第始章 ミレニアムクエスト外伝【カクヨム版・完】

Alice-Q

ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ

 世界が統一されてすぐに断頭台にかけられ、最後の時を迎えるのは『黄金』の二つ名を持つ元王女。


 『ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ』


 かつてそう名乗っていた売国奴は姓を剥奪されて、ただの『ラナー』という一つの名前のみ残された。

 罪状は適当に用意されたもの。それに意味は無い。

 王家の人間は存在しない。みんな死んでしまった。

 長く美しかった黄金の髪は全て刈り取られ、宝石の美しさと謳われた碧眼は焼き潰され、顔は酸で焼かれて醜悪な様相となっている。

 舌と歯は無事だった。

「最後に何か言い残す事はあるか?」

「……何も……ありませんわ」

 視界を奪われたラナーには見えないが彼女のすぐ近くには長年友人として付き合ってきたラキュースと呼ばれた女の首が置かれていて、醜悪な姿に変わり果てたラナーを見つめていた。


 リ・エスティーゼ王国と呼ばれた国はもう存在しない。

 亜人種にして獰猛な獣人ビーストマンと呼ばれる者達が人間の国に侵攻し、村と都市を制圧していった。

 狩猟民族である人馬セントール達が味方をしてくれた時期があったのだが肉食獣の数に圧倒されてしまった。

 元々、人間の国を救ってくれる酔狂な国など何所にもありはしない。人馬セントール達はたちはただ縄張りを侵されたから迎撃したに過ぎない。

 他国は自国の治安維持で手一杯。

 長年戦争状態にあったバハルス帝国も襲撃を受けていた。

 起死回生の一手を打つ余裕は無かった。

 王国には初めから逃げ道がない。

 海には海蜥蜴人シー・リザードマンと呼ばれる爬虫類の亜人種が生息している。

 その海蜥蜴人シー・リザードマンとて人間の為に海を開放する気は無く、人魚マーメイド海妖精ネレイスの妨害もあった。

 国が滅ぶのは早かった。

 近隣の都市から対処不能のアンデッドモンスターが溢れ、瞬く間に広がり、田畑を荒らされて食料の供給に打撃を受けてしまった。飲料たる湧き水も疫病のアンデッドにより汚染させられ、あっという間に国が崩壊していく。

 冒険者に対応できる事は多くない。

 尚且つ、屈強な冒険者は王国には数えるほどしか居なかった為に数で攻められてはひとたまりもない事は火を見るより明らかだ。

 そして、一年も経たずに国は滅びた。

「……幸せな国を夢見ていました。ですが……、夢でした」

「そうか」

 獣人ビーストマンは紐を小刀で切る。

 横幅の広い刃がラナー目掛けて落ちていく。

 生きたまま食べられなかった事がせめてもの幸せなのでしょうね、それがラナーが最後に思った言葉だった。

「ブベェ!」

 安心したのは一瞬だけ。

 落ちてきたのは刃ではなく、分厚いだけの鉄板。

 綺麗な切断ではなく、押しつぶしによる裁断だった。

 それも勢いを付けた落下ではなく、少しだけ遅くされたものだ。

 重さのみで喉を潰され、骨が砕けていく。そして、奇怪な断末魔を奏でていく。

 抵抗できないラナーにとって思考がメチャクチャにされる出来事だった。首より下の身体も痙攣するように暴れ、股間から尿や内臓などがこぼれ出てきて場を汚していく。

 鉄板が下まで沈み込んだところで処刑は終了した。

「こいつの身体はしっかり潰して肥料にしておけ」

「はっ」

 獣人ビーストマンは次の人間を断頭台にくくりつける。

 処刑する人間はまだ後ろにたくさん控えていた。


◆ ● ◆


 地上から人間が絶滅する事は無い。それは獣人ビーストマン達の餌だからだ。

 数十年が経過し、獣人ビーストマン達に立ちはだかるのはかつての仲間達。

 利権争いは人間社会だけではない。

 強いものが生き残る。だから、獣人ビーストマンより強いものが現れても不思議は無い。

 更に時が進むと瞬く間に獣人ビーストマン達を駆逐する物言わぬ忍者達が現れる。

 彼らにあるのはただ目の前の敵を殺すこと。

 暗殺に特化した彼らは静かに世界に散り、国々を滅ぼしていった。ただ目の前に敵が居る。それだけが忍者の戦う意味だった。

 それから更に数十年後には忍者より強い種が彼らを駆逐する。

 そして、それを何十年も繰り返し、世界は混沌と化していく。

 更に一万年が過ぎた。

「そうして世界は何度も戦いを繰り返していったのでした」

 金色の髪の毛は腰にかかるほど長く、丸く大きな緑色の瞳は宝石のようだと評される。

 その人物の二つ名は『黄金』と呼ばれている。

 ただし、ラナーは人間であったのに対して、この人物は獣人ビーストマンだった。

 それもただの獣人ビーストマンではない。

 黄金獣人ゴールデン・ビーストマンという希少種でメス。いわゆる突然変異種だ。

 性格は穏やかで平和主義者。ただし、食材は飼育された人間種である。

「ラナー様と人間のラナーってどういう関係なの?」

 子猫のような獣人ビーストマン達が尋ねてきた。

「遠いご先祖様……の餌かしらね。ラナーという人間の女を食らった獣人ビーストマンから生まれた子孫が私ってことになってるわ」

 黄金獣人ゴールデン・ビーストマンの彼女の名前は『ラナー・ティエール・シルベリア』という。

「白銀の家系から金色が生まれたのは初めてだから。両親や周りの者達が心配したそうですわ」

「人間の国って本当にあったの?」

「あったらしいですよ。この国はかつて人間達が治めていたそうですから。名前は確か……、リ・エスティーゼと言われていたようですわ」

 髪の毛どころか体毛全てが金色に輝いているラナーは長い尻尾を振りながら子供たちに色々と教えていた。

 今は食料として飼育している人間も国を治めるだけの文明を持っていた。いずれ自分達は何者かに滅ぼされた時、次の種族に飼育される番となるかもしれない。

 それはそれで仕方がないとラナーは思っている。

 世界はそうして種を食い潰しながら発展してきたのだから。

「遠いご先祖様が今の現状を見たらどう感じるのかしら?」

 人間種のラナーならば悔しがるのかもしれない。

 けれども強い種が残るのは自然の摂理だ。

「都合の悪い事は残さないはずなのに人間のラナーの事が残っていると知ったら……。喜びますでしょうか?」

 獣人ビーストマン達に伝わる伝承の一冊なのだが、ラナーは様々な物語に登場する美しき姫となっていた。ただし、どれも最後は食べられてしまう。人間種だから。

 一概に人間種は悪だと断じているものは少ない。それは時代の流れを感じさせる。

 人間という食料があるからこそ、獣人ビーストマン達は日々、飢えずに済んでいる。

 食料となる生き物に感謝するのは当たり前の事だ。

「……やはり……、黄金と謳われたラナーという人間の味は格別なのでしょうね」

 自然とよだれが出てきてしまうのは獣人ビーストマンさがか。

 黄金と謳われた人間種のラナーも美しいものの味には興味があった。

 黄金獣人ゴールデン・ビーストマンに相応しき野獣の瞳の輝き。


◆ ● ◆


 もし、これが空想でなければ『終幕』です。

 もし、これが空想であれば時代をさかのぼりましょう。


 自ら書いた『のちの物語』を披露するラナー。

 顔を青ざめる従者たち。

「悲惨な未来ですね……」

 何とか言葉に出したのは金色の髪の毛を短く刈り込んだ少年兵のクライムだった。

 『黄金』の二つ名を持ち、清楚なイメージのラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの作品とは思えなかった。

「世の中には絶対はありませんよ、クライム」

 静かに言葉を紡ぐ『人間』のラナー王女。

獣人ビーストマンの戦力は本物です。あちらは個ではなく軍隊です」

「……はい」

「味方が居なければ我々は食料です。竜王国に話し合いの手紙を送るように」

 と、従者の一人に命令するラナー。

「それと……、この腐った国を手中に収める算段はどうなっていますか?」

「旧六大貴族はどうとでもできるでしょう。問題はレエブン侯ですが……」

「アレは既にの人間です」

「……では、王子達……」

「いえ、王子です。もはや第二王子だけですよ、クライム」

 広いテーブルに手駒がいくつか置かれているがほとんど倒れていた。

 倒すべき敵の数は十を下回っている。

 先の戦争で厄介な大物が片付けられたせいもあり、計画が進めやすくなったからだ。


 ラナーの目的は王国の転覆ではない。

 ただの大掃除だ。

 それも自分の父親たる国王ごと。

 恨みは無いが、愚王には隠居してもらうことにした。

「クライムの頼みで無血で進めているのですよ。文句は言わないように」

「……はい」

 無血だからこそ時間がかかり、面倒ごとが多い。

 今日まで費やした時間は数年だ。

 女の魅力は時間がかかるほど衰える。だから、何事も早い方がいい。

「軍部の制圧は私にとっては悪手なので……。さて、次なる一手は……」

 王国に混乱を呼び込むこと。

 適度な混乱が起きれば手柄欲しさに王子か腰巾着の貴族がそそのかしに来るか。

 手は色々と考えてはいるけれど、クライムの手前ではやはり強引な手は使えない。

 それはそれで別に困りはしない。

 あちこちに居る敵をどう利用するか。それさえ間違えなければ自分の最悪な未来は避けられる。

 敵は獣人ビーストマン以外にもたくさん居るのだから。

 次の日には各地に使者を放つ。

 人生は長い。けれど死は今日明日にも訪れる。

 命をかけた大勝負というのはふざけた気持ちで出来るものではない。

「……では、私はいつもの愚かな姫となりましょうか」

 演技も分かるものには見抜かれるもの。

 特に二番目の兄にはあまり通じない。

 どうやって死んでもらいましょう。ラナーの頭脳戦はすでに始まっている。


◆ ● ◆


 バハルス帝国との戦争を終えて数年が過ぎていた。

 未だにラナーは断頭台に首を置かずに済んでいる。それはひとえに獣人ビーストマン達を食い止める存在が居るからだ。

 王国三番目のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンと美姫ナーベ。

 彼らを一時いっときでも派遣できたのは僥倖だ。

 全滅は期待しないが確実に一体は倒してもらわなければならない。

「こちらはアルベド様がいらっしゃいますものね」

 自然と集まる駒たち。次はどう動かすか。

 ラナーは部屋から一歩も出ずにゲーム盤を操る。

 既に一つの駒が消えた。

 世の中にはゲーム盤ごとひっくり返す存在が居る。それを見誤ってはいけない。

 姿鏡の前に立つラナー。

「そろそろ妊娠の準備を始めなければなりませんかね」

 楽しいゲームも終わらせる時期というものがある。

 クライムとの幸せの為にラナーが費やしたのは貴重な時間。

 姿鏡に映るのは顔色の悪い醜い王女の姿だ。

「……いつから私はこんなにやせ衰えてしまったのでしょう……」

 少なくとも獣人ビーストマン妖巨人トロールの食料にはなりそうも無いほど肉が落ちたような気がする。

 そういえば、いつから自分は食事をするのを忘れてしまったのか。

 紅茶以外に何か口にしたのか。

「……そうでした。……だから、私は……」

 獣人ビーストマンの食事風景が羨ましくなったのだった、とラナーは思い出す。

 本能のおもむくままに肉を食らう野蛮な獣人ビーストマン

 それはそれは美味しそうに食べる事だろう。


 栄養失調で倒れたラナーが気がついた時は側にクライムが居た。

 それはそれは美味しそうな肉付きの良い家畜に見えた。

 おもむろにクライムの腕にかみ付いてみる。

 顎の力が弱く肉を食い千切れない。

「……ラナー様……」

「お腹が空きました。私はお腹が空いているんです」

「用意しています。……ちゃんと食べて下さい」

 今度は、とクライムは強調した。

 前回はどうだったのか。

 いや、前回はクライムは居ない。

 思い出した。忘れたい過去を。

「……紅茶にしましょう」

「ラナー様……」

「すみません、クライム。私には消化する胃はもう無いんでした。そういえば、余命を引き伸ばすアイテムがありましたね」

 特別に作ってもらったアイテムの名前は『維持する指輪リング・オブ・サステナンス』という。

 邪魔者を消すには自発的に毒を食わせればいい。

 栄養失調の身では妊娠しても早産するか、奇形が生まれるか、だ。

「大丈夫です。高位の神官を連れてきましたよ」

「……もう。それでは悲劇の姫君になれないではありませんか」

 有能な兵士は使いどころが難しいがクライムならば好きになれそうだ。

 クライムと幸せになるまで頑張らなければならないんだった、とラナーは自分に言い聞かせる。

 打つ手があるなら足掻き続ける。

 全てはクライムと共に幸せを手に入れる為に。


◆ ● ◆


 走馬灯を見終えたラナーは静かに息を引き取った。

「母上……」

 若白髪だがラナーはまだ四十代だ。

 それでも彼女の人生は波乱に満ちて、悔いなど微塵も残っていない。

「レイナ王女。これからは貴女が女王として国を治めなければなりません」

「……はい」

 悲しみの涙を流し終えたレイナは玉座に座る。

 既に悲しみの後など微塵も残っていない。

「即位式までは王女のままだが、よろしく頼む」

 臣下の者に威厳ある態度でレイナは言った。

 『レイナ・ブランシュ・デイル・レエブン』王女はもうすぐ二十歳となる。

 実の父の首をレイナ自ら撥ねたので両親は育ての父親のみ。ただし、レイナより少しだけ年上だ。

 邪魔な家族は居ない方が国のためなのだから仕方がない。


 命令を終えたレイナは自室に向かい、姿鏡で自分の姿を上から下まで眺めた。

「ふ~。悲しみの演技も大変ね、母上」

 肉親の死は一時いっときの悲しみで充分。それだけで周りを騙せるのだから簡単なものだ。

 これから女王となるわけだが、面倒くさい行事が待っていると思うと辟易するレイナ。

 いっそ名前を変えようかしら、と思う。

 母の宝物だった木箱を食事時に使うテーブルに乗せて中身を取り出す。

 母の友人で政敵の一人だった『蒼の薔薇』というアダマンタイト級の冒険者のリーダーだった女性の頭部が保存されている容器が入っている。それを観賞するレイナ。

 特別な魔法により腐敗しないと言われているので、美しい顔は時間が停止したまま保たれている。

「母上の首もこうやって保存しようっかな~」

 友達らしいし、と。

 小さい時から眺めていたが夜中に目蓋を上げるのではないかと怖がったものだ。

 今は美術品のように愛でる事が出来る。人間の生首だけど。

「すっごく綺麗に撥ねたんだろうな……。うちの従者にここまでのこと出来るかな……」

 切断するのはいいが、保存の魔法を使える者が居るのかが分からない。そうでなければ腐敗する恐れがある。

 折角の美貌は保ちたい。

 レイナはしばらく唸り続けた。


 保存の魔法は低位では心許ないし、高位だと第五位階にある。

 探せば見つかるかもしれないので、ひとまず低位でもいいから保存してもらう事にした。もちろん、切断はレイナがおこなう。自分の家族だからなのと元冒険者で、モンスターの首を撥ねるのが好きだからだ。

「それじゃあ、母上。父上とお幸せにね」

 自分の母の首を切断するレイナの嬉しそうな笑顔は演技ではなかった。

 作業を終えた後はいつもの少し頼りない王女を演じる。

 それは母から教えられた処世術というものだ。

 次代を担う彼女は新たな一歩を踏み出す。


◆ ● ◆


 世間的には病死した事になっている元『黄金』のラナーと従者のクライム。

 二人は現在、月に居た。

「あー、こうなるんですね」

「……なんかふわふわしますね」

 目覚めた二人は無表情の自動人形オートマトン達からタオルなどを貰っていた。

 死者の国のような印象がある。

 音が無く、とても静かだった。

 簡易的な着物を着用し、ラナー達は歩き始めた。

 裸足でも冷たくない温暖な床に驚きつつ、道案内役の自動人形オートマトンと共に移動した。

 外の様子は小さな丸い窓から見る事が出来る。

 外は暗い、というよりは黒かった。ただし、地表は一様に灰色で明るい。

 自分達の他には自動人形オートマトン達くらいしか居ないようだ。

「こちらがお客様に使っていただく部屋になっております」

 抑揚の無い声で自動人形オートマトンは言った。

 言われるままに部屋の中に入るラナー達。

 簡素な佇まいだがベッドがあって、風呂とトイレが完備されていた。

「あなた。今さら心配でもしているんですか?」

 正式には結婚していないがラナーの中ではクライムは夫だった。名前以外で呼ぶのは二人っきりでは恥ずかしさを覚えるラナー。ただ、クセというのは簡単には抜けない。

 多くの場合、クライムと呼び捨てにする。言った後で気付くが夫らしく呼びたいとは思っている。長年連れ添ってきたのだから、という気持ちはある。

 対するクライムも姫やラナー様と呼ぶ事が多い。滅多にラナーと呼び捨てにしない。

「心配というか……。確かに不安は感じます」

「一度死んだ身で他に心配というのも変ですわね」

 死んだからこそ分かる。

 失った臓器が復活している。食欲もあるようだ。

 だから、今はとてもお腹が空いていた。

「ここで余生を送るにはいささか寂しいものがありますね」

 高原の一軒屋などでひっそりと暮らすには動植物と充分な食べ物がないと不安だ。

 ここには少なくとも命の営みがあるようには見えないし、感じない。

 灰色で止まった世界、という印象を受ける。

「それなりに楽しい人生でしたよ」

「それはなによりです」

「今後はどうしましょう? こんなところで一生を終えるのは嫌ですわ」

「それはさすがに無いでしょう。管理している人達が居るようですから」

 人というか自動人形オートマトンだが。


 時計が無いので現時刻は不明だが黙っているのも退屈なので部屋を出て見る事にした。

 室内には男女用の服が揃えられてあり、それぞれ着替える。

 幸い、活動している自動人形オートマトンは攻撃の意志は無いようだ。

「立ち入り禁止区域以外はどうぞ、お進みください」

 という同じ説明を五度は聞いた気がする。

 空間内は程よく暖かいが裸で活動するほどには暖かくない。

 人間には住みにくいところかもしれない。

 禁止区画まで進んでみる。

「これだけの施設を良く作り上げましたわね」

「手間隙かけて作られたようですから安全なのでしょう」

 移動していて気が付いた。

 ここはとても広い場所だという事を。

 与えられた部屋が分からなくなるほどだ。

 自動人形オートマトンは声をかけたら同じ答えを返すわけではない。質問の内容によってちゃんと解答する事に気がついた。

 例えば自分達が与えられた部屋の場所などは瞬時に教えてくれる。

 漠然とした内容だと似たものになってしまう事が多い。出来るだけ正確に聞かなければ相手から情報は得られないようだ。

「お客様の滞在日数は設定されておりません」

「食事を頂きたい」

「規定の時間にお届けにあがります」

 端的に答える分、少し怖いけれど色々と教えてもらえるのはありがたかった。

 最初の探検はあまり深入りしないところでやめるのが良い気がした。

 かなり移動したが元の部屋までは教えられながら戻った。

 食事の時間になり、部屋に複数の自動人形オートマトン達が入ってきた。

 豪華食材が並ぶと思いきや小皿に何かが乗っている程度だった。その何かというのは固形物というか、何かの塊というほか言いようがない。

 大きさとしては数センチ程度の小さいもの。

 ラナーは髪の毛が逆立つような思いを感じた。それは恐れなのか、不安なのか、分からないけれど嫌な予感はした。

「ここにはあまり食料が無い……、のですね」

 自動人形オートマトン達しか居ないのであれば食料はそもそも必要ない筈だ。

 復活した身ではあるけれど楽園ではない。それは何となく理解した。

 食べ物が無ければ互いに食い合うしかない。だが、結局は餓死してしまう。

「……食べたら最後ですよ、クライム」

「……あなたと一緒なら本望です」

 クライムも理解したようだ。

 ここでの食事は最初で最後にしよう。それ以降は口にするだけ不毛だ。

 飲み水も制限がある筈だ。

 人間は水だけでは生きられない。それが分からないラナーではない。

 何日、自我を保てるのか。

 ラナーとクライムは同じ事を思い浮かべた。

 厳かに二人は一緒に食事を済ませて、眠りについた。問題の食料に味などあったのかさえ思い出せない。


◆ ● ◆


 次の日だと思われるが時間の感覚が把握しづらい。いちいち自動人形オートマトンに聞く必要がある。

 それから出来る限り体力を無駄に消耗しないように移動して一つ一つ確認していく。

 水は充分にある。無いのは食料くらいだ。

 通路の多い施設ではあるが番号のようなものが壁に貼られている。さすがに永遠に続く道ではない筈だ。可能性としては大陸全土に張り巡らせてある、とも言えるかもしれない。

 窓から確認する限り、現在位置は自分達が普段、見上げている星。

 今は逆に自分達がかつて住んでいた星を眺める形となっているようだ。

 折角復活したのに餓死して死ぬのは辛いな、とクライム達は思う。

 別に自動人形オートマトンに見つかって困る事は無いが、つい隠れるクセが付いているのか慎重に行動しようとしてしまう。

 見つけた自動人形オートマトンに質問しながら進んでいる。今のところ捕まって戻される事態は起きていない。

 食事量が少ないので無駄に長距離は移動できない。

 今日の分を確認して引き返す。


 部屋に戻り改めて確認する。

 着替えは充分に用意されている。定期的に食事が運ばれる。水にも異常は無い。

 メモ用意を頼んでみると検討する、と答えてきたが持ってくる保証がない。

 既定の時間になると帰ってしまうようで、質問責めにできない。あと、答えられない事は無いようだが正確に言わないと同じ答えしか言わなくなる。

「正確とはどの程度のことか知る必要がありますわね」

 それと自分達以外に復活した者が居ないかの確認も。

 交渉はラナーが担当する事にしてクライムは室内で鍛錬を始める。

 足腰が弱っていては長距離移動が出来ない。

 空腹を感じるギリギリを見極めないといけないが、筋力の衰えは諦めを生む。最悪、ラナーだけでも幸せにしなければならない。

「おそらく二週間が限界でしょう。時間は貴重です」

「はい」

「交渉ごとは私が担当しますが、クライムは無理をしないで下さい。おそらく外には出られないでしょう。それどころか大気が無い可能性があります」

 そもそも植物が見えない。

 何所までも広がる灰色の大地しか窓からは見えない。

 この窓も相当な厚さがあるようだ。

「もし先に狂ってしまったら遠慮なく食べてくださいな」

 愛する夫のためならば身体を提供する事など容易い。だが、実際に切羽詰った時はきっと判断力も無くなり、逃げ回るかもしれない。

「あなたを一人にはしませんよ」

「礼は言いませんよ」

「はい」

 王国屈指の戦士として成長したクライムに恐れるものはない。

 自らの愛と幸せは全てラナーの為だけに捧げられる。


◆ ● ◆


 自動人形オートマトン達に様々な物を要求してみる。それと彼らの移動先の調査はクライムに任せた。

 そもそも自動人形オートマトンは何所から来て何所へ帰るのか。

 時間と体力は貴重だ。

 食事量の増大は今のところ無理のようだが、衣服の追加は可能だった。

 メモに関しては謎の板を提示された。その使い方がいまいち分からないが、それを自動人形オートマトンに使ってもらい勉強していく。

 突起物は無いが画面に映る文字に触れていくらしい。

 小型の光り魔法だと思えば分かりやすい。

 クライムは他の部屋を確認し、開けてもらえないか色々と尋ねてみた。

 大半が許可がないと開けられないと言ってくる。

 自動人形オートマトン達の行動についても答えられないらしい。

 そんなことを繰り返して四日が過ぎたようだ。

「色々と使い方が分かってきましたが、これは覚えるのが大変ですわね」

 頬が痩せる事は無かったが判断力の低下をラナーは恐れた。

 あの固形物にどれだけの栄養があるのか不明だし、クライムのことも心配だった。

 出来れば新たな客人の存在に希望を委ねたい。

「私達が復活した場所までは行けませんか?」

「行きましたが、入り口は自動人形オートマトン達に塞がれています。頻繁に入れる部屋ではないようですね」

「余生を過ごすには静かで最適なんでしょうね」

 人生を終えるひと時という意味では。

 静かに死んでいくか、発狂して暴れまわるか。

 新しく子供を産もうにも半年以上はかかるし、生まれた子供を養えるとは思えない。

「甘いものが欲しいですわ」

 思考力が散漫になってきた気がする。

 ラナーは後数日も自分は保たない気がした。

 端末の操作を覚えても解決策が浮かばない。普段より思考力などが衰えているのが自覚できる。


 五日目になるのかな、とぼんやりラナーは思った。

 今日は何故だか身体が重い。衰弱したのか、体力が衰えたのか。

 具合が悪かった。

 ベッドで休んでいるとはいえ、思考力が散漫だ。それはつまり、栄養が足りていないのかもしれない。

「……想定より早く脱落しそうですわね」

 使える駒は僅か。

 それでもここまで来た。生にすがる意味はすでにないかもしれない。ならば受け入れよう、と探索を諦める事も視野に入れる。

 つい住処すみかとするのが正しい選択かもしれない。

「この部屋は今から……ラナー国としましょうか……」

 黄金の欠片も無いけれど。

「貴女が望むのであれば」

 もう冒険の旅は終わった。だから、無駄な足掻きはやめよう。

 最後まで足掻くのがラナーらしいと言われるかも知れない。

 身体の震えは本物だ。明日にはもっと思考力が低下する筈だ。だから、今、言えることや出来る事をクライムに伝えていく。

「夫婦水入らずのひと時を無駄にしたかもしれませんわ」

「そんなことはありませんよ」

「そうですか」

「そうですよ」

 ラナーは静かに目蓋を閉じる。そして、眠りについた。

 ここから先はクライムに全てを任せよう。だから、ラナーは諦めた。


 六日目。

 ラナーの為に医療器具が持ち込まれた。もちろん、それが何所から運ばれたのか、クライムは必至に探る。

 しばらく延命できるようだが、思考を停止した今の彼女には休息が必要だ。

 まだ動ける自分が頑張るしかない。

 武器が無いので自動人形オートマトン達を倒す事はできない。

 防衛についているのだから弱くは無い筈だ。

 これまでの日数で書き記した地図によればまだまだ先がある事が分かっている。だから、今日は無理をしてでも進もうと思った。

 端末によりいくつかの単語を拾い上げる事に成功していた。それは全てラナーの功績だ。


 食糧生産プラント。


 という場所がかなり遠くにあるらしい。

 他にも生物が居る事も分かった。

 稼動数は少ないから出会う機会が少なかっただけだと思われる。

 禁止区域の大半が他人の部屋。大元は未だに見つけられず。

 事前に用意した水筒は数に限りがある。これが尽きない内に戻らなければならない。

 通常より身体が軽いのは施設内の重力が軽いため。だから、普段より早く走れるような気がした。だが、空気抵抗がある為に前には中々進めない。

 そこで飛ぶように移動する走法を編み出す。

 あまり体力を減らさずに飛ぶように移動する。それはかつての友人『イビルアイ』を真似たものだ。

 そういえば彼女は遠いところに旅立ったまま音信不通となっていた。

 今頃、新たな国に定住でもしているのか。

「………」

 無駄な呼吸をせずに移動するクライム。

 目の前に集中する事が一番重要だ。

 既に規定距離を突破した。それでも景色に変化は見られない。最悪、ラナーの元に戻れないかもしれない。

 その時は自動人形オートマトン達に運んでもらおう。


 二つ目の水筒を消費したが似たような通路が延々と続く。

 これだけの施設を良く作り上げたものだとクライムは改めて感心した。

 規模は王国全土に及ぶかもしれない。

 途中で出会う自動人形オートマトン達に色々と質問しながら進むが部屋の一つにも入れないのは辛い。

 途中で粗相しても掃除役の自動人形オートマトンが物凄い速さで現れて消えていく。

 何度が掴まえようとしたが自動迎撃機能があるらしく、簡単に引き剥がされてしまう。

 無駄な体力を使うわけには行かないのですぐに諦めなければならないのだが、どこかにはたどり着きたい。

 真っ直ぐに進むが果てが見えない。

 これが幻術だとしても今の自分には解呪するアイテムなどは無い。だが、進み続けなければならない。愛するラナーの為に。

 そうして最後の水筒を消費する頃、景色が変わってきた。だが、体力の限界も近かった。今さら戻る事も現実問題として不可能に近い。

「……ラナー様……」

 水しか消費していないので身体の震えが止まらない。

 そもそも栄養が足りないのだから。

 気力のみで向かう先は食糧生産プラントと思われる場所。自動人形オートマトン達の数も多かった。

 必至の思いでたどり着いた先にあったものは廃墟だった。いや、薄々は感じていた。

 一番古い区画のようでかび臭さを感じていたから。

 この施設は随分前に放棄されていた。そして、自動人形オートマトン達は与えられた命令を守っている守護者に過ぎないのでは、と。

 それでも毎回、自分達に供給してくれる食料は何だったのか。

 さすがに人肉ではないと思いたい。

 元々の在庫なのか。

 クライムは絶望に打ちひしがれつつも進んだ。

 廃墟の中心地に。

「ここから先は立ち入り禁止です」

 複数の自動人形オートマトン達が立ち塞がる。だが、抵抗する気力も体力もクライムには無い。

「お腹が空いているんです。元の部屋にも戻れません」

 自動人形オートマトン達は瞳から光りを発射しクライムの身体に当てていく。それは攻撃のためではなく、何かを調査するもののようだ。

「衰弱大。栄養欠如」

「了解。速やかに行動を開始します」

「どうか、我々を助けてください」

「ここは安住の地『無限光アイン・ソフ・オウル』……。死者たちが眠る場所……」

「我々は生きております」

「ここは安住の地『無限光アイン・ソフ・オウル』……。死者たちが眠る場所……」

 同じ言葉を自動人形オートマトンは言う。質問内容を変えない限り、同じ返答しかしない。

 生物ではないのだから融通は利かない。

 クライムは必至に頭を働かせる。

「誰か他に居ないのですか? 責任者とか」

「前任者との連絡は23759年4ヶ月と5日2時間14分途絶えております」

「二万三千年!?」

 復活魔法ではないとしてもクライムの知識では『複製クローン』という魔法は死んだら即座に複製体に精神が宿ると聞いていた。

 つまり二万三千年後に自分達は複製体に精神が宿った、という事なのか。

 更なる絶望感がクライムを襲う。

 この目の前の廃墟から考えて既に施設は放棄されたか、機能不全にでも陥っていると考えた方が自然なのかもしれない。


 とうの昔にここは本当の意味で死者の国となっていた、という事か。


 何らかの事情で復活しても待っているのは緩やかな『死』という事かもしれない。

 世の中の喧騒に振り回されず、静かに余生を過ごす場所。

「……では、あの緑豊かな星に我々を送り届けてくれませんか?」

 窓に映る緑豊かで大きな星は自分達の故郷のはずだ。

 本当に数万年経っていたとしても故郷は気になる。

「前任者との連絡は23759年4ヶ月と5日2時間18分途絶えております」

「転移装置の稼動は認められておりません」

「転移装置は機能不全により停止中」

「お客様の生命維持を優先せよ」

「残存食料は一日分」

 一日分あれば充分だ。

「……そう、ですか……」

 幾分かは気が楽になった。

 残り時間は長くて五日くらいか。

「我々以外にも生存者は居るんですか?」

「残存生命体……」

「保管されている『複製』以外は活動停止中です」

 複製以外は、と聞いて首を傾げる。

 それはつまり部屋で待っているラナーは既に死んでいる、という事なのか。

「活動している私以外の他には居ない、という意味ですか?」

 自動人形オートマトンはクライムを見つめる。

「保管されている『複製』以外は活動停止中です」

「質問内容は正確に願います」

 別の自動人形オートマトンが言った。解釈次第では自分も既に死んでいる事になってしまうと気が付いたからだ。

「え~と……。クライム、ラナー両人は生存者で合っていますか?」

「両名の氏名を照会中……。……生存者……。390448人を確認いたしました」

 やはり質問内容が正確でなければ正しい解答が得られない。そして、思っていた以上に生存者が居て意外だと思って驚いた。

 自分達以外はここ数日見た事が無い。それらは質問内容の不備で自動人形オートマトンの数かもしれない。

「クライム、ラナー両人の生存を確認」

 クライムは必至に考えた。

 頭脳労働はそれ程得意ではないけれど、相手は融通の聞かないモンスター。

 これも立派な戦いかもしれない。

「食糧生産プラントだと思いますが……。修理されないのですか?」

 この質問に一斉に自動人形オートマトン達は背後で朽ちている部屋を見た。

「保守点検の担当者を派遣」

「前任者の命令が無い場合は……、お客様の生命を優先させる。よって現時刻を持って命令を破棄」

「了解しました」

「否定。前任者の意向を無視することは出来ない」

 それぞれ話し合いが始まり、新たな自動人形オートマトン達が集まってきた。

 事態が動き出そうとしている。それは肌で感じた。

 自分の選択は正しかったのか、それとも間違っていたのか。今はそんなことは確認出来ないので放り投げることにする。


 大多数は警備に戻り、残りは修繕を始めた。

 命令の不備は永遠の牢獄。かつて誰かがそんなことを言っていた。

 作業風景を眺めているクライムはただ座り込んだ。戻る体力は尽きている。

 それから自動人形オートマトン達の緩慢な動作を眺めていると、いつの間にか眠ってしまった。

 次に目覚めると何処かの部屋のベッドの中だったようだ。

「目が覚めましたか、クライム」

 聞き覚えのある優しい声。それは間違えようが無い愛するラナーの声。

 衰弱して死んだのか、と思った。

「……ラナー様……」

「よく頑張りましたね」

 手足は痺れたように動かない。ただ、首から上は動かせるようだ。

 身体に充分な栄養が行き渡っていないせいかもしれない。

「申し訳ありません。食糧生産プラントは……」

「分かっています。壊れていたのでしょう? 他にも色々と老朽化している部分があるようですよ」

「ここは……、死者の国のようです。抵抗せずに残り時間を使いませんか?」

 震える声でクライムは言った。

 自分達に出来る事は何も無いかもしれない。

 抵抗すればするほど体力を無駄に使ってラナーとの時間を消費してしまうかもしれない。それはそれで嫌だなと思った。

「……ところで……」

 ふとクライムは気が付いた。

 ラナーの声に張りがある事を。

 それに首を僅かに傾ければ白いドレスをまとった貴族らしい姿が見えてくる。

 国の統治者となった時の姿によく似ていた。

 ラナーに相応しい純白の衣装。

 『黄金』の二つ名に相応しい佇まい。

「気が付きましたか?」

 クライムの表情で口元に手を当てて微笑むラナー。

「あなたが……の……」

 と、言いかけた時、唇を人差し指で押さえられた。

「性質の悪いゲームをしていたのです。……ですが、さすがはクライムですわ。見事な判断で苦難を乗り越えました。お見事です」

 朗らかに笑うラナー。

「もっと早く飢え死にすると予想していたのですが……。中々にしぶといですわね。お陰で私の負けです」

「それは……、申し訳ありません。そう簡単には死にたくなかったので……」

 クライムは理解した。

 これは生き残るゲーム。ただの遊戯に過ぎない。そして、自分達は駒。

 色々と理解出来ない事もあるけれど、おそらくは自我を植えつけられた『複製』だ。

 そう考えると納得出来る事がある。

「お願いを聞いていただきたいのですが……」

「一人にはしませんよ」

 ラナーはクライムの欲する願いに気が付いている。より正確には既に知っている、という事になる。


◆ ● ◆


 駒に過ぎないクライムは愛するの部屋に運ばれた。

 明日をも知れぬ顔色の悪いラナー。その側に佇む従者のクライム。

「ただいま帰りました」

「お帰りなさい」

「……色々と話したい事がありますが……。貴女の側で眠ってもいいでしょうか?」

「今さら遠慮は無しですわ。……よく答えにたどり着きましたわね、見事ですわよ、クライム」

「ありがたきお言葉……。それだけで私は幸せを感じる事が出来ます」

「……私は……クライムが側に居てくれるだけでいつも幸せでしたわ」

 ラナーのか細い手をクライムは優しく握る。

 二人の冒険はここで潰えた。答えを得ることと引き換えに。


 試写室で頬を膨らませ、不満をにじませる暴君ラナー。

 側には冷静な執事と化したクライムが控えていた。

「ご機嫌ナナメですね、ラナー様」

「もっと結果になると思っておりましたのに……」

「いえいえ。過酷な状況に追い込まれても冷静さを失わない従者のかがみに私には見えました」

「私、歯の浮くような展開が嫌いですわ」

 クライムは苦笑する。

「それで……、今回のの結果はいかがですか?」

「43点。意外とクライムが頑張ったから点数は高めにしておきました」

「ありがとうございます」

「……自動人形オートマトン達を動かした功績は大きいですわね。……もう少し数を減らしましょうか。あと水の残量も制限いたしましょう」

「過酷過ぎては……」

 あまりにも過酷な設定だと共食いばかりの結果が多かったことをラナーは思い出し、また不機嫌になる。

 甘くすれば食糧生産プラントまでたどり着く。

 本来、そこ食糧生産プラント以外に行ってほしいのだが、生命体は食料が何よりも重要なようだ。

 もちろん、自分たちも放り込まれれば同じ結果に向かう気はしている。

「ラナー様、次の一手はどうしますか?」

「あの部屋を封印後、あと二回様子を見ます」

「畏まりました」

「……距離的には遠くないのですが……、なかなかたどり着かないものですわね」

 『無限光アイン・ソフ・オウル』の中心地に、とラナーは呟いた。

 立ち入り禁止と言われると足が止まるようだ。そこを突破する個体は一人も居なかった。

 そこに行って初めて全貌が解明されるのに。面白くないとラナーは自然と憤慨する。

「神の視点というものでは簡単そうですが、実際は難しいのでしょう」

「注意を意図的に逸らす、という方法の弊害もあるかもしれませんね」

 唯一、気に入っている点があるとすれば愛するものの為に身を粉にするクライムの献身ぶりだ。

 そこは個人的に観賞したいところだった。

「冒険か、愛か……。難しい選択ですわね」

「そうですね」

 自我を持つ者たちの動きを見ていると自分も実は複製ではないかと思えてくる。だが、それが例え真実だとしても気にする程の事かな、と疑問に思う。

 愛する者が側に居るだけで幸せな事もある。

 とはいえ、人間はとても欲深い生き物だ。それをラナーはよく知っている。

はかない命だからこそとうといのかもしれませんわ」

 永遠の愛よりは限られた時間の中でどう生きて、何を選択するのか。

 画面の中の複製達から色々と教えられているのかもしれない。

 このゲームが終われば次はきっと自分達の番だ。

 彼らとは違う選択を選べるのか。

 ラナーとラナー複製達の知恵比べが始まる。


 『終幕』

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第始章 ミレニアムクエスト外伝【カクヨム版・完】 Alice-Q @Alice-Q

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