019 そもそも二次創作ってなんだよ

 戦闘エリアから遠ざかったところで呼び出せるNPCノン・プレイヤー・キャラクターを整列させる。

 アウラ。デミウルゴス。コキュートス。一般メイドは二十人ほど。ペストーニャ。

 戦闘メイドではユリとシズが居なくなっていた。オーレオールは第八階層に今も健在。

 ナーベラル、ルプスレギナ、ソリュシャン、エントマ。

 第九階層に元々居るNPCはだいたい残っていた。

「誰かに殺された、というよりは隔絶によって消滅か、ただ消えているだけで第三の空間に居たりするとかかな?」

「モモンガさんのコンソールでは全員が死んだ事になっていたから、案外、隔絶されただけっていう事もあるかもね」

 ギルドメンバーも何人か居なくなっている事が分かっている。

 フラットフット。ク・ドゥ・グラース。あまのめひとつ。エンシェント・ワン。

「そういえば、るし★ふぁーさんって居ましたっけ?」

 ぷにっと萌え。死獣天朱雀。タブラ・スマラグディナの頭脳派の三人は健在。あと女性陣も揃っていた。

 会話はこの三人が主に担当しているので、他のメンバーの存在感がとても薄くなっていた。だからこそ、居なくなっても気付かない、ところはあるかもしれない。

 様々なギミックを作り上げるメンバーの一人の扱いとしてはぞんざい過ぎる。

「あいつ、早々に居なかったから最初から居ない者と思ってたけど……。ああ、もう既に兆候があったのか……」

「チグリス・ユーフラテスさんと獣王メコン川さんも居ないですね」

「セリフの無い人は真っ先に退場させられたような気がします」

「知名度の低い者は消えやすいって事か。二次創作の恐ろしいところだな」

「ユリとシズはあまり活躍できそうな気がしないが、エントマはどうして居るんだ?」

「彼女は原作で大活躍したからじゃないか」

「なら、セバスが居ないとおかしいだろう」

「二次創作ではあまり活躍の機会が貰えなかった、とか? 多少でも残っていればいいよ。人数多いとセリフだけになるし」

 これが口の多いベルリバーの一人芝居というオチであれば最悪だ。

「そんなことは無いですよ」

「戦闘民族の人達が残っているだけでも頼もしい。とにかく、試すことは何でもやりましょう。……出来ればエロいこと以外で」

 残存戦力はあまりにも乏しい。

 ペロロンチーノの監修のもと、反抗作戦が開始される。

 待ちに待って辛抱した日々の苦労に報いる為に。もちろん、どこかで無駄に終わるのではないかという恐怖はある。

 攻撃を続けている窮奇キュウキは今日しか居ない。例え失敗しても攻撃自体は続行できるがメンバーの精神的疲労は人間であったなら死亡レベルに達している。

 無気力になってもおかしくないのに頑張ってきた武闘派のメンバーに深く感謝する。

 まず治癒要員とスクロールの用意をさせておく。

 攻撃風景で悟っていたが幻想少女アリスは『切断』出来ないクリーチャーだ。

 例えば腕だけ軽く斬撃を加えても素通りする。ただし、ダメージはちゃんと受ける。

 あまりにも膨大なHPヒットポイントを持っているがゆえに部位の損失が起こりにくいのかもしれない。

 おそらく三桁くらいまで減らさないと変化が起きないかもしれないと予測する。それまでどれくらいの年月がかかるのやら、と残念に思うペロロンチーノ。

「ナーベラルはスクロールは使えるか?」

 腕の無いナーベラルは肯定する。

 身体に触れてさえいれば行使は可能らしい。

 正確には腕に触れさせなければ駄目らしいが。細かい事は気にしない事にした。

 本当はソリュシャンでも構わないのだが、もちろん予備は必要なので控えていてもらった。


 本来ならば様々な魔法を行使したいところなのだが、使用不能になっている魔法がいくつかある。その中で出来る事で対処しなければならない。

 巨大図書室アッシュールバニパルとそこで勤務するアンデッド達が健在であれば心強い事この上ない。

 命令するのが面倒臭いし、のんびりと待つのも退屈だ。

 時間は無限に近いほどあるけれど、不自由さは早く解消したい。


 モモンガを一人にしてはならない。


 初期の頃に幻想少女アリスから教わっていた事だ。それが何を意味するのか、もちろん分かるわけが無い。この隔絶空間の元凶かもしれないけれど。

 運営サーバーが動き出したにしては自分たちが未だに存在しているのは不思議だ。

「行使する用。観賞用。保存用と残したいところです……。せめて五体は欲しいですね。こんな珍しいモンスターはそうそうお目にかからないから」

「……やはり……。第十階層に五体くらい置いても余裕がありますが……。こいつ窮奇が勝手に動いたらどうするんですか?」

「その時はその時です。さすがに勝手には動かない気がしますよ。オリジナルさえ無事であればいいと予想してますから」

 ペロロンチーノの言葉が聞こえたのか、激しい攻撃を受けているはずの幻想少女アリスが苦笑した。

 それと窮奇キュウキの攻撃が少なくなり、彼女は地面に落ちた。

 やはり疲労を感じていたようだ。

 それでも懸命に攻撃を続ける窮奇キュウキはまさにあるじに献身する従者のようだ。

「弱りかけでも充分です」

 まず魔法担当を配置する。

 事前に足に攻撃して手ごたえは把握していた。

「では、どうなるか分からないけれど……。やっちゃいますか」

「……その発想にさいわいあれ……」

 と、幻想少女アリスが呟いた。

 まずは疲労が溜まっているはずのたっち・みーを小休止させ、武人建御雷が窮奇キュウキの背中を横凪に斬っていく。

 足一本では容量的に足りないと予想していたので腰の部分も挑戦する事にした。

 そう簡単には切り離せないはずだが、何度も斬りつければ可能性は高まる。それに高レベルモンスターであれば身体が半分になったぐらいではビクともしない筈だ。

 幻想少女アリスの命令が伝わっているのか、反撃される事は無かったが叫び声が凄まじい。なので一般メイドは早々に下がらせた。というか居ても邪魔だ。

「ギャオオォォ!」

「ちょっと黙ってろ、猫」

 身体が大きいので一刀両断とはいかない。

 それでも斬り甲斐のある獲物だ。あと、攻撃が当たり易いので楽だと思った。

 翼が邪魔だが数十分かけて、最初の切断は終了する。そして即座に『保存プリザーベイション』を施し、持ち去っていく。

 とにかく、本体に近いと治癒した時に融合しようとするので。

 磁石のような反応を示すから、すぐに引き離す必要があったためだ。

 一度、魔法的加護を与えれば消滅のおそれは無くなる。だが、処分方法が無ければ巨大なゴミになるだけだ。

 そこら辺は今回は考えない事にした。

 どの道、閉鎖空間に閉じ込められたのだからなるようになるだけだ。ここで失敗したとしても幻想少女アリスのスキルでどうにかするらしい。


 幻想少女アリスと違い、斬れば肉体が裂ける窮奇キュウキ。今更だが、それが確認出来ただけで安心した。

 上半身の方が元に戻る頃、下半身の方も別の個体として再生が始まっていた。

 召喚物は消滅しやすいはずだが素早い対応のお陰か、上手くいったようだ。

 上手くいったのは魔法による通常の召喚ではなく、イベントボス特有の特殊スキルだからこそ可能になったのではないのか、と。

 色々と疑問点はある。だが、それを確認するすべはプレイヤーには本来出来ない。出来るとすればゲームを作った運営会社くらいだ。だからこそペロロンチーノ達に出来る事は推測だけだ。

「ゲーム時代はこういう連係プレイはシステムの仕様上、不可能だったと思う。今だからこそ出来る技術なのかもしれない」

「……ユグドラシルに戻ったはずなのにウインドウは相変わらず出て来ないし、NPC達は転移後のまま動いている」

 呼びかけに対して柔軟に対応する点は転移後と変わっていない。

 それに気付いたのは随分と後だったが、その後が続かなかった。

 それはそれとしてゲームデータで出来たモンスターは部位が離れるとすぐに消えるものだ。演出として部位が残るものもあるけれど、基本的に何も出来なくなる。

 それに干渉できるのは肉体が現実の存在として認知とか確立とかされているのではないかと思う。

 でなければ、こんな事再生は本来は起きるわけがない。

 アバターが排泄できる時点で色々と気付いた事柄だったが実験は大事だなとペロロンチーノは今までの苦労を思い出す。

 今もって不明なのは一般メイド達の胃の中くらいか。

 異次元が相手では手出しするのはとても危険だと動物の本能のようなものが働いた。

 彼女達の腹は裂いてはいけないという。

 ただ、吸引力は常識外ではないようで、満腹時はお腹が膨れ、一時間くらいかけて小さくなる。

 これが『ブラックホール』とかであればとんでもない現象を起こすはずだ。

 そもそもひ弱なメイドに異次元を扱えるわけが無い。

「……今は過去の研究を思い出す時ではないな……」

 再生後はまた切断をペロロンチーノが望む数だけ続けた。

 後は通常通り、攻撃を続けてもらう。

 協力してくれたお礼として治癒魔法はしっかりとかけてもらった。

 残っている一般メイド達は通路に広がる血などを掃除し、第九階層の一角に移動された再生体の窮奇キュウキの出来栄えを確認する。

 通常であればもう少し小柄なモンスターのはずが、特殊召喚のせいか巨大なまま。

「……レベルが高すぎてどうにもならない事ってあるかも……」

 何も起きなかったらみんなから怒られるんだろうな、と思いつつペロロンチーノはせっかくの珍しいモンスターの身体を触ったりした。

 これが巨大な美女系モンスターならいいのに、と思わないでも無い。

 多腕蛇女の悪魔マリリスとか。

 生命の母ティアマトーとか。

「……ついつい煩悩が……。よし、ナーベラル。試しに動かしてみようか」

「了解しました」

 そう言った後で両腕の無いナーベラルはごそごそとアイテムの用意をするのだが手間取っているようにペロロンチーノには見えた。

 腕の長さが足りないのだから仕方が無い。

「……ごめん。腕の無いお前に命令だけして……」

「いいえ。こんな私に仕事を与えてくださいました事を感謝しております」

 ここ数十年はモモンガの観察とアイテムの行使の訓練を続けていた。

 それでも元々身につけていた職業クラスの影響か、技術は進歩しなかった。


 ◆ ● ◆


 戦闘メイド『七姉妹プレイアデス』のナーベラル・ガンマはオーレオール・オメガを除けばレベルの高いNPCの一人だ。

 高位のスクロールを行使しても失敗率は低い、はずだ。

 少なくともソリュシャンよりは、と付くけれど。

「〈物体操作アニメイト・オブジェクト〉」

 無機物を意のままに動かす信仰系第六位階の魔法だ。本来であれば『支配ドミネイト』系の魔法で操ったりする。だが、再生体は通常のモンスターというよりは肉の塊で意思が無い気がした。

 本格的に実践するのは初めてなので手探り状態だ。

 見た目には超大型モンスター。簡単にはいかない筈だが、果たして。

調教師テイマーで操るといっても操れそうにないしな」

 試しにアウラに依頼してみたが意思疎通そのものが出来ないので無理と言われた。

 森祭司ドルイドの専門魔法を試みたかったがマーレが居ない。

「動かせそうか?」

「大きすぎます。ですが……やってみます」

 動けばいい。

 後はどうにでもなる。

 死体であれば『死体操作アニメイト・デッド』を使えばいい。こちらの方が分かり易いから。

 窮奇キュウキはアンデッドモンスターだったかは定かではないけれど。生きている者を殺すのは可哀相だし、と思わないでもなかった。

 さっき草臥くたびれていたのを思い出した。だから生者せいじゃだ。

「動け」

 身体が大きい分、通常の命令が通用しないようだ。

 それでも少しずつ動き始める再生体の窮奇キュウキ

「動くのが分かっただけでよしとするか」

「はい。では、次の行動に移ります。〈永続化パーマネンシー〉」

 失敗だと分かっている事に金のかかる魔法は使いたくない。だからこそ実証実験は必要だ。

 魔力系第五位階の『永続化パーマネンシー』は永続的に魔法を使いたい場合に用いられる。

 本来ならば同時使用するのが安全策だが、魔法の効果によっては時間差でも通用するのは確認済みだ。

 特に『飛行フライ』など。もちろん、効果が持続している間が望ましい。

 永続と言っても解除できないわけでは無い。魔法を解呪する専用の魔法などで簡単に解除する事ができる。

 あと、全ての魔法を永続化できるわけではない。

「それにしても窮奇キュウキをよくぶった切れたもんだ。意外と倒せるもんだな」

 無抵抗だったお陰だけれど。

 激しい攻撃を食らうようであればこんな事は出来ないはずだ。

 見た目だけでは判断出来ないこともあるものだと感心する。

 とにかく、術者の意思により動く事が確認出来たので本体が消滅しても残るかが次の問題だ。

 おそらく残る、と思う。それで味方が一匹増えた。

 命令については色々と試さなければならない。ここは素直にナーベラルに感謝する。


 モンスターを手に入れて喜んでいる場合ではない。

 残りのモンスターの保管方法は他のメンバーに任せておこう。

 ナーベラルに動作命令を色々と練習してもらっている間、ペロロンチーノは残存戦力で出来る事を再確認する。

 治癒担当は一通り残っている。攻撃部隊もおそらく充分だ。

 継続戦闘を除けば活路はほぼ開いたといっても良い。

 ここまで随分と時間を費やしてしまった。

 閉鎖的な冒険は早く解消されなければならない。未来永劫の牢獄は飽き飽きだ。

「……不死性も発展が無いと辛く感じるようだね、モモンガさん」

 玉座に座る白骨死体。それだけ見れば既に死んでいるようにしか見えないけれど。

 孤独を過ごす彼はきっと幸せでは無い。ただただ虚無感に包まれて、動く事をやめているだけだ、と思う。

 幻想少女アリスもとに戻り、今後の予定を簡単に相談していく。

 今まで苦労してきたメンバーに休息を与えたいが疲労無効のアイテムの影響があり、それほど疲弊している者は居ない。ただ、精神的な疲労だけはどうしても解消できなかった。気分的ともいえるものではあるけれど。

 新しいモンスターが増えても劇的に変化したわけではない。ただ、少しだけ効率的になっただけだ。

 そうして何年もまた同じことの繰り返しが続いた。

 その間に読書したり、アイテムの整理をしたり、魔法の確認作業がおこなわれる。

 手の開いている者は交代制でモモンガの様子を窺うようにした。さすがに一日いっぱい見続けるのは健康的とはいえなかったので。

 それがたとえゲシュタルト崩壊しないとしても。

 モンスターに与えられる命令は多くない。単純作業しかさせないので別段、それはそれで構わなかった。

 複雑なスキルを使うわけではないから肉体武器というのは意外と助かるものだと思った。

「巨大モンスター用の維持する指輪リング・オブ・サステナンスは装備させられる?」

「首輪型のものを使用すれば可能です」

 疲労するモンスターなのでアイテムによる加護を与えておけば放置出来るようになる。

 残存するものでやりくりしなければならないので無駄な事は極力控える。

 あとはひたすら待つだけだ。

「問題の第二のスキルはどんなものなんだ?」

「……それを今、考えているところ」

 第二のスキルは『お茶会ティー・タイム』という名前だけ分かっている。

 予想では召喚系だ。

「赤い髪の破壊神に干渉できればこちら側に呼び込めるんだけど……。それがうまくいくかは分からない。私達はから逃げていたから」

「女なのか」

「うん。生物学的に女性。いつから存在するのか私には分からないけれど……。ある時に世界どころか平行世界までを渡り歩き、行く先々の世界を滅ぼした……、と私の記憶には植えつけられているわ」

 攻撃を受けながら幻想少女アリスは言った。

 痛みはそれ程感じていないらしい。

 傍目はためからは攻撃が素通りしているようにしか見えていないので痛いのか、どうか分からない。

「……そういう設定を植えつけられれば脅威と感じるのもおかしくはないか……」

 ただ、ユグドラシルのモンスターの中に『赤い髪の破壊神』に関連するフレーバーテキストや設定には聞き覚えがない。

 どんな存在なのか。それとも未知の世界級ワールドエネミーとでもいうのか。

「……ただ、彼女は一度、モモンガお兄ちゃんに接触した事があるらしい。それは何となく知っている程度で詳しい記憶が出て来ないの。だから、彼女なら今の状況を打破出来ると思う」

「……つまりどこかの二次創作でモモンガさんは赤い髪の破壊神と出会った……、という事があったと……」

「たぶんね」

「よその作品の事なんか分かんねーよ。そもそもなんだ、その二次創作って……」

 武人建御雷は憤慨した。

 度々出てくるに一体何の意味があるのか。

 他のメンバーも薄々は感じていたが現状は荒唐無稽なメタ発言にかなり影響を受けている。そういう実感があるので否定し切れなかった。

 それぞれのメンバーが見ている景色は多くで共通し、またそれぞれ違うものが見えている。

 現れては消えて行く『可能性の一つ』のようなもの。

 それがあるからメタ発言は安易に否定できない。

 物語は本来、正しい一本の道が存在し、自分達はおそらくイレギュラーだ、という気がしていた。

 存在してはいけないのはモモンガ以外の自分たちではないか、と。

「本来は交じり合わない世界の事など知った事ではないんだろうけれど……。観測してしまったものは仕方が無い。それにアバターだし、今更な話しだ」

「不毛な議論を繰り返しても仕方が無い。ここまで来たのだから最後までやり通す」

幻想少女アリス的にはどうなんだ? このままの方がいいのか?」

「我々は対プレイヤーエネミーだから、保身は想定されていないわ。確認だけ出来れば充分なの。身も蓋も無い。理不尽な終わり方は……、嫌だと思う」

 閉鎖空間に閉じ込められているペロロンチーノ達はとにかく解放されたかった。その為にはメタだろうと利用したり、打破することもやぶさかではない。

 理不尽な破壊神ともくされる存在が何者であれ、利用出来るものは利用するまでだ。


 オリジナルの窮奇キュウキが消滅して早一年が過ぎた。

 身体が大きい複数体と連携する戦法は取りにくかった。だが少しだけ楽が出来る方法が確立したので休息できるメンバーには休んでもらった。

 第二のスキル発動まで今の状態では二十年ほどかかるようだが、気の長い話しで辟易する。

 対象がもっと大きな身体であればかなり日数を減らせたのだが。

「不老不死を地で行くと退屈するものだ」

「もっと書籍を放り込むべきだったな。……だが、まあ、想定外だから仕方がないんだけど……」

 怠惰に暮らす者が出始めるが仕方が無い。

 役に立たない者がどう足掻こうと何も出来ないのだから。

 ゲームの中では色々と役割分担があった。だが、今は様々な面で束縛され、大半の能力が封印状態だ。もちろん、自分達の意思は介在しない。

 数十年も経った今は仲違いする事も無く平和なのだが。

 アバターに精神が引っ張られる、と言われて久しいがメンバーの性格や記憶は今も健在であった。

 小さな変化はあるかもしれないけれど、初期に抱いた不安要素は顕在化していない。

 人間種はほとんど居ないし、外に出られないので村を襲うことが無いからだが。

 第九と第十の階層は今も往復する事ができる。他の階層に閉じ込められたNPC達も健在だ。

 寿命がある者が殆ど居ないのもナザリックの強みであり、弱点でもある。

「アイテムで外の様子を眺める事は出来るけれど誰も居ない世界を観察するのも飽きてきたな」

 『水晶の画面クリスタル・モニター』という魔法で知っている街も映す事は可能だが、こちらはあまり視点移動が出来ない。

「……このまま素で幻想少女アリスを倒して終わりっていうオチは嫌だな……。外には出たいです」

 愚痴を言っても仕方が無い。その幻想少女アリスも何処にも移動できない。

 出来る事は第二のスキルの為にHPを減らす事。

 レベルを大幅に費やして強大なモンスターを召喚する。

 本来ならば複数の『お供』を呼び出すものだ。

 四つのスキルで呼び出すモンスターは『窮奇キュウキ』の他に『饕餮とうてつ』など四凶はもちろん、『発情する怪鳥ジャブジャブ』、『俊敏なる魔獣バンダースナッチ』、『激論の邪竜ジャバウォック』、『不可逆ハンプティ・ダンプティ』などが居る。

 どれも『ユグドラシル』のプレイヤーが知っているモンスターの強さを凌駕する。

 召喚されて二十四時間後には消えてしまう弱点はあるけれど。この設定は二時間多い世界には最適化されない。これは幻想少女アリスが言及した事だ。ただ、今はユグドラシルの世界なので確認することは出来ないけれど。

 ちなみに五つ目のスキルは強制的に一日眠らせる『安眠鼠ドーマウス』が現れる。

 効果範囲はかなり広く、討伐する事が不可能に近い。もちろん、睡眠対策を無効にする。尚且つ、そのまま最終スキルに移行するので初見では混乱は必死。

 もし、討伐するならばスキルを発動される前に『時間停止タイム・ストップ』をタイミング良くかけて、効果が切れる瞬間を狙うしかないかもしれない。

 解体は想定されていないが、もし可能ならばどういう方法が取れるのか。

 ちなみに『姿無き猫チェシャ・キャット』というモンスターもちゃんと存在する。

 不可視化ではなく非実体となるので物理攻撃しか持っていないプレイヤーにとって相性の悪いモンスターだ。

 しばらく惰性で続く日常生活により会話のある日と無い日が繰り返される。

 たまに、使えるアイテムでボードゲームなどの製作を試みようとしたり、溜まるゴミを残っている一般メイド達と共にどう片付けようか思案したりする。

 今のところ階層を埋め尽くす事態には陥っていない。

 本来なら『宝物庫』にあるシュレッダーと呼ばれる『エクスチェンジ・ボックス』で処分したいところだが転移の指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが機能しないので困っていた。

 溶かせる物は粘体スライムに任せ、出来るだけゴミの出ない方法を模索する。

 そうして自然と地下生活に小さな変化が生まれる。

「消費一辺倒だと資源が枯渇するものだが……。一定額免除という機能が生きているおかげでちょっとした『生命球』になりましたね」

「まさに『アーコロジー』だな」

「外に出たいけれどね」

 交代制でダメージを与えていた幻想少女アリスは飲まず食わず、睡眠も取らずにただただ切り刻まれる生活を続けている。その精神は不変なのか長く疑問だった。

 人間的な感情や思考はもちろん備えてはいるけれど長期間の生活で変調を来たしたことは無いと答えた。

 たかだか数百年の年月は幻想少女アリスにとってほんの一瞬の戯れに過ぎない。


 ◆ ● ◆


 気がつけば第二のスキルを使用出来るまでにHPヒットポイントが規定量まで減っていた、らしい。

 どの程度減ったかは本人にしか分からないから、ペロロンチーノ達にはどうしようもないけれど。

こいつ窮奇は攻撃したままでいいのか?」

「邪魔だから一旦、どいてもらって。あと、肉体的に疲労していると思うから治癒しないと突然死ぬかもしれないわよ」

「了解」

 敵同士のはずなのに気軽に話せる友人のような関係になっていた。

 もはや運命共同体のようなものなので無下にも出来ない。

 ここまでだとしても驚くメンバーは居ない。

 他に解決策が無い。ただ、それ攻撃し続ける事を受け入れる事にしただけだ。

 ナーベラルに窮奇キュウキに離れるよう命令させ、静かな時が流れる。

 BGMの無い世界は『ユグドラシル』に戻っても同じだった。

 水滴の音すら聞こえない地下空間。

「……百五十年……。随分と長くかかってしまったわね」

「………」

 感慨深いものをそれぞれ感じる。

 外に出られずに生活する期間としては立派な拷問だ。

 もちろん、一人で佇むモモンガは更に孤独だ。今も精神を保っているのか分からないほど大人しくなっている。

 動くこともやめたような印象がある。

「レベルを大半つぎ込むから、もしスキルが失敗したら次は一撃くらいで消えるから。皆さんに会えて嬉しいのと残念なのが入り混じっているけれど」

幻想少女アリスが居なくなった後は誰が来るんだ?」

「……誰だろう。殆ど居ないはずだから、案外打ち止めも可能性としてはあるわね」

 『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』は八十八体居る、事になっている。何体かは既に消滅していて残っている情報は幻想少女アリスの中では一体だけだ。そして、その一体は現在『イビルアイ』と呼ばれる女性に憑衣中。

 危険度で言えば幻想少女アリスの中では一番『優しい』部類の筈だ。

 殆どの能力を持たず。ただ、自壊する運命のみ持つ者。


 『機械に関する百科事典ヤントラ・サルヴァスヴァ


 『ファンタジー』の世界における『SFサイエンス・フィクション』という強敵だ。

 剣と魔法の世界を蹂躙する理不尽の権化。

 望めば事象すら飛び越えてくる可能性を秘めている。

 自分が失敗したとしても可能性は潰えていない。

 その理不尽な『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』が来るかもしれない。

「第二のスキルはただの召喚じゃないわ。レベルをつぎ込むことによって……」

 ゲームに出るイベントボスらしいセリフは必要なのかしら、と幻想少女アリスは疑問に思った。だが、演出は大事だ。

 黙ってスキルを発動した場合のつまらなさは筆舌に尽くしがたい。

 お客さんペロロンチーノ達の期待に応えてこそ、自分たちが存在してきた意義が多少なりともある、というものだ。

 つぎ込む分量はケチケチしない。限界までだ。

「失敗した場合はどうすればいい?」

 と、手を挙げたのは全身が燃えている『死獣天朱雀』だ。

 温度調整が出来るのか、そもそも身体の炎は演出であって触ったからといってダメージがあるわけではない、という仕様なのかもしれない。

 攻撃を受けると反撃ダメージを与える設定はあった筈だ。

「……打つ手無し。でも、私は自信がある、と思っている。他に方法があるなら……。ペロロンチーノさんに複製を取らせてあげるわ。……そうすると少し残さないと駄目よね……」

 一撃で死んでは困るけれど、中途半端に残した事で失敗するのも面白くない。

 この辺りはどうすればいいのか、幻想少女アリスの知識には無いので困った。

 今の段階でも武器は素通りしてどうしようもないし。いや、結局は無理か、という結論に至る。

 最終スキル発動時には肉体的に飛躍する傾向にあるので、武器で軽々と切り裂けるという状態というか理性が残っている保障が無い。

 そもそも『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』は暢気に複製が取れるようなモンスターではないし、出会うのも難しいレアな存在だ。

 とはいえ、それは『星の守護者ヘレティック・フェイタリティ』側の常識だ。

 ペロロンチーノならば案外、色々と常識外れな事をしてくれるかもしれない。

 事実、『機械に関する百科事典ヤントラ・サルヴァスヴァ』は非常識のかたまりだ。いや、そういう知識が植えつけられている。

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