012 加速世界だったら

 魔法の効果が切れた後でモモンガの足下の影が伸び、影の悪魔シャドウ・デーモンが姿を現す。

 悪魔系のモンスターだが二次元的な存在で影そのもの。立体になった時でなければ攻撃が当たりにくいが強さ的には弱い部類だ。

 大きな小悪魔インプとも言える姿なのだが真っ黒で表現がしにくい。

「アイテムをお持ちいたしました」

 見た目は小さな皮袋だが、それぞれ限界重量一杯に詰め込まれているという。

「分かった。ご苦労」

「何かご伝言があれば……」

「今は無いな」

「……畏まりました」

 影は小さくなっていき、消えてしまった。

 一応、モモンガは皮袋の中身を確認する。

 革製品と鉄製の武具を一通り作らせたが、売れるのかは未知だ。

 商人マーチャントスキルを持つ『音改ねあらた』が居れば色々と助かるのだが、呼びかけに応じなかったメンバーなので諦めるしかない。

 見た目は象人間ガネーシャだから連れ出すには色々と情報を集めてからでなければ駄目だと思う。

 。そんな気がしたからだが。

今からでも呼べば間に合ったりするかもしれない。

「……後々、酷い目に遭うんだろうな……」

「どうかした?」

 モモンガの声に呼応するように姿を見せたのは幻想少女アリスだった。

 いきなりの事に驚いてしまった。

「……幻想少女アリスか……。唐突で驚いたぞ」

「姿を見せても驚くんじゃない?」

「……む、それはそうだな。……なにしに来た、というのは……不適当かな」

「私もお兄ちゃんと旅する仲間みたいな感じだけどね。別に監視してるわけじゃないけれど……。何かお悩みかな?」

 青い服に白いエプロンの少女はモモンガの隣りに移動した。

 腕を組もうとはしなかったが同じ風景を眺める。

 悩みという訳ではないけれどさっき浮かんだ仲間の事を尋ねてみた。

「……居ない仲間を呼べるのか……。う~ん……」

 幻想少女アリスは腕を組んで悩みだす。

 見た目は可愛い少女でも初心者殺しの強敵だ。

 他にも供というか仲間が居て、それらも強いモンスターだ。

「色んな次元が崩壊する予感がするけれど……」

「……そう……だよな……」

 アバターと現実の身体があるわけだし、とモモンガも頭を抱える。

 単純な召喚では済みそうもない、というのは感じた。

 全員が揃えばまた楽しい冒険が出来る、という単純な話しにしたい気持ちはあるのだが、現実問題としてクリアしなければならない事はたくさんある。

 無理を言うつもりはないのだが、可能であればすがりたい。

「単独では無理そうだけれど……。常識外れの発想を良しとするならば可能になる事はあるかもね。でも、今の段階では例え私でもどうしようもないわ」

 と、微笑みながら幻想少女アリスは言った。


 ◆ ● ◆


 深い闇が満ちる夜。

 モンスター反応はルプスレギナと周りに配置したシモベ以外は感知出来ない。

 見知らぬ土地で空を見上げれば大きな月とたくさんの星が見えてくる。

 雲ひとつ無いからはっきりと見えるんだろうけれど、美しい景色だと思った。

 そんな景色を隣りに座っている幻想少女アリスと共に眺めている。

「唐突だけど、この物語は一定まで進むと終わります」

「はっ?」

「そもそも多くのが混在しすぎているのよね。だから、こんな不安定な世界が出来上がる。これもまた世界の強制力というもの」

 幻想少女アリスは夜空を眺めがら言った。

 少し混乱気味のモモンガだが、ちゃんと話しに耳を傾けようとは努力した。

 訳がわからないのは今に始まった事ではない。だが、言葉として聞くと取り乱してしまう。

「この物語は消える運命さだめかもしれないけれど、別の時間軸に統合されると思うからモモンガお兄ちゃん達が本当の意味で死んだりはしないと思う」

 全てはの受け売りだけどね、と舌を出しつつ苦笑する幻想少女アリス


 気が付けば幻想少女アリスの姿は無く、モモンガ一人になっていた。

 意識の一瞬の隙をついたのか。

 物騒な単語を聞いた気がする。それでも自分に何が出来るかと問われれば冒険としか答えられない。

 途中で消える、というのはナーベラルの爆発と関係しそうな気がする。

 そもそも異世界に転移したこと自体が異常なのだから何が起きても不思議は無い。

「……来ちゃった」

 と、モモンガの背後から声が聞こえた。振り返れば闇夜にまぎれた粘体スライムが一匹。

 深い闇では色合いは分からないが声では『ぶくぶく茶釜』だ。

 『暗視ダークヴィジョン』での風景では色合いまでは正確に映さないようだ。

「……茶釜さん」

「地下洞窟の中に閉じこもるのは不健康よね」

 不定形の彼女は空に向かって伸びをしたようだ。

「何か事でもあった?」

「……ええ、まあ。この冒険が途中で消えるらしいです」

「……それは唐突ね。……うん、まあそんな気はしてたかな」

 幻視した映像から良くない前触れというのは仲間たちも感じていた。

 先の未来なのか、これからの暗示なのか。

 それでも良い未来は一つもない。

 自分達が異世界に来る事自体、ありえない事なのだから自然法則の一つや二つがおかしくなることは想定内だ。

「それは私達にも言えないこと?」

「そんなことは無いと思いますし、今言ってしまいました」

「まあ、そうなんだけど……。もっと込み入った詳細があるのかな、と思って」

 不定形のぶくぶく茶釜は穏やかな口調で話し続けた。

 繊細なギルドマスターに催促は厳禁だ。それでもあまり隠し事はしない人だと思っている。もちろん、仲間内では。

 一人で抱えるより仲間と相談するタイプだ、モモンガという人間は。

「仲間といつまでも旅をしたいと思った結果だと思うと願いが叶ったって思うんです。でも、それは無理を押し通した結果ではないかと。だから、この世界はとても不安定になった……」

「という仮定ね」

 モモンガは頷いた。

「そうだとしても現に異世界なんだし、行けるところまで行きましょう。元の世界に戻るとか考えなくていいわ。どうせ崩壊するなら悔いの無い旅にした方がいい。……そうなると弟がとんでもない事をしでかしそうだけど……」

 現地民を強姦しまくるとか。皆殺しにするとか。街を焼きまくるとか。

 やりたい放題な結果はすぐ浮かぶ。

「それで実は何も起きなかった、となったらそれはそれで面白そうね」

「……ペロロンさんはあまり酷いことはしない気がしますよ」

「そうかな? さすがに皆殺しは無いかもしれないけれど……。ピンクエロの世界は作りそうね」

「そうですね」

「我々はアバターなんだし、運営のサーバーが正常機能することで消滅する事になっても、それはそれで運命だと諦めましょう」

 それでもモモンガが仲間達と一緒に遊ぶことに固執するなら、それはそれで一緒に付き合っても良い思う。世界が崩壊するまで。

 どの道、自分たちはアバターなのだから。

「目下の目標として●●●ロ帝国って所までは行きたいわね」

「悪意のある名前ですよね」

「さすがに現地民全てではないでしょう。モンスター名が正常だったように」

 それともイベントキャラだけ変なのかな、とぶくぶく茶釜は疑問に思う。その仮説が正しいと色々と納得出来る。

 その変な名前のキャラクターに会えばイベントが進む、ということだからだ。

 逆に正常な名前だと特に何も変化しない、かもしれない。

 目安や目印としては分かり易い。

「……でも、いくらモモンガさんの頼みでもアウラとマーレの近親相姦は許さないからね」

「いやいや、そんなことは頼みませんよ」

「制限が突破されると何が起きるか分からない。みんなはそれぞれ色々と想定しているけれど……」

「そういえば」

 と、モモンガは思い出す。

 ペロロンチーノに妙な単語を叫ぶように頼んだ事を。

 実験とはいえ申し訳ない事をした。

 その事をそれとなく伝えるとぶくぶく茶釜は分かっていると明るい口調で答えてくれた。

「ついに狂ったかと思ってびっくりしたけれど……」

 本当にそんな事になったら、姉としてきっと真剣に心配する。

「デスゲーム繋がりだとによる世界という事もありうるわよね」

「今流れている時間が外の世界では一秒も経っていないって奴ですね」

「ア●●●ワ●●●っていうんだったかしら。そういえば、そんなライトノベルもあったわ。確か映画でも似たものがあったわね。日本人の俳優が……」

 なんてタイトルだったか忘れたけれど、とぶくぶく茶釜は呟く。

 様々なネタを使うエンターテインメント溢れるサブカルチャーは今の世界では随分と廃れて陳腐なものになったと呆れてしまう。

 ノスタルジーというやつか。

 少なくとも●●系列が諸悪の根源というわけではない筈だ。

「仮に超加速だとすると戻った時の反動は大きそうですね」

「どっち道、消えるんだし……。物凄く残念な気持ちになるわね。ついでに現実の世界も消してくれるといいのに」

 少なくとも綺麗な世界に変えてほしい、とモモンガとぶくぶく茶釜は願った。

 まともに外に出歩けないサイバーパンクの世界は要りません、と。

 あとついでにヘロヘロさんの現実の身体が健康になりますように、と本当についでに祈った。


 言いたい事を言った後、ぶくぶく茶釜はナザリックへと戻っていった。

 そして、静かな時間が流れる。

 睡眠を必要としない身体なので眠気は全く起きない。それでも夜空を観賞すると感動する気持ちが湧いて来る。

 人間的な気持ちまで消失してしまうと面白さを失ってしまう。そうなってしまうと何の為にゲームの中に残ったのか分からなくなる。

 人間であった頃の残滓ざんしは大切にしたい。

「……随分と真面目に考えてしまったな」

 本来はになれるような気がしたのだが、と。

 以前はもっとはっちゃけていたのではないか。

 いや、とてもが連続して起こった気がする。

 はまだまともだと思いたい。

 まだ冒険らしい事をしていない内に消えるのは嫌だな、と思った。それはきっと本心からだ。

 折角の異世界なのだから。

「タブラさん、起きてますか?」

 『伝言メッセージ』を使ってみた。

『はいはい、起きてますよ。ずっと起きてても眠くならないので今まで放置していた本を読む事にしました』

「そうですか。それはそれとして……」

『……維持する指輪リング・オブ・サステナンスを装備してたかも……。何かありましたか?』

 穏やかな友人の声。それが次の一言でどうなるのか、気になるし、とっても気になる。

「あの……。アルベドを俺に下さい」

『いいっすよ』

 と、即答で帰ってきた。

 物凄い告白だったはずなのだが、切り替えが早すぎやしないか。

 ついつい変な声であえいでしまった。

「い、いいんですか!?」

『私が良いと言ったんだから良いよ。存分に可愛がってくれたまえ』

「……本当に?」

『疑り深いな、モモンガさんは。エロい事をしてもいいよ。アンデッドの身体で出来るものなら』

 子供っぽい悪戯っ子のような明るい口調。それは冗談なのか、本気なのか。

 確かにアルベドの譲渡は話しには出ていたが、あっさりしすぎて逆に怖い。

『どの道、我々は引退する者達だ。今更ヤダとは言いません。それにモモンガさんは童貞だ。はっきり言いますが、だからこそ紳士的に扱ってくれると思ってますよ。あと、服装は自由に変えても良し。私が許します。全裸にはしないと思いますが』

「裸で放置はしませんよ。……あ、あっさりしすぎているので言葉が出てきません」

『でも、モモンガさん。アルベドの姿を分かってて言ってますよね?』

「もちろんです。それはそれ、ですよ」

『素晴らしいです。でも……、そうすると設定は失敗したかな。良き』

 という所で魔法の効果が切れてしまったのでかけなおす。

 タブラはちゃんと待っててくれたようで言葉を改めて言い直してくれた。

『良きお嫁さんになるだろう、とか。良妻賢母系にするべきだったね。そこら辺はモモンガさんに任せます。変態思考の残念ヒロイン以外なら』

「……親のクセに酷いな」

『あははは』

 良からぬ思考は社会人ゆえなのか。その点ではペロロンチーノと似ている気がする。

 そうであってもシャルティアの事はちゃんと大切にしているのだから不思議だ。

 いや、今ならもっと酷い設定に変えさせろと言ってくるかもしれない。

『ただ、アルベド以外にも扶養家族が居る事を忘れないで下さい』

 アルベド以外の扶養家族は仲間たちが作り上げたNPCノン・プレイヤー・キャラクター達の事だ。それはすぐ脳裏に浮かんだ。

『責任の押し付けはしないようにしますが……。弱音を吐いてもいいですよ、ギルドマスター』

「その時は頼らせていただきます」

『本当に? 実は物凄い秘密を抱えて悩んでいたりしませんか?』

 明るい口調のタブラの言葉にモモンガはドキリとした。

 心臓が無いのに胸が飛び出るような擬似的な感覚。

 それはとても鋭い一撃だった。

『エロい内容はちょっと……』

「そういうものではありませんが……。込み入った話しは帰ってからでいいですか?」

『おっ、冴えない主人公のスキルですか?』

「……まあ、そうですね。というか、目的を見失いそうです」

 目下の目的はエンリと共に城塞都市●●・ランテルに向かう事だ。

 長話しで忘れそうになっていたのは事実だ。


 それから他愛も無い話しをした後、馬車に戻る。

 既にエンリとルプスレギナは眠りについていた。

 周りに外敵反応は無く、シモベ達を配置すれば朝まで安全が保てる気がした。

 夜目の効く身体なので今の内に拠点に戻ろうかと思った。

 『伝言メッセージ』にて『転移門ゲート』の用意をさせてナザリック地下大墳墓に帰還する。

 お抱えメイドの一人を呼びつけてメモ用紙を持ってこさせた。

 忘れないうちに必要事項を書き留める。

「お帰りなさい」

 と、執務室に現れたのは夜間ではとても目立つ煌びやかな防具を身にまとうペロロンチーノだった。

「ちゃんと茶釜さんに言っておきましたからね」

「ありがとうございます。いや~、思いっきり言えるっていいですね」

「良くないですよ。ただの変態と変わらない」

 それを頼んだのはモモンガだが。

 二つ返事で了解してくれた友人には深く感謝している。

「今のところ異形種の姿が見えないから皆さんを街に案内するのはまだ出来そうに無いですね」

「無理に思いつめなくていいですよ。そうなんじゃないかなと思ってましたから。大抵、人間の国に我々が素直に入れるわけ無いし」

「いやに冷静ですね、ペロロンさん」

「それぞれ色々と想定してますから。モモンガさんが居ない間に対策会議したり。第八階層と第六階層で暇つぶししている人も居ますからね」

「今しばらくの辛抱ですが……。頑張ります」

「変に責任を感じないで下さい。対プレイヤー戦とは違いますから」

 敵対勢力が居るのか分からない世界はじっくりと取り組む必要がある。だからこそ時間がかかるのは当たり前だ。

 モモンガは責任感が強いので思い詰めるのではないかと仲間たちは思っていた。

 タブラもぷにっと萌えも出来るだけモモンガが自由に行動できるようにナザリック内の細々とした問題は自分たちで解決しようとしていた。

「こっちはこっちで調査していますから。一部のモンスターがやたらと素直になっているのは新鮮でしたね。挨拶を普通にしてきますし」

「攻撃性を持った者は?」

「設定によっては居るようですが……。自動的に湧き出るモンスター以外となるとタブラさんとるし★ふぁーさん関連くらいかな。大きな騒動は無いです。たっちさんも居ますし」

「了解しました」

 仲間たちが居る、という事が今はどれほど心強い事か。

 もし一人だけならあっちもこっちも面倒など見ていられなかったと思う。

 他のNPCの様子は見ていないがきっと全員を集めて一つ一つ説明する事態になっていた筈だ。とてもじゃないが、全員を黙らせる自信が無い。

 側に居るメイド達に命令する事だって途方も無い労力を使うに違いない。

「たっちさんより怖いウルベルトさんが居ますから、第七階層は物凄く規律正しい事になってますよ」

「他の階層にも波及すると怖いかも」

「アメとムチって言ってましたから。それより半数のメイド達が仕事を求めてさまよう姿がとても可愛い」

「交代制にしたいけれど……。それはまた後で考えましょう」

 様々な問題に対してモモンガ一人で出来る事は限られている。そして、それをモモンガ自身実感した。

 今優先すべき事を確実に遂行する事が大事だと判断し、ペロロンチーノ達に任せて地上に戻る事にした。

「シャルティアをタクシー代わりに使って申し訳ありません」

「仕事と割り切っているようですから。嫌がってはいなかったですよ」

「そうですか?」

「我々至高の存在の役に立っているって事がとても嬉しいようです」

 シャルティアが嬉しくてもモモンガは心を痛めている。

 いずれ何かしらのお礼がしたいと思った。


 ◆ ● ◆


 エンリに危機が訪れないように気を使っている内に周りが明るくなってきた。

 少しの間、夜空を楽しんでいた事もあるけれど。

 一日の時間が二十六時間というのは時計が無ければ実感がわかない。

 誤差二時間というのは長いのか、短いのか。

 意識が何かに集中していれば時を忘れてしまう。そうなると意識せずにいられるのかもしれない。

 せっかく寝ているルプスレギナは引き続き起こさずにおいて、馬の様子や辺りの様子を観察する。

 朝靄あさもやは無く、鮮明な風景のみが映る。

 『永続光コンティニュアル・ライト』などを片付けているとエンリが眠そうな顔で起きてきた。

「お、はよう……ございます」

「おはようございます」

 髪がボサボサの彼女の為に水を用意しようと思った。

 空の桶はいくつか種類があり、用を足す為のものは間違っても使えない。

 馬への水やりに使う桶に『無限の水差しピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター』の水を注ぎ込む。

 最初の一回は桶を洗浄する為。二回目の水は顔を洗う為に使う。

 それをエンリに渡す。

 魔法で生み出す水は一定時間が経つと消滅する。ゆえに世界に元々存在する水の絶対量は決して増やさない。

 飲み水としても使えるのだが、転移後の効果がどうなっているのか気になるところだ。

 体外に排出されるまでは効果が続き、発汗で初めて蒸発などをするならば脱水症状にならずに済むはずなのだが、そこら辺のとやらはどうなっているのか。

 見た目には片手で持てる程度の大きさの『無限の水差しピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター』というアイテムは一日に出せる水の量が数リットルと決まっている。翌日になるとまた並々と水が出せるようになる。

 原理は知るよしも無いが、現実世界にこんなふざけたアイテムは存在しない。


 エンリの身支度が整う頃にルプスレギナが物音で目覚めた。

 旅のお供として連れてきたが周りに常に警戒させるような緊張感を持たせるつもりは無く、一人よりかは賑やかだと思っただけだ。

「まだ寝てていいぞ。街に着くまで」

「い、いいえ。そういうわけには……」

 まだ少し眠そうな顔で髪も乱れた赤い髪の娘はなかなかに可愛かった。

 ゲームでは乱れまで再現はされないもののはずなのだが細かい部分まで本当に生きた人間に見える。

 とてもゲームのデータで出来た生命体とは思えない。

「昼ごろに到着予定だ」

「了解しました」

「街に着くまで退屈だろうがな」

 馬の餌やりを終えて出発する。

 道中の道路はガタガタで舗装されていないせいで一時間くらいでルプスレギナの目は冴えた。揺れによる具合の悪さは装備しているアイテムのおかげか、今のところ平気そうだった。

 それから少し経って街の外壁が見えたとエンリが報告する。

 帝国との戦争をする上での砦とも言われている城塞都市●●・ランテル。

 変な名前のせいで本当に戦争状態なのか信じられない。しかも相手国が●●●ロ帝国だ。

 危機感が今ひとつあるようには思えない。しかし、それはモモンガが日本人だから、とも言える。

 自分達の常識と異世界の常識はイコールではない。それを考慮すれば一概に変だと抗議するわけにはいかない。

 変な名前でも彼らにとっては日常的であり、一般常識だから。

 モモンガ達が検問所に到着するころ、ナザリック地下大墳墓の第九階層にてペロロンチーノはメイド達を集めていた。側に姉のぶくぶく茶釜が居るので裸に剥くことが出来ない。

 別に全裸にする為に集めたわけではなく、一同の顔を拝むためだ。

「総勢四十一人。圧巻ですな」

「それはいいが、弟。並べるだけか?」

「それだけじゃあ味気ないけれど……。でも、奇数で中途半端な数だよね」

「素数っていうオチはたまたまの偶然だが……。我々に合わせた人数だから仕方がない。一人増えたり減ったりさせるのも今更だし、可哀相だ」

 ペロロンチーノ達が喋っている間、メイド達は直立不動の姿勢で待機していた。

「今、とても忙しい人は手を挙げて」

 一見すると意地悪な質問に聞こえる。メイド達は困惑の表情になっていった。

 約半数のメイドには担当する至高の存在が居て、今は丁度命令の無い空白時間になっていた。あと、たっち・みー達に協力してもらった。

 無理に仕事を見つけるとしても清掃くらいだ。

「サボリを探そうとかじゃないよ。今、本当に仕事が無くて食事しようと思っていた人でもいい」

 この言葉に三人ほどが手を挙げた。このメイド達は食事の時間が事前に決まっていたメイド達だ。

「あれ、ペストーニャは?」

「メイド長は第十階層にて餡ころもっちもち様の下におります」

「分かった。では、改めて自己紹介してもらおうか」

 ゲーム時代は近づくだけでNPCのステータスを表示させられたものだが、今は特別な方法で無ければ確認できなくなっている。

 見ようと思えば見える。それにはいちいち第十階層に行かなければならない。


 ナザリックの地下第九階層に居るメイド達はヘロヘロを含む三人の手によってセリフや行動がプログラミングされている。

 外見データも一人ずつ与えられているので同じ顔は居ない。

 種族はペストーニャも含めて人造人間ホムンクルスである。

 種族ペナルティというものがあり、食事量増大によって常に大盛りの食事を平らげる。

 拠点コストからすれば微々たる物で運用資金には影響が出ない範囲となっている。

 拠点維持費や修復費用と呼ばれるものは一定額内であれば免除される。ゆえにメイド達の食事にかかるコストは今のところ問題なしとなっている。ただ、メンバーがこだわって備え付けた調度品の一部はとても高額なものなので破損すれば免除額をオーバーしてしまう。

 第一階層を更地にしても無料で修復できる事から第九階層の修繕費が圧倒的ともいえる。

 戦闘に特化している上層よりくつろぎ空間の方が高いという事実は忘れてはいけない。

 ナザリック地下大墳墓で働くメイドはメンバーと同数の四十一人。他に執事達も居るけれど、こちらは『イー』しか言わない。

 全身黒いタイツで覆われた格好で個性がなくて面白みに欠ける。主な仕事は女性達にはさせないトイレ掃除や男性用の施設の清掃だ。

「右から一人ずつ」

「はい」

 食堂にはぶくぶく茶釜の他にヘロヘロも興味本位で来ていた。他にはク・ドゥ・グラース。エンシェント・ワン。獣王メコン川。あまのめひとつ。ぷにっと萌え。チグリス・ユーフラテス。たっち・みー。

 至高の四十一人のうち十人が注目しているせいか、メイド達の緊張は目に見えて明らかだった。

「後ろのおっさん連中が怖い顔に見えるかもしれないけれど、気にしなくていいぞ」

 ペロロンチーノの言葉にたっち・みー達は手を振って答えた。一部は見た目では判別出来ないけれど。

 メイド達はそれぞれ名乗りを上げる。

 リュミエール。シクスス。インクリメント。デクリメント。フィース。フォス。フォアイル。ファースト。セカンド。サード。セブンス。エイス。ナインス。テンス。インクルード。ディファイン。アンパサンド。イニューム。エルス。フォウ。アスタリスク。エクスターン。スタティック。アンディフ。ストラクト。インライン。プラグマ。トゥルー。ファルス。ユニオン。ネスト。ブーリアン。コンストラクタ。デストラクタ。シグネチャ。インヘリタンス。インスタンス。セマフォ。ミューテックス。オブスキュリテ。ナル。

 途中で今何人目だったっけ、と思いつつ名乗りが終わる。

 今ので覚えられるわけも無く。

 名札は必要かな、とペロロンチーノは思った。

 プログラム担当者もうっすらと忘れているらしいし、会う度に聞けばだいたいは覚えていられる。特に自分の担当くらいは。

「……壮観だな……」

「四十人近くもまとめてしまうと個性が潰れるね」

 と、ヘロヘロは苦笑したようだ。

 固まって動かす予定は無いので整列すると首から下の個性が区別し難くなる。貧乳から巨乳になるまで並べたら面白そう、という下らない事が浮かんだ。

 一人だけ変化のあるペストーニャみたいな者とは違う。

「半数は……持ち場に戻っていいけれど……。俺の担当って誰子ちゃんだっけ?」

 普段、あまり名前を呼ぶ事が無いので改めて見ると名前が出てこなかった。ただ、それは他のメンバーも同じようだった。

「弟の担当はデクリメントで私がインクリメント。ヘロヘロさんはインヘリタンスちゃんじゃなかったっけ?」

「名前と担当者は一致させるつもりが無かったから適当だよね」

 たっち・みーは確かトゥルーだったかな、とかそれぞれ呟き始めた。

 メンバーの居るメイドは問題ないが不在のメイド達は仕事が無いので現場待機となっている。

 仕事のあるメイドが移動していく姿を羨ましそうに眺める残りのメイド。

「部屋はそれぞれ担当するからいいとして、半数の新しい仕事を考えないといけないね」

「交代制にすると不満が出てくるとか?」

「モモンガさんの旅の具合次第だし、今は暇でも良いんじゃない? いずれ忙しくなるかもしれないし」

「だそうだよ、残りのメイド達。今は暇で申し訳ないけれど」

「勿体なきお言葉に存じます」

 今すぐ仕事は与えられないし、宝物庫に放り込むと全員死ぬ気がする。例え毒無効のアイテムを持たせても安心できないほどに。

 下手をすればずっと仕事が無いまま待機状態もありえる。その時のストレス度合いはどうなるのか。

 肉体は人間とは違うし、ゲシュタルト崩壊するようでは色々と問題が出る気がするけれど。

 肉体的。精神的な強度の確認は必要だと死獣天朱雀も言っていた。

 疲労するのか、しないのか。

 試しに残りのメイドで色々と試したいのだが、姉の機嫌がとても気になるペロロンチーノ。

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