頑張って

 異常を知らせる鐘の音が響いた。


「こんなに鐘の音を鳴らすって何かあったんだな」

「ん。避難。避難」

「避難場所ってどこだっけ?」

「ん。村長の家」

「わかった。行くぞ」

「ん!」


 まとめる荷物は少なく、中サイズの巾着に衣服やら食料やらを無造作に入れて荷造りは終わり、早々と家を出た。


 家を出ると人が慌ただしく家を後にして皆が一か所を目指して移動を開始していた。

 キルトとルンは流れに乗る形で合流し、速足で村長宅に向かう。

 正確には冬などに家畜を入れる為の蔵と小屋の間の建物が目指す建物だ。


 村の規模はとても小さいが大人子供を合わせれば100人程度は集まる。

 だが、この人数を収容できるほどの大きさがなかった村長宅にある建物に人が集まり、収容できなかった人たちが建物を取り囲む形になった。


 鐘の音は今の鳴り響いていて、何が来ているのか分からず恐怖だけが先行してしまっていた。


「痛て! おい、押すなよ!」

「ん。キルト、ここは危ないから少し離れよう」

「そうだな」


 二人は比較的落ち着いていた。

 何故かというと自分の身は自分で守れると自負していたからだ。


 村にいる子供たちでは比較にならず、大人でさえ相手にならないと感じてはいた。

 なんと言っても互いに『ルンがいれば』『キルトがいれば』と互いを信頼していたかに他ならない。


 協力すれば倒せない敵はいないと感じる程に。


 だからこそ平静を保ち、村長宅の小屋から少し離れて周囲を警戒した。

 いつの間にか鐘の音も止んでいた。


「地響きがするな」

「ん。それもたくさん。どんどん大きくなってくる」

「近づいて来てるってことか」

「ん。皆に伝えないと……」


 ルンが伝えようと思うが、眼前では小屋の周りでひしめきあっていて自分が近づいたら逆に危ないと考えさせられる光景が広がっていた。


「キルト! ルン!」


 そんな中、背後から声をかけられ反射的に攻撃に転じる二人。


「ちょっと! 私よ!」

「母さん!?」

「ん。キルママだった」


 キルトは棒を素早く構え、防御とカウンターを狙う構えを素早く決めており、ルンは魔力を練り上げてキルトと同じく防御を展開しており、広範囲の攻撃を打ち出せる構えを取っていた。


「何でそんな早く攻撃態勢に移行できるのよ!」

「「日々の賜物」」

「何をやってるのよ、あなた達は……」


 子供とは思えない行動をした二人をエレーナは頭を押さえていた。


 そんな中、周囲に声が響いた。


「お前ら死にたくなければ動くな!」


 馬に乗った男が通る声で周囲を威圧していく。


「騒ぐな! 動くな! 逆らうな! これを守ればすぐには殺さない! 一人でも変な行動をすれば周囲の奴らまとめて殺す!」


 馬に乗った男は腰に下げている剣を抜き掲げて近くの村人に狙いを定め、振り下ろした。


「見せしめに一人殺した! こうなりたいヤツは要るか!」


 斬られた者は悲鳴も上げることなくこと切れおり、地面を染める血が静かに広がっていた。

 村人は抵抗する心を折られ、静かになった。


「……しくじったわね」


 エレーナは近くの二人にも聞こえないほど小さな声で悪態をついた。

 声を上げる男に注意を向け過ぎた為だ。


 周囲を見ると馬に乗った男たちが囲んでいた。


「告げる! 即刻、この村にいるすべての子供を連れてこい!」


 男の要求に村人の動きは鈍い。


「死にたいのか!」


 男から圧がかかり、動き出す村人。

 成人していない村に住む子供は20人ほどだった。


「調べろ」

「へい」


 男が近くにいる部下に指示を出した。

 返事をした部下は馬から下りて子供近づき、手に持っていた水晶を子供の額に付ける。


「何してるんだ?」


 キルトは無意識に声が出ていた。


 キルトたちは男たちの前にはいない。

 エレーナが二人を連れて物陰に隠れている。


「ボス。こいつらは違う」

「あいつの話が違うな。おい! この村にいる子供はこれで全員か!」


 村人は誰も声を上げなかった。

 だが、数人はソワソワしているのが傍から見て良く分かった。


「そこのお前! まだ子供がいるんだな!」

「ひぃ! 命だけはどうか!」

「質問に答えろ! 子供はまだいるんだろ!」

「は、はい! 村外れにある家族に二人います」

「さっさと答えやがれってんだ!」


 男は質問に答えた村人を殺した。


 その光景を物陰から見る3人。


「もう我慢できない……。母さん。俺があいつら倒すよ」

「ん。助太刀」

「絶対ダメ。あなた達はここで隠れてるの」

「あんなやつらに負けないよ!」

「ん。余裕」

「お願い。私はあなた達を失いたくないの」

「母さん……」

「キルママ」


 母からの懇願に怒りを萎ませる二人。


「子供が出てこなければここいるヤツらは全員殺す! 今すぐ出てこい!」


 男が残酷な天秤を突き付けた。


「二人とも。私に何があってもここから出ちゃダメよ」


 エレーナは二人を優しく抱きしめた。

 これが最後の抱擁だと、この温もりを絶対に忘れんが為に。


 エレーナは二人の頭を撫でて踵を返して堂々と男の元に向かった。


「子供たちは夫に任せて村の外に逃がしたわ」


 男はエレーナを見ると剣を振りぬいた。


「動くな。騒ぐな。逆らうな。コレを守れないヤツは誰で殺す。オイ! お前らは周囲を見てこい!」

「「へい!」」


 エレーナは地に伏し、斬られた箇所から血を流していたが、心は穏やかだった。

 あの二人の為に命を賭けることが出来たことに。


 想像していたよりも良い死に方だったと思えた。


 周囲が騒がしいけど、あの二人を見つけることは出来ない。

 あの場所を動かない限り見つけることが難しくなる魔法を展開してあるのだから。


 もうすぐ死ぬ迎えると思っていたが、中々意識が消えない。

 それどこか意識が段々とはっきりし始めた。


 周囲の騒音が次第にはっきりと聞こえ出す。


「母さんを傷つけたこと許さないからな!!」

「ガキがなめんじゃねー!!」


 そんな!

 この声はキルト!


 何であの場所を出てきたの!


「キルママ。大丈夫? 生きてる? お願い。死なないで」


 耳元で女の子の声がした。


「……ルンちゃん?」

「キルママ!? 大丈夫? 痛くない?」

「力は入らないけど、大丈夫よ。……泣かないで」

「キルママが死んじゃうかと思ったら気が付いたら身体が動いてた。キルトは悪くないの」

「私こそごめんね。心配かけたわ」

「間に合ってよかった」


 ルンちゃんが回復魔法をかけてくれたのね。

 私が教えた初級の魔法を連続でしてくれたのかしら。


 この傷は中級でも数回はかけないと塞がないような傷だったし。


「ガキの癖に生意気な!」

「俺はお前を許さない!」


 何とか顔を向てる。

 キルトが盗賊のボスとほぼ互角の戦闘をしている。


 あの子ってあんなに強かったのね。


「キルト。頭に血が上り過ぎてる」


 確かに。

 動きが直線的過ぎるし、力み過ぎてる。


 相手も動きを覚えてきている。

 このままだとカウンターされる。


 母親が子供の足を引っ張る訳にはいないじゃない!


「キルママ!? 起きちゃダメ。 安静にしないと」

「ごめんね。少し無茶をしないとあの子は止まらないから」


 力の入らない身体に無理やり力を入れる。

 血を失い過ぎた。


 視界がボヤケる。


 拳を地面に付き、身体を起こす。


「手伝う」


 ルンちゃんが肩を貸してくれる。

 本当に頼れる子ね。


 ガクガクする膝をねじ伏せる。


「キルト!」

「母さん!?」


 キルトは敵から視線を外しはしなかった。

 ダンジョンでどんなことをしたらあんな戦闘ができるのやら。


「冷静に戦いなさい。カッコいい姿を見せてよね」


 ダメだ。

 ここで倒れたらダメだ。


 視界が暗い。

 天地が分からない。


 でも真っすぐ顔を上げて今できる笑顔を!


 あの子が後ろを気にしないように。

 背中を押さなくちゃ。


 頑張って、キルト。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スライムを倒して強くなるはずがないでしょ!! イナロ @170

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ