011 夜の帳が降り切る前に

 モモンガ達を都市まで運ぶのは家主の娘。

 名前は『エンリ・●●●●』で十六歳。妹はネムといい、十歳になる。

 苗字は酷いが名前はまともそうだが、女の子の名前として可哀相、という感想しか浮かばない。

 短めの黄色い髪に利発そうな顔立ち。農村特有の汚れはあるものの可愛い娘に見える。

 日に焼けた健康そうな肌。畑仕事で鍛え上げた腕力は男性に負けないほど。

「急な話しだが行ってくれるか?」

 父親に説明を受けた後、エンリは怪しい鎧姿のモモンガに顔を向ける。

「売り買いが出来れば案内料をお支払いしますよ。無理に要望を聞いてもらうのだから、こちらもお礼をしなければ……」

 何でもタダでやってもらおうとモモンガは思っていない。

 悪のロールプレイをしてきたギルドとはいえ対価も払わない鬼畜ではない。

 サラリーマンとしての気持ちも入っている。

「分かりました。えっと、じゃあ……。今から準備してきますね」

「……いや、その前に……。何の疑問も無いようですが……、質問とかされないのですか?」

「旅人さんが言いたくない事を無理に聞こうとは思いません。……それに嫌な雰囲気を貴方から感じません。……何故だか分かりませんが、貴方はだと思えるんです」

 カルマが極悪に傾いているのにエンリはモモンガをいい人と言う。それはモモンガ自身、不思議だと思った。

 別にカルマを偽装しているわけではない。

 エンリの苦笑する顔は何故だが、安心感があった。

 この娘の笑顔は守る価値がある。そんな気持ちにさせる。

 質問する事が無くなり、エンリは馬車の用意の為に家の裏手に向かった。ネムもモモンガを一瞥してから姉の後を追う。

「……娘さんの安全は守らせていただきますよ」

 『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスターにかけて、と胸の内で決意する。

 話しを切り上げて家の外に出る。

 村を出るまで一時間はかかるらしい事は聞いておいた。

 一日がかりの移動なので色々と馬の餌とか寝袋の用意とかの準備が必要だからだ。

 モモンガはシモベに連絡を取ったり、メンバーに意見を求めたりした。

 ルプスレギナには騒ぎを起こさない範囲で村の調査をさせておく。

「……いい村だ。……名前以外は……」

 平和を体現したような酷い名前の村。

 多少の事に目を瞑れば悪い気はしない。

 姿形も人間で言葉も通じる。

「……日本語が通じている」

 それだけならゲーム時代でも同じだ。問題は●●●や●●●●も日本語表記のような気がする。

 特定の固有名詞は外来語なのかもしれないけれど。

『まんま●●●は日本語っぽいですよね。近い言葉に心当たりはありません』

「自動翻訳というやつでしょうか?」

『ありえない事はないと思いますが……。モンスター名は……確か小鬼ゴブリンなんですよね?』

「はい」

 日本語で話し、固有名詞は外来語となると色々と不可解な気持ちになってくる。

 何者かが言語を翻訳するようなシステムでも構築したのか。自分達のアバターが自動的に翻訳する機能を得たのか。

『文字はどうなんですか?』

「……確か地図に書かれていたのは……、魔法のスクロールに書かれていたものに似てましたね」

 ユグドラシルで使われている文字は自動翻訳されているので特別な場合を除き、読まなくても支障が無い。

 スクロールを使う時はアイテム欄に日本語で表記され、説明文と言われるフレーバーテキストも日本語だ。

 特殊な呪文をわざわざ読み解く必要が無いから、とも言える。

『公式では英語を回転させたり、反転した形ですけどね。それなら我々でも解読は可能かもしれませんね』

「瞬時に解読するのは苦手ですので、皆さんに任せます」

『了解しました』

 通話を切り、エンリの様子を見に行く。

 未知の世界は何でも物珍しい。アイテム類は落ちていないけれど、木や壁に手を当てて感触を確かめる。

 重そうな装備にも関わらず、身体を柔軟に動かせるのは魔法の影響か。

 実際はかなり重いんだろうな、と思いつつ苦笑する。


 エンリの作業風景を眺めた後、井戸を覗き込んだり歩いている村人の様子を眺めたりした。

 サラリーマン時代の対人スキルを使って農作業の事も尋ねたりした。

 ゲーム三昧だが人との付き合いは苦手ではない。

 完全な引きこもりと同列に扱われたくは無いが、ゲーム仲間に色々と比重が傾いているのは自覚している。

 他に楽しみがあればいいのだが、娯楽の少ない世界ではネットゲームで仲間達と遊ぶ事が一番の楽しみとなってしまった。

 転移した今も彼らが居てくれてかなり嬉しく思う。もちろん、彼らにも家庭や暮らしがある事は理解している。

「墳墓内に閉じ込めたままで申し訳ありません」

『我々は化け物ですからね』

『あまり往来も無いようですから隠蔽が済み次第、土いじりに挑戦しようかと思います』

「遠くに行かないように願いますね」

『了解です』

 ナザリックの現在位置を把握しないと不法占拠に当たると聞いている。

 一番、穏便に済みそうなのは土地の取得だ。

 強引な手も考えられるが他のプレイヤーが居た場合、色々とこじれる気がする。

 転移した先でトラブルに遭うのは勘弁願いたいところだった。

 ここが新しいゲームだとしてもログアウト出来ないまま数日が経過している。それを無視してゲームを楽しもうとは思っていない。

 それらも含めて情報収集するしか今は出来ないけれど。

「……本体は普段どおりの日常を送っててもらいたいものだ」

 急にログアウト出来るようになったとして、戻った瞬間に衰弱死や解雇宣告など受けたくない。

 もし、病院に担ぎ込まれていた場合はどうなるのか。

 手厚い看病を受ける資格をそれぞれ持っていただろうか。

「ペロロンさん」

 こういう時、頼れる仲間に連絡するに限る。

『はい?』

「ギルドマスターとして許します。●●●●って大声で叫んでみてください」

『……モモンガさん、愛してます』

「……キモイです、ペロロンさん」

 言った後で接続を切る。

 ゲームシステムに圧力をかければ何がしかの反応が現れる。特に18禁に相当するものに日本製のゲームシステムはとても敏感だ。

 ならば、逆手を取ればいいだけのこと。というか、説明の時に言ってしまったが何も起きなかった事を思い出す。

 改めてペロロンチーノに連絡を入れる。

「叫びました?」

『あらん限りの大声で言ってやりましたよ』

 息遣いの様子からを絶叫したようだ。

「何か周りが歪むような変化はありましたか?」

『……えっと、何も起きませんって! 姉貴、今のはモモンガさんの頼みで……』

「後で俺から謝罪させていただくので。ペロロンさん、また頼むかもしれませんが、その時はよろしく」

『オッケー、ボス。エロの伝道師に任せ』

 言葉の途中で接続を切るモモンガ。

 確認作業なので次の方法を模索しなければならない。

 即座に反応があるとは思えないが、何らかの警告文なりが届いた時は素直に謝罪しようという気持ちはある。

 もちろん、こんな世界に閉じ込めた責任は運営にある筈だ。

 ただ、実際のところは本当に運営の責任かは不明だが、雰囲気的には不測の事態なのかもしれない。

 何らかの反応があれば即座に、とまでは言わないがログアウトの方法は貰いたい。それぞれ仕事を抱えているし、こんな事で解雇されたくは無い。

 戻っても辛い毎日が待っているのかもしれないが、現実の身体がどうなっているのか知る権利はある。

 異世界に飛ばされたからとて素直に喜べはしない。

「……俺一人なら諦められるのだが……」

 ギルドマスターとしての責任という訳ではないけれど、半数のメンバーの事も忘れてはいけない。

 転移の秘密を解き明かす自信は無いけれど、色々と考えなければならない事が山積みのような気がした。

 色々と思い悩んでいる内に日が暮れてきた。

 忘れない内に自室に控えさせているメイドに現在の時刻を確認させ、それをモモンガはメモする。

 朝昼晩の大まかな時間を把握しないと何時集合と言われても対応できない。

 通常の一日より二時間も多い世界は初めてかもしれない。

 リアルタイムゲームというものは現実世界とリンクしている部分はあるのだが、この世界はゲーム世界ではない筈だ。

 地道な確認作業を強いられる。

 便利な攻略サイトは存在しない。

「……コンソールが出せないと不便だな……」

 そんな事を呟いているとエンリに声をかけられた。

 幌馬車の準備が終わったようだ。

 飲まず食わずで往復するわけにはいかないので持ち込む荷物は自然と多くなる。

 そこでモモンガは売る物資の用意をさせるのを忘れていた事を思い出し、急いで連絡を取る。

 第十階層には様々なアイテムや武具を製作する場所があり、適当な革製品や最下級の武具の用意を依頼しておく。

 事前に得た情報ではミスリルは貴重な素材だという。

 というか、ミスリルという素材がこの世界でも通じたのは驚きだ。空想上の金属なので。でもない限り、存在しないのは周知の事実だ。

「検問所があるそうですが……。身分証など持っていないのですが……」

「変な荷物を持ち込まない限り大丈夫だと思います。貴方が他の街で犯罪でも犯していない限りは……」

「……指名手配されていなければ、大丈夫だと?」

「手荷物の検査が済めば入れますから。変なものは持ってませんよね?」

 好奇心旺盛なエンリはモモンガを頭から足下まで眺めた。

 その立派な鎧はいくらするのだろうか、と思いつつ。

 怪しそうな道具は無いようだが、咎められると色々と面倒くさくなる。

「裸になれ、とは言われないでしょうか?」

「冒険者さんの装備をいちいち外させるのは聞いた事がありません」

「最低限の道具というのは持っていますが……。大丈夫だと良いですね」

 最悪、顔を見せろといわれても幻術で誤魔化す予定だった。

 話しぶりから検査は簡易的なもので済みそうだった。


 検問所が何を調べるのか気になるところだが、神経質な検査が無いとはいえ外部の人間を入れるのは気になる。

 他国の人間に対して厳しい検査をするのがモモンガの世界では常識だった。

 パスポートが無ければ駄目だ、と言われた場合は夜間に忍び込む事も検討しなければならない。

「これから向かう都市はどんなところなんですか?」

「城塞都市と言われているので、●●●ロ帝国と戦争する砦みたいなところです。今も兵士達が集められているはずなので」

 都市に集められた兵士達は開戦前に南下して『カ●●●平野』に向かう。

 カ●●●平野も聞いた時はふざけているとしか思えない名前だった。

 伏字にする必要があるのか疑問だ。

 はっきり言えば『カーッペ平野』と言うのだが、汚い言葉っぽいので伏字にしておこう。

「広大な墓地がありますが冒険者組合があり、活気のある街です」

 墓地があるのに活気がある、という部分は首を傾げたくなるところだ。

 要するに最前基地で尚且つモンスターの出現頻度が高い場所。

「私の友人も住んでまして。薬師くすしの●●●ーレア・バ●●●と言います」

「……そ、そうですか」

 思いっきり悪口に聞こえた。

 聞き返す勇気が無かったので聞き流す事にした。

 女の子が口する言葉としては相応しくない。けれども昔から呼んでいる名前なので変だと思って居ない場合はどうしようもないし口出しする権利も自分モモンガには無い。

 この調子だと他の都市や人物名はみんな駄目かもしない。

「『ポーション』や様々な薬草類を販売しているので……。あと、物凄く詳しいので色々と訪ねてみるといいです。私はあまり物事に詳しくないので」

「分かりました」

 村娘の知識では限界がある。

 友人を紹介してもらえばもっと多くの情報が集まるかもしれない。

 それにしても酷い名前が続く。

 それは自分が日本人だからなのかもしれないけれど。

 西洋ファンタジーらしさが無い。これでは小学生が考えた名前みたいじゃないか。

 俺は小卒だけれど、社会人ではある。そんな下品な言葉で喜んだりしない。とモモンガは憤慨する。

 ルプスレギナはそれでも面白がっていたので、彼女は小学生以下かもしれない。

 メンバーの一部も喜んでいたが、このまま進むのが心配になってきた。

 名称だから仕方がないのだが、どうしてもバカにされているような気がする。


 村の調査をしていたルプスレギナを呼び寄せて馬車の下に向かう。

 身体が大きく、体格の良い馬が見えた。

 荷台も馬の大きさに比例しているように大きくほろがかけられている。

「この馬車で都市に行くんですね」

「はい」

 飼葉かいばをたくさん詰め込んでいる。

 ゲーム時代ではアイテムなどで出せる仕組みがあるけれど村には無いようだ。

 荷物として嵩張るが移動のたびに減るから最終的には軽くなる。

 時には布団代わりにすることも出来る。

 夜間は周りに明かりが無いので真っ暗になる。だから村では夜になったら早く寝てしまう。

 近代社会で育ってきたモモンガ達のように深夜までゲームをする者は居ない。居ない、というかゲームがそもそも無い。

「モンスター避けの臭い袋を配置して眠ります。何かあればすぐ起きる訓練をしていますので」

「そうですか。移動は大変なんですね」

「はい。村娘を襲うような野盗はこの辺りでは聞きませんが……。現れたらお願いします」

「分かりました」

 普段は朝方に出立し、夜になる頃に都市に着くようにしている。

 外壁付近は明るいし、詰め所に兵士も居るので野盗に襲われる心配はあまり無い。

 夕方から出立するのはモモンガが冒険者として強そうだから、という根拠の無い理由からだ。

 立派な鎧をまとっているから、とも言える。

 モモンガはそこらのモンスターや野盗に負ける気はしない。しっかりエンリを守るつもりだった。

「ルプスレギナ。どうかしたのか?」

 ふと、連れて来た赤毛の部下に顔を向けると鼻を押さえて顔を顰めていた。

「……凄い嫌な臭いがします」

 モモンガは馬車の中を覗き込む。

 アンデッドなので臭覚はあまり敏感というほど自信は無いが、確かに何らかの臭いは感じた。

 飲食は出来ないがある程度の感覚は持っている。

「さっき言っていたモンスター避けの臭いかもな。……そうか。なら……」

 モンスターだから、というよりは人狼ワーウルフとして臭いに敏感なのかもしれない。

 アイテムボックスに手を入れて仮面を取り出す。

 毒物などを遮断する程度の装備品だ。

「これを着けておけ。多少は楽になるだろう」

「申し訳ありません」

 モモンガも悪臭の中で生活はしたくない。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクターだから我慢しろ、という発想は生まれなかった。

 今から思えばゲーム時代はかなりぞんざいに扱ってきた。その恨みつらみを今も覚えていたとしたら恐ろしい事だ。

 復讐の機会をうかがっていても不思議は無いかもしれない。

 恩を着せていったところで下心を見抜かれてしまうと意味が無いけれど、自我を得たNPC達の喜ぶ顔は素直に嬉しく思う。

 設定内容次第ではナザリックに牙をむく事もありえない事は無い。

 あまり味方を疑いたくないが、心配性なのかもしれない。

 手荷物らしきものはアイテムボックスに入れてあるし、一部のNPCも自分のアイテムボックスを利用する事が出来る。

 なので見た目には身軽だ。

 モモンガ達は荷台に乗り込み、馬車の発射を待つ。

「あまり急ぐことは出来ませんが……。到着は明日の夕方以降を予定しています」

 と、エンリの言葉にモモンガは手を挙げて了承の意を伝える。

 それからガタガタと揺れる馬車の旅が始まる。

 競走馬ではないので移動はとてもゆっくりしたものだ。

 揺れに対して耐性を持っているのか、音や揺れは気にならなかった。

 ルプスレギナには馬車の周りの気配を探らせておいた。

 それからガタガタと凸凹でこぼこ道を進む馬車の音以外は気になる音は聞こえてこない。


 ◆ ● ◆


 数時間ほど会話も無く黙っているとエンリの鼻歌が聞こえてきた。

 BGMの無い世界で始めて聞く音楽は不思議な音色に聞こえた。

「……そうそう、アイテムの用意をさせなければ……」

 ナザリックの第十階層に居る鍛冶師達に売れそうな下級アイテムの用意を依頼しておく。

 製作系スキルを持つ彼らなら最下級から中位までは短時間で作れる。

 素材アイテムの中で捨てても支障のないアイテムを使わせておいた。

 変わった素材だと目立つ恐れがある。

「モモンガ様……、臭いが邪魔で索敵がうまく出来ません」

「……気配のみでよい。そんなに身体に力を入れなくてもいいぞ」

「……申し訳ありません」

 元気を無くす姿は可愛い子犬のようで可愛く見えた。

 そんな彼女の頭を優しく撫でる。

「!?」

「……ナザリックの外に出したことは今まで無かったな……。ダンジョンの暗い世界で寂しい思いは感じなかったか?」

「さ、寂しいだなどと……。第九階層の賑やかさで孤独感はありませんでした」

 自我を得たのはここ数日のはず。だから、賑やかだ、という意見に疑問を感じる。

 そもそもギルドメンバーの憩いの空間として造られているのだからNPC達が寛ぐことは想定されていない。

 それとも彼女達の中では『最適化』と呼ばれる現象で『今まで賑やかに過ごした』という記憶が植えつけられているのか。

 飲食も風呂の利用もごく最近になって始めたはずだ。

 サービス終了前は全てのNPCはマネキン同然。

「そ、そうか……」

「ただ……、あっ。意見を言ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない」

 いちいち許可を求めるのは何故だろう。そうモモンガは思うのだが上司に気軽に話しかける部下は失礼と言う意識でもあるのか。

 確かに気安いと嫌われる事はある。

「我々が飲み食いしてもタダ、というところなのですが……。代金を支払った方がいいのでしょうか?」

 基本的に第九階層は憩いの空間で利用料はタダだ。

 もとよりNPCが利用料を払うシステムにはなっていない。

 それ以前に給金を払っていないのだから彼女たちはほぼ無一文だ。

 急に払え、と言うのは無茶だ。

「……色々と解決せねばならない問題が山積している。その件は検討しておこう」

 都合が悪いと『検討する』と言ってうやむやにする上司の姿が浮かんだ。だが、今はその嫌な上司に自分たちはなっているのかもしれない。

 出来るだけ解決したい気持ちはある。

 良い上司にはなりたいから。

「そうだな。色々と決まるまでの間は……、タダにしておこう。いきなり請求するというのは無茶だろう」

「あ、ありがとうございます」

 狭い馬車の中で平伏するルプスレギナ。

 部下の扱い方も考えないと同じことを繰り返してしまうかもしれない。


 まずルプスレギナを座らせる。

 そして、胸を揉みまくる、ということはさすがに出来なかった。というか、うっかり、そんな単語が脳裏をかすめてしまった。

 身体にさわれるので大きな胸に視線が向いてしまう。

 ルプスレギナは割り合い、胸の大きさが目立つ娘だ。

 ふつうなら股間の盛り上がりなどを感じてしまうところだが、今はアンデッドの身体のせいで性欲に類する反応はまったく起きない。というか、出来ない。

 肉体と呼べる部分が全く無いので。

 眼球も赤い光りはあるけれど指を入れたところで頭蓋骨に当たるだけで視界は歪まない。

「……ところで……、ルプスレギナ」

「はい?」

「お前は自爆魔法とか習得しているのか?」

「いいえ」

「……爆発とかしないな?」

「恐らくは……」

 ナーベラルの件を思い出したとはいえ、気になってしまう。

 命令の不備のたびに爆発するNPCは聞いた事が無い。

「命を掛けるな、とは言わないが……。安易に命を粗末にするなよ」

「はい」

 本来ならNPC達はプレイヤーの盾役になるのだが、自分でも何故庇おうとするのか分からない。

 しばらくルプスレギナを眺めていると前方から声をかけられた。

「日が暮れてきたので、近くで野宿しますがよろしいでしょうか?」

「は、はい。我々は構いませんよ」

 エンリの元気な声で現実に意識が戻る。

 ほんの短時間だけの旅だと思っていたら外は既に薄暗くなっていた。

 それだけ物思いにひたっていたようで驚いた。

 馬車が停車する頃には夜のとばりが降り切るところまで来ていた。

 外に出て空を見上げると星々がまたたいていた。

「明かりが無いので申し訳ありません」

「い、いえ。明かりなら用意できますよ」

「そうですか?」

 完全に暗くなる前にエンリは荷台に入り、松明を探し出す。

 モモンガは『闇視ダークヴィジョン』で暗闇でも真昼のように見渡せるし、ルプスレギナも種族スキルで視界は良好だった。

 モモンガはふところから『永続光コンティニュアル・ライト』のアイテムをいくつか取り出して周りに配置させた。

 魔法の光りによって辺りは明るくなる。

「わー……」

「なにかお手伝いしましょうか?」

「そ、そうですか。まずは馬を繋ぎとめておきたいのでロープの締まり具合を確かめていただけますか?」

「分かりました」

 長旅をさせる為に適度に食事を取らせるのは基本だ。

 排泄の後始末の道具も取り出す。こちらは肥料として持ち帰るのだろう。

「……わぁ……」

 エンリが馬車の周りにモンスター避けの臭い袋を設置し始めたのでルプスレギナは顔を押さえて避難する。

「……それ、臭いキツイっすね」

「あはは……。慣れれば平気ですけどね」

 モンスターどころか人間でも顔をしかめるほどの悪臭。

 これくらいならば野犬なども寄って来ない筈だ。ただし、臭いで居場所がバレてしまうので野盗相手には通用しないかもしれない。

 エンリのげんでは野盗に関して村人を襲うような者は殆ど居ないとのこと。それは金目のものを持っていないと知っているから。

 狙われるのは豪華な馬車が多いとエンリは説明してくれた。


 ◆ ● ◆


 作業を終えた後、狭い荷台の中に寝床を用意する。

 モモンガは外の様子を眺める事にしてルプスレギナに中で休むように言いつけた。

「一応、テントを持ってきていますよ」

「そうですか? では、設営は任せてください」

 モモンガはゲーム内で野宿する経験があったので設営自体は出来る自信があった。

 分からなければ仲間に聞くだけだ。

 手際よくテントを十分ほどで建てた。だいたい五人ほど足を伸ばしても余裕がある広さがあった。

「さすが冒険者

「……様、ですか?」

「昔から様と付けているもので……」

 名前で呼ばれるのも気恥ずかしいので気にしない事にした。

 寝床の用意が整ったところでエンリとルプスレギナを先に寝かせる。

 エンリ達を先に寝かせた後で仲間に連絡を入れる。

 一部は眠り、眠りを必要としないものは起きていた。

「今のところ問題なく進んでいます」

 ナザリック地下大墳墓に待機しているタブラに『伝言メッセージ』を送ってみた。

『こちらでも把握しました。影の悪魔シャドウ・デーモン達を配置しているので朝まで眠っても大丈夫でしょう』

「……俺、眠気が全く起きないんですけど……」

『それは……、我慢するしかないですね。売買用のアイテムの用意が出来たそうなので、送ります』

「分かりました」

『メンバーはケンカせずに大人しくしています。ペロロンチーノ君もメイドで遊ばずに色々と研究しているらしいですよ』

「……それはそれで心配ですけど……。茶釜さんが居るなら大丈夫か……」

『モモンガさん一人で冒険に出ろっていうのは無茶ですよね……。我々も色々と下準備が出来たらお手伝いさせていただきますよ』

 穏やかな口調のタブラにモモンガは安心した。

 自分の行動で相手がどういう反応するのか、今は把握しにくいので心配だったからだ。

 相手の顔色ばかり窺うのはみっともないかもしれないけれど。

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