038 ヘロヘロによる痛恨の一撃

 一を聞いて十を知る仲間のおかげで説明するのが楽になった彼女はそろそろ帰ろうかなと思った。

 に報告しなければならない時期に入っているので。

「あたしが答えを言うわけにはいかないので、お前たち自身が頑張って解答を見つけてくれ。そろそろ帰るから」

「……我々の行動は神様的にどうなんですか? 何か不味いことがあれば言って下さい」

「特に無い」

 簡潔明瞭に答える破壊神。

「世界に禍根を残すな、と無限生物の処理以外は特に言う事は無い」

「本当に? 現地民を●●し放題してもいいと? ●●しまくってもいいんですか?」

「地球に行ってもいいんだから想定内だ」

 いくら●●しようが最後に皆死ぬならどうでもいい、そういう理屈だ。

 だからこそ特に言う事は無いと赤髪の女性は指摘しなかった。

「あー……。なんか分かりました。増やさず殺す限りは問題無いんですね?」

 と、ぷにっと萌えは言った。

 彼女の表情は特に変わらなかったが、それが正解なの筈だ。

 宇宙を潰すような事でもしないかぎり、神としての仕事はしない。それは神の視点での言い分だけれど、人間的な感情はおそらく関係ないのかもしれない。

 神にとって人間や生物は微細な存在だ。おそらくこの認識で合っている筈だ。

「……なるほど。破滅するのは自己責任と言うわけですか……」

 だからこそ方法を間違えた場合は彼女が全てを消し去るという算段になっているようだ。

 そうならない為にはこの世界を楽しく冒険するのが正しい方法だ。

 もちろん、楽しむ方法は自分達で考える。

「平行世界までお前達は考えなくていい。……むしろ干渉出来るものならやってみろ。その時、お前たちとあたしは対等な立場として対話に応じてやる。暴力は無しでな」

 と、にこやかに言う女性。

 一言で言っているけれど平行世界に干渉する事はモモンガ達の科学技術でも不可能な分野だ。

 本来ならば。

 だが、自分たちが今、居るのはまさに平行世界の一つらしい。

 それを自分たちが解明できれば色々と分かる事があるかも知れない。

「片方に別れたお前たちに自分達の現状を教える方法……。それを見つける事が出来ればあたしは手伝ってもいいぞ」

「い、今のはかなりネタバレになってませんか?」

 思っても見なかった言葉にぷにっと萌えは驚いた。

 統合は無理だが知らせる事が可能ならば試したい。確かにそれは脳裏にはあった。だが、それでも結局は統合ではないからどちらかが消える事になってしまう。

「あたしは自分に都合のいい言葉しか言わないし、聞こえないんでね」

 何度聞いても清々しい傍若無人ぶりに感心を覚える。

 変に意味深な言葉を残して去る凡百の創作物のお約束とは一線をかくすようだ。

「我々神の計画の邪魔になった……、みたいなバカみてーな事は無いハズだから安心しろ」

「……それは良くあるお約束ですから安心はちょっと出来ないですね」

 最初は友好的で後半から敵対する事もありえなくは無いし、実は人当たりの良い人がラスボス、というのは珍しくない。

 過去の創作物は多くの結果を残してきた。

 だからこそ、くらいには

 ただ、例えを出せばキリが無いのはぷにっと萌え達も分かっているので、深く追求する事は自分達の首を絞める事だと理解はしている。

 敵対理由はたくさんある。ゆえにこの問答は不毛である。そして、それは『しん』だ。

 堂々巡りの果ては自分達で真理を見つけることが正しい解となる。

「お姉さんのお名前を聞いていなかったと思いますが……、教えていただけますか?」

「そんなの聞いてどうする? いやまあ、そうだな……。ある程度冒険を進めたら教えてやる。それまでお姉さんと呼ぶがいい」

「残念……。では、ご期待に沿えるよう努力しますよ」

「平行世界だの記憶の統合だの。都合のいい結果を望みすぎなんだよ。そんなものはありはしない。世の中は意外と残酷なものだ」

 しみじみと言う女性。

 そうは言っても地球に居る自分達の片割れの事は気になる。

「神だから言いなりになるってのもつまらんだろう? お前らなりにあらがってみろ。その奮闘に対し、応援する事はやぶさかではない」

「世界を解き明かしている間に地球の方の自分たちが死にそうですが……」

「人としての寿命なら仕方が無いな。それでもまだ固執するなら止めはしないが……」

「どうします、モモンガさん。向こうの自分達が生きているうちに合流できますかね?」

 難しい話しが続いていたが今の話しもとても気になってしまった。

 普通に考えれば百年も経てば人間的な寿命を迎えるのは当たり前だ。それでも無理して戻る価値があるものなのか。

 とても幸せになれそうにない地球での現実。

 仲間たちが居る異世界の方が幾分か幸せとも言える。

 ただ、モモンガは仲間達の為に戻りたいと願っているだけで自分自身の事は後回しでもいいと思っている。

 いや、今は本当にそうかは自信が無いけれど。

 ゲームと現実を行き来してこそ安心だった。それが『ログアウトボタン』一つ無いだけで不安が募る。

「……俺は仲間が不幸になってほしくないだけです……」

「だけです、か……。よく聞くセリフだな」

「テンプレートですから」

 と、ぷにっと萌えが言った。

 決まった言葉というものはついつい出てきてしまうものだ。

 分かっていても言わずにはいられない。

「……仲間をダシにした自己満足かもしれません」

「超加速世界で地球の方はほとんど止まったままというオチにはなりませんか?」

 死獣天朱雀の言葉に女性は片方の眉を上げる。

「……姑息な奴らだな。そうすると時間の流れが乱れてまた同じ災厄が訪れて……。全く……、貴様らは破滅ばかり選びやがる」

 不機嫌気味に言う女性。

 今の言葉は解答として間違っている事になる。

 時間軸の乱れは宇宙全体に波及する、という事ならば選んではいけない方法ともいえる。

 都合のいい方法があれば選びたいところだが、都合がいい分、反動も大きい。

「まあいい。いくつかの方法は提示した。後はお前たちの頑張りだ」

 今回はモモンガ達の疑問に答えている。

 別の世界では単独で解答にたどり着こうとした若者が居た。

 何でも教えてくれる存在など本来は存在しないものだ。

 それがたとえであろうとも。


 言うべきことは言った、という事で女性はモモンガの肩を叩いた後で消えた。

 部屋に残されたものはしばらく無言で佇んだ。

 世界を解き明かす。人間の自分の寿命が尽きる前に辿たどりつけるのか。

 平行世界の記憶の統合は可能なのか。

 問題は山積している。だが、それらはモモンガの知識を超えているので単独では答えにたどり着けそうにない。

「………」

「……モモンガさん。地球は諦めましょう」

「……はい」

 はい、と言われてぷにっと萌え達は驚いた。

 素直に返事をするとは思わなかったから。

 主人公なら頑張る、とか抵抗の素振りを見せるものだ。

「たくさんの問題を一気に解決する方法なんて浮かぶわけがない。目の前の事でも手一杯なのに……」

「ま、まあ、そうですね」

「分かっているんです。記憶を統合しようと暗くて辛い地球の暮らしが変わらないことは……。俺はいいんです。皆さんが幸せになってくれれば……」

「統合が出来なくても教える事は出来ますよ」

「へっ?」

「我々の冒険を映像や書籍にまとめて渡すんです。それで事足りますよ」

 物理的な融合など出来るとは思えないし、危険な記憶の統合も怖い。けれども映像の観賞などならば安全に伝えられる。

 ただ、別ものとして分離した以上は自身の経験として感じる事は無い筈だ。

「それぞれの自我が自立行動している以上は不毛です。無理に抗うより素直にこの世界で暮らしたり、地球に行くことが最善かもしれません。もちろん、旅行として」

「レベルダウンして戻る方法もありますし」

「……すみません。俺が欲を出したばかりに余計な手間を取らせてしまって……」

「モモンガさんの願望はちゃんと出した方がいいですよ。それはそれです」

 都合のいい解答は誰もが出したい事だ。そして、それはとても簡単ではない事も大人は知っている。

 少なくとも地球に行ける。

 は冒険できる。

 他にも色々と解き明かしていけば様々な事が分かるかもしれない。

「まだ序盤です。今は無理に地球の事は考えない方がいいんじゃないですか?」

「仲間と相談はしますが……。モモンガさんだけで悩まないように」

「はい」

「人間になれないのは色々と不都合かもしれませんが……。人間になるアイテムでも発明しますか?」

「出来ますかね? いや、出来るかもしれませんね。都合のいいアイテムと魔法があれば」

「おっ、死獣天さん。何か良いアイデアでも?」

「ただ……。人間になると寿命で死にますよね、きっと」

「そうですね。クラス構成をいじれれば不老不死になれるかもしれませんよ」

 と、モモンガそっちのけで議論が白熱する。

 その光景だけでモモンガは不思議と安心する事が出来た。


 結局のところモモンガに理解出来たことはとても少ないし、絶望感に浸りそうな内容が多かった印象を受ける。だが、仲間はそうじゃなかった。

 ならば仲間に任せて自分は冒険の続きをするだけだ。というか、そうでもしないと気分が滅入りそうだったからだが。

 ぷにっと萌え達に議論を任せ、モモンガは冒険者風の装備に身を固める。

 身体は白骨死体のような『死の支配者オーバーロード』という魔法詠唱者マジック・キャスターのアンデッドモンスターだ。怪しくないわけがない。

 仮面を付けてローブで身体を隠したとしても不審人物にしか見えない。

「……『人化』が出来ない仕様だからな……」

 人間に近い姿になれる種族は居るけれど。

 幻術でも使わないと偽装できそうに無い。

「供とするのは誰がいいかな。ルプスレギナか……。ユリは目立つだろうか」

 レベルが高かったナーベラルは未だに不在。

 聞きそびれた気もしたが、仕方がない。

「異形種の仲間しか居ないもんな……」

 森妖精エルフが住民として居るならばアウラ達と行動する事は難しくない。

 問題は空想生物がどれほど存在するかだ。

 人馬セントール人蛇ラミアは確認した。

 くだんの『バレアレモンスター園』や『マグヌム・オプス』でモンスターの標本とやらを見学しておくべきか。

 見聞を広げないと身動きが取れそうに無い。

 とにかく、まずは街だ。

 あれこれ考えていると小説一冊分の文字数が溜まってしまう。

 ここまで既に三冊分約36万字以上はかかってしまったような気がするけれど。

 序盤の町に行くだけで小説三冊分。バカか、と冴えない主人公に言いたい気分だ。

「はい、バカです。ごめんなさい」

 口に出して謝罪するモモンガ。

「さっさと行きますので許してください」

 さっさと行動しろ、この無能め。

「すみません、脳味噌が無くて」

 と、アンデッドギャグを口に出しながらドレスルームで衣装を確かめる。

 全身鎧フルプレートだと怪しまれる、というよりは警戒されそうなので無難な魔法詠唱者マジック・キャスター風にすることにした。

 あまり高価なアイテムを所持していると騒ぎになるとも聞いている。ただ、この世界の物の価値基準が分からない。

 貧相なアイテムで我慢するしか無いのか。

 身体検査を受けるようだから仕方が無いけれど。

 無防備で外を歩くのは怖いな、と思う。もちろん、ここはゲームの世界ではないのかもしれない。

「おお、パンドラズ・アクターに先行してもらって転移で行けばいいじゃん」

 領域守護者だし、宝物庫を留守にする分には問題は無い。

 ただ、それはそれでNPCノン・プレイヤー・キャラクターの使い方が酷いと言われないか気になってしまう。

 要は死にに行け、と言っているようなものだし。

 後で仲間達から『うわぁ』とか『姑息』とか言われそうだ。

 『冴えない主人公が聞いて呆れるわ』等々の被害妄想が聞こえてくる。

「〈伝言メッセージ〉……ヘロヘロさん、心が折れまくりです……」

『はっ!? いきなりどうしたんですか、モモンガさん』

 本当にどうしたんだろう、とモモンガ自身も思う。

『いきなり心が折れるとか……。ついに限界に達したとか?』

「……そんな感じです」

 いきなり愚痴を聞かされてヘロヘロも答えにきゅうしている筈だ。

 誰かに打ち明けたい悩みのようなもので、誰でも良かった。

 数分後にモモンガの自室にヘロヘロが尋ねてきた。

「ああ、ちゃんと居た。モモンガさん、出かける用意でつまづいたんですか? ソリュシャンを呼んであげましょうか?」

「い、いいえ。それは結構です」

 黒い粘体スライムのヘロヘロは人型へと形を整えていく。

 筋肉質な姿は武闘派の証し。

「難しい事を考えても分からないものは分からない。そういうもんですよ。無理したって答えなんか出ませんよ」

「……そういう気楽さが俺には出来ない様で……」

 というより悩み過ぎすぎな性格だったかとヘロヘロは不安になる。

 冴えない主人公だけれど、今のままでは冒険どころではない。

 無心になって行動してほしい。

「荒療治として仲間達総出で追い出しにかかれば動きますか?」

「……まあ、そうなれば動かざるをえないでしょうね」

「街では何も考えずじっくり見学してください。別に情報収集はこちらでやりますから」

「お手数をお掛けします」

「いえいえ」

「少しずつ前には進んでいると思いますが……。この調子では時間ばかり……。目標は……、王都。けっこう遠い気がしてきました……」

 距離的にはエ・ペスペルの次の街となる。

 それなのに随分と大冒険と化して来た。

 まだ大層な敵などに遭遇していないのに。

 平穏な国で何を苦戦しているんだか。呆れない事は無いが、モモンガの不安要素は酷く大きすぎる気がする。

 ゲーム時代は戦略を練ったり、他のギルドの潰し方など考えていた人とは大違いだ。

「いきなり大群に襲われても困りますが……。怯えすぎですよ」

「なので……、かつを入れて下さい、ヘロヘロ先生」

「……分かりました」

 と即答はしたものの相当に精神的に追い詰められている事は理解した。

 変な慰めよりは一発殴る程度が今はいいと判断する。

 『同士討ちフレンドリー・ファイア』が解除されているから出来なくはないけれど。

 ヘロヘロはモモンガが自分で決めた事なので尊重しようと思った。

 正直、慰める言葉が見つからなかったわけだが、ギルドマスターに頼っている事も否めない。

 メンバーそれぞれが何に悩んでいるのか分からないし、解決策も浮かばない。そんな状態で長い時間を暮らすのだから今の内に慣れておく事は大事だと思った。

「はぁ~!」

 と、気合を入れつつ拳を形作る。

「死ぃねぇ~!」

 振りかぶるように拳を後方に追いやったかと思ったのも束の間、常人ではまず視認できない速度でもって拳をモモンガの頭部に向けて繰り出す。

「死んでますって!」

 物騒な掛け声と共にゴスっという音が鳴り、ついでビキっという何かが砕ける音がした。

「おっふ!」

 というモモンガの声と同時に床に打ち付けられる。

 手加減無しの一撃は高レベルプレイヤーでも結構なダメージとなる。

 目一杯の力を込めたので床が砕けた。しかし、特別なスキルを上乗せしたわけではない普通の打撃なので状態異常は発生しない。

「……まるで転落死した死体のようですね」

「……効きました……。アバターのダメージって結構身体に響きますわー……」

 仮想の存在たるアバターが現実の肉体のような痛みは本来感じない。

 ゲーム的な演出の『幻肢痛』は電気がビリッとするようなものだ。

 本当に死ぬような痛みを感じるようではゲームとして運営など出来はしない。

 アバターだけの存在となったモモンガの痛みはそれなりに感じたが種族の特性の影響か、想像していたよりは痛くなかった。

 骨が砕けているけれど耐えられないほどではない。

「アンデッドの骨って魔法で治るかな」

 殴った本人ヘロヘロは特段、やり過ぎたという気はしていない。むしろ冴えない主人公をようやく討ち取ったという安心感があった。

「治ると思いますよ」

 と、言いながら起き上がるモモンガ。

「治らないと困りますから。回復手段の無いアンデッドだと滅びるしか無いので」

 普通の治癒魔法をかければダメージを受ける。

 アンデッドにはアンデッド専用の回復手段が存在する。


 負のエネルギー。


 『致死リーサル』などの生者にダメージを与えるような魔法はアンデッドにとっては回復手段となる。

 生者でも死者でもない自動人形オートマトンという機械の種族にも専用の回復魔法がある。

 ユグドラシルの魔法はおよそ六千個。

 あまりに膨大なので出来ないことは無いのではないかと言われている。

 もちろんプレイヤーは全てを習得することはできない。

 一般的にレベルが上がる毎に三つずつ覚えられるのでレベル100なら三百個。もちろん、魔法を覚えられる職業クラスによって習得できる魔法は変わってくる。

 職業クラス専用の魔法もあり、戦士職の中では全く魔法を覚えられないものもある。そこは各プレイヤーの戦略次第だ。

 課金や特殊スキルを用いたモモンガが習得している数は七百を超えている。しかし、殆どが戦闘用で死霊系統に偏っている。

「思いっきり頭が砕けてますけど、継続ダメージとか入ってますか?」

「それはないようです」

 と、モモンガの言葉を聞きながら砕けた頭蓋を覗き込む。

「脳味噌が空っぽだ。それでよく思考出来ますね」

「本当に自分でも不思議ですよ。というより粘体スライムも人間的に動くさまは不思議です」

「身体の感覚は人間と差ほど変わらないんですけどね。イメージ通りに動いてくれますし。ただ、分裂は出来ないようです。出来たら怖いですけど」

 本来、粘体スライムは分裂出来る種族だ。

 核となるものが存在し、それを分割してしゅを増やす。

 プレイヤーであるヘロヘロなどはゲームの仕様により、それを簡単に出来ない設定にされている。設定というか仕様だと思うけれど。

 もし、分裂できれば結構な脅威だ。それは自分自身でも怖いと思う事だ。

「普通のモンスターとしての粘体スライムならば分裂するんじゃないですか。そんな気がします。ソリュシャンはNPCなので出来ないみたいですが……。設定を変えたら出来そうで怖いです」

「一般常識なら出来なくて当たり前と言っているところですよね」

 首を左右に動かすモモンガ。ゴキゴキと骨が鳴る。

 きつい一発のお陰で目が覚めた、ような感覚になった。

 覚悟には痛みが必要というのは幻想ではないようだ。

「ヘロヘロさん、お手数をかけて申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ。……そのまま部屋を出るとNPC達が騒ぐでしょうね」

「……まあ、それくらいの混乱は許容しましょう」

 治癒要員を呼び寄せると案の定、大騒ぎになるのだがモモンガとヘロヘロは苦笑して眺めた。

 多少の賑やかさが無いと気分も高揚しない。


 身体が治ったところで身支度を整え終わり、次は供の選定に入る。

 一応、パンドラズ・アクターを呼び寄せて街の外にある検問所での打ち合わせに入る。

 自分で創造したNPCとはいえ、いちいち大仰な動作をするのは他人に見せるのが恥ずかしいところだ。

 作った当時は自分でかっこいいと思っていた時代だ。

 この程度の『厨二ちゅうに病』成分は許容しなければ。

「……喋るたびに敬礼とかしなくていいからな」

「はっ!」

 言ってる側から敬礼するのっぺりとした顔のパンドラズ・アクター。

 二重の影ドッペルゲンガーの素の顔だと全く表情が読めない。

 変身したキャラクターのステータスに合わせて装備も異なるが、影武者としては有能だ。

 それでもギルド武器だけは扱えないけれど。

「本来ならナーベラルを供にしたいところだが……。誰がいいだろうか」

 ギルドメンバーよりはNPCがいい。

 人間の街にどれだけ通用出来るのか気になるので。

 自分と同じ存在と思われる『アインズ・ウール・ゴウン』の偽者と看破されたり、間違われたりしないかも気になる。

 キリイ青年の言葉では既にアンデッドモンスターという事は知られている。

「魔導国の国王が正体を見せているのならばこちらは隠すだけだ」

 後は声に関してはどうなのか。それは聞きそびれてしまった。

 念のために変えておくべきか。それとも堂々としていればいいのか。

 仲間に意見を求めれば半々の意見に分かれた。

『他人の空似で通しましょう』

 というタブラの意見を採用する事にした。

 下手な小細工をすると後々ボロが出る。言い訳がどんどん難しくなってかえって混乱する、と。

 声を変えるにしてもパンドラズ・アクターも変えなければならなくなるし、色々と面倒臭くなる。

「声はこのままとして……。後は……行くだけですね」

 ここまで来るのに長い年月がかかったような気がした。

 こんな調子で冒険するのは精神的にきつい。もし、人間の身体であれば過労死する自信がある。

 異形種で良かった、と安心もできない。

 気分的な精神的苦痛は感じるので。

「あまり高レベルのシモベでは何かと面倒ごとに巻き込まれそうだから……。ここはやはりルプスレギナだろうか」

 ソリュシャンは金髪ロールのお嬢様風で結構目立つ気がした。エントマは見た目から除外。ユリはメイド服を変えない気がする。シズはパスワードの保全という意味で外には出しにくい。

 柔軟な格好が出来るという部分ではルプスレギナが相応しい。

 森妖精エルフ闇妖精ダークエルフがありふれていればアウラ達を連れて行く事も考えておく。

 しかし、ナザリック地下大墳墓には人間的な種族が本当に少ない。運営方針の影響なのでどうしようもない。

 かなり人間に近いセバスは厳ついし、冒険者風には見えない。

 自然体を今は欲している。

 状況に変化が生まれればセバス達も使えるかもしれない。

「後は影の悪魔シャドウ・デーモン八肢刀の暗殺蟲エイトエッジ・アサシンを二体ずつ控えさせておけばいいだろう」

 影を移動する影の悪魔シャドウ・デーモンと不可視化出来る八肢刀の暗殺蟲エイトエッジ・アサシン

 レベルもそこそこあるので現時点では充分な戦力だ。


 ◆ ● ◆


 事前に場所を突き止めている目的地『エ・ペスペル』にモモンガに偽装したパンドラズ・アクターとルプスレギナ達を向かわせる。

 褐色肌で赤い髪は目立つかもしれないけれど、異邦人という事で見逃してもらおう。

 後はパンドラズ・アクターが余計な動作で場を混乱させなければいいだけだ。

 仲間達と共に自室の大広間で遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモートビューイングにて様子を窺う。

 目的の都市『エ・ペスペル』は数十メートルほどの高さがある灰色の壁に覆われていた。

 城壁のようなものは他の大きな都市にもあり、しっかりと都市を包み込んでいる。

 検問所は人工的に出来た道の数だけ存在し、多くの人間達が順番待ちをしていた。

「随分と行列が出来てますね」

「朝、商品を納める商人達だと思います。入り口が少なければ行列くらいは普通ですよ」

 たくさんの馬車が止められて賑やかな光景が見えていた。

 殆どが人間種。

 検査内容は怪しいアイテムを所持していないかの簡単なもので料金さえ納めてしまえば比較的、楽に終わると言われている。

 変に慌てない事が事態をスムーズに進められるコツだとキリイから教わった。だが、それをパンドラズ・アクターに出来るかは未知数だ。

 それと騒動が大好きな娘のルプスレギナが大人しくしているかも不安の一つだ。

 他に人材が居なかったから仕方が無い。

「いいか、パンドラズ・アクター。自然に振舞え。後、名前はモモンガだからな。レ●●ンじゃないぞ」

 ルプスレギナには『ルプス』と名乗るように命令しておいた。

 『伝言メッセージ』でやり取りするわけだが、声をかけるたびに変な動作をしようとするので物凄く気になって仕方がない。

 ちょっとでも目を離せば歌いだすのではないか、と。

「子供の心配をするお父さんのようですね」

「……うっ」

 確かに自分が創造したのだから、あながち間違いではない。

「キリイ君の村では普通に触れ合えたんですから。ここはじっと我慢ですよ」

「は、はい……」

 そんなに気になるなら自分で行けばいいじゃん、という意見はあったけれど。

 気弱なギルドマターには勇気を出すのも一苦労だった。

 何かが起きる前提のゲーム時代とは違い、何が起きるか全く未知であるがゆえの恐怖。それは下手に資源を保有している者の弱みかもしれない。

 初めてゲームをプレイする場合はもう少し勇気を出しているところだ。

 自分はレベル100なのに何をしているんだ、と何度も自己嫌悪に陥る。


 行列が短くなりパンドラズ・アクター達の番になった。

 音声は届けられないのだが、的確な指示は送っている。

 質問内容は事前に教えてもらっている。

 何処から来たのか。これには遠い国から、と答えてもいい。またはキリイの紹介で、とも。

 本来はよその国の人間は招き入れない。だが、一定額の料金を払えば割りと簡単に入れてくれる。

 貴族の後ろ盾を得るともっと簡単に手続きが終わる。

 キリイ達も地元の領主というか父親から『通行手形』を得ているので無料で済んでいる。

 検査の時に騒がしくなるのはよくある事だから慌てないように、と教えられた。

 メンバーが見守っている中、詰め所に移動させられたパンドラズ・アクター達は身体検査を受ける事になった。

 服は脱がさず鑑定魔法をかけるだけの簡単なものだ。

 ここで異常が無ければ検査は終わる。

 姿の偽装意外は出来るだけ粗末なものにしておいた。本来ならば安全度を捨てるような装備はさせたくないのだが、止むを得ない。

 一般プレイヤーならそれだけで襲撃しに来る事もありえる。

 ユグドラシルはとにかく『PKプレイヤーキラー』と『PKKプレイヤーキラーキラー』が盛んだった。そのクセがどうにも抜け切れていない。

 ギルドメンバーにとって画面に映る全ての人間が敵に見えている。

 自分たちが異形種プレイヤーだから仕方がないのだが。

「……ルプスレギナ。暴れるなよ……」

「あのヤロー、今尻触らなかったか?」

 と、小声で怒りを振り撒くメンバーの声が聞こえてくる。

 モモンガとしては何事も無く済んでほしいと色んな神に祈った。

 充分な額は持たせたが足りない場合は追加で送る用意をこっそり整えておく。

 陰ながら応援されていることを画面の外に居るルプスレギナ達はうかがい知れないが身体に圧は感じていた。至高の御方々が見守っている、というものを。

 それから十分後に検査が終わり、町の中に入れた時はギルドメンバー総出で大歓声が湧き起こった。

「よっしゃー!」

「最大のイベントクリアっ!」

 まだ序盤なのに大盛り上がり。

 それでもモモンガは肉体があれば感動で涙を流すほどの気持ちになった。

 今日ほど嬉しいと思った事は無い、などという言葉が浮かぶほどだ。

 だが、その感動はアンデッドの特性により抑制される。

「……む」

 一定の感情の起伏、つまり喜怒哀楽全てを抑制するようだ。

 せっかくの嬉しさも抑制される。それは非常に腹立たしいものを感じる。だが、今日は許そう。そう思った。

 そして、せっかく関門を突破したパンドラズ・アクターの役目を自分はすぐに奪いに行く算段である事を思い出し、辟易する。

 手柄の横取りは対プレイヤーなら平気だが味方にまで及ぶのは何か嫌だなと思い、町の見学を許すことにした。

 後で自分も見学するのだからNPCにも世界を見せる権利はある。

 余計な人間との接触は避けさせた。後で指摘されて『お前誰?』という事態になっては困るので。

 今なら『このチキンGMギルドマスターが』と言われても平気だ。

 自分の弱点は理解している。

 本当にどうしようもないGMで申し訳ありません、と胸の内でギルドメンバーに謝罪する。だが、NPCへの謝罪は忘れた。

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