なくてもいいけど、あったら最高に贅沢なもの

 私のように脳内に住む猫には食べ物はいらないが、実際に生きている猫となるとそうはいかない。


 深水家の愛猫たちは普段ドライタイプのキャットフードを食べているが、夜だけ夫が猫缶を開けている。

 そうでもしないと、晩酌の肴に猫4匹が群がって大変なことになるのだそうだ。


 彼の言い分はわかるが、猫たちは彼が帰ってくると嬉々として出迎え、猫缶を開ける前から群がっているし、晩酌のときも猫たちがじっと見つめて無言の圧力をかけている。猫缶をあげてもあげなくても、同じではないかとしか思えない。


 夫が夜勤でいないとき、猫たちは静かなものだ。群がることもなく、にゃあにゃあと鳴いて催促することもない。深水は決して猫缶を開けないと知っているのだ。彼女は「水分補給がきちんと出来ているうちは猫缶はいらない」と考えている。


 猫たちにとっては猫缶は『なくてもいいけど、あったら最高に贅沢なもの』なのだろう。


 深水にとって、それは真昼間に飲むビールの一口目だ。もしくはプロにお願いするマッサージ、あるいは風呂上がりのアイスである。


 この『なくてもいいけど』というのが『なくてもいいや』にできず『なくてもいいけど、なくせない』になると、節約できなかったり物をためこんでしまうから注意がいる。

 実際、深水は『なくてもいいけど』洗剤などの日用品のストックを多めにしておかないとソワソワしてしまうため、スペースの確保に困ることが多い。


 『なくてもいいけど』は煩悩との戦いがつきものの言葉なのだ。そう考えると、人間は面倒な生き物だ。


 さて、今宵はここらで風呂を出よう。


 猫が湯ざめをする前に。

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