嫁姑戦線異状なし

 深水は風呂が好きである。しかし、長湯と水風呂は嫌いである。

 彼女は自分にかかわるものへの好き嫌いはとてもはっきりしている。しかし、一人だけそのどちらでもない人物がいる。


 姑である。


 好きとも言い切れないが、嫌いではない。感謝もしている。だが、もし姑ではなく友人として出会っていたら深くは付き合わないタイプである。


 姑のことは、ここでは仮に『カツ子さん』と呼んでおこう。

 カツ子さんは群馬県で暮らしているものの、富山県氷見市の出である。朝はパンを食べ、紅茶を楽しむようなお嬢さん暮らしだったらしい。しかし、嫁いだ先は「なぁにがパンだ、朝は米でねぇと食った気がしねぇ」と言う和食派、なおかつ毒舌家系であった。


 カツ子さんの姑、つまり深水の夫の祖母は特にひどい毒舌と豪胆な性格で、近所の子供たちから『マサイ族』というあだ名を頂戴していた。というのも、上半身裸で胸をぺろんと出したまま庭仕事をしていたのだ。このエッセイでは彼女をマサイ族にちなんで仮に『おマサさん』と呼んでおこう。


 さて、カツ子さんはおマサさんとの嫁姑関係でずいぶん苦労したらしい。その反面教師のおかげで深水にとてもよくしてくれる。

 それでもお互いモヤモヤと行き場のない思いをすることもある。性格的にも嫌だなと思うところも見えてくる。


 ところが、深水はある日、その嫌なところが自分の短所と似ていることに気づいてしまった。しかも、その部分こそ夫が姑に苦い顔をする理由なのだ。そのくせ自分の嫁にも同じ一面がある女を選ぶとは、これいかに。


 自分と同じ短所を理由に姑を責めてしまえば、同時に自分も斬り捨てていることになる。そう考えると、深水は姑に張り合う気が萎えてしまった。

 彼女の嫌なところは自分にもあるわけで、偉そうなことは言えないし、自傷行為はまっぴらごめんである。


 それに、深水は息子の嫁には優しくされたいと願っている。自分が嫁だった頃に姑に優しくできなければ、いつか将来の嫁に優しくされなかったときに責める資格はなくなるのだ。


 こうして、深水は腹の底に溜まったモヤモヤを笑い話や創作のネタにすり替えることにしたのだ。そして夜になると、風呂場で蝶のように舞う湯気に手を伸ばし、『嫁姑戦線異状なし』と独りごちるのであった。


 さて、今宵はここらで風呂を出よう。


 猫が湯ざめをする前に。

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