第1話 高校生活最後の思い出

「おら、邪魔だオタク!」


「あっ――」


 ドンとぶつかられた勢いで、手に持っていた物が滑り落ちた。


 あああ!? 俺のオムカツパンが!? 一週間ぶりにゲットできたというのに。まあ、まだ包装をといてなかったからセーフだ。セーフ。


 俺は重い体を動かし、床に転がったパンへと手を伸ばす。


 グシャ――。


「なっ!?」


 グシャ、グシャ、グシャ。


「ちょっと――」


「おい、ロリオ! なに俺の上履きを汚してくれてるんだよ」


 そういいながらもパンを踏みつける足を止めない。


 ひぁっ! オムレツが袋から漏れ出しているじゃないか。


 食べ物に対する冒涜以外の何ものでもない。俺の怒りのボルテージが振りきれそうだ。


「ねー、それってなかなか手に入らないパンよね。貢がせて食えば良かったのに、もったいないじゃん」


「バカ言えこんな奴が触れた物なんか食えるかよ」


「あは、いえてるー。超キモいもんね」


「おら、消化しやすいように柔くしてやったんだから有り難く食えよ」


「健司ってやさしーのね」


「当たり前だろ」


 パンを俺の方へと蹴り飛ばし、笑いながら立ち去っていく男女のグループ。



 テメーこの野郎、ぶっ殺してやる! 俺は後ろから健司を羽交い絞めにして、床へ転がす。そして馬乗りになりボロクソに顔を殴る。血飛沫が顔に飛んで来ても構わない。健司のスカした鼻は折れ曲り歯も数本欠けていた。泣いて許しを乞うが、そんことお構いなしに意識が飛ぶまで殴り続けた。


 ははは、下半身から液体を漏らしてやがる――。



 残念ながらそれは現実ではなかった。俺の脳内で瞬時に展開された妄想ストリーだ。


「なんだこいつ。床に手をついてにやけてるぞ」


「視力落ちるからもう学校に来ないで欲しい―」


「どけ! 目障りなんだよ!」


 歩いて行く奴らが俺のケツを蹴飛ばしていく。男女構わずにだ。 


 糞が! お前らみんな死んでしまえ。


 俺は妹尾拓也せのおたくや。高校三年だ。デブで眼鏡かつ既に頭頂部が薄い。格好のイジメの的だ。


 昔から虐められていたわけではない。中一までは痩せてたし、眼鏡でもなかった。サッカーもやってて見た目も今とは違ってそれなりだったと思う。そう思いたい。


 だが、小学校高学年から急激にド近眼になり始めた。遺伝的なものらしい。それが原因で部活中に大きな怪我をした。膝を壊し、いまでは走ることもままならない。


 部活を辞めたら急激に太り始めた。髪が薄いのは残念ながら父親に似たのだろう。俺は髪が生えてる父親の姿を見た記憶がない。でもあそこまでいくと逆に貫禄があるよな。完全なるスキンヘッドなのだ。剃っているシーンを見た事がない。毛根一本すら残っていないようだ。


 何より名前が良くなかった。両親には悪気はなかったのだろうがもう少し考えて欲しかった。妹尾拓也、つまり妹オタクや。


 実際二次元は好きだよ。でも今時そんなのはフツーだし。それに俺は決して幼女趣味ではない。そもそも妹は大嫌いだ。


 悪名を轟かせてしまったのは高一の春。下校途中に前方を歩いていたランドセル姿の少女が物を落としたのだ。俺はそれを拾ってその子に渡しただけだ。上から見下ろすと怖いかと思って、しゃがみ込んで出来るだけ朗らかに笑いかけた。そのはずだった。しかし、なぜか少女は大声で泣き叫んだのだ。母親が駆けつけ、俺は警察に職質された。なにそれ酷くない?


 ねじ曲がった噂が翌日には学内を駆け巡り、見た目も名前も相まってロリオと呼ばれて久しい。


 そんなこんなで俺の高校生活は最悪だ。初めは無視や罵倒であったのがいつしか暴力へと変わっていった。


 教師なんか地獄に落ちてしまえ。そう何度思ったことか。奴らはわかっていて見て見ぬ振りをするのだ。寧ろ、ニヤニヤしながらお前らじゃれ合いもほどほどになというだけだ。


 女性教師には気持ち悪いから教壇を見るな。授業中はずっと下を向いておけと言われた。


 体育教師に至っては先生も遊びの仲間に入れてくれーといって俺の腹に蹴りを入れてくる始末だ。


 こんな学校があっていいものだろうか。親に相談しようかと思ったが、奴らは俺と目を合わそうともしない。飯は自分の部屋で食べている。引き籠ったわけじゃない。親にダイニングで食べるなと言われたのだ。


 なんで親までと思うだろう。これは全て中三の妹の所為だ。俺とは違って容姿端麗でスポーツ万能なのだ。だが俺から言わせると性格は最低だ。


 俺と兄妹だと思われるのが嫌で堪らないらしい。なのであることないこと。いやないことないことを親に吹聴しているのだ。いまや両親は俺のことを完全に性犯罪者予備軍だと思っている。


 俺の周囲は全て敵だった。なのでいつしか俺は人間全てが大嫌いになっていた。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺は階段を上る。体が重いし、痛めた膝がズキズキと痛む。


「糞っ、糞っ……。暑いんだよ。いまどき教室にエアコンをつけないなんてありえないだろ……」


 悪態が口をつく。滝のように流れる汗。拭いても拭いても止まらない。本日の最高気温は四十度を超えるらしい。まだ七月だぞ?


 ストップ温暖化? 地球を守ろう? 生き物との共生?


 ならみんな死ねよ! 人間なんてこの世界にひつよーねーだろーが!


 米国、中国、ロシア、北朝鮮らが戦争になるかもしれない? はっ、どうぞ勝手に同族で殺しあってくれ。


「ふう、やっと着いた……」


 階段の突き当りには、施錠された扉。俺はポケットから鍵を取り出し、ロックを外す。以前、放課後の職員室から鍵をくすねて合鍵を作ったのだ。管理ザルすぎだろ。扉を開けると、むわっとした風が頬を掠めた。


 ここなら誰もこない。


 昼休みは大抵ここで過ごす。出入口の建屋部分があるので日陰に入れば生暖かいが風も吹く。酷暑にもなんとか耐えられる。


 雨の日は傘をさし壁にもたれて時間を潰す。どんなに荒れていても校内にいるよりはマシなのだ。


 屋上は俺にとって唯一の憩いの空間だ。気分が乗らないと屋上を施錠してそのまま授業にも出ない。それでも教師は怒らないし、留年もしない。奴らは俺の顔を見なくて清々するようだ。そして早いところ学校を卒業して欲しいようだ。退学にしないのは世間体だろう。


 日陰に入り、大の字に寝転がり空を見上げる。雲一つない快晴だ。


「ああ、腹へった……」


 昼飯がなかった。弁当は早食いしてしまった。弁当といってもコンビニ製だけどね。母親は俺には弁当を作る気はないようだ。妹には毎日作ってるけどね。


 購買でゲットしたオムカツパンはさっき踏み潰されてしまったし。糞、いつか必ずあいつらに復讐してやる。でも、まずは昼寝でもして夢の中でそれを実現しよう。


 はあ、誰もいない無人島で暮らしてえ。女もいらねーし。あ、でもネットだけは欲しいな。アニメの続きが気になるし、ラノベも読みたいもんな。


「何だよ! 人が寝ようとしているのに煩いな!」


 空からゴーという音が聞こえた。ジャンボにしては煩いな。米軍か自衛隊の戦闘機でも訓練飛行しているのか?


 騒音の発生源が青い空を飛んでいた。


 あれ? なんか随分細長いな。なんかどっかでみたような形だなあ……。


 それはみるみるうちに大きくなった。それが何かと気づいた時には白い閃光に包まれていた。俺はあまりの眩しさに目を瞑った。それが俺の高校生活最後の思い出だ。いや人生のか。



 次に目を開けた時、俺は七歳児だった――。

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