

「そなたの指摘はつまり、『久遠が言い寄られたい人間像がワンパターンである』という事。そうじゃな?」

「えっと、はい」

 口調は変だが、言ってること自体はまともなので肯定する。

「と、なればじゃ。久遠が遥殿とデートをして、その間に遥殿に『言い寄られたい』と思わせれば、少なくともワンパターンではなくなるのではないか?」

「それは……」

 どうだろう。そもそも、久遠にとっての遥の立ち位置が分からない。親しくはしているが、『言い寄られたい相手』になっているという自信は無い。それよりは『妹にしたい相手』の方がよっぽど現実的だと思う。

 それに、

「それだったら、琴音さんでもいいんじゃ」

「儂は駄目じゃ」

 否定。

「そなたでなくてはならんのじゃ」

 そしてゴリ押し。そこに理屈は全く無い。流石に久遠が反論を、

「あのね、琴ちゃん。そんな事で」

「ひーちゃん。ちょっと」

 琴音は久遠の言葉を遮り、くいくいと近くに呼び寄せる。久遠は、

「なんなの……?」

 やや、億劫そうに近寄る。

「―――――――――じゃん。―――――――楽しい』って」

「それ―――――ど……」

「―――――――じゃない。――――――――――あげるからさ」

「うっ」

「―――――――――――――――――んでしょ?だったら――――――――――くらい」

「うううう……」

「――――ね」

 やがて、琴音が笑顔で遥の方を向き、

「どうやら、刹那は賛成のようじゃぞ」

「ほ、ほんとですか?」

 びっくり。思わず久遠の方を確認すると、非常に恥ずかしそうではあるが、否定する空気は無い。と、いう事は、

「これで、後はそなた次第という事じゃな」

 ふぉっふぉっふぉっと笑う琴音。正直な所、久遠が嫌がるようならば断わろうと思っていた。

 しかし、久遠は(葛藤は有るみたいだが)琴音の計画に賛成の様だ。だったら、

「えっと、それじゃあ――」



         ◇      ◇      ◇



 と、いう訳で現在。久遠と遥は琴音監修の「デート」をしに遊園地まで来ているのだった。ちなみに、ここの一日券は琴音に貰ったものだ。彼女曰く「二枚だけ余ってたんだよな」との事。最初は遠慮したが、使用期限も迫っていて、無駄になるかもしれないとの事なので最終的にはありがたく頂戴した。

「遥さんは、乗ってみたいアトラクションとかある?」

 久遠はそう言って遥にパスする。

「うーん……」

 改めて言われると難しい。そもそも遊園地なんてそんなに来るものではない。長らく片親しか居なかったという経緯もあり、家族一緒に、という経験も無い。唯一の記憶は、小学校の頃、遠足として行った事くらい。

「――そういえば」

「?」

 遥はふと思い出し、バッグの中を探る。琴音から遊園地の券を受け取った時に「困ったらこれ見るといいよ」という言葉と共に貰った紙があったはずだ。

「あった」

 発見。バッグの外側についている、小さなポケットの中に入っていた。メインの部分に入れると見つからなくなると思い、ここに入れたのだった。

 久遠が覗き込むようにして、

「それは……何?」

「えっと、琴音さんから貰ったメモみたいなもの、かな」

 覗き込んだ顔が一瞬で険しくなり、

「……それ、役に立つの?」

「さ、さあ。でも、彼女は、困ったら見るといいって言ってたよ」

「ふーん……」

 どうやら余り信頼はされていないらしい。幼馴染なのに。いや、むしろ幼馴染だからかな?

「と、取り敢えず開けてみるね」

 なんにせよ、見てみない事には始まらない。そう思い、遥は折りたたまれたそれを開いて、


『この時期だとプールの裏は人気が無いからお勧め!』


「…………」

「あはー…………」

 最初に視界に飛び込んできたのが、この一文だった。てっきりお勧めのアトラクションとかそういう物を書いてくれているのかと思ったら、そんな事は無かった。何だ、人気が少ないからお勧めって。何のお勧めなんだこれは。

 遥は手元の紙を綺麗に折りたたんで、元あった所にしまい込み、

「さて、どこ行きましょうか?」

 無かったことにする。

「そ、そうね……」

 久遠はその吹っ切りの良さに驚きつつも、

「取り敢えず、遊園地と言ったらこれじゃないかしら」

 案内板の一か所を指さす。その先にはジェットコースターが有った。確かに遊園地の花形だろう。しかし、それを自ら選ぶという事は、

「刹那さんは、こういうの得意なの?」

「うーん……どうだろう。得意ってほどでは無いかな。でも好きよ」

 そこまで言ってはっとなり、

「あ、遥さんこういうの苦手だった?」

 遥は首を横に振り、

「全然」

 久遠はほっと一つ息を吐き、

「良かった、」

 自然な流れで遥の手を取り、

「それじゃ、行こっか?」

 微笑みかける。良かった。漫画の為とか、琴音に背中を押されたからというだけでは無く、ちゃんと楽しんでくれている。だから遥も、

「はい」

 微笑み返し、引かれるままに歩いていく。その後を一筋の風が通り抜ける。草木がさわさわと揺れる。

(ちょっと寒いかな……?)

 季節は春。しかし、空気はこの時期には似合わず、ひんやりしていた。

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