今日も私が一番速いから 2

 

「……と、実況解説されてるみたいだけど……」


 モニターから流れる実況解説を見ていた金髪のチームメイト――シルヴィアが声をかけた。


「興味ないわよ、そんなの」


 日差しの光をそのまま髪の毛に落とし込んだかのような朱色の髪を手櫛で梳いて、モニターの向こう側で噂されていた一人――レイナ=カータレットはどうでもよさそうに言った。


「あんな人たちが何言っても、関係ない。勝つだけだよ」


 本当に無関心な様子で装備を点検しながら話すレイナに、もう一人のチームメイト、リリアン=レイヤードが首を傾げる。


「レイナちゃん、どうしたんですの?」


 試合に集中して精神統一でもしているかのように落ち着いて見えるレイナだが、見る人が見ればいつもと違うようだ。


「ほら、あれだよ」

「ああ! 女の子の――」

「ちげえよ?」


 この待機室にカメラが入っていたら、間違いなく問題発言になっていただろう。


「今日、いらっしゃるんですわよね」

「お前な、わかってるなら最初から紛らわしい言い方すんなよ頼むから」


 まるで先ほどの自分の発言がなかったことのように、リリアンはあっけらかんと話を戻すので、シルヴィアが苦言を呈したくなる気持ちも否定できない。


「あいつがいようといまいと、関係ないわよ」


 装備を確認し終え、レイナが立ち上がる。

 シルヴィア、リリアンの二人も、すでに準備はできている。


「私はいつだって、ベストコンディションだし。いつだって、一番速いもん」


 そう言ってレイナはまるで拗ねた子供の様に口を尖らせる。


「…………」

「…………」


 レイナの言葉に二人は一瞬口を噤み、目を合わせる。かと思えば、同時に笑みを零した。


「そうだな~。レイナは一番速いもんなぁ~」

「そうよねぇ~。レイナちゃんは速いわよねぇ~」

「ばかにすんあ! あんぽんたん!」


 頭を撫でて可愛がる二人にレイナが威嚇するが、それも含めて二人は満足そうだ。余談ではあるが身長は大きい順に、リリアン・レイナ・シルヴィアの順だが、シルヴィアがレイナの頭を撫でる構図に、不思議と違和感がない。


「……二人にだって、あるでしょ。負けられない理由」


 撫でられたまま、そんなことを言われてしまうと、二人は再び顔を見合わせて少しだけ黙る。


「そんなもんはない」

「ないわねぇ~」

「なっ!?」


 思わず食って掛かろうとするレイナを、シルヴィアが撫でていた手で押さえつけた。


「そんなもんはないが、負けたくない理由はある」


 それで十分だろ? と言わんばかりの表情がレイナをむっとさせたが、それも一瞬だった。

 シルヴィアの言っていることは、嘘でもなんでもない。勝たなければいけない理由なんてない方が普通なのだ。

 それはレイナ以外の出場者の、ほとんどの選手たちもそう。

 選手生命に人生の一部、あるいはすべてを掛けている選手なんて、本当に一握りだ。

 こんなもの、所詮は金持ちの道楽だから――。


「……わかってる。そうだよね。でもごめん、私は、……私は、負けられないんだ」


 食って掛かろうとした勢いはどこへやら。

 レイナは俯きがちにそう言った。

 まるで自分が悪いことをしているかのように、レイナは目を伏せた。


「レイナちゃん」


 レイナは自分の要求が我がままだと思っている。

 別にこんな競技で勝とうが負けようが、シルヴィアにとってもリリアンにとっても、二人の人生に毛ほどの影響はあっても大きな影響はない。だから彼らを頑張らせてしまっていることに、レイナは罪悪感を抱いていた。

 だからレイナの顎を強引に引いて、真っ直ぐに瞳を覗き込んできたリリアンに、レイナは驚かずにはいられなかった。


「それはちょっと、ままならないですね」


 リリアンはそう言うと、今度はレイナの顎に添えていた手でレイナの頬を掴む。両側から、結構な力で掴む。


「……いふぁいんへすけど痛いんですけど

「その言い方ではまるで、私たちがいやいやフライデーに出場しているように聞こえますよ?」

ひがうのちがうの?」

「違います」


 子供を叱る母親のような口調だった。


「ま、そういうことだよ、レイナ」


 それまで傍観していたシルヴィアが口を挟む。


「あたしらはあらしらで好きにやってる。だからレイナ、あんたはくだらないことを考えなくていいんだよ」

「……でも――」

「だってもでももあるか。お前は大人しくそのお花畑な脳味噌で、幸せそうに笑ってりゃそれでいいんだよ」


 な? とシルヴィアが投げかければ、リリアンもレイナを掴んでいた手を放して、はいと頷く。


「行きましょう、レイナちゃん」

「観客がお待ちかねだぜ? ヒーロー」


 実況が映されているモニターを見なくても、神経を澄ませば観客が沸いているのがわかる。この待機室まで歓声と地響きが届いているのだ。


「……そこはヒロインにしなさいよ」


 だが、悪くないチームメイトだとも思う。


「シルヴィア。リリアン。行こう。今日も私が一番速いから」


 果たさなきゃいけない約束がある。

 叶えなきゃならない願いがある。

 だから――。

 三人の戦乙女は翼を広げ、入場ゲートへと向かっていった。

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