柘榴堂のエリザベート

イヲ

柘榴堂のエリザベート

 がらすが割れる音がする。

 

 私はもう――ここじゃ――。


 言い争う声が聞こえる。


 いや。やめて。たすけて。このままじゃ……。このままじゃ、私――。





 金木犀の甘いかおりで、彼女は起きる。

 そしてカーテンと窓を開けて深呼吸をする。

 庭に黒猫がいた。

 こちらを金色の目でみると、さっと逃げ出した。


 顔を洗い、朝食をとるために彼女は階段をおりる。

 そして彼にあいさつをする。


「おはよう。かえで

「おはようございます。お嬢様」


 若く、礼儀正しい彼女のお付きは朝食をつくり、彼女を待っていた。

 白いシャツに三つ揃えのスーツ。

 この古い家にとってはとてもじゃないが似合っていない。


 彼女は席につき、楓とともに手を合わせる。


「いただきます」


 彼女の大好物の、楓の目玉焼き、白菜が入った味噌汁。そして里いもと大根、にんじんの煮物。

 和食中心の朝食はやはり、落ち着く。

 

「今日、夢を見たわ」

「おや、例の夢ですか」

「今度はやもりよ」

「やもり……家守、ですか」


 楓はすこし考えるようなそぶりをして、彼女に笑いかけた。


「あまり、よくないものかもしれませんね。お嬢様」

「そりゃそうよ。だって、家守よ。家を守るものが――」


 かたん、と玄関のほうで音がする。


「ほらね」

「私が行ってまいります」


 楓は席をたち、玄関へむかった。

 その間も、彼女は箸を止めなかった。楓がつくる料理はやはり、絶品だ。


 玄関からは、もう物音は聞こえなかった。

 ただ、楓が古い廊下を歩く音が聞こえるだけだ。彼女は立ち上がって、楓をでむかえる。


「逃げてきたのね」


 彼の手のなかにあったのは、やもりの帯留だった。楓のハンカチにつつまれたそれは、紅榴石の目、金鉱石は金の身体の所々にちりばめられている。

 大きさは、それほど大きくない。彼女はそれを両手で受け取った。


「楓。この子のゆくえは?」

「おそらく、隣の家の――花枝夫人かと」

「そう。気づいたなら・・・・・・きっと、取りかえしにくるわ。着替えたら、すぐに店を開けましょう」

「かしこまりました」


 彼女はやもりの帯留を持ったまま、自室にもどった。

 

 鏡台には、インタリオが置かれている。

 ゴールドのふくろうに蛇がまきつかれていて、印章の部分には王冠が彫られている19世紀中期のもので、おそらく、王族のものだろうと楓は言っていた。


 彼女――雪華せっかエリザベートは、見事なブロンドの長い髪を結い、インド更紗の着物を羽織る。

 帯は松尽くしの錦帯だ。

 


 ここ柘榴堂は、骨董品店アンティークショップだ。

 やきもの、漆細工、香炉から茶道具、装身具、はては西洋アンティークまで、幅広く取り扱っている。

 けれど、ここに置いてあるもののほとんどは「縁を求めて」やってくるものばかりだ。

 分かりやすく言えば、どれもこれも、客をえらぶ。

 そして、もしも縁がないものを買っても、こちらに戻ってきてしまうのだ。


 帯をしめると、気持ちも締まる。

 ぴんと背筋をのばし、早々に店を開けた。

 まだ時刻は8時。

 それでも、やってくるのだろう。

 客は。



「楓」

「はい。お嬢様」


 こうべを垂れた楓は、店の前で座りこんでいる少女に声をかけた。


「お客様。こんなところに座りこんでどうなさったんですか?」

「あ……」


 かわいらしい丸襟の赤いワンピースを着た少女は、すこしだけおびえたような目で楓を見上げた。


「よろしければ、お入りください。見たのでしょう? 今朝、やもりがここに入ってくるのを」

「う、うん……」


 楓のうつくしいほほえみに、少女はすこし顔を赤らめた。

 そして、おずおずと入ってきた少女に、エリザベートもほほえんだ。


「いらっしゃいませ。ちいさなお客様」


 ブロンドの髪の毛と、うつくしいブルーの瞳に驚いたのか、少女は驚いたようにちいさな口を開けた。


「ここは柘榴堂。このとおり、ひなびたアンティーク・ショップです。ちいさなお客様。あなたの探しているものはこちらですね?」


 エリザベートが取り出したのは、今朝「逃げてきた」やもりの帯留だった。


「あっ! そう、それ!」

「お客様。お名前をお伺いしても?」

「わた、私……木本ゆみ、です」

「ゆみさま。あなたのお母様は花枝さまでいらっしゃる?」

「そうです」


 ちいさいながらにも、しっかりとしている。

 まだ、小学校の中学年くらいだろう。


「お母さんとお父さんが、けんかをしてて……。朝まで眠れなかった。それでね、お母さんがお嫁にくるときに持ってきた、黒い……箱から、やもりが出てきたのを見たの。赤い目で、すこし黄色かかった体。そう、このやもりのブローチとそっくり」

「ゆみさま。これは、ブローチではなくて帯留というものです」

「おび、どめ?」

「そうです。さあ、こちらへどうぞ。きれいなものがたくさんありますよ」


 店の奥へいざなうと、ゆみは目を輝かせて、手をあわせた。


「きれい。これはなに?」

「ラピス・ハートです。ラピスラズリを使ったハート型の帯留。パッと見ると、エナメルに見えるのですが、れっきとした石をハート型にくりぬいてつくったものです」


 ほかには縁起のいい、富の象徴のぶどうをついばむ、ゴールドの帯留。

 ブルーエナメルにシルバーの唐草模様を施された、一見ブローチのような帯留。


「みんなきれい。でも……やもりの帯留がいちばんいい。でも、どうして箱からやもりがでてきたんだろう……」

「ゆみさま。このやもりは、逃げてきたのです。やもりは、家の守りと書きます。そのやもりが逃げ出すくらいですから、助けてほしかったのでしょう」

「逃げてきた? 帯留が?」


 赤いワンピースを、幼い指でぎゅっと握りしめる。

 信じていないわけではないようだった。


「この世には、不思議なことがあるものです」


 エリザベートはほほえみ、着物の裾をそっと直した。


「このやもりは、助けを求めている。この帯留を返すためにも、わたしはこのやもりの願いを聞かなければなりません」

「お父さんとお母さんのこと……助けてくれるの……?」

「楓」

「はい。お嬢様」

「招いてくださる? ゆみさま。あなたのお家に、わたしたちを」


 まるでエリザベートの影から出てきたように、楓がそっとゆみの前に姿をあらわした。

 ゆみは、うん、としっかりと頷いた。


「お父さんとお母さん、お仕事だから。夕方の6時にきてくれれば、お母さんはいるよ」

「かしこまりました。では、夕方6時に訪問させていただきます」

「じゃあ、6時にまってる。ぜったいに、助けてね。おこずかい、全部払うから!」


 ひらりとチューリップの花のようにワンピースを広げて、ゆみは家へ戻っていった。



「子どものこずかいなんて、そうたいしたことはないというのに。よろしいのですか、お嬢様」

「いいの。子どもからお金を巻き上げる真似なんかしないわ。でも、まさか気づくのはあの夫婦のお子さんだったとはね」


 隣の木本家族は、昔は仲のいい家族で評判だった。

 けれど、何があったのかは分からないが――(近所のうわさでは、父親が不倫したんだ、とか、母親のほうが不倫をしているんだ、とかありきたりなものがあるが)今では毎日けんかの毎日だという。

 もちろん、となりの家だから、それこそ怒号が飛び交うのを聞いていたのだが。


 エリザベートは、あたりの骨董品を見渡した。


「あなたたちはどう思う? どうして、家族が壊れてしまいそうになっていると思う?」


 かたかた、と棚の上の根付がふるえる。アイボリーの色をした、象牙の根付。

 獅子の根付、唐子の根付……。それが音をたててゆれていた。


『そうだなあ。ぼくの推理では、やっぱり旦那の不倫だな。それが奥さんにバレて喧嘩してるんだ。だってあの旦那、帰ってくるのいつも遅いし』

『そうじゃない。あの花枝夫人だってきな臭いぞ。最近は高価な指輪を買って、それが旦那に見つかって大喧嘩なんだ。その指輪、100万円はくだらないってもっぱらのうわさだぜ』


「はいはい。あなたたちに聞いたわたしが馬鹿だったわ。楓。一緒にアゲットに会いに行きましょう」

「かしこまりました。お嬢様」

『なんだよう、先にそっちが聞いてきたのに!』


 エリザベートはそのうるさい根付たちへ人差し指を、すっと差し出した。

 すると、小言を言っていた根付たちはしぶしぶ黙り込んだ。


「さて、と」


 彼女によりそう楓を見上げて、うなずいた。

 探るあいだ、店を閉めることになるが、どうせ客などこまい。

 それでも頑丈な鍵とちょっとした「魔法」をかけて、ふたりは店を出た。



 ふたりは隣家をとおりすぎ、公園へむかった。

 そのままベンチにすわると、インド更紗の袖からすっと手を出した。

 すると、見たこともない鮮やかなブルーの鳥が人差し指にとまる。エリザベートは小鳥にほほえみかけた。


「グーテンターク、アゲット。用件は分かる?」

「グーテンターク、エリザベート。用件は分かるよ。この名探偵にお任せあれ。柘榴堂の隣人さんだろ?あの、毎夜毎夜大喧嘩してる家」


 ちちっ、と小鳥のアゲットはもったいぶるように鳴いてみせた。


「どうしてあの家はいつも喧嘩しているのかしら?」

「そりゃ、エリザベート。あの掛け軸のせいだよ。柘榴堂からほとんど盗むようにして買った掛け軸」

「ああ……そういえば、帳簿に書いてありましたね。たしか……摩利支天まりしてんが描かれた掛け軸だったかと」

「さすが、楓は記憶力がいいわ」

「光栄です。お嬢様」


 恭しく頭をさげる楓を一目見て、アゲットは「やれやれ、エリザベートは物忘れがはげしいから」と嘆いた。

 それに憤慨したのはエリザベートではなく、楓だった。


「お嬢様の悪口とは、アゲット。今晩は焼き鳥にでもしてみましょうか?」

「じょ、冗談だよ、やだなあ。それじゃ、気を付けてね。あの隣人、あんまりいい気はしないから」

「それはどうも」


 エリザベートの指から飛び去ったアゲットは、もう空のかなただ。


「あまりアゲットをいじめないでちょうだい。楓。ふてくされて何も言うことを聞いてくれなくなるわ」

「それはそれは……。失礼いたしましたお嬢様。ですがこの楓、お嬢様のためならアゲットの代わりなど、いくらでもしますよ」

「でもあなたは飛べないじゃない・・・・・・・・。もぐることはできても」

「まあ、それは私の性分ですから。飛ぶことはどうにも……」

「そうでしょうね。さて、そろそろいい時間ね。今日の昼食と夕食の食材を買いに行かなくちゃ、冷蔵庫はもうカラよ」

「かしこまりました。お嬢様」


 インド更紗の着物の上に、さっとショールをかける。


 近所のスーパーに行くと、ちょうどセールが行われていた。

 牛肉、豚肉、鶏肉、白菜も安い。それにこの時期貴重なトマトも。


「お嬢様。私とお嬢様だけではこんなに買っては腐ってしまいますよ。いくら冬といっても」

「まあ、そうね。じゃあ残念だけどすこしずつ、種類はたくさん買うわ」

「そのほうがよろしいかと」


 実際、財布を持っているのは楓だ。エリザベートは素直に買い物カゴに溢れんばかりの食材を元あった場所に戻した。

 

「今日は無事に終えれば鍋にしましょう。楓。なんの鍋がいいかしら」

「個人的には水炊きが」

「いいわね、水炊き。鍋はシンプルが一番」


 早々にスーパーから出る。

 外国人が着物を着ているのがそんなに珍しいのか、人々の視線が痛かった。

 まあ、なれたものだが。


「さて、そろそろ帰らないと」


 スーパーのビニル袋を持つのはもちろん楓だ。

 二人分の食材だから、あまり量はないが三つ揃えのスーツにビニル袋とは、すこし不釣り合いに思えて、エリザベートはこっそり笑った。


 店の裏口――家でいう玄関につき、早めの昼食をとる。


「あの摩利支天の掛け軸はあまりよくないものだったのよ。欲がないひとにはいいものだけど」

「摩利支天を信仰しているのは武士ですからね。欲が多い人間は、気が強くなるのは目に見えていましたが」 

「まあねぇ」


 あの掛け軸は、強い念がこもっている。

 延々と様々な欲のある人と人との手を渡ってきたものだ。さぞや、悪いものがたまっているだろう。


 

 6時になれば、外はもう真っ暗だ。

 エリザベートはブロンドの髪の毛を結いなおし、楓とともに木本邸に向かう。


「あら」


 玄関に、ゆみがうずくまるように座っていた。


「ゆみさま。どうされたんですか。こんな寒空の下、座りこんで」

「お母さんが……こわい……」


 うめくような呟きに、エリザベートは腰を曲げてそのつぶやきを聞き取ったあと、すっと音もなく立ち上がった。


「ゆみさまはここで待っていてください。わたしたちが、あなたのお母様を、優しかったころのお母様を取り戻して差し上げます」

「ほんとう?」

「約束です」


 エリザベートは微笑み、玄関のドアノブを開けた。

 むわっとした、悪い「気」のようなものがそこらじゅうに充満している。


「あらまあ、これはまた、溜めに溜めたわね」

「お嬢様。お気をつけて」

「これくらいで気を失うほど、骨董品店やってないわよ」


 すっと家のなかに上がり込む。

 どうせ、声をかけても返ってこまい。そのまま上がり込んで、床の間にむかった。そこから摩利支天のにおいがする。


「お嬢様」


 エリザベートを制し、床の間の前で立ち止まる。

 そこには、摩利支天の掛け軸の前でうずくまる女がいた。手には、包丁。

 幸いに、血はついていない。


「奥様。摩利支天の掛け軸をお迎えに上がりました」

「……る、さい……うる、さい……」


 エリザベートの声にも耳をかさず、女――花枝夫人はぶつぶつと何かを呟いている。


「あんな……男さえ……なけ、れば……」

「奥様」

「ろ、してやる……ころ、してやる……私が……この手で……」

「それは困りましたね、奥様。それはヒトの世界では犯罪なのでは?」


 ほおに手をあてて、やんわりと呟くエリザベートを、女はこの世のものとは思えぬ形相でにらんだ。


「摩利支天の掛け軸も本望ではないでしょうに……」


 花枝はとうとう立ち上がって、包丁をエリザベートに向けた。その手はぶるぶると震えている。


「あんな男……いなくなってしまえばいい。私が殺してやる!!」


 畳を蹴って、包丁を振りかざす。その先にはエリザベートがいた。


「お嬢様。お下がりください」

「大丈夫よ」


 エリザベートは手のひらを上に向けて、ふうっ、と息をはいた。

 そう、これはちょっとした魔法だ。


「がっ」


 花枝はその吐息に押されるように、畳の上に叩きつけられた。


「今のうちに、楓。その掛け軸を」

「かしこまりました」


 畳の上で呻いている花枝は、まだ「抜けきっていない」。

 エリザベートは優雅に着物の衿から舞扇をとりだす。そこには、金木犀の花が描かれていた。


 その舞扇を広げ、扇にむかって、ふっと息を吐く。

 

 直後、あまい香りが部屋をつつみこんだ。


「う、うう……っ!」


 花枝の苦しむ姿を見下ろしてから、楓が掛け軸を取り払ったのを確認する。

 もだえ苦しむ花枝に、エリザベートはそっとひざをついた。


「ゆみお嬢さんが心配されていましたよ。もう、悪いものはいません。だいじょうぶ、きっと許せます」

「ゆ、みが……?」

「そう。あのやもりの帯留、忘れていないでしょう? あなたが大事にしていたあの帯留です。そのやもりが、わたしたちのところにやってきました」


 花枝の目じりから、涙がほろりと落ちる。

 ゆっくりと座りこんだ彼女は顔を手にあて、肩をゆらして泣き始めた。


「ごめんなさい……。ごめんなさい、ゆみ……。正利さん……」

「お嬢様!!」


 楓の、鋭い声。

 はっと顔をあげた時には、もう遅かった。

 鬼の形相をした、花枝夫人の夫――正利が放られた包丁を持って、エリザベートを切りつけたのだ。


「……っ!」


 彼女は腕を切られ、そこからは血ではなく――花びらが散った。

 赤い花びら。


「貴様!」


 なおも切りつけようとする正利をにらみ、楓の身体が畳に――沈む。

 そしてすぐに正利の影から、3メートルはあるだろう、美しい銀の狼が姿を現した。


 部屋のなかに響く咆哮。


「おやめ! 楓!」

「死ね!! その掛け軸は誰にもやらん!!」


 エリザベートは花枝の前に立ち、未だ腕から散るちいさな花びらたちを拾い上げた。そして、指をぱちん、と鳴らす。

 その花は赤い嵐となって、正利の目をくらませた。


「楓、おやめ。わたしは平気よ。もう殺さなくていいの。おまえはわたしの忠実なるしもべでしょう」


 うつくしい銀の毛並みをゆっくりと梳いてやる。

 狼――楓はちいさくうなずいて、ぶくぶくとエリザベートの影にしずんだ。


「う、うううう……っ! それは、それだけは……それがないと、俺は……」

「旦那さん。すべては夢だったの。摩利支天をうちから買ったのも夢。すべては、夢の中のできごと。だから、許せるわね? ゆみお嬢さんも心配していたわ。この家には守りがついてる。だから、大丈夫。やりなおせるわ……」

「お父さん! お母さん!」


 目を真っ赤にして駆け寄ってきたのは、ゆみだった。

 白い丸襟、赤いワンピースを着た彼女は、うずくまるふたりに駆け寄って、大声で泣き始める。


「ごめんね、ごめんね、ゆみ……。私たち、ひどいことしたね……」

「すまない、ゆみ……。すまない、花枝……」


 正気を取り戻したのだろう。

 エリザベートは、ふっとほほえんで、その場から消え去った。

 これも、ちょっとした魔法だ。


 次にエリザベートがあらわれたのは、柘榴堂のなかだった。


「お嬢様。申し訳ございません。私がついていながら……」

「いいのよ。楓。摩利支天の掛け軸も手に入ったし、あの家族ももう大丈夫でしょう」

「はい。お嬢様」


 楓は、エリザベートの腕をとって、そっと口許をよせた。


「大丈夫よ。あなたが直す・・ほどではないわ」

「ですが、跡になったら困ります」

「あらあら、誰が困るのかしら」

「もちろん、私です」


 楓は、ふふっ、と笑うエリザベートのブロンドの髪に、顔を寄せる。

 甘えているつもりなのだろう。

 この狼は、ほんとうに主人に甘えたなのだから。






「ところで、お嬢様。やもりの帯留はどちらへ?」

「もちろん返したわよ。だって、もともとあの家の守りだもの。それより、ほら。ちいさなお客様からの報酬よ」


 紅茶染めのテーブルクロス。

 その上にコバルトを呈色とした花器に、チューリップがいけられている。

 あの少女の真っ赤なワンピースのような、赤いチューリップが。


 そのまま持っていれば、客が買ってくれるかもしれないのに、と内心頭を抱えた。





 エリザベートは、花のかおりをたずさえた魔女。

 楓は、魔女によりそう、狼。

 

 柘榴堂はいつでも、どこにでもある。

 どの時代にも、どの場所にも。

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