時は、真夜中だった。

 作蔵は、海老野えびの黒虎くろとらが詰まるビニール袋を刈葉県警察北西署より赴いた男性警察官に渡した。


「捜査にご協力、感謝致します」


 御礼を述べる警察官の身なりに作蔵の顔つきは呆然状態だった。


 頭に麦わら帽子を被り、白のランニングシャツを着て穿くズボンは紺を基調にした黄色の縦縞が入っている五分丈。足に履くのは、緑色のビーチサンダル。そして、虫取網の持ち手を掴んでいた。


「作蔵さん、これでも捜査用の制服なのですよ。今回みたいに“化け”で見えない世間を騒がしていた『こいつ』を捕まえるには、うってつけの姿。油断と隙をあたえるも兼ねてです」

 警察官は、まるで作蔵の考えをよんだかのように、訊いてもしないことを勝手に能弁した。


「余計な世話だろうが、こいつには“化けご法度の液”を振りかけている。俺が出来るのは、其処までだ。あとは、そっちの『仕事』次第だが、こっちも“被害”を被っているを忘れるなよ」


『さっさと伊和奈の貯金を倍にして返せ……。』


 作蔵の細くした目差しに、怒りを膨らませた想いがある。と、察した警察官はまわれ右をして前へと全速力で駆けていったーー。



 ***


 あと少しで日の出の時刻だったが、作蔵は自室で寝ることにした。


〈海老〉はいつから伊和奈に成りすましていたのだろうかと、作蔵は寝床で想いに更けていた。


『旨いものを食べさせる為にーー』


 結局誰に頼まれたのかは、わからなかった。

 いつものことだが、依頼された以外のことはできない。だから、あとのことは警察にまかせるしかなかった。


 伊和奈に歯痒い思いをさせてしまった。

 預金を減らされたのもそうだが〈偽もの〉に気づかなかった。

 出された料理の味は、伊和奈が作って出す味と同じだった。


 旨かった。いや、しくじった。

 今回の『仕事』は本当につられて、取りつかれた。


 伊和奈が身をもって〈海老〉から危機を救ってくれなかったら今頃はーー。と、作蔵は綴じかける目蓋を開いたのであった。


 今考えていることを、眠れなかった理由にはできない。

 伊和奈には、絶対に言えない。

 寝ないことを、自身へに課した“罰”にしようと、作蔵は日の出とともに布団から起き上がる、はずだった……。


 意思と反して身体が布団へと吸い付く。

 重みがある感覚を払拭したい。と、作蔵は藻搔いた。

 胸の鼓動が鳴る度に、作蔵が念じながら動かす両手の指先と両足の爪先は、徐々に力が入らなくなる。


 ーー寝不足は『仕事』に差し支える。と、いうのが口癖のくせに、無理をするつもりなの。


 聞き覚えがある声がする。

 懸命に目蓋を綴じないでいたが、自身の気力ではどうすることもできないと、作蔵はとうとう目蓋を綴じてしまった。

 何処に誘われる。と、かろうじて意識を持つ作蔵は、清涼感で溢れて薫る風に身体を委ね、旋回しながら吹かれるがままになった。


 ーー作蔵……。


 肌に貼り付く温もり、震える声に作蔵の綴じられた目蓋が開かれるーー。














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