逆転

 その瞬間ファントムがモモのほうへと頭を向けた。


「ヒ……!」


 モモに無言のプレッシャーをかけているようだ。


「モモ、その話本当なの?」


 モモは目を合わさないように目を瞑った。


「は、はい! 私もエイリさんと同じようにミツル君を投票で選ばせるようにと命令されました。さもないと殺すって……」


「モモ様……あなたも死にたがりなのですか……」


 ファントムはそんなことを呟く。なんだか場が思い通りに進まず苛立っているように感じられた。


「そうだな。お前、死ぬかもしれないのになぜそんなことを言い出した」


 クメイの言葉にモモはしばらく間を開けたあと涙目になりながら語り始めた。


「わ、わたし……さっきエイリさんが先にミツルさんのことをロウジンだって言い出して、安心したんです。エイリさんもきっと私と同じように脅されていた。だから私は何も言い出さなくって済むんだって。それで当たり前のようにその話に乗っかって私は投票でミツルさんを指したんです。自分がロウジンに逆らったと思われて殺されないために……」


 下を向き、語る彼女の目から涙が零れ落ちるのが一瞬見えた。


「でも実はエイリさんは全然違ったんです。むしろミツルさんやマナさんのためを思ってあんなことをやっていて……殺される可能性が高いのに脅されたことを自ら言い出して……」


 モモは一度涙をふき、エイリと目を合わせた。


「そんなエイリさんを見ていると卑怯な自分がだんだん許せなくなったんです。エイリさんだけに危険を冒させたくない。エイリさんとロウジンに老化させられるリスクを分け合いたいんです」


「モモ……」


「……男のくせにめそめそ泣くのはどうかと思いますよ」


 するとファントムは吐き捨てるようにモモに向けてそう言った。


「……おい、ファントム。お前は何を言っている。なぜモモが男なんだ」


 クメイの言葉にファントムは反応しない。


「まただんまりか。おいモモ、あいつが言ってる意味分かるか?」


 モモに目を向けると、モモはその場でうつむいてしまっていた。


「ってまさか……本当なのか?」


 モモはクメイの言葉に何も否定しなかった。


「え……う、うそでしょ、モモちゃんってまさか男だったの!?」


「え……」


 マナの言葉にモモはこくりと頷いた。僕はその衝撃の事実をなんだか認められないでいた。

 僕には彼女がかわいらしい女の子にしか見えない。確かにその胸をよく見ればぺったんこではあるが。


「ん……? なぜ皆もっと驚かない」


 クメイの言葉に僕も疑問に思った。僕とマナ、クメイ以外は皆あまり驚いているようには見えなかった。


「あぁ……実は私達知ってたのよね」


 するとエイリがそう回答する。


「え……そうなんですか?」


「昨日4人でいる時にそういう話になってね」


「そうか……」


 あんなかわいらしい男なんて見たことがない。もしかして何か整形でもしているのだろうか。そうでもないと説明がつかないレベルだ。


「まぁそのことはいい……話を戻そう。エイリ、さっき言ってた方法とは何だ? 本当にそこまでロウジンの候補を絞れるんだろうな」


「えぇ」


 するとエイリは部屋の隅で動かなくなっていたファントムに目を向けた。


「ファントムには知能があった。ということは、今までファントムによって老化させられた人ってロウジン本体の意志によって選ばれてたってことでしょ? 決してファントムによる気まぐれで決まってた訳ではなかったのよ」


「……それはそうだな」


「だからその被害者との人間関係を考えれば、ロウジンではないという人が導き出せる。ロウジンであっても自分の大切な人を殺したりしないわけだからね」


「そ、そうかなるほど」


 僕は合点がいき左手のひらにポンと右こぶしを乗せた。


「たとえば、夫を殺されたシズカさん。セイラの付き人だったモモ。そして自分で言うのも何だけど、ジンを殺された私もこれに当てはまるわ」


「すごい、この時点で3人はロウジンではなくなったわけですね」


 エイリのいうことには最初半信半疑だったが、本当に候補者が絞れている。


「それと、あと二人ロウジンの候補から離れる人がいる」


「それは……?」


 僕がエイリに尋ねると彼女は僕とマナの方を見た。


「ミツル君、そしてマナさんよ」


「え……僕たち?」


 僕とマナはお互いの顔を見合わせた。


「ミツル君、あなたはロウジンのターゲットにされて、あのまま私が脅しに屈していればそのまま死んでいた。だから当然ロウジンではないはず」


 確かにそうだ。まぁ、僕がロウジンでないというのは僕にとっては最初から分かり切ったことだが。


「そして、さっきマナさんがいかにミツル君のことを大切にしているのか確かめさせてもらったわ。マナさんはミツル君を自分の命と引き換えにしていいくらいに想っている。そんなマナさんがミツル君をターゲットにするとは思えない。だから二人共ロウジンの候補から外れるというわけ」


「なるほど……」


 エイリのさきほどの行動にはそんな意味があったのか。さっきはつい投票で指してしまうほどに一瞬エイリに対して恨みすら感じそうになったが、どうやらむしろ感謝するべきだったようだ。もうこれで僕とマナは確実に投票によって選ばれることはなくなったのだから。


「それで余ったのは誰かしら?」


 僕たちは二人並んで座っていた男二人に目を向けた。


「サムラとクメイだわ」


「え……」


「あなたたちのうちどちらかがロウジンということよ」


「ま、待つでござる、拙者はロウジンなどではないでござる!」


「そう。だったらその理由を教えてくれるかしら?」


「り、理由……でござるか」


 完全に立場が入れ替わってしまっていた。さっきまでは僕が針の筵に座らされていたというのに。


「せ、拙者はこの腰に下げた刀を見ても分かる通り不殺のサムライでござる。仮にロウジンだったとしたら博士を殺すことなど出来ぬ。であるからして拙者はロウジンなどではござらん!」


「……そんなのって皆同じじゃない? ここにいる誰もがそう簡単に人を殺せるようには見えないけど」


「そ、それはそうでござるが……」


 サムラはそれ以上何も思いつかないのか、黙り込んでしまった。


「……もう9時まであまり時間はないわ。何も意見がないのなら、そろそろ投票に移ろうかしら?」


 確かに、もう21時まで残り時間10分を切ってしまっている。そろそろ決めないとマズいだろう。

 するとその時、下を向いていたクメイが顔を上げた。


「……待て、俺がロウジンではないのは明らかだ」


 これまで黙っていたが、何か弁明を思いついたのか。


「……どうして?」


「というかあの時、博士を見に行った3人はロウジンじゃない」


「あの時?」


「昨日博士がこのミーティングルームにやって来ず、その様子を部屋まで見にいった3人だ」


 僕とマナ、クメイの3人ということか。まぁ僕とマナはすでにロウジンの疑惑から外れているのだが。


「それで、どうしてそんなことが言えるわけ?」


「お前たち4人は俺達3人に誰もそいつ、モモが男だとは伝えてなかっただろ? 俺たちがその事実を知ったのは今さっきだ」


「え? それはまぁ……」


 エイリは他の4人に目を向ける。サムラもシズカもモモ自身もそれを認めるようだった。


「そのことが理由になるの?」


「あぁ。あの時俺達の他にファントムも一緒に行動していたろ? モモが自身が男であると告白したのはちょうどその時だ。つまりファントムはその話を聞けなかったはず。しかしどうだ、それにも関わらずファントムはモモが男ということを知っていた。これがどういうことか分かるか?」


「えっと……ちょっと分からないわ。どういうこと?」


「ロウジン本体伝いにファントムはそのことを知ったのさ。本体とファントムがどれだけ情報を共有しているのか分からないが、そうとしか考えられない。だからその事を聞いていないはずのファントムがモモが男であると知っていた」


「なるほど……」


 僕は顎に手を当てて頷いた。


「俺達3人がロウジン本体だったら、モモが男だと知る機会がなかったのだからファントムにそれを教えることは出来ない。だから俺たちがロウジンということはありえないのさ」


「クメイさん……よくそんなこと気づきましたね」


 やはり彼は頭がいいようだ。


「ふん、なかなかギリギリだったがな」


「そう……分かったわ」


 少し時間が掛ったが、エイリもそれを理解したようだった。


「クメイ、あなたはではないみたいね」


「そうだな、これで確定したようだ」


「えぇ、つまりロウジンは……」


 二人が息を合わせてビシリとサムラを指す。


「お前だ!」


「あなたよ!」


「ぐ……ッ!?」


 なんだか少し格好いい。もしかしてこの二人もありえるんじゃないかと一瞬思ってしまった。


「ま、待つでござる! 拙者はロウジンではないでござる!」


「私を脅したことで逆に追い詰められたわね。策におぼれるという奴よ。それとも私のことをナメてたのかしら?」


「ち、違うでござる! 拙者を信じてほしいでござる!」


「さっきからそればかり……信じてというだけなら誰にだって出来るわ。反論するなら、何か中身のあることを言ってくれる……?」


「う、うぐぅ……」


 サムラには何も言い返す言葉が浮かばないようだった。


「それにあなたがロウジンかどうか決めるのは私じゃない。みんなによる投票よ」


「そうだな。もう時間がない。これ以上サムラから何も意見は出なさそうだし、もう投票を始めることにしよう」


 サムラを再確認してみたが、やはり脂汗をかくばかりで何も言葉は浮かばないようだった。


「じゃあ投票開始ね。せーので怪しいと思う人物を差して。せーの!」


 そして票は決された。

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