第39話 シルビア

「たのも――。なんだと……」


(主、どうした? 目、ゴミ入ったか?)


 眼を擦る俺にエンシェントドラゴンの娘が首を傾げる。


「いや、そうじゃなくて……。ちょっと我が目を疑ったんだ」


「あ、ルイス! ちょっとそこに掛けて待ってくれっす」


 店内を駆けずり回るビバティースが俺に気づき、奥のテーブルを指さす。商談用らしいが、今までそんな光景は目にしたことが無い。


「一体、何が起きたんだ。まさか世紀末なのか」


(主、この世終わりか?」


「ああそうだ。客がいるなんてな」


「聞こえているっすよ! あ、すみません。三千ギルになるっす。ありがとうござましたっす!」


 なんとビバティースの店に人がいるのだ。それも、一人や二人じゃない。多くの人で賑わっていた。


「はー、やっと落ち着いたっす!」


 向かいに腰かけぐったりと体を後ろにのけ反らせるビバティース。


「なんで急にこんな人気店になっているんだ。商品もほとんど完売じゃねーか」


「売り尽くしセールをしたっす。定価の二割にしたら一気に客が集まったっす!」


「それって原価割れしてんじゃねーのか」


「ま、大赤字っすね」


「お前は馬鹿なのか」


「失礼っすね! おいらはビーバーっす!」


ぬし、この間抜け面。歯砕けばまともな顔?)


「ところで、その娘は誰っすか? なんか嫌な視線を感じるっす」


「気のせいだろ。こいつは元々目つきがわるい――。痛ぁああ!?」


(我、目つき悪くない)


「いいから離れろ! 噛むな!」


「ちょ! 頭から血が流れてるっすよ!」


 美少女が俺の頭に歯を立てていた。まじありえないほど痛い。


「だ、大丈夫だ……。それよりいくら客に来てもらいたいからってそれはないだろ。破産するぞ」


「それはないっす。そもそもルイスの鉱石のおかげで儲かりまくってるっす」


「にしても、その売り方はどうかと思うぞ」


「店を畳むからっすよ。在庫を持っていても邪魔で仕方ないっすから」


「え、もしかして商人の道を諦めるのか?」


 あんなに世界一の商店にすると熱く語っていたのに、挫折したのか。そうだよな。ここまで客が寄り付かなければ心も折れるよな。


「違うっす。おいらこの国を出るっす」


「は?」


「ルイスには今まで世話になったから、ほんと申し訳ないっす」


 深々と頭を下げるビバティース。


「え、お前なんで? ただの商人が国外になんて出れるのか?」


「実は王室のどなたかが国外視察の旅に出るらしく。帯同する商人を募集していたっす! 倍率高かったっすけど、駄目もとで応募したらなんと通ったっす!」


「そうか……」


 本当に偶然んだんだろうか。なんか胸が大きい人の意思を感じるな。


「それもこれも、この幸運の水晶のお蔭っす!」


(あ……)


 ビバティースの胸にかかるは、青白く輝くゴルフボールサイズのガラス玉。


「なんだよそれ」


「別名で天使の涙っす。ごく稀に天から降って来る神の思し召しっす。ルイスも触れてみるといいっす、幸運を少し分けてあげるっす」


「ふーん、触るだけでねえ」


(それ、我の涎)


「や、やっぱいいや。運は間に合っているからな」


 伸ばした手を速攻で引っ込めた。


「そっすか? もったいないっすねー」


 愛でるように水晶を撫でるビバティース。うん、伝えるのは止そう。真実とは時として酷な物だ。


「しかし、お前も同行するとはな……」


「どういうことっすか?」


「だから俺も国外に出るんだよ」


「ええっ!? あ、もしかして! 旅に出るのって、ゆる姫っすか!」


 さすがにすぐに理解したようだ。ゆる姫って言っちゃってるし。


「情報通なのに知らんかったとはな」


「不思議なんすよ。知人に聞いても誰も口を固く閉ざして言わなかったっす」


 巨乳のいんも、いや陰謀を感じるな。


「そうか。まあ、道中もよろしくな」


「ルイスがいるなら心強いっす!」


 鉱石の馬鹿みたいな売り上げを受け取り、また明日と別れて店を出た。そっか、あいつも一緒に旅をするのか。


(主、機嫌良い?)


「そうか? 懐がが暖まったからじゃないかな」


(金ある? なら、肉食う)


「さっき食ったばかりだろ。それよりもお前を知人に紹介するとき困るんだよな」


(エンシェントドラゴン。そう言え)


「言えるわけないだろ。んー、そうだな。エンシェントドラゴンだから……。エド?」


(拒否。我、雌)


「なら、ドラコ」


(主、生殖器、噛み千切る?)


「物騒なこというのは止めろ! そうだな、銀髪だから……。そうだシルビアでどうだ?」


(ふむ、悪くない。我、承認)


「で、シルビア。俺は明日にはこの街を出立しなくちゃならないんだ。魔力?を全て返してやれそうにない。悪いが自分でゆっくりと取り戻してくれないか?」


(我、問題ない)


「なら良かった」


(地の果て、空の果てまで。主についていく)


「おい、お前はこの塔の守護かなんかなんだろ」


(違う。ここ寝る。最適。それだけ)


「どういうこと?」


(我、尻尾。雄大にして流麗)


「はあ知らんけど」


(塔。巻きつける。寝る。ぐるぐる回る。我、安定)


「寝ててもどこかに行くことないと?」


(そう、世界の果て。敵多い。ここ安全)


「エンシェントドラゴンでも敵わない敵がいると?」


(……)


「あん? なに不服そうな顔してるんだ」


 オッドアイを細め、口を尖らせていた。


(我、名ある。それ、違う)


「え、もしかして、シルビア?」


(ん。我より強い。不明。ただ、寝てると危ない)


 満足そうに顔を綻ばせて答えるシルビア。なんだよ、そんなにその名が気に入ったのか。


「別に、この街で寝てればいいじゃないか」


(嫌。主から吸収。魔力おいしい)


「魔力に味なんかあるのか。ただ、肌を直接触れて吸収するなら連れていかない」


(ぬぬぬ。なぜ? あれ、効率良い)


「なぜもへったくれもない! あれをする気なら断固拒否する!」


(ぬぅ。わかった。あれやらない。吸収可能。だから連いていく)


「はあ……。また、一人やっかい者が増えたな。ちょっと色々と買い足しておくか」


(肉。それだけでいい)


「おまえ、肉ばっかだな」


 ていうかうちのメンバー肉食多いな。


 商店街を回って、日用品や食料やらを漁っていると一日が終わってしまった。


 途中ステーキをたらふく食わさせる羽目にあったよ。ほんと金って重要だよね。一食あたりの食費が半端ない。


「暗くなったし帰るぞ」


(ヒトの街。旨くて楽しい。我満足)


「その表現はなんか物騒だな。よし、今日はここにしよう」


 部屋が広くて飯が旨いと評判のホテルの前に立つ。ビバティースのお薦めだから間違いはないだろう。


(主、毎回、宿替えるか?)


「この街きて初めてだ。誰のせーだと思ってるんだ……」


 朝からめっちゃ絡まれて大変だったんだから。もち、全員ノックアウトしたけどな。説得できるような雰囲気じゃなかったし。ただ、店の備品が色々と壊してしまった。


 修繕費と慰謝料の意味で金貨数枚を店主に渡して逃げるように宿を飛び出してきたのだ。


 まあいい、明日の朝にはこの街ともおさらばだ。なんやかんや気づくと旅の同行者が増えてしまったな。


「はぁ……」


 変わらず天を突く黒い巨塔を見上げて、俺は深く息を吐く。

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異世界でぼっちになりたいけどなれない俺 白昭 @hakusho

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