いいとこ取りでいこう

 ある日、深水の義妹であるコハルさんがこう切り出した。


「私の友達に『視える』人がいるんだ」


 深水はこの手の話となると、完全に聞き手にまわる。嫌いではないが、なにせ霊感がまったくない。

 よくよく聞いてみると、その友人に深水の長男の画像を見せたところ、こう言われたのだという。


「この子、言葉遅いでしょ? でも、問題ないよ。とってもいい子だよ」


 確かに、深水の長男は2歳6ヶ月にしては言葉が遅れていると思う。

 しかし大人が言っている内容は理解しているし、歌うこともできるし、まったく喋れないわけではない。それでも不安に思ってはいたので、この話は深水を大いに安心させた。


 はっきり言って、スピリチュアルなものは半信半疑である。けれど、都合がいい性格なのでいいとこ取りな半信半疑なのだ。


 以前、霊感の強い女性とルームシェアをしようと物件を見て回っていたとき、一軒のマンションの中で二部屋を見学し、最後に見たほうに決めた。

 というのも、彼女が最初の部屋でこう言ったのだ。


「あそこの押入れに男が座ってる。ここは止めたほうがいいね」


 唖然としたものである。深水が見ると、ただのがらんどうの押入れだったのだ。

 だが、彼女はそのマンションのエントランスにあるベンチに男が座って手招きしているだの、屋上には軍服の男が立っているとも言っていた。以前住んでいた人が四隅に塩を盛っていた気配もわかるらしい。

 ちなみに深水の実家の階段には故人である父方の祖母が座っていて、父親の部屋のほうをまっすぐ見ていたらしい。成仏してないのか? と首をひねったものだ。おまけに弟の部屋は霊体の動物たちの獣道になっていて騒々しいらしい。


 彼女と住んでいたマンションは、実際、少し湿っぽい気配ではあった。どうも空気がカラリとはしていない。幽霊が出ると地元でも有名なマンションだという予備知識のせいかもしれない。

 けれど、深水にはそんな気がするという程度のものである。噂のせいで家賃が安いのだから、視えない深水にはいいとこ取りである。

 それにしても、ただでさえ人の多い世の中だというのに、霊まで視えるなんてさぞかし世界がごった返して見えるのだろうと少し同情する。


 彼女の母親も視える人だったらしく、おまけに、もっと強い霊感があるという。その母親にはこう言われていた。


「深水さんはね、私たちがスピリチュアルな警告を言っても信じないし、受け入れないわよ。あと、男を見る目がないわけではないのに、自分のこととなると見えなくなるわ」


 余計なお世話であるが、その通りであった。

 深水はその話を聞いたとき、心に決めた。「そういう世界もあるんだね、ふぅん」と否定もせず、気にもしない、それくらいの気構えでいこう、と。深水にとってはいくら思いを馳せてみても、風呂の湯気より掴み所のない世界なのだから。


 もっとも、生きている人間相手でも、いいとこ取りのほうが気楽に生きていけると思うのだ。


 さて、今宵はここらで風呂を出よう。


 猫が湯ざめをする前に。

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