020 みんなの主人公だから

 自分の役回りは『至高の四十一人』の調査と分析。

 過去の自分がどういう存在であったのかは思い出せない。または思い出せないようにされている。

 柔軟な発想もきっと『そうあれ』と植えつけられたのかもしれない。

 誰に、と問われれば『世界』としか言えない。

「………」

 『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』になる前の自分はおそらく一人のプレイヤーだった、ような気がする。

 一人というか似たタイプのプレイヤーとでもいうのか。

 強大な能力を持つ『ユグドラシル』のプレイヤーに制裁できるのは同じプレイヤーくらいだ。

 ある時を境にして制裁モンスター『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』が生まれた。それはいつからなのかは定かではない。

 世界を穢す愚かな転移者プレイヤーを滅する。そして、その魂は無限の牢獄に送られる。

 その嘆きと苦しみから新たな制裁モンスター『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』として誕生する。

 多くの嘆きと悲しみの権化となったモンスターはとても強大だ。

 かの世界級ワールドアイテムも無効化するほどに。

 全てではないとしても殆どの都合のいい効果は打ち消せる。その知識は幻想少女アリスも持っている。

「……あんまり無駄な説明しても仕方ないよね」

 自分達の生み親はプレイヤー。だからその行動原理は何処かで影響しているのかもしれない。

 『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』に統括するボスモンスターは存在しない。それっぽいのは居たけれど、それは理性の無い肉の塊だ。

 あえてボスモンスターと言える存在は目の前に無数に立ち尽くすプレイヤー自身。

 プレイヤーを倒すすべに長けているのは誰なのか。それは『自明の理』だ。


 そんな中で不可解な命令が脳裏にあった。

 『モモンガを決して殺してはいけない』というものなのだが、理由が分からない。

 多くの『二次創作』において愛されるキャラクターだから、というのも違う気がする。

 むしろ虐殺ばかりする厄介な根暗キャラクターではないか。

 卑屈なところも共感できない。

 都合のいいアイテムと魔法をたくさん持っている、という点も首を傾げるところだ。

 なろう系主人公ならさっさと殺せばいいのではないのか、と。

 仲間思いで面倒見が良くて他人は全て敵。

「………」

 もう少し社交的なキャラクター設定が出来なかったのか、●山●●●め、と思っても仕方が無い。そういうキャラクターとして創造されたのだから。

 異世界を蹂躙しておいて辻褄合わせとか言い訳とかする主人公を守る価値があるのかは不明だが。

 アンデッドのアバターだから放置しても死なないけれど、モモンガであれば切り捨てるところが多々ある。

 だが、そういうなのだから仕方が無い。

 幻想少女アリスは苦笑する。

「失敗を繰り返すリ●●になっても面白くないよね」

「……? ま、まあそうだな。同じことの繰り返しは『谷●●』作品や他の作品でも使われたし」

「第二のスキルは……、自分が望むモンスターを呼び寄せるものだけど……。ぶち込んだレベルによってはどうなるか私にも予想できない……。だからこそ! あいつ赤い髪の破壊神を呼び寄せられる可能性がある!」

 理不尽なは終わらせなければならない。

 無数に存在するファンタジーにおいて残留思念が残り続けることは苦痛だ。

 死しても復活するプレイヤーならば尚更だ。

 百年や千年ではきかない。

 自我を保っている幻想少女アリスは新しい存在なのかもしれない。多くは自我を捨てた怪物そのものに成り果てる。もちろん、自分幻想少女もいずれはそうなる筈だ。

 この戯れはほんの一瞬の安らぎだったのかもしれない。


 第二のスキル『お茶会ティー・タイム


 それを発動する心の準備が整った時だった。

 異常を知らせるナーベラル・ガンマの報告が来たのは。


 ◆ ● ◆


 移動するのを躊躇ったギルドメンバーは『水晶の画面クリスタル・モニター』で第十階層の玉座の間を映す。幻想少女アリスも一緒に。

 本来ならば白骨死体である死の支配者オーバーロードのモモンガが座っているだけの風景が映るはずだ。

 床には浮遊する力を失ったガラクタのようなギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が転がっている。

 その近くには本来ならば何も無い。誰も居ないはずだ。

 一般メイドが様子を見に行った形跡はなく、移動できるナーベラル・ガンマに今まで観察を依頼していた。

 下の階に移動する時は中間地点に一般メイドを配置する。

 他の階層は空気の壁のようなもので塞がれており、非実体のモンスターでも通過できなくなっている。

 一方通行のおそれはあったが今まで第九と第十階層の往復は滞りなく出来た。

 粘体系のメンバーが身体を伸ばして色々と悪足掻きをした結果が有効的に働いていたのかもしれないけれど。

 第十階層に居る人材は全て把握しているし、第九階層から下に移動する場合もを通らなければならない。

 メンバーに気付かれず第十階層に行く事は基本的に不可能だ。

 それなのに見知らぬ集団が玉座の間に現れている。

 色とりどりの髪の毛で服装はメイド服。それもナザリックの一般メイドとは違うデザインのもの。

 もちろん、一般メイドの服装はほぼ統一されているので違う服を着ていれば目立つ。

「……あんなメイド居たかな?」

「新手のクリーチャーか」

「……今更新手か……。しかもモモンガさんを取り囲んでいるようだけど……。どちら側のクリーチャーなんだ?」

 ペロロンチーノ達はモモンガに触れることは出来ない。

 もしモモンガ側のクリーチャーならば手出しそのものが不可能だ。そうでない場合は普通に迎撃できるけれど。

 全部で九人居た。

 それらを見た幻想少女アリスは口元を押さえる。

「……ウソ……。奇跡が起きたっていうの?」

 見覚えのある姿。だが、それにしては不可解だ。

 タイミングが良すぎる。それとも予定に合わせてきたのか。

 モモンガを取り囲む九人のメイド達は遠くて分からないが色合いから『深淵九姉妹クトゥルー・シスターズ』だと幻想少女アリスは思った。

 赤い髪のメイドは包帯を巻いているし、似すぎているので当人だと思う。

 肝心の主である『赤い髪の破壊神』の姿が無い。

 メイドに先行させるより自分から乗り込んでくるほど荒々しい存在のはずなのに。


 そう思ったのも束の間、幻想少女アリスが振り返ると、世界が終わった。

 それは全ての、とはいかなかったが。

 状況を一番把握している幻想少女アリスこと『死ぬまで逃がさないよサンクション・オブモモンガお兄ちゃんアンノウン』は何者かに殴られ、吹き飛ばされる。それも上半身だけが。

「?」

 現場に密集していたはずのペロロンチーノは異常事態に気づくのにだけ遅れてしまった。

 それぞれが気付く頃に『べちゃっ』という何か柔らかいものが壁に叩きつけられる音が聞こえてきた。

 側に居た者すら気づかない間隙かんげき

 噴き出る血は赤いのだが、どうして血が噴き出たのか理解するには更に時間が必要だった。

 膨大なHPヒットポイント窮奇キュウキの攻撃でも出血しなかった金髪碧眼の少女は呆れるほどあっさりと血溜まりと化して倒れ伏した。

「うーん、いきなり真っ二つは勿体ないか……」

 急に声が聞こえてきた。

 それは女性的な声なのだが聞き覚えの無い大人の雰囲気を感じさせるもの。

 ペロロンチーノは相手の顔を見た。

 赤い髪は背中を通り腰まで届くほど長く、荒々しさのあるクセっ毛。瞳も赤く、肉食獣を思わせる。もちろん、大事な胸は離れていても分かるほどに大きく張り出していた。

 それは人間の姿をしていた。

 年の頃は二十代後半を超えた大人の女性。印象としては自分たちより年上くらいに見える迫力がある。

 見慣れない服装はファンタジーの世界の戦士風のいでたち。

 背中に大きな剣らしきものが収まっている鞘を背負っていた。

 鞘から想像できるのはバスタードソードだが、刀身が見えないのでなんとも言えない。

「………」

 赤い髪の女性は残っている幻想少女アリスの下半身を左右に引き裂いて、上半身の方に近づいて両腕を引き千切る。

 それらの肉片を近くに居た一般メイドに投げ渡す。

「再生するならさっさとしろ。ほら、動け」

 そう言われて呆然としていた一般メイドは動き出し、恐る恐る肉片を集めて治癒担当の下に向かった。

 あまりにも異常な存在に誰もが言葉を失っていた。

「……誰だ、お前……」

 それが精一杯の言葉だった。

 単なる侵入者ではない。

 異形の身体が警告を発しているような感覚にさせるほどの圧倒的な存在感を見えないオーラとして放っている。

 ペロロンチーノを含めてほぼ全員が『たちすくみ』状態から脱することが出来なくなった。

 凛々しい顔つきは確かに人間のものだが、何なんだ、という気持ちが湧き上がってくる。

「どうしたお前ら。来客に茶も出せないのか?」

 暢気な言葉だが喋るたびに暴風が身体に叩きつけられる。

 いや、幻想少女アリスが言っていた『赤い髪の破壊神』とはまさに期待を裏切らない存在なのかもしれない。

「そこのモンスターから色々と聞いてたんじゃないのか? 赤い髪の破壊神だぞ」

 腕を組んで威張る自称『赤い髪の破壊神』と思われる女性。

 破壊神かどうか分からないが圧倒的な存在感から嘘を言っているとも思えない。しかし、全く知らない相手なのでどういう対応を取ればいいのか分からない。

「何を聞いたのか想像はつくが……。不安定な世界を片付ける掃除人さ。別にお前らをいちいち皆殺しにする為に存在するわけじゃないから」

「……訳の分からない登場人物は勘弁願いたい……。まさか●山●●●じゃないよな?」

「……そんな名前に聞き覚えは無いが……。うん、まあ、いきなり現れれば驚くか……。だが、別に初めてこの『ナザリック地下大墳墓』に来たわけじゃないぞ」

「それは他の二次創作に出たから……、というやつか」

 ぷにっと萌えの言葉に赤い髪の破壊神とやらは苦笑で答えた。

 おそらくその指摘は正しい。どう考えてもイレギュラーな存在だ。見覚えも無いし。

 それが何故、ここに現れたのか。

 随分と過去になってしまったが知りたい欲求が急に増大してきたのかもしれない。

 新しい事に飢えている、とも言える。

 赤髪の女性が手を叩くと玉座の間に居た九人のメイドが一瞬で転移してきた。それは魔法による作用なのか判断は出来ないけれど。

「お前達は世界の調査だ」

「畏まりました」

「畏まりました、ご主人様」

 と、それぞれ一礼した後、消えていく。

「あいつらが世界を調査するまでの間、お前らの疑問に答えてやろう。下らない事をくようだったらぶっ殺すからな」

 と、にこやかに言う赤髪の女性。

 言葉の一つ一つが爆風のように襲ってくる。


 特別、一人三回までというような決まりごとは無いようで、答えられない事や分からない事もあるという。

 あと、尋ねれば答えてくれる所は特におかしな点は無い。

 ただただ行動や発言の度に不可視のオーラが襲ってくるだけだ。

 それと身体が細切れになった幻想少女アリスは再生作業と平行して治癒魔法をかけようかと尋ねたが拒否された。

 拒否されると再生がうまくいかなくなるようなので言い直した。

「……私はここで脱落……。あとはそこの破壊神に任せるわ。……本当に理不尽な人ね、貴女は」

 第二のスキルを用意する時点だったとはいえ一撃で『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』を二つに分けるとか、化け物にも程があるじゃない、などなど恨みごとを言い始めた。

 再生体をペロロンチーノに餞別として渡す事に幻想少女アリスは異を唱えなかった。どの道、本当の『複製クローン』の魔法ではないので、完成した後で消えてしまえば後はどうなろうが知った事ではない。

 数値的に言えば一撃で二億ポイントくらい失ったようなものだ。第三から第五スキルを発動できる条件は整ったけれど、彼女赤い髪の破壊神が現れたのでスキルの使用は保留にしようかなと思った。

 条件を満たした後でなら色々と制御出来るようで、自動的に発動する事は無い様だった。

 それにしても人が色々と覚悟を決めていたところを台無しにしやがって、と思わないでもない。

 第九階層にて赤い髪の破壊神と至高の四十一人の会談が静かに始まった。

 残っているメイド達はせわしなく働き、様々なアイテムを話しに参加しないギルドメンバーの下に運んでいく。

「名前を聞いても仕方が無いと思うが……、聞きたいか?」

「はい」

 と、ペロロンチーノが即答した。

 ぶくぶく茶釜は重い身体を引きずりながら椅子の上に乗る。

 元々の身体の影響からか、椅子に乗っているだけで座っているような気持ちになれる。

「世界に破壊をもたらす……、と言えば物騒だが……。基本的には……」

「名前からじゃないのか?」

「あっ? ただ名乗ってもつまんねーだろ。逃げないから黙ってろ。焼き鳥にするぞ」

「……すみません」

 一睨みだけでペロロンチーノは姉や友達に叱られたような気持ちになり、気分が沈んだ。

 それほど、心に響く言葉に聞こえた。

「今の名前は『兎伽桜とがおう娑羽羅しゃうら』だ。お前らとは関係の無い物語の登場人物とも言えるから覚えなくていいぞ」

 聞き覚えの無い名前なのはそれぞれ理解した。あと、カ●●ムの規約では『クロスオーバー』は厳禁だったのでは、と尋ねてみた。

「そもそもあたしが出る作品は未完成だ。当分は出来ないし、問題ないんじゃないか? ……タイトルだけは決まってるけど……。どうせ、あたしは主人公じゃねーし。あと、この『オーバーロード』という作品だって●&●やS●や●R●●作品群のクロスオーバーだ。●山●●●とやらをまず罰しろ。版権が無いだけで調子に乗るなよ、●●系列っと言っておけ。確かガー●●ってのも……」

 個々の作品名は出していないからセーフ、という言い訳をする場合もある。それならばが出ても何の問題も無い。

 というか作者名知ってんじゃん、と小さな声で抗議する。あと、意外と詳しいのは何故だ、と何人かは首を傾げた。

 これは『クロスオーバー』ではなく『スター・システム』を採用しているからだ。

 クロスオーバーはなどを共有する。もちろんキャラクターも含まれる。あと、互いの世界に干渉しあったりする事も可能。

 分かり易い例えでは『スーパー●●●●大戦』シリーズだ。

 スター・システムはキャラクターを共有する。大体は原作準拠で完結する。

 こちらは本来は原作者が作り上げた様々な作品を新作などに登場させる時に使われる。

 基本的になのは出版社の常套句だ。でなければ『幼●●記』の二次創作にあるいくつかも削除対象なる筈だし、タグに『オリ主』と付いてるものも全て違反となるけれど。

 というような暴論を繰り出す破壊神。

 兎伽桜という存在はクロスオーバーでもスター・システムでもない『オリ主』や『オリキャラ』に近いので説明としてはあまり適当ではない。

 確かに現時点で彼女がのは事実だ。

「すみません!」

「それ以上は危険なので、ごめんなさい!」

「関係者各位の皆様、本当に申し訳ございませんでした!」

 聞いてはいけないを口にした事を原作者に代わってお詫びします、と至高の御方々が頭を下げた。一部は土下座までしている。

 気を取り直し、別の事を尋ねる事にした。それも可及的速やかに。だが、すぐには話題が浮かばない。

 懸命に考えるギルドメンバー達。

 マジで世界を破壊する気だ、この女。そりゃあぶっ壊れるわな、と思わないでもない。

「……し、しゃ、シャウラは蠍座に関係があるとか?」

名付けてくれた人天叢銀芽はそう思っていたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。言葉の響きだけって線もあるからな」

 蠍座を構成するラムダ星の事で、アラビア語で『針』を意味する。

「もちろん偽名だけどな」

 にこやかに、悪戯っ子のような輝く笑顔を見せる兎伽桜と名乗る女性。

 ギルドメンバーに聞き覚えのある者は当然、誰一人として居なかった。同時にNPCノン・プレイヤー・キャラクター達も。


 ◆ ● ◆


 破壊神『兎伽桜娑羽羅』と名乗る女性は豪快であり、豪胆。大胆不敵という言葉が似合いそうな、いかにも強い女性に見えた。

 戦闘については窮奇キュウキやたっち・みーですら大ダメージを与えられなかった存在幻想少女を一撃でミンチにしたのだ。弱い筈が無い。

 ミンチというかミンチになりかけている幻想少女アリスは複製体が完成したら滅びると言っていた。そして、もはや会話する事も億劫だとして大人しくしている。

「それで次は何だ?」

「……この世界を破壊するのは……マジですか?」

「そうだ。あっても邪魔だろう、こんな世界。残ってたってお前らにはどうしようもないだろうに」

 ばっさりと切り捨てる発言に二の句が告げない。

 はっきりと言い切る相手は清々しい。

「こういうゴミみたいな世界は腐るほど湧き出て大変なんだよね。だから仕事が全然終わらない。指数関数的に増大するらしいじゃん。みんな死ねばいいのに」

「これが二次創作ならば多くのファンも独自に世界を構築しますから」

「あたしも無闇に世界を破壊しているわけじゃないぞ。今回は色々とメチャクチャな空間が干渉しあって状態になっている。お前らなら分かると思うけれど、あの骸骨君と触れ合えないだろう?」

「……はい」

「実は前にも似たようなことがあったんだが……。知らない顔が居るな……。まあいいか。それで他には聞きたいことはあるのか?」

 意味ありげな言葉を自分で切り捨てる。それはそれで凄いと感心する。

 どうやらギルドメンバーを優先する気持ちはあるようだ。

「……胸は大きいんですね」

 ペロロンチーノの言葉に兎伽桜は苦笑した。

「立派な巨乳で羨ましいだろう」

「はい」

 即答するペロロンチーノに対してギルドメンバーは総出でドン引きした。

 たっち・みーは久しぶりに感じた怒りで剣を抜こうとするほどだ。

「あの、色々と疑問はあるのですが……。この世界のこととか……。でも、これが聞きたい。貴女はモモンガさんを助けられますか?」

「それはもう少し後だな。世界については壊れた欠片の集合体。この手の説明にあいつ天叢銀芽を連れて来れば良かったかな……」

 頭を掻き毟る兎伽桜。

 豪快な性格のせいか、仕草一つ一つに疑問を感じない。

 不思議と良く似合う。

「……背中の剣はなんですか?」

 と、タブラ・スマラグディナが尋ねた。

 質問役は既に決まっていたとはいえペロロンチーノのせいで大半が何を尋ねようとしたのか、忘れてしまった。

 長く単調な世界で暮らしていた為に質問状とか大事な事柄を殆ど残さなかったことも原因だが。

「世界を壊す凄い剣だ。お前らには持たせないが……。鞘から抜くと効果が発揮するから見ない方がいいな。下手したら存在が消えるかもしれないぞ」

「……とがおうさんは平気なんですか?」

「あたしが、というよりはお前たちが不安定すぎるからだ。あの骸骨君の友達ならあたしも無下に扱う事はしないが……。いつもいつもご苦労だな、お前ら」

「……はっ?」

「野暮なことを言っても仕方が無いな。そろそろ、質問タイムはやめにしようか。あの骸骨君を助ける以上の事は蛇足に過ぎない」

 椅子から立ち上がった兎伽桜は再生体の製作が終わった幻想少女アリスの残骸の下に向かう。


 息も絶え絶えの幻想少女アリスの頭を兎伽桜は容赦なく踏み潰す。

 それから数分後に煙りが発生し、床に広がる血や内臓、もろとも全て消滅した。ただし、回収した部位は残っていた。

「……あと一体か……。それはもう無害か……。さて、次に行こうか」

 ついてくる者を要望したのでギルドメンバーの内、ペロロンチーノとたっち・みーとウルベルト、タブラ・スマラグデイナの四人が名乗りを上げた。

 残りは『水晶の画面クリスタル・モニター』で確認するという。

 そして、第十階層に向かう兎伽桜と四人のギルドメンバー。

 二度と第九階層に戻れない気がしたがもはや幻想少女アリスが消滅した以上、自分達に出来る事は殆ど無い。

 複製体はナーベラルに任せる事にした。

 玉座の間まで会話も無く、静かな時間が流れた。

 BGMがあればそれなりの雰囲気があった筈だ。

 移動する足音だけが部屋に響き渡る。

 数百年もの間、孤独に耐えているナザリック地下大墳墓のあるじにして自分達の友人であるモモンガはあいも変わらず玉座に座り続けている。その近くには先ほど居なくなった九人のメイド達の姿があった。

「調査を終了いたしました」

「もう間もなく、この世界は塵芥ちりあくたと化すでしょう」

「およそ二時間二十六分……」

「うん。それぞれ散開」

「畏まりました」

 報告を聞いて即座に命令を下す兎伽桜。メイド達はそれぞれ移動を開始した。

 どこへ行くのかはペロロンチーノ達には窺い知れない。

「どれか選べ、と本来なら言うところだが……。今回は命令だ。消滅を選べ」

「……どストレートだな。選択の余地無しかよ……」

「無しだ。諦めな」

 諦めろ、と言われて百年以上も過ごした労力を無視出来るわけが無い。

 はい、そうですかと納得出来はしない。

 言い返したいが、何処かで状況を理解している自分が居る。そして、仲間たちも同じ思いだったようで反論の言葉は出なかった。

 モモンガを救う為に色々と知恵を回したのに全てが理不尽な存在に覆される。

 幻想少女アリスが言っていたのはこの事だったのか。

 確かに言葉通り理不尽だが。

「ただ消えろ、と言うのは芸が無い。あたしもそこまで鬼じゃないぞ。……まだ少し時間的余裕はあるから……」

 それぞれに玉座の下に移動するように命令する兎伽桜。

 今更拒否しても何も変わらないので言う通りにしてみた。ここで無駄に抵抗しても残り時間が意味も無く消費されるのでペロロンチーノも黙っていた。

「この世界がこんな風になったのはお前らのせいだ、と言うつもりはない。破壊神と呼ばれてはいるけれど説教する気は無い。それなりに考えているぞ」

「……そ、それはどうも」

「だが、それでも世界全てを消し去らなければ色々と不都合なんだ。多重世界の安定というものには必須……。一つ崩れれば連鎖現象を引き起こす」

「『可能世界論』を否定するのが目的ですか?」

 によって世界が崩壊するならば、その『ある可能性』を内包する世界を消せばいい。もし、消さなければ重大な事件や事故が発生するとなれば、の住人は納得出来るかもしれない。もちろん、世界を消す事に対し、その『ある可能性』の住民は決して納得しない筈だ。生きている事をすぐさま否定など出来はしない。だからこそ抵抗は強いはずだ、というところは考えられる。

 もう一つ危惧されるのは『共存関係』だ。

 平行世界に存在する自分という存在が一蓮托生ならば、何処かで誰かが『元凶存在』を消せば全ての世界からも消えてしまう。

 時にそれは無関係な存在かもしれない。あるいは、それが自分ならば抵抗する、という話しはいくつかメンバーにも心当たりがある。

 セカイ系ではありふれた題材だ。

「癌細胞の除去程度だ。認識できない存在はそのまま消えるだけ。だがまあ、難しい事は考えるな。お前らはどうせ、データだけの存在なんだから。死ぬのとは違う」

「理屈は何となく分かりますが……。電源を落とされるような事を……、教えられてから覚悟するのは抵抗を感じます」

 ならば、聞かなければ良かった、と言うべきなのか。

 聞きたい秘密はたくさんある。

 それを聞いて文句を言うのは我がままというものだ。

 ログアウトするだけだと思えば何の未練も無い、筈だ。


 ユグドラシルというゲームは終わったのだから。


 『虚構実在論』を上げればキリが無いけれど。

 兎伽桜はウダウダとわずらわしい数多あまたのゴミを掃除する存在。

 掃除される側は存在を確立したくて抵抗する。

 折角の異世界ライフを邪魔だから消す、と言われれば不満を口にするのは自然な事だと思う。

「……折角手に入れたモンスターを無駄に消すのは嫌だ、という意見がありそうだな」

 と言ったのは横に巨大なモンスターと大人しい裸の幻想少女アリスが転がっているからだ。

 苦労して手に入れた事は兎伽桜も分かってはいる。

「でもまあ、世界は消さなければならない。そこは覚悟してもらいたいものだ」

「……うう」

「ネタバラシという程でもないが……。そもそもこの世界は途中で終わる。続かない」

「それは聞きましたが……。あれ? でもここ『ユグドラシル』ですよね?」

「正確には骸骨君が歩む世界は全て対象だ。だろうとだろうと関係なくね。変な名称の世界で冒険なんか嫌だろう?」

「……ああ、貴女でもそう思う世界なんですか」

 兎伽桜は苦笑する。

「ちょっとした息抜きにはなった筈だ。ナーベラルだったか。連続爆破するとかいうメイド」

「ネタバレは結構です。どうにか助けてください」

 恥も外聞も無く、タブラ・スマラグディナは土下座の格好になった。

 少しでも可能性を上げる為ならを捨てる。

 おそらく、兎伽桜は意地悪をするような存在では無い。そんな気がした。

「残り時間が三十分を切りました、ご主人様」

 と、赤い髪のメイドが突然、現れて報告する。

「さて、そろそろお喋りの時間は終わりだ」

「えっ?」

 と、疑問に思った次の瞬間には兎伽桜は背中に背負っていた剣を引き抜き、無造作に横凪していく。それだけで玉座の階下に居たペロロンチーノ達は塵と化して消滅した。

 何の痕跡も無く、最初から誰も居なかった、かのように静まり返る。

「残るは骸骨君だけだ。君と会うのは……、もうどれくらいになるかな。愉快な人生を送っているな」

 この場所での邂逅かいこうは兎伽桜が覚えているだけで二十回。

 それ以降は数えていないので二兆回を超えているかもしれない。

 鏡合わせの理論で言えば無数の兎伽桜が存在していなければならない。だが、兎伽桜はあらゆる空間にあって唯一の存在。

 どのような条件だとしても、だ。

 観測者によって無限に近い増殖をする世界であろうとも彼女にとっての時間は常に意のままに制御される。それは背負っている剣の力でもあるけれど、この『オーバーロード』の作品には関係の無いイレギュラーだ。

 無数の宝石で出来た刀身をの登場人物が確認する事はおそらく永遠に訪れる事はない。


 現時点でモモンガ一人となった世界。


 残り時間を確認し、兎伽桜はただ無造作に剣を奮う。

 幾多の世界を滅ぼし、消滅させ、認識からも消し去ってきた彼女にとっては日常的な一コマに過ぎない仕事だ。そこに憐憫も後悔も無い。

 ただ単にゴミを処分するだけだからだ。

「……みんなの主人公を無下に扱うほどあたしは鬼じゃないぞ、骸骨君。またいずれ、何処かで会えるといいな」

 その声は思考を止めたモモンガに届いたのかは不明だ。そして、世界は黒く、無色へと還元され、何もかも無くしていく。

 有も無も存在しない『から』と呼ばれるもの。

 膨れた泡の一つが弾けて消えただけの事象。


    『第01章 この理不尽な二次創作に祝福を』へ続く

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