消化不良

「「「かんぱーい!!」」」


 ランド5――フライキャリアのゴール会場、コロッセウム。その裏手通りにある小さな居酒屋で、三人はジョッキを合わせた。

 麦を発酵させた発泡酒をぐいっと煽る。喉を焦がすような苦みと、全身に熱が走る。甘いわけでも旨味があるわけでもないが、やはり最初の一杯はこれ以外には考えられない。


「なぁに、不貞腐れてんだよ、お姫様」

「別に、不貞腐れてなんかないわよ」


 言葉とは裏腹に、あからさまに唇を尖らせるレイナを、シルヴィアが笑う。


「いやいやほんとに悪かったって! まさか本当にリリアンが一発で決めるとは思わなかったんだって」

「たまたまですよー」


 レイナはシルヴィアの指示に従って、シュネールの二人の包囲から抜け出した。一刻も早くソニアに追いつこうと全力で空を飛び、ようやく軌道に乗れたと思った。そんな僅か数秒の間にリリアンは三人全員を落としてしまったのだ。


「仕方ないじゃない。気に食わないんだもの」

「まあまあ」


 レイナからすれば、目障りな妨害からようやく解放され全力で羽ばたいた矢先に、目標を撃ち落とされてしまったのだ。自分が全力を掛けて追い抜こうとした相手を、遠く離れた場所から撃ち落とされてしまったのだから、消化不良になっても不思議ではない。


「……私、何にもやってない」

「まあな」

「そうねぇ」

「否定してよ!」


 頬を膨らませて酒を煽る。


「ずるいのよ、二人して」

「何がさ?」

「強すぎんのよ、あんたたちは」


 確かにレイナは速い。ものすごく速い。それが貴族にとって掛け替えのないステータスであることは疑う余地がない。

 だがことフライキャリアにおいては、速いだけが強さじゃない。確かにもともとは最速の天翼人を決めるため競技だったのかもしれないが、少なくとも今は速さは強さの一部でしかない。


「最速のレイナが言っても説得力ないなぁ」

「速さに勝る強さはないですよ」


 シルヴィアとリリアンの言葉は決して謙遜ではないだろう。だが実際問題、レイナは自分に何かできているとは思えなかった。


「でも、私は何もできてないじゃない」

「馬鹿言うな。レイナは最速なんだ。マークされない方がおかしいんだよ」

「そうかもしれないけど……」

「レイナちゃんが敵を引き付けてくれるからこそ、私たちが自由に動き回れるんですよ」

「そうかもしれないけど!」


 レイナだって自分がマークされているのは知っている。冷静に考えれば、自分一人で時には敵チーム全員を引き付けられることもあるのだから、囮として考えれば十分に働けている。

 でもそれでは気が済まないのだ。

 マークされ、包囲され、それでも敵の攻撃を掻い潜り、最前線を駆け抜ける。それでこそのランナーであり、それでこそ最速の名を背負うに相応しい。

 言ってしまえば、それはプライドと理想の問題だ。

 弾丸が降りしきる戦場を、羽を広げ飛び抜ける。

 それは敵が強いとか弱いとかは関係なく、そうあることがレイナの理想であり、それができていない今の自分が情けないのだ。


「こんなことで、ルイーザに勝てるのかしら……?」


 ぼそっと呟きながら、レイナはテーブルに顔を伏せる。


「呼んだ?」


 だがレイナの耳に飛び込んだのは聞き覚えのない声だった。


「ルイーザ……」

「レンフィールド……さん?」


 シルヴィアとリリアンの声に、レイナはがばっと顔を起こした。


「は~い、ルイーザさんだぞー」


 そう微笑む女性はカウンターに腰掛け、串を咥えていた。

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