異世界でぼっちになりたいけどなれない俺

白昭

プロローグ

「あははははは!」


 切り立った崖の頂上。大きな岩の上でひとり腹を抱える黒い人影。いったい何がそんなに面白いのだろうか。


 ドロリと淀んだ双眸が見つめる先は遥か崖の下だ。


 そこには街があった。


 この断崖絶壁を北に配し半円状に広がる街並み。街と外の世界の境界には高さ二十メートルにも及ぶ分厚く黒い壁。特殊鉱石製だ。生半可な魔法では傷一つつかないとされている。


 鉱山都市タンデム。


 周囲を大小三ヶ国に囲まれる小さな自治区だ。歴史上、幾度となく危機に瀕してきた。


 タンデムは豊富な鉱石資源と高度な加工技術を有す。さらに交易の要所でもあった。国境線に囲まれているから当然ともいえる。


 周辺諸国を含めて最も栄えている都市といっても差し支えない。現に壁の中には四、五階建ての石造りの建物が犇めいていた。


 この潤沢な資源と資金源を大国が狙うのは当然だ。しかしこの自治区はこれまでいずれの国の侵略も許さず全て退けてきた。このため難攻不落のタンデムとも呼ばれている。


 だか、いまその街は長い歴史の幕を閉じようとしていた。


 街の空が黒煙に包まれていた。紅蓮の火柱があちこちから吹き上げ、高層建築が崩れ落ちていく。高い物理強度と魔法耐性を誇る防壁までもがドロドロと溶け落ちていた。


 稲妻が天空から地へと迸る。その度に城の塔などの背の高い建物が次々と爆ぜていく。


 数百メートル上の崖の頂上にまで人々の叫び声が聞えてきた。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。


 ゴゴゴゴゴという地響きが強まっていく。


 街の住民には一体何が起きようとしているのか見当もつかなかったことだろう。しかし、崖の上からだとよくわかる。街の正面の南側から大津波が押し迫っていたのだ。


 防壁を失った街はその猛威に抗う術はなかった。


 易々と全てを飲み込んでいく凶悪な津波。街の端の断崖にぶつかり大きく水飛沫みずしぶきをあげた。飛沫ひまつが崖上にまで届くかと錯覚するほどだ。


 数多の命が一瞬で刈り取られた。生き残りはほとんどいないだろう。


 グォオオオオという咆哮があがり、空気を震わせた。街の外からだ。そこには数万にも及ぶオーグやゴブリンなどの群れ。それが街の東西方向から一斉に押し寄せていく。


「これで終わりだ。奴らにかかれば一人として逃さないだろう。死体すらな」


 惨劇の一部始終を上から見下ろしていた人物が呟く。すでに嗤うのには飽きたようだ。


 全身を覆うローブ、ブーツ、グローブ、身に着けるもの全てが漆黒だ。ただ一つ顔面だけが違った。そこには無表情で真っ白な能面のような仮面をつけていた。そこだけが浮き上がり、見る者には不気味さしか与えない。


 肩まで掛かる黒髪は、この世界では極希な色。仮面の隙間から僅かに覗く瞳も同じ色だ。劣等だが敬われるべきオリジナルだ。いや、最近になって劣等という偏見は覆されつつあるが。


「残念だが致し方ない。ルールから食み出し者には等しき裁きを。そうするしか道は残されていないのだからな」


 能面の人物は滅びの確定した街には既に興味を失ったようだ。ゆるゆると上空へ浮かび上がる。


 両手足のグローブと、ブーツにはそれぞれノズルがついていた。そこから噴出するガスの勢いで浮上しているのだ。それぞれのノズルからは蛇腹の管が伸び、ローブの中へと消えていた。


「さて、次はどの街だったか……」


 能面はすでに遥か彼方を見据えていた。一度だけ眼下に目をやるが、すぐに両手足のノズルから勢いよくガスを噴出させる。


 黒い人影はあっという小さくなり、滅びゆくタンデムの上空から姿を消した。

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