砕いて磨り潰す感覚


 弾が飛来する。

 フライキャリアで選手が利用できる武具にはいくつかの種類があるが、中でも直径五センチのゴム弾は最も汎用性が高く、選手にとっての必需品だ。

 そして同じく必需となるのが、盾。これも多くの選手が持ち込むものだが、大きさや形にはいくつかのレパートリーが存在している。例えばシルヴィアが持ち込む盾は、彼女一人がすっぽりと隠れてしまうほど大きなものであるが、レイナは左腕に付ける直径三〇センチほどの盾を使っている。数は少ないが初めから防御を考慮に入れず、盾を持ち歩かない選手もいる。

 飛来する弾は例に漏れない五センチゴム弾。速度は他の選手と比較してもそれほど速くはない。


「いいコントロールしてくるね、ほんと」


 シルヴィアが悪態を吐きながら大盾を振るう。だがその盾の軌道に対応して、ゴム弾は進路を変える。空振りした盾を強引に引き戻して今度こそ弾を落とす。

 弾速は速くない。だがコントロールがえげつない。コントロールを優先して弾速を落としていると言った方が正解か。これだけ盾を振り回して、死角も少なくないはずなのに、それでも少なくない回数シルヴィアの盾を躱して見せている。

 もちろん選手の多くはゴム弾を多少なりともコントロールして撃ちだしてくるが、それはあくまで標的にぶつけるための技術であって、敵の防御を掻い潜るための技術ではなかったはずだ。

 それを確実に相手に落とす技へと昇華させている。素直に相手の技術力に驚嘆する。


「シルヴィア! あいつら、なんか、わかんないけど、すごくやりづらい!」


 ゴールまでの距離は残り五〇キロ。

 四〇キロの地点で、ローズガーデンの前衛二人は、シュネールの三人と接敵。ソニアに抜かれないように守りながら飛行を続けていたが、四七キロの地点でソニアが急上昇。それに追いつこうとした時には残りの二人にシルヴィアもレイナも捕まっていた。いくら弾速が遅いとはいえこれほどの制球力で包囲されてしまえば、最速の天翼人とはいえそう簡単には掻い潜れない。


「まいったな……。さすがにそろそろ止めないと」


 シルヴィアとレイナの二人は、シュネールの二人と戦いながら飛行している。前進はしているものの、シルヴィアたちが三キロ進んでいる間に、ソニアは何キロ翼を進めたかわからない。彼女に追いつき撃ち落とさなければいけないことを考えれば、現状はよくない。

 


「種は大体見えてるんだが……問題は――」

『シルヴィアちゃん、見つけましたぁー!』


 シルヴィアの耳に、リリアンの声が届く。それはまさに勝利の福音だ。


「場所と数は!?」

『シルヴィアちゃんたちから一〇〇〇ほど離れた位置に三つほど見えてます。塗料で偽装してあるので、もしかすると全部じゃないかもしれません』

「構わん! リリアン、行けるか!?」

『カウント一〇で全部撃ち落としますねー』

「お待たせ、レイナ! ぶち抜け!!」

「りょーかい!」


 シュネールの二人が撃ちだす弾はとにかく遅い。いくら精密なコントロールに長けているからといって、ここまでゆっくり動かすのであれば翼浮力の運用には余裕があるはずだ。


『十……』


 一方でシュネールの二人が撃ちだす弾は、あまりにも動きすぎている。身を隠せるほどの大盾を振るうシルヴィアが相手でも、盾を潜り抜けてボディブローを狙ってくる。


『五……』


 単純な話、彼らのゴム弾操作は、遅すぎる一方で見えすぎている。


『三……二……』


 だったら弾速を遅くして節約した分の翼浮力を、別のことに利用しているのではないか。そう予想するのは難しい話ではない。


『一……っ』


 つまり彼らは残りの翼浮力で、自分たちの目を増やしているのではないか。


『シュート!』


 刹那、シュネールの二人の表情に戸惑いが見えた。


「その顔は――隠すべきだったな」

「――っ」


 二人がシルヴィアの声に気付いた時にはもう、シルヴィアは二人の目と鼻の先にまで迫っていた。

 とっさに二人はゴム弾を掴み、投げ、シルビアに撃ちつけた――が、シルヴィアの猛攻は止まらない。

 まるで羽虫を手で払うかのように、全力で撃ちだされるゴム弾を気にも留めず、ついにその大盾は、彼らの身体に届いてしまった。


「――歯ぁ、喰いしばれよ」


 シルヴィアの手に伝わるのは、何かが削れる感触。

 手に、指に、皮に響く、押し潰す感覚。

 例えるなら、石臼で小麦を擦り潰すような、そんな――



 砕いて磨り潰す感覚が、手にはっきりと残った。



「でぇええええぇえぇぇぇぇぇっっっ!!」


 シルヴィアが薙ぎ払った一振りで、シュネールの二人の選手は宙を水平に吹き飛ばされた。直撃を喰らった方の骨は、何本か砕いたはずだ。レースに戻れたとしてもろくに飛ぶこともできないだろう。


「レイナは――」

『は~い、シルヴィアちゃん。試合終了ですよ』


 インカムからリリアンの声が聞こえたのと同時に、何かが風を切る音が聴こえた。

 そしてシュネールの二人の頭が大きく弾き揺れ、数秒後に試合の終了を告げるブザーがインカムに響いた。

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